悪役令嬢は、婚約破棄を「無期限の有給休暇」と解釈する。

恋の箱庭

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数日後。

ドラグニル公爵領の空が、真っ黒に染まった。

「……敵襲か?」

庭で農具の手入れをしていたギルバート様が、空を見上げて警戒の声を上げる。

「いいえ、違います」

テラスで優雅に紅茶を飲んでいた私は、眼鏡(仕事用伊達メガネ)をクイッと押し上げて、冷静に答えた。

「あれは『金貨』が飛んでくる音です」

バサバサバサバサッ!!!!

空を覆っていた黒い影の正体は、無数の伝書鳩だった。

王家の紋章が入った足環をつけた、最高級の伝書鳩たちだ。

彼らは、まるで爆撃機のように次々とテラスに着地し、私の目の前のテーブルを占拠した。

「クルックー!(疲れたー!)」

「ポッポ!(死ぬかと思った!)」

鳩たちの悲鳴が聞こえてきそうだ。

彼らの足には、パンパンに膨れ上がった封筒が括り付けられている。

「……これ、全部クラークからの質問状か?」

ギルバート様が、鳩の多さに顔を引きつらせる。

「そのようですね。どうやら、更生プログラムは順調にスタートしたようです」

私は満足げに頷き、最初の一羽から手紙をひったくった。

封を開ける。

『至急! 財務大臣が「今年度の予算が赤字だ」と言って泣き止まない! どうすればいい!? (クラーク)』

中身は、王太子とは思えないほど情けない悲鳴だった。

私は即座に赤ペンを取り出し、羊皮紙の余白にサラサラと回答を書き込む。

『回答:泣いている暇があるなら、王族の無駄な晩餐会を三回中止しなさい。それで赤字は解消します。 (コンサルタントM)』

そして、一番下に大きく書き添える。

『請求額:相談料・金貨100枚』

「はい、次」

私は手紙を筒に戻し、鳩に括り付けると、ポイッと空へ放り投げた。

鳩は「え、休憩なし!?」という顔をしたが、私の冷徹な視線に怯えて、慌てて王都へ飛び立っていく。

「……鬼だな」

ギルバート様が呟く。

「ビジネスです。さあ、どんどん捌きますよ」

私は事務処理マシーンと化した。

二通目。

『隣国の使節団が来るが、話題がない! 天気の話以外で何かないか!?』

『回答:貿易関税の引き下げについて提案しなさい。天気の話は時間の無駄です。 請求額:金貨100枚』

三通目。

『リリィがいないと寂しい。彼女は元気にしているか?』

『回答:私的メールは業務外です。追加料金が発生します。リリィ様は今、泥まみれで大根を引っこ抜いており、非常に元気です。 請求額:金貨200枚(迷惑料含む)』

四通目。

『書類の書き方がわからん! 書き出しは「拝啓」でいいのか!?』

『回答:公文書に時候の挨拶は不要です。「件名」から書きなさい。 請求額:金貨100枚』

次々と飛来する鳩。

次々と返信される鳩。

私の手元には、複写された「請求書」の控えが山のように積み上がっていく。

「ふふふ……素晴らしい」

私は積み上がった請求書を、まるで札束のように数えた。

「これだけで、お風呂場の全面改装費用が捻出できました。次の分で、温室の自動水やり機を導入しましょう」

「メアモリ、君の目が金貨の形になっているぞ」

ギルバート様が呆れながら、まだ順番待ちをしている鳩たちに、水と豆を与えている。

「ほら、食え。大変な飼い主に使われて、お前たちも苦労するな」

「クルッ……(あんた、いい人だな……)」

鳩たちがギルバート様の指をつつき、懐いている。

魔獣だけでなく、鳥類にも好かれる公爵様だ。

「公爵様、その子たちを甘やかさないでください。休憩させると回転率が落ちます」

「休ませてやれ。過労死したらどうする」

「大丈夫です。王家の鳩はエリートですから」

私は心を鬼にして(元からだが)、次の手紙を開封した。

『緊急事態! 父上(国王)が「別荘の温泉がぬるい」と文句を言って帰ってきそうだ! 帰ってきたら私に仕事を押し付けてくる! 阻止してくれ!』

やれやれ。

あの親子は、どっちもどっちだ。

私は少し考え、ペンを走らせた。

『回答:国王陛下に「別荘の近くに新しい狩場が見つかった」という偽情報を流しなさい。あと一ヶ月は足止めできます。その間に仕事を終わらせること。 請求額:金貨300枚(特別策謀費)』

その時。

「メアモリ様~! おやつの時間ですわよ~!」

畑仕事から戻ったリリィ嬢が、泥だらけのエプロン姿でやってきた。

手には、採れたてのトマトとキュウリが山盛りになったカゴを持っている。

「見てくださいまし! このキュウリ、すごく太いですわ!」

「リリィ様、下品な表現は慎んでください。でも、美味しそうですね」

「丸かじりが一番ですわ! はい、公爵様もどうぞ!」

「……ありがとう」

ギルバート様がキュウリを受け取る。

私たちは、鳩に囲まれながら、テラスで野菜を齧るというシュールな休憩に入った。

「ポリポリ……うん、瑞々しい」

「でしょう? 私の愛が詰まってますもの!」

リリィ嬢が得意げに胸を張る。

「ところでメアモリ様、クラーク様からの手紙には何て書いてありましたの?」

「『リリィが恋しい』だそうです」

「まぁ! キモチワルイ!」

リリィ嬢が顔をしかめた。

「あの方、私がいないと洗濯機も回せないんですのよ? 『愛してる』とか言いながら、結局は『便利な世話係』が欲しいだけなんですわ!」

「おや、リリィ様も賢くなりましたね」

「ここの土を触っていると、頭がスッキリするんですの。王都のキラキラした生活なんて、幻でしたわ。今は大根の太さの方が重要です」

彼女は逞しく成長していた。

元ヒロイン(?)の覚醒である。

「さて、休憩終わりです」

私は最後の一口を飲み込み、再びペンを握った。

「あと五十羽います。今日中に全部捌いて、今月の売上で屋根の修繕工事を発注しますよ」

「……わかった。私は鳩の交通整理をする」

「私は応援しますわ! フレッ、フレッ、メ・ア・モ・リ!」

リリィ嬢がキュウリを振って応援する中、私は凄まじい速度でコンサルティング業務を再開した。

王都では。

クラーク王太子が、次々と戻ってくる鳩の足につけられた『赤ペン先生の添削』と『高額請求書』を見て、泡を吹いていることだろう。

「ひぃぃ! また金貨が飛んでいく! でも……でも、指示通りにしたら大臣が静かになった!」

「この通りにしたら、書類が片付いた! すげぇ! やっぱりメアモリは天才だ!」

「でも高い! 畜生、高いぞー!!」

そんな悲鳴が聞こえてくるようだ。

遠く離れた地で、ストレスなく指示だけを出し、成果(金)だけを受け取る。

これぞ、究極の『リモートワーク』。

私はこの日、確信した。

「もう二度と、出社(王都への帰還)なんてしません」

私の決意は、積み上がる金貨の山と共に、より強固なものとなったのである。
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