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王都からの凱旋から数日。
ドラグニル公爵領は、かつてない活気に満ちていた。
王都のパーティーでの宣伝効果は絶大で、領地には連日、商隊が訪れ、特産品の野菜や温泉水を買い求めていく。
さらに、私の「肌ツヤ」の噂を聞きつけた美意識の高い貴族たちが、「あの温泉に入らせてくれ!」と、お忍びで観光に来るようになったのだ。
「公爵様、見てください。今月の売上が、過去十年分の税収を超えました」
私はテラスで、分厚い帳簿をバサバサと捲りながら報告した。
「……桁がおかしいな」
ギルバート様が、積み上がった金貨の袋を複雑そうに見つめる。
「これで屋根の修繕どころか、城の全面改築も可能です。さらに、領民への還元として、今夜は『凱旋記念・大宴会』を開催しましょう」
「宴会?」
「はい。領民たちに、ただ酒とただ飯を振る舞うのです。そうすれば、彼らの忠誠心はマックスになり、労働生産性が向上します」
「……君は、どこまでも合理的だな」
ギルバート様は苦笑したが、反対はしなかった。
そうして始まった、その夜の宴。
城の庭を開放し、領民たちが集まった。
かつては「呪われ公爵」を恐れて近づかなかった人々も、今では「公爵様、野菜が売れました!」「温泉最高っす!」と、ビールジョッキを掲げて笑っている。
リリィ嬢が農場長として、「さあさあ! 採れたての枝豆ですわよ! ビールに合いますわよ!」と接待している。
ポチも、領民の子供たちに背中をよじ登られ、満更でもなさそうに尻尾を振っている。
平和だ。
あまりにも平和で、幸せな光景。
私は少し離れたバルコニーから、その様子を眺めていた。
「……ふぅ」
グラスに入った葡萄ジュースを一口飲む。
(完璧ですね。私の人生設計、修正完了。あとはこのまま、優雅な隠居生活を送るのみ……)
「メアモリ」
背後から、名を呼ばれた。
振り返ると、ギルバート様が立っていた。
喧騒から離れたバルコニーには、静かな月明かりだけが降り注いでいる。
「公爵様。領民への挨拶は済みましたか?」
「ああ。……皆、笑っていた。私が近づいても、誰も逃げなかった」
彼は、どこか眩しそうに眼下の宴を見つめた。
「君が来る前は、想像もできなかった光景だ。ここは死んだ土地だった。私が、殺していたんだ」
「生き返らせたのは、あなたの魔力と、領民たちの努力ですよ。私はただ、指揮棒を振っただけです」
「いいや」
彼は首を横に振った。
そして、私の目の前に立った。
いつもより、距離が近い。
心臓がトクン、と跳ねる。
「メアモリ。……少し、騒がしいな」
「え?」
「静かにしよう」
彼が指を鳴らした。
パチン。
その瞬間、世界から音が消えた。
風の音も、宴会の喧騒も、虫の声も。
全てが遮断され、完全なる静寂が二人を包み込んだ。
「防音結界……?」
「ああ。……大事な話がある」
ギルバート様のアイスブルーの瞳が、真剣な光を宿して私を射抜く。
逃げられない。
私の直感が告げている。これは、コンサルタント契約の話でも、野菜の値段交渉でもない。
「王都でのパーティーで、君が言った言葉。『パートナーとしての質』……あれを聞いて、私は決めた」
彼は一歩踏み出し、私の手を取った。
その手は、少し震えていて、でもとても温かかった。
「私は、君の『同居人』では満足できなくなった」
「……公爵様?」
「君が他の誰かに笑いかけるのも、君がいつかここを出て行くかもしれないと怯えるのも、もう御免だ」
彼は深く息を吸い込み、そして、夜空を見上げた。
「見ていろ」
彼が空に手を掲げる。
『闇よ、光となれ。我が愛しき者に捧ぐ、刹那の輝きを』
ドォォォォォン……!!!!
音が遮断された結界の外、夜空に巨大な魔法陣が展開された。
そして、そこから無数の光の弾が打ち上がった。
それは花火だった。
火薬ではない。彼の魔力によって生成された、七色の魔力光。
赤、青、緑、金、銀。
宝石を砕いて撒き散らしたような、幻想的で圧倒的な光の嵐が、夜空を埋め尽くす。
「綺麗……」
私は息を飲んだ。
王都の花火職人が作るものより、遥かに美しく、力強く、そして繊細だ。
領民たちが空を見上げ、歓声を上げているのが見える(音は聞こえないが)。
その光の下で。
ギルバート様は、私の前に片膝をついた。
「っ……!」
まるで、物語の騎士のように。
彼は懐から、小さな箱を取り出した。
苔が入っていた木箱ではない。
ビロード張りの、正真正銘の宝石箱だ。
パカッ。
中に入っていたのは、指輪だった。
大きなダイヤモンド――ではなく。
透き通るような青い石。彼の瞳と同じ色の、魔石だ。
「これは……」
「私の魔力を結晶化したものだ。これを身につけていれば、どんな災厄からも君を守る。私がそばにいなくても、私の命が君を守り続ける」
重い。
愛が、物理的にも魔力的にも重い。
でも、それが今の私には、何よりも心地よかった。
「メアモリ・フォン・バレン」
彼は私を見上げた。
「君の人生という書類に、私との『婚姻届』という最後の一枚を挟んでくれないか?」
独特な言い回し。
ロマンチックの欠片もない、事務的なプロポーズ。
でも、それは私という人間を一番理解している彼だからこその言葉だった。
「君の残りの人生、その全ての時間を私に預けてほしい。……君を、世界一幸福な公爵夫人にすると誓う」
「……」
私は、溢れそうになる涙を、ぐっとこらえた。
泣くのは非効率的だ。化粧が崩れる。
私は深呼吸をして、いつもの冷静な声を作った。
「公爵様。その契約内容には、不備があります」
「な、何だと?」
ギルバート様が焦る。
私はニヤリと笑った。
「『世界一幸福な公爵夫人』だけでは足りません。『世界一安眠できる環境』と『美味しいお茶』、そして『あなたからの毎日の愛の言葉』。これをオプションとして追加してください」
「……!」
彼は目を丸くし、そして、パッと顔を輝かせた。
「……承認する。全て、特約事項として盛り込もう」
「交渉成立ですね」
私は左手を差し出した。
「では、謹んでお受けします。……永久就職、決定です」
ギルバート様は震える手で、私の薬指に指輪を嵌めた。
サイズは驚くほどぴったりだった。
「……ありがとう、メアモリ」
彼は立ち上がり、私を強く抱きしめた。
「愛している。……誰にも渡さない」
耳元で囁かれる低音ボイス。
心臓の不整脈(恋)が、最大出力を記録する。
「……私も、お慕いしております。ギルバート様」
私が小さく答えると、彼は嬉しそうに笑い、結界を解いた。
ドォォォォン!!
パチパチパチパチ!!
音が戻ってきた。
花火の音と共に、下から盛大な拍手と指笛が聞こえてくる。
「ヒューヒュー! 公爵様、やったー!」
「おめでとうございますー!!」
「キス! キス! キス!」
見下ろすと、リリィ嬢が指揮を執り、領民全員がこっちを見て盛り上がっていた。
どうやら、バルコニーでの一連の動作は、光の演出のせいでシルエットとして丸見えだったらしい。
「……見られていましたね」
「……誤算だった」
ギルバート様が顔を赤くする。
「さあ、コールが起きていますよ。領主として、民の期待に応える義務があります」
私は悪戯っぽく彼を見上げた。
「……君は、本当に悪魔だな」
彼は観念したように苦笑し、そして私の顎を優しく持ち上げた。
「覚悟しろよ、公爵夫人」
重なる唇。
夜空には大輪の魔力花火。
地上からは大歓声。
こうして、「呪われ公爵」と「悪役令嬢」の契約(婚約)は、領地全体を巻き込んだ一大スペクタクルとして成立したのだった。
ちなみに翌日、私は指輪の魔石が重すぎて肩が凝ると訴え、ギルバート様に肩もみをさせた。
「愛が重いです、物理的に」
「……小さく作り直そうか?」
「いえ。この重みが、安心しますから」
そう言うと、彼はまた嬉しそうに笑うのだった。
ドラグニル公爵領は、かつてない活気に満ちていた。
王都のパーティーでの宣伝効果は絶大で、領地には連日、商隊が訪れ、特産品の野菜や温泉水を買い求めていく。
さらに、私の「肌ツヤ」の噂を聞きつけた美意識の高い貴族たちが、「あの温泉に入らせてくれ!」と、お忍びで観光に来るようになったのだ。
「公爵様、見てください。今月の売上が、過去十年分の税収を超えました」
私はテラスで、分厚い帳簿をバサバサと捲りながら報告した。
「……桁がおかしいな」
ギルバート様が、積み上がった金貨の袋を複雑そうに見つめる。
「これで屋根の修繕どころか、城の全面改築も可能です。さらに、領民への還元として、今夜は『凱旋記念・大宴会』を開催しましょう」
「宴会?」
「はい。領民たちに、ただ酒とただ飯を振る舞うのです。そうすれば、彼らの忠誠心はマックスになり、労働生産性が向上します」
「……君は、どこまでも合理的だな」
ギルバート様は苦笑したが、反対はしなかった。
そうして始まった、その夜の宴。
城の庭を開放し、領民たちが集まった。
かつては「呪われ公爵」を恐れて近づかなかった人々も、今では「公爵様、野菜が売れました!」「温泉最高っす!」と、ビールジョッキを掲げて笑っている。
リリィ嬢が農場長として、「さあさあ! 採れたての枝豆ですわよ! ビールに合いますわよ!」と接待している。
ポチも、領民の子供たちに背中をよじ登られ、満更でもなさそうに尻尾を振っている。
平和だ。
あまりにも平和で、幸せな光景。
私は少し離れたバルコニーから、その様子を眺めていた。
「……ふぅ」
グラスに入った葡萄ジュースを一口飲む。
(完璧ですね。私の人生設計、修正完了。あとはこのまま、優雅な隠居生活を送るのみ……)
「メアモリ」
背後から、名を呼ばれた。
振り返ると、ギルバート様が立っていた。
喧騒から離れたバルコニーには、静かな月明かりだけが降り注いでいる。
「公爵様。領民への挨拶は済みましたか?」
「ああ。……皆、笑っていた。私が近づいても、誰も逃げなかった」
彼は、どこか眩しそうに眼下の宴を見つめた。
「君が来る前は、想像もできなかった光景だ。ここは死んだ土地だった。私が、殺していたんだ」
「生き返らせたのは、あなたの魔力と、領民たちの努力ですよ。私はただ、指揮棒を振っただけです」
「いいや」
彼は首を横に振った。
そして、私の目の前に立った。
いつもより、距離が近い。
心臓がトクン、と跳ねる。
「メアモリ。……少し、騒がしいな」
「え?」
「静かにしよう」
彼が指を鳴らした。
パチン。
その瞬間、世界から音が消えた。
風の音も、宴会の喧騒も、虫の声も。
全てが遮断され、完全なる静寂が二人を包み込んだ。
「防音結界……?」
「ああ。……大事な話がある」
ギルバート様のアイスブルーの瞳が、真剣な光を宿して私を射抜く。
逃げられない。
私の直感が告げている。これは、コンサルタント契約の話でも、野菜の値段交渉でもない。
「王都でのパーティーで、君が言った言葉。『パートナーとしての質』……あれを聞いて、私は決めた」
彼は一歩踏み出し、私の手を取った。
その手は、少し震えていて、でもとても温かかった。
「私は、君の『同居人』では満足できなくなった」
「……公爵様?」
「君が他の誰かに笑いかけるのも、君がいつかここを出て行くかもしれないと怯えるのも、もう御免だ」
彼は深く息を吸い込み、そして、夜空を見上げた。
「見ていろ」
彼が空に手を掲げる。
『闇よ、光となれ。我が愛しき者に捧ぐ、刹那の輝きを』
ドォォォォォン……!!!!
音が遮断された結界の外、夜空に巨大な魔法陣が展開された。
そして、そこから無数の光の弾が打ち上がった。
それは花火だった。
火薬ではない。彼の魔力によって生成された、七色の魔力光。
赤、青、緑、金、銀。
宝石を砕いて撒き散らしたような、幻想的で圧倒的な光の嵐が、夜空を埋め尽くす。
「綺麗……」
私は息を飲んだ。
王都の花火職人が作るものより、遥かに美しく、力強く、そして繊細だ。
領民たちが空を見上げ、歓声を上げているのが見える(音は聞こえないが)。
その光の下で。
ギルバート様は、私の前に片膝をついた。
「っ……!」
まるで、物語の騎士のように。
彼は懐から、小さな箱を取り出した。
苔が入っていた木箱ではない。
ビロード張りの、正真正銘の宝石箱だ。
パカッ。
中に入っていたのは、指輪だった。
大きなダイヤモンド――ではなく。
透き通るような青い石。彼の瞳と同じ色の、魔石だ。
「これは……」
「私の魔力を結晶化したものだ。これを身につけていれば、どんな災厄からも君を守る。私がそばにいなくても、私の命が君を守り続ける」
重い。
愛が、物理的にも魔力的にも重い。
でも、それが今の私には、何よりも心地よかった。
「メアモリ・フォン・バレン」
彼は私を見上げた。
「君の人生という書類に、私との『婚姻届』という最後の一枚を挟んでくれないか?」
独特な言い回し。
ロマンチックの欠片もない、事務的なプロポーズ。
でも、それは私という人間を一番理解している彼だからこその言葉だった。
「君の残りの人生、その全ての時間を私に預けてほしい。……君を、世界一幸福な公爵夫人にすると誓う」
「……」
私は、溢れそうになる涙を、ぐっとこらえた。
泣くのは非効率的だ。化粧が崩れる。
私は深呼吸をして、いつもの冷静な声を作った。
「公爵様。その契約内容には、不備があります」
「な、何だと?」
ギルバート様が焦る。
私はニヤリと笑った。
「『世界一幸福な公爵夫人』だけでは足りません。『世界一安眠できる環境』と『美味しいお茶』、そして『あなたからの毎日の愛の言葉』。これをオプションとして追加してください」
「……!」
彼は目を丸くし、そして、パッと顔を輝かせた。
「……承認する。全て、特約事項として盛り込もう」
「交渉成立ですね」
私は左手を差し出した。
「では、謹んでお受けします。……永久就職、決定です」
ギルバート様は震える手で、私の薬指に指輪を嵌めた。
サイズは驚くほどぴったりだった。
「……ありがとう、メアモリ」
彼は立ち上がり、私を強く抱きしめた。
「愛している。……誰にも渡さない」
耳元で囁かれる低音ボイス。
心臓の不整脈(恋)が、最大出力を記録する。
「……私も、お慕いしております。ギルバート様」
私が小さく答えると、彼は嬉しそうに笑い、結界を解いた。
ドォォォォン!!
パチパチパチパチ!!
音が戻ってきた。
花火の音と共に、下から盛大な拍手と指笛が聞こえてくる。
「ヒューヒュー! 公爵様、やったー!」
「おめでとうございますー!!」
「キス! キス! キス!」
見下ろすと、リリィ嬢が指揮を執り、領民全員がこっちを見て盛り上がっていた。
どうやら、バルコニーでの一連の動作は、光の演出のせいでシルエットとして丸見えだったらしい。
「……見られていましたね」
「……誤算だった」
ギルバート様が顔を赤くする。
「さあ、コールが起きていますよ。領主として、民の期待に応える義務があります」
私は悪戯っぽく彼を見上げた。
「……君は、本当に悪魔だな」
彼は観念したように苦笑し、そして私の顎を優しく持ち上げた。
「覚悟しろよ、公爵夫人」
重なる唇。
夜空には大輪の魔力花火。
地上からは大歓声。
こうして、「呪われ公爵」と「悪役令嬢」の契約(婚約)は、領地全体を巻き込んだ一大スペクタクルとして成立したのだった。
ちなみに翌日、私は指輪の魔石が重すぎて肩が凝ると訴え、ギルバート様に肩もみをさせた。
「愛が重いです、物理的に」
「……小さく作り直そうか?」
「いえ。この重みが、安心しますから」
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