悪役令嬢は、婚約破棄を「無期限の有給休暇」と解釈する。

恋の箱庭

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プロポーズの余韻も冷めやらぬ翌日の昼下がり。

私とギルバート様は、テラスで今後の結婚式の日取りについて(主に予算と効率の面から)話し合っていた。

「式は身内だけで簡素に行いましょう。浮いた予算で、温泉施設にサウナを増設します」

「……君らしいな。だが、ドレスは新調しろよ。私が贈る」

そんな甘い会話を交わしていた時だった。

ズズズズズ……。

地響きのような音が近づいてくる。

ポチが警戒する間もなく、森の木々がバキバキと薙ぎ倒され、巨大な黄金の馬車――いや、もはや移動要塞のような大きさの馬車が現れた。

護衛の兵士の数が、いつもの倍以上。

そして、掲げられている紋章は、王太子のものではなく、「国王」を示す獅子の紋章だった。

「……ラスボス、登場ですね」

私が眼鏡(伊達)の位置を直すと、ギルバート様が私の前に立った。

「私が守る。国王といえど、私の妻(予定)に文句は言わせん」

馬車が止まる。

恭しく扉が開かれ、そこから降り立ったのは、髭を蓄えた大柄な男性――フレデリック国王陛下だった。

豪快な笑い声と共に、彼は庭に足を踏み入れた。

「ガハハハ! ここか! 噂の『ドラグニル・リゾート』とは!」

そして、その背後から、ボロボロの服を着て、手縄で縛られた男が、衛兵に引きずられて出てきた。

「あだだだだ! 痛い! 父上、痛いです!」

情けない悲鳴を上げているのは、我らが元婚約者、クラーク殿下である。

「陛下。遠路はるばる、どのようなご用件で?」

ギルバート様が、極めて冷淡な声で出迎える。

国王陛下は、ギルバート様の殺気など意に介さず、ズカズカと歩み寄ってきた。

「堅苦しい挨拶は抜きだ、公爵! いやぁ、素晴らしい! 来る途中の道も整備されているし、空気も美味い! 王都よりよほど住み心地が良さそうではないか!」

陛下は私の前に立ち、ニカッと笑った。

「そして、そなたがメアモリ嬢だな。……うむ、聞いていた以上に良い顔をしている。息子が逃げ出したくなるのもわかる、強者の顔だ」

「お褒めに預かり恐縮です、陛下」

私は完璧なカーテシーで返した。

「それで、そちらの『荷物』は?」

私は縛られたクラークを指差した。

陛下は表情を一変させ、クラークを睨みつけた。

「ああ、これか。……我が王家の恥晒しだ」

ドスッ。

陛下はクラークの頭を鷲掴みにした。

「痛っ! やめてください父上!」

「黙れ愚か者! 別荘から戻ってみれば、国庫は空に近い、書類は山積み、大臣たちはストライキ寸前! 全てお前の仕業だと聞いたぞ!」

陛下の雷が落ちる。

「しかも! 己の無能を棚に上げ、メアモリ嬢の商売を邪魔しようとするなど、王族にあるまじき卑劣な行い! わしは情けないぞ!」

「だって……だってメアモリがいなくなって、寂しかったんだもん……」

「気持ち悪い言い訳をするな!!」

ゲンコツが落ちた。

クラークが「ぶべっ」と蛙のような声を上げて伸びる。

陛下はため息をつき、私に向き直った。

「メアモリ嬢。本当にすまなかった。このバカ息子の尻拭いを、陰ながらしてくれていたそうだな。コンサルタント料の請求書を見たが、あれでも安いくらいだ」

「ご理解いただけて光栄です。では、追加の迷惑料も請求してよろしいでしょうか?」

「うむ、構わん。王家の隠し財産から払おう」

話が早い。

この国王陛下、息子とは違って話の通じる相手だ。

「さて、本題だ」

陛下は威厳を取り戻し、宣言した。

「クラーク・アルガン! 貴様を、本日をもって『王太子』の地位から廃嫡(はいちゃく)……は、さすがにやりすぎると後継者がいなくて困るから、一時凍結とする!」

「と、凍結?」

クラークが涙目で顔を上げる。

「そうだ! 貴様は今日から平民……ではなく、『見習い役人』として一からやり直せ! 場所はここ、ドラグニル公爵領だ!」

「はぁっ!?」

私とクラークの声が重なった。

「陛下、お待ちください。私の領地で引き取るのですか? 粗大ゴミの不法投棄は困ります」

私が拒否すると、陛下はニヤリと笑った。

「いいや、違うぞメアモリ嬢。こやつの処分権を、そなたに一任するということだ」

「処分権?」

「うむ。こやつは事務処理能力が絶望的に低い。そこでだ。そなたの下で、徹底的にしごいてやってくれんか? こやつが一人前の仕事ができるようになるまで、王都の地は踏ませない」

なるほど。

「教育係」兼「監視役」か。

私はクラークを見た。彼は「メアモリの下で働くなんて嫌だぁぁ!」と首を振っている。

その嫌がる顔を見て、私のサディスティックな勤労意欲に火がついた。

「……承知いたしました」

私はニッコリと笑った。

「ちょうど、単純作業を行う人員が不足していたところです。領民の戸籍整理、野菜の出荷伝票の清書、温泉の成分分析データの入力……やることは山ほどあります」

「ひぃっ! 目が! 目が笑っていない!」

「安心してください、殿下。私、指導は厳しいですが、残業代は(雀の涙ほど)出しますから」

私はギルバート様を見た。

「公爵様、物置小屋を一つきれいにしてください。彼にはそこで住み込みで働いてもらいます」

「……わかった。防音結界を張っておく。泣き声が漏れないようにな」

ギルバート様も、もはやクラークをライバル視すらしていない。ただの「新入りの下っ端」を見る目だ。

「そ、そんな……私は王子だぞ……!」

「元、です。さあ、まずはそのロープを解いて、あそこの馬小屋の掃除から始めなさい。リリィ農場長! 新入りです! こき使ってください!」

「はーい! 了解ですわ!」

畑からリリィ嬢が走ってきた。

彼女はクラークを見るなり、満面の笑みで言った。

「あらクラーク様、ようこそ! 貴方のその柔らかい手、今日からは鍬(くわ)を持つために使ってくださいね!」

「リ、リリィ……お前まで……」

クラークは絶望し、ガックリと項垂れた。

こうして。

「王太子の廃嫡(軽め)」は執行された。

彼は王太子という身分を一時的に剥奪され、「公爵領の住み込みバイト(見習い)」として、私の下請け業務を行うことになったのだ。

陛下はその後、温泉に入り、「おお、これは良い湯だ! わしもここに別荘を建てようかな」とご満悦で帰っていった。

「……平和ですね」

夕暮れ時。

馬小屋から「臭いー! 腰が痛いー!」というクラークの悲鳴が微かに聞こえてくるが、それもまたBGMの一つだ。

「ああ。……だが、彼も少しはマシになるだろう。君の指導があればな」

ギルバート様が、私の肩を抱く。

「ま、期待せずに育てますよ。使えなければ、ポチの散歩係に降格させるだけですから」

私は冷酷に言い放ち、ギルバート様の腕に身を委ねた。

かつての婚約者は、今は私の部下。

かつての「呪われ公爵」は、私の最愛の夫。

運命とは、実に皮肉で、そして面白いものである。
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