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季節は巡り、また穏やかな春がやってきた。
ドラグニル公爵領の庭園では、色とりどりの花が咲き乱れ、ポチ(ケルベロス)とグリフォンが仲良く昼寝をしている。
その横のテラスで、私とギルバート様は、いつものようにティータイムを楽しんでいた。
「……ふぅ。平和ですね」
私は、湯気の立つ紅茶を口に含み、しみじみと呟いた。
「ああ。今日は特に静かだ。クラークの悲鳴も聞こえない」
「彼は今日、王都への出張ですからね。久しぶりの里帰りに、少し緊張しているようでしたよ。『父上(国王)にまた殴られないかな』と」
「成長しない奴だ」
ギルバート様がクスクスと笑い、私の空になったカップに新しい紅茶を注いでくれる。
その手つきは優雅で、もう完全にプロの執事レベルだ。
私は、彼の横顔を眺めながら、ふと、ここに来た日のことを思い出した。
婚約破棄を言い渡され、追放先としてこの地に送り込まれたあの日。
私はそれを「無期限の有給休暇」と解釈し、ガッツポーズをした。
あれから、五年。
「……ねえ、ギルバート様」
「ん? どうした」
「私、ふと思ったのですが」
私はカップを置き、真面目な顔で切り出した。
「私の『有給休暇』、詐欺だったのではないかと」
「……は?」
ギルバート様が目を丸くする。
私は指折り数え始めた。
「見てください。来て早々、屋敷の大掃除。魔獣の餌付け。温泉の発掘と建設。王都とのコンサルタント契約業務。領地経営の立て直し。そして、見習い役人の指導……」
私は深いため息をついた。
「これ、王宮にいた頃より働いていませんか?」
「……言われてみれば、そうだな」
「おかしいです。私は『寝て暮らす』つもりだったのに。気づけば『領地改革の鬼』とか『商売の女神』とか呼ばれて、過労死ラインぎりぎりまで働いていた気がします」
私は机に突っ伏した。
「私のスローライフはどこへ……? これは契約違反です……」
私が嘆くと、ギルバート様は優しく私の頭を撫でた。
「だが、君は楽しそうだったぞ」
「え?」
「王宮での君は、死んだような目をしていたと聞いた。だが、ここで働く君は……いつも生き生きとしていた。電卓を叩く時も、クラークを叱る時も、温泉の成分表を見る時も」
彼は私の顔を覗き込み、愛おしそうに微笑んだ。
「君は、根っからの仕事人間なんだろう。ただ、以前と違うのは……それが『やらされる仕事』ではなく、『やりたい仕事』だったということだ」
「……やりたい仕事」
「ああ。君が自分の意思で選び、自分の才覚で切り開いた仕事だ。だから、君は輝いていた」
彼の言葉が、すとんと胸に落ちた。
確かにそうだ。
大変だったけれど、辛くはなかった。
自分のアイデアが形になり、領地が豊かになり、ギルバート様やリリィ、領民たちが笑ってくれる。
そのプロセスが、何よりも楽しかったのだ。
「……そうかもしれませんね」
私は顔を上げ、苦笑した。
「どうやら私は、マグロのように泳ぎ続けていないと死んでしまう性分のようです」
「マグロ?」
「回遊魚です。止まると死にます」
「……君を魚に例えるのはどうかと思うが、まあ、活動的なのは良いことだ」
ギルバート様は、私の手を取り、その薬指に嵌められた青い魔石の指輪に口付けた。
「それに、君の『有給休暇』は、無駄ではなかったはずだ」
「と、言いますと?」
「君はここで、最高のパートナー(私)を見つけた。……違うか?」
彼は悪戯っぽく私を見上げた。
その自信満々な態度に、私は思わず吹き出した。
「ふふっ! ……ええ、違いません。大当たりです」
私は彼の手を握り返した。
「確かに、労働量は多かったですが、報酬(あなた)の質が最高でしたから、トータルでは大黒字です」
「それはよかった」
私たちは笑い合った。
春の風が吹き抜け、私たちの髪を揺らす。
「さて、メアモリ」
ギルバート様が、改まった表情になった。
「君の言う通り、そろそろ区切りをつける時かもしれないな」
「区切り?」
「『有給休暇』だ。……五年も経てば、もう休暇とは言えないだろう」
「そうですね。長期休暇にも程があります」
「ならば、ここで宣言しよう」
彼は立ち上がり、私の前に手を差し出した。
「メアモリ・フォン・バレン。君の『無期限有給休暇』は、本日をもって終了とする」
「……了解しました。では、明日からは?」
私は彼の手を取って立ち上がった。
ギルバート様は、私を引き寄せ、抱きしめた。
「明日からは……『ドラグニル公爵家の愛され夫人』という、新しい役職に就任してもらう」
「愛され夫人、ですか」
「ああ。業務内容は簡単だ。私のそばにいて、私に愛され、私と一緒に笑って暮らすこと。……ただし、定年退職はない。終身雇用だ」
「条件は?」
「給与は、私の全ての財産と、毎日の愛の言葉。福利厚生は、ハグとキスし放題。……どうだ? 受けてくれるか?」
甘い。
最高に甘いオファーだ。
どんなブラック企業も裸足で逃げ出す、超ホワイトな永久就職。
私は、彼の胸に顔を埋め、満面の笑みで答えた。
「――謹んで、お受けいたします」
「交渉成立だな」
ギルバート様が嬉しそうに笑い、私にキスをした。
長い、長いキス。
ポチが「またやってるよ」という顔で欠伸をし、リリィが遠くの畑から「ヒューヒュー!」と指笛を鳴らすのが聞こえる。
私の「婚約破棄」から始まった物語。
それは「追放」という名の休暇を経て、「真実の愛」という最高の職場へと辿り着いた。
「さあ、あなた。仕事の時間ですよ」
唇を離し、私は彼に言った。
「仕事?」
「ええ。愛され夫人の初仕事です。……今日は天気がいいので、一緒にお昼寝をしましょう」
「……それは、最高の業務命令だな」
「でしょう?」
私たちは手を繋ぎ、縁側の方へと歩き出した。
太陽はぽかぽかと暖かく、未来はどこまでも明るい。
私の新しい人生は、まだ始まったばかりだ。
元・悪役令嬢メアモリは、これからも、この少し変わった公爵様と、愉快な仲間たちと共に、逞しく、合理的に、そして幸せに生きていく。
この場所が、私の「帰るべき場所」になったのだから。
ドラグニル公爵領の庭園では、色とりどりの花が咲き乱れ、ポチ(ケルベロス)とグリフォンが仲良く昼寝をしている。
その横のテラスで、私とギルバート様は、いつものようにティータイムを楽しんでいた。
「……ふぅ。平和ですね」
私は、湯気の立つ紅茶を口に含み、しみじみと呟いた。
「ああ。今日は特に静かだ。クラークの悲鳴も聞こえない」
「彼は今日、王都への出張ですからね。久しぶりの里帰りに、少し緊張しているようでしたよ。『父上(国王)にまた殴られないかな』と」
「成長しない奴だ」
ギルバート様がクスクスと笑い、私の空になったカップに新しい紅茶を注いでくれる。
その手つきは優雅で、もう完全にプロの執事レベルだ。
私は、彼の横顔を眺めながら、ふと、ここに来た日のことを思い出した。
婚約破棄を言い渡され、追放先としてこの地に送り込まれたあの日。
私はそれを「無期限の有給休暇」と解釈し、ガッツポーズをした。
あれから、五年。
「……ねえ、ギルバート様」
「ん? どうした」
「私、ふと思ったのですが」
私はカップを置き、真面目な顔で切り出した。
「私の『有給休暇』、詐欺だったのではないかと」
「……は?」
ギルバート様が目を丸くする。
私は指折り数え始めた。
「見てください。来て早々、屋敷の大掃除。魔獣の餌付け。温泉の発掘と建設。王都とのコンサルタント契約業務。領地経営の立て直し。そして、見習い役人の指導……」
私は深いため息をついた。
「これ、王宮にいた頃より働いていませんか?」
「……言われてみれば、そうだな」
「おかしいです。私は『寝て暮らす』つもりだったのに。気づけば『領地改革の鬼』とか『商売の女神』とか呼ばれて、過労死ラインぎりぎりまで働いていた気がします」
私は机に突っ伏した。
「私のスローライフはどこへ……? これは契約違反です……」
私が嘆くと、ギルバート様は優しく私の頭を撫でた。
「だが、君は楽しそうだったぞ」
「え?」
「王宮での君は、死んだような目をしていたと聞いた。だが、ここで働く君は……いつも生き生きとしていた。電卓を叩く時も、クラークを叱る時も、温泉の成分表を見る時も」
彼は私の顔を覗き込み、愛おしそうに微笑んだ。
「君は、根っからの仕事人間なんだろう。ただ、以前と違うのは……それが『やらされる仕事』ではなく、『やりたい仕事』だったということだ」
「……やりたい仕事」
「ああ。君が自分の意思で選び、自分の才覚で切り開いた仕事だ。だから、君は輝いていた」
彼の言葉が、すとんと胸に落ちた。
確かにそうだ。
大変だったけれど、辛くはなかった。
自分のアイデアが形になり、領地が豊かになり、ギルバート様やリリィ、領民たちが笑ってくれる。
そのプロセスが、何よりも楽しかったのだ。
「……そうかもしれませんね」
私は顔を上げ、苦笑した。
「どうやら私は、マグロのように泳ぎ続けていないと死んでしまう性分のようです」
「マグロ?」
「回遊魚です。止まると死にます」
「……君を魚に例えるのはどうかと思うが、まあ、活動的なのは良いことだ」
ギルバート様は、私の手を取り、その薬指に嵌められた青い魔石の指輪に口付けた。
「それに、君の『有給休暇』は、無駄ではなかったはずだ」
「と、言いますと?」
「君はここで、最高のパートナー(私)を見つけた。……違うか?」
彼は悪戯っぽく私を見上げた。
その自信満々な態度に、私は思わず吹き出した。
「ふふっ! ……ええ、違いません。大当たりです」
私は彼の手を握り返した。
「確かに、労働量は多かったですが、報酬(あなた)の質が最高でしたから、トータルでは大黒字です」
「それはよかった」
私たちは笑い合った。
春の風が吹き抜け、私たちの髪を揺らす。
「さて、メアモリ」
ギルバート様が、改まった表情になった。
「君の言う通り、そろそろ区切りをつける時かもしれないな」
「区切り?」
「『有給休暇』だ。……五年も経てば、もう休暇とは言えないだろう」
「そうですね。長期休暇にも程があります」
「ならば、ここで宣言しよう」
彼は立ち上がり、私の前に手を差し出した。
「メアモリ・フォン・バレン。君の『無期限有給休暇』は、本日をもって終了とする」
「……了解しました。では、明日からは?」
私は彼の手を取って立ち上がった。
ギルバート様は、私を引き寄せ、抱きしめた。
「明日からは……『ドラグニル公爵家の愛され夫人』という、新しい役職に就任してもらう」
「愛され夫人、ですか」
「ああ。業務内容は簡単だ。私のそばにいて、私に愛され、私と一緒に笑って暮らすこと。……ただし、定年退職はない。終身雇用だ」
「条件は?」
「給与は、私の全ての財産と、毎日の愛の言葉。福利厚生は、ハグとキスし放題。……どうだ? 受けてくれるか?」
甘い。
最高に甘いオファーだ。
どんなブラック企業も裸足で逃げ出す、超ホワイトな永久就職。
私は、彼の胸に顔を埋め、満面の笑みで答えた。
「――謹んで、お受けいたします」
「交渉成立だな」
ギルバート様が嬉しそうに笑い、私にキスをした。
長い、長いキス。
ポチが「またやってるよ」という顔で欠伸をし、リリィが遠くの畑から「ヒューヒュー!」と指笛を鳴らすのが聞こえる。
私の「婚約破棄」から始まった物語。
それは「追放」という名の休暇を経て、「真実の愛」という最高の職場へと辿り着いた。
「さあ、あなた。仕事の時間ですよ」
唇を離し、私は彼に言った。
「仕事?」
「ええ。愛され夫人の初仕事です。……今日は天気がいいので、一緒にお昼寝をしましょう」
「……それは、最高の業務命令だな」
「でしょう?」
私たちは手を繋ぎ、縁側の方へと歩き出した。
太陽はぽかぽかと暖かく、未来はどこまでも明るい。
私の新しい人生は、まだ始まったばかりだ。
元・悪役令嬢メアモリは、これからも、この少し変わった公爵様と、愉快な仲間たちと共に、逞しく、合理的に、そして幸せに生きていく。
この場所が、私の「帰るべき場所」になったのだから。
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