「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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カッカッカッカッカッ……!

ペンの走る音が、機関銃のように室内に響き渡っている。

宰相執務室。

私は今、ルーカス閣下から渡された『国家中期経済計画書』の作成に必要な、過去の会計監査を行っていた。

目の前には、過去三年分の各省庁の出納帳簿が山積みになっている。

普通なら会計士十人がかりで一ヶ月かかる量だが、今の私には「三日」という目標があった。

なぜなら、三日後に王都で『大収穫祭』があり、そこに出る屋台の焼きトウモロコシが食べたいからだ。

食欲は最大の原動力である。

「……ん?」

順調に進んでいた私の手が、ふと止まった。

「どうした、ダイアナ。手が止まっているぞ」

向かいで仕事をしていたルーカス閣下が、すぐに顔を上げる。

「閣下。……ちょっと、気持ち悪い数字を見つけました」

「気持ち悪い?」

「はい。これを見てください」

私は一枚の帳簿を閣下の前に差し出した。

それは、国土交通省の『公共事業費』のページだ。

「この三年間で、王都の道路補修工事の予算が、前年比で一・五倍に増えています」

「ふむ。王都は人口が増えているからな。道路の傷みも早いのだろう」

「私も最初はそう思いました。ですが、こちらの『資材購入リスト』と照らし合わせると、奇妙なことがわかります」

私は別の書類をパサリと広げた。

「道路補修に使われる石材の単価が、市場価格の三倍で計上されています。しかも、購入先は全て『B商会』という一社のみ」

「……独占契約か」

「さらに奇妙なのは、工事の人件費です。記録によると、雨の日も嵐の日も、一日も休まず三百六十五日、毎日五十人の作業員が働いたことになっています」

「ありえないな。雨天時は工事中止が原則だ」

「ええ。つまり、この帳簿には『存在しない工事』と『存在しない作業員』が含まれている可能性が高いです。その額、ざっと見積もって金貨五千枚」

「……金貨五千枚」

ルーカス閣下の瞳が、スッと細められた。

温度が下がる。

「それは国家予算の一割に近い額だ。……ダイアナ、その省の責任者は誰だ?」

私は帳簿の表紙を確認した。

そこには、見覚えのある署名が記されていた。

「……バーンズ男爵です」

「バーンズ? ああ、あの」

「はい。リリーナ様のお父上です」

納得がいった。

あの娘にして、この親あり。

娘が王子の威光を借りて好き勝手していたように、父親もまた、国の予算を私物化していたのだ。

「……腐っているな」

ルーカス閣下が吐き捨てるように言った。

「即刻、更迭だ。衛兵を……」

「待ってください、閣下」

私はそれを手で制した。

「今ここで捕まえても、『計算間違いだ』とか『部下が勝手にやった』とトカゲの尻尾切りにされるのがオチです。確実な証拠を突きつけ、言い逃れできないように『詰める』必要があります」

「……なるほど。で、策はあるのか?」

私はニヤリと口角を上げた。

「あります。ちょうど今、バーンズ男爵から『追加予算の申請』が来ていますから、これを利用しましょう」

「君は本当に、敵に回したくない女だ」

「褒め言葉として受け取っておきます。……では、彼をお呼び出しください」

   ◇ ◇ ◇

一時間後。

呼び出しを受けたバーンズ男爵が、宰相執務室に現れた。

小太りで、脂ぎった顔。

高そうな宝石の指輪をいくつも嵌めている。

「お呼びでしょうか、宰相閣下。……ふん、お前もいるのか」

男爵は私を見ると、露骨に顔をしかめた。

「私の可愛いリリーナをいじめた悪女が。今に見ておれ、エドワード殿下が黙っていないぞ」

小声でブツブツと文句を言っているが、丸聞こえだ。

私は無視して、ビジネスライクな笑顔を向けた。

「ご足労ありがとうございます、男爵。本日は、貴方が申請された『王都下水道拡張工事』の追加予算について、いくつか確認させていただきたく」

「確認だと? そんなもの、さっさと承認印を押せばいいのだ。国民の衛生に関わる重要事業だぞ!」

男爵はふんぞり返った。

「ええ、おっしゃる通りです。ですが、少し数字が合わない箇所がございまして」

「数字? 私は忙しいんだ。細かい計算は部下に任せている」

「では、私が代わりに計算しておきました」

私は手元の資料を読み上げた。

「申請書によると、今回の工事に必要な土管の数は一万本。一本あたりの単価は銀貨十枚。……ですが、先月、隣の街で行われた同様の工事では、同じ土管が銀貨三枚で購入されています」

「なっ……」

「三倍以上の価格差です。これはインフレですか? それとも、この土管には金粉でも塗られているのですか?」

「そ、それは! 輸送費だ! 遠くから運んでくるから高くなるのだ!」

「輸送費? おかしいですね。B商会の倉庫は王都の中にあります。馬車で十分の距離ですが」

「うっ……! と、特注品なのだ! 耐久性が違う!」

「耐久性テストのデータは添付されていませんが?」

私が淡々と事実を突きつけるたびに、男爵の顔から余裕が消えていく。

脂汗がダラダラと流れ落ちる。

「ええい、うるさい! 小娘が知ったような口を利くな! 現場には現場の事情があるのだ! お前のような温室育ちの令嬢に何がわかる!」

男爵は逆ギレし、机をバンと叩いた。

「大体、お前はなんだ! 王太子に捨てられた分際で、宰相閣下の腰巾着になりおって! この予算を通さないなら、私はストライキを起こすぞ! 工事が止まって困るのは国の方だ!」

脅しだ。

工事を人質に取れば、こちらが折れると思っているのだ。

普通なら、そうかもしれない。

だが、相手が悪かった。

「……ストライキ、ですか」

私は冷ややかに目を細めた。

「どうぞ、ご自由に」

「な、なに?」

「工事が止まっても困りません。なぜなら」

私は最後の一枚――切り札となる書類を突きつけた。

「そもそも、『工事なんて行われていない』のですから」

「……は?」

「私が現場を確認してきました。……正確には、私の使い魔(伝書鳩)を飛ばして上空から確認させましたが。申請されている工事区画、まだ草がボーボーでしたよ?」

「なっ……!?」

「さらに、作業員名簿にある名前を住民票と照らし合わせました。……半数が『死亡済み』か『三歳児』でした。三歳の子供に土木作業をさせているのですか? それともゾンビですか?」

「ひっ……!」

男爵の顔色が、赤から白、そして土色へと変わっていく。

「こ、これは……何かの間違いだ! 部下が! 部下が勝手に!」

「往生際が悪いですね」

私は電卓(魔道具)を叩いた。

「架空請求の総額、金貨五千三百二十枚。これに延滞税と詐欺罪の罰金を加算すると……貴方の全財産を没収しても足りませんね」

「そ、そんな……」

「詰みです、男爵」

私が宣告すると同時に、それまで黙って聞いていたルーカス閣下が立ち上がった。

ゆっくりと、捕食者の動きで。

「……聞いたな、衛兵」

「はっ!」

扉が開き、待機していた衛兵たちが雪崩れ込んでくる。

「バーンズ男爵。貴様を公金横領および背任の容疑で拘束する」

「ま、待ってくれ閣下! 私は知らぬ! これは陰謀だ! エドワード殿下に言いつけてやる!」

男爵は泣き叫びながら抵抗する。

「殿下? ああ、彼も呼んであるよ」

ルーカス閣下が指を鳴らすと、衛兵の後ろから、青ざめた顔のエドワード殿下が姿を現した。

「で、殿下! 助けてください! この女がデタラメを!」

男爵がすがりつく。

しかし、殿下は後ずさった。

「さ、触るな! 僕は知らん! まさかリリーナの父親が、国の金を盗んでいたなんて……!」

殿下の手には、私が先ほど送りつけた『横領の証拠書類一式』が握られている。

さすがのバカ王子も、数字を見せつけられれば理解したらしい(あるいは、ハリス文官長に解説されたか)。

「殿下、あなたの署名入りの承認書も多数見つかっています。あなたも共犯の疑いがありますよ」

私が追撃すると、殿下は悲鳴を上げた。

「ち、違う! 僕はリリーナに『パパのお仕事手伝って』と言われてハンコを押しただけで……!」

「それを共犯と言うのです」

「ひいいいッ! し、知らない! 僕は被害者だ!」

殿下は男爵を見捨てて、部屋の隅へ逃げた。

「連れて行け」

ルーカス閣下の冷徹な命令が下る。

「おのれぇぇぇ! 覚えてろダイアナァァァ!」

断末魔のような叫びを残し、バーンズ男爵は引きずられていった。

バタン、と扉が閉まる。

部屋に静寂が戻った。

「……ふぅ。一丁上がりですね」

私は肩を回した。

「見事な手際だ」

ルーカス閣下が、感心したように拍手をした。

「君の計算能力は、悪を裁く剣にもなるのか」

「ただの事務処理です。数字が合わないと気持ち悪いだけなので」

「しかし、これでリリーナ嬢のバックボーンは崩壊した。……次は彼女自身の番かな?」

閣下の視線が、部屋の隅で震えているエドワード殿下に向く。

殿下はビクッとしてこちらを見た。

「そ、そうか……リリーナの家が横領を……。だ、だからあんなに羽振りが良かったのか……」

殿下はブツブツと呟いている。

まだ信じたくないようだが、事実は残酷だ。

「ダイアナ。これで一つ、大きな膿が出た。……ご褒美が必要だな」

ルーカス閣下は私に向き直り、甘く微笑んだ。

「焼きトウモロコシが食べたいと言っていたね?」

「え、聞こえてたんですか?」

「私の耳は地獄耳だ。……今度の収穫祭、一緒に行こう。デートだ」

「……屋台の食べ歩きですよ? 宰相閣下が?」

「君と一緒なら、泥水でも甘露だろう」

「泥水は飲みたくありませんが……トウモロコシは奢ってください」

「ああ。好きなだけ」

横領事件の解決の報酬が、焼きトウモロコシ。

安い女だと思われそうだが、今の私には金貨よりも魅力的に見えた。

だが、平和な時間は長くは続かない。

追い詰められたリリーナ嬢が、最後の悪あがきをしようとしていたからだ。

「聖女」という名の、最強の切り札を使って。
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