「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

文字の大きさ
22 / 29

21

しおりを挟む
王城の応接の間。

そこには、一触即発の空気が張り詰めていた。

「やあ、初めまして! 君が噂の『氷の宰相を操る女傑』ダイアナ嬢だね?」

爽やかな声と共に現れたのは、太陽のように眩しい男だった。

燃えるような赤髪に、自信に満ちた琥珀色の瞳。

鍛え上げられた体に、隣国ガルド帝国の軍服をラフに着崩している。

ガルド帝国皇太子、ジークフリート殿下。

彼は私の前に立つと、親しげに片手を上げた。

「俺がジークフリートだ。ボルグ伯爵から話は聞いているよ。なんでも、我が国の関税政策をたった数分で論破し、逆に有利な条件を引き出したとか」

「……恐縮です。ただの事務的な指摘ですので」

私がカーテシー(お辞儀)をしようとすると、彼はすっと私の手を取り、握手をしてきた。

「堅苦しい挨拶は抜きだ! 俺は形式張ったことが嫌いでね。単刀直入に言おう」

彼はニカッと白い歯を見せて笑った。

「ダイアナ嬢。俺の国に来ないか? 君を『帝国筆頭財務官』として迎え入れたい」

「……はい?」

「年俸は今の三倍だ。いや、君が望むなら五倍でもいい。白紙の小切手を用意するから、好きな額を書き込んでくれ」

「ご、五倍……」

私の脳内電卓が高速回転を始めた。

今の給与(ルーカス閣下個人資産からの支払い)も破格だが、その五倍となると……一生遊んで暮らせる額が三年で貯まる。

「さらに! 福利厚生も充実しているぞ。年間休日百二十日完全保証! 残業なし! 執務室には専用の温泉と専属シェフ付きだ!」

「お、温泉……!?」

私の心がグラリと揺れた。

温泉。

それは、私のスローライフ計画における重要キーワードだ。

しかも残業なし。

ここは天国か?

「それに、我が国は広大だ。君が農業に興味があると聞いたが、王宮の裏に東京ドーム……いや、闘技場十個分の農地を用意しよう。もちろん、耕すための最新魔導農機具もセットだ」

「なっ……! リサーチが完璧すぎます!」

私は驚愕した。

ボルグ伯爵め、私が何を好むか、詳細に報告していたらしい。

「どうだ? 悪い話じゃないだろう? こんな堅苦しい国で、眉間にシワを寄せた男の下で働くより、俺と楽しく国作りをしようぜ!」

ジークフリート殿下は、魅力的なウィンクを飛ばした。

「……心が揺れています」

私は正直に答えた。

「条件が良すぎます。特に『残業なし』と『農地』が魅力的すぎて……」

「だろう? さあ、今すぐ契約書にサインを……」

「待て」

その時。

地獄の底から響くような、絶対零度の声が割って入った。

それまで無言で(しかし背後から凄まじい殺気を放ちながら)立っていた、ルーカス閣下だ。

「……私の目の前で、私の婚約者を勧誘するとは。随分と命知らずな客だ」

閣下が私の前にスッと立ち塞がる。

その背中は、怒りで僅かに震えているように見えた。

「おっと、怖い怖い」

ジークフリート殿下は、全く悪びれずに肩をすくめた。

「ルーカス宰相。噂通りの『氷の閣下』だな。だが、職業選択の自由は彼女にあるはずだ。婚約者だからといって、彼女の才能を飼い殺しにする権利はないだろう?」

「飼い殺しではない。彼女はここでこそ、最も輝ける」

「そうかな? 彼女の目は『残業地獄から解放されたい』と言っているぞ?」

「っ……」

図星を突かれ、ルーカス閣下が言葉に詰まる。

「それに、アンタの国は狭すぎる。彼女のような傑物は、大帝国である我が国でこそ、その翼を広げられるんだ。……なにより」

ジークフリート殿下は一歩踏み出し、挑発的にルーカス閣下を見据えた。

「俺なら、彼女をあんなボロボロになるまで働かせたりしない。姫のように大切に扱い、毎日愛の言葉を囁いて、美味しいものを食べさせてやる自信がある」

「……私だって、美味しいものを食べさせている」

「ロースハムとトウモロコシだけか? 俺なら毎日フルコースだ」

「ぐぬぬ……!」

食の戦いで劣勢に立たされたルーカス閣下。

彼はギリギリと歯ぎしりをし、そして私を振り返った。

その瞳は、怒りではなく、焦燥に揺れていた。

「……ダイアナ。君は、行くのか?」

「え?」

「金貨五倍と、温泉と、残業なしの国へ……行ってしまうのか?」

彼は私の手を掴んだ。

痛いほど強く。

まるで、手を離せば私が消えてしまうと恐れる子供のように。

「……条件だけで言えば、魅力的です」

私は冷静に答えた。

ルーカス閣下の顔色が白くなる。

「ですが」

私は彼の手を握り返した。

「一つだけ、帝国にはないものがあります」

「……ないもの?」

ジークフリート殿下が眉をひそめる。

「はい。帝国には『ルーカス・ヴァレンタイン』がいません」

しん、と部屋が静まった。

「……ダイアナ?」

ルーカス閣下が、信じられないものを見るような目で私を見る。

「私は効率主義です。仕事も、人生も、効率的に楽しみたい。……ですが、私の効率を最大化できるパートナーは、この世でルーカス閣下だけです」

私はジークフリート殿下に向き直り、きっぱりと告げた。

「私の計算の速度についてこられるのは、彼だけです。私の淹れた渋いお茶を文句も言わずに飲み干してくれるのも、私の無茶な提案を『面白い』と笑って即決してくれるのも、彼だけです」

「……」

「条件は最高ですが、上司が彼でないなら、仕事の効率は半分に落ちます。よって、そのオファーはお断りします」

私は頭を下げた。

「残念ながら、私はすでに『猛獣使い』として契約済みですので」

「……猛獣使い、か」

ジークフリート殿下はポカンとし、やがて「ははは!」と快活に笑った。

「なるほど! 『氷の宰相』も、君にかかればただの猛獣か! いやあ、面白い!」

彼はバンバンと膝を叩いた。

「振られちまったか。金でも地位でも靡かないとは、噂以上の傑物だ」

「光栄です」

「だが、諦めたわけじゃないぞ」

殿下はニヤリと笑い、私の手を取って手の甲にキスをした。

「俺はしつこいんだ。いつか君が彼に愛想を尽かしたら、すぐに連絡してくれ。専用の直通ラインを開けて待っている」

「おい、触るな」

ルーカス閣下が私の手を引き剥がし、ハンカチでゴシゴシと拭き始めた。

「菌が移る」

「ひどい言い草だな! ……まあいい。今日は退散しよう。だが、ルーカス宰相」

ジークフリート殿下は、去り際に真顔になった。

「彼女を泣かせたら、軍を率いて奪いに行くからな。覚悟しておけ」

「その必要はない。彼女を泣かせるような真似は、私が私を許さないからな」

バチバチと火花が散る。

男たちの視線が交錯し、やがてジークフリート殿下は手を振って去っていった。

   ◇ ◇ ◇

嵐が去った応接室。

ルーカス閣下は、大きなため息をついて私を抱きしめた。

「……焦った」

「閣下?」

「君が本当に行ってしまうかと思った。……条件面では完敗だったからな」

彼の声が少し震えている。

「自信を持ってください。私はお金よりも、閣下との『面白い日々』を選んだんですから」

「面白い、か。愛していると言ってくれないのが君らしいな」

彼は苦笑し、私の髪に顔を埋めた。

「給料は上げる。温泉も掘ろう。残業も……減らせるように努力する」

「努力目標じゃなくて確約してください」

「善処する。……だから、どこにも行かないでくれ」

彼の腕の力が強まる。

その体温が、言葉以上に彼の不安と、私への執着を伝えてきた。

「行きませんよ。……少なくとも、五カ年計画が終わるまでは」

「一生終わらせないように改ざんしてやる」

「不正は許しません」

私たちはいつもの軽口を叩き合った。

だが、私の胸の中には、先ほどの自分の言葉が残っていた。

『私のパートナーは彼だけ』

それは、単なる仕事上の意味だけだっただろうか?

自分で言っておきながら、少し顔が熱くなるのを感じていた。

しかし、そんな甘い空気を切り裂くように、最後の脅威が迫っていた。

地下牢の闇の中で、エドワード元王太子が、歪んだ笑顔で『それ』を握りしめていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

処理中です...