「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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「……ダイアナ!」

ルーカス閣下は、私の手から剣を優しく取り上げると、そのまま私を強く、痛いほどに抱きしめた。

「無事で……よかった……!」

彼の体は震えていた。

あの「氷の宰相」が、私の肩に顔を埋め、子供のように震えている。

その声には、安堵と、そして底知れない恐怖――私を失うかもしれなかったという恐怖――が滲んでいた。

「……遅いですよ、閣下」

私は彼の背中に腕を回し、ポンポンとあやした。

「三十分と言ったのに、五十分もかかりましたね。道路が混んでいましたか?」

「……すまない。途中で馬が潰れて、走ってきたんだ」

「走って?」

私は彼の足元を見た。

高級な革靴は泥だらけで、息も乱れている。

王城からここまで、馬車で一時間の距離だ。

それを走ってきたというのか。

「……バカですね。宰相が倒れたら誰が国を回すんですか」

「君がいない世界なら、国など滅んでもいい」

彼は顔を上げ、私の頬を両手で包み込んだ。

その瞳は、熱く濡れていた。

「二度と……二度と私の目の届かないところへ行くな。心臓が止まるかと思った」

「はいはい。もうどこへも行きませんよ」

私たちが感動の再会(?)を果たしていると、部屋の隅から空気の読めない声が聞こえた。

「あ、あのぅ……そろそろ許してくれないかな……?」

エドワード元王太子だ。

彼はまだ壁際で縮こまり、私の剣(今はルーカス閣下が持っている)に怯えていた。

「僕、反省してるし……これからは心を入れ替えて……」

「……」

ルーカス閣下は、私からゆっくりと体を離した。

そして、エドワード殿下の方へ向き直る。

その瞬間、彼の周囲の温度が急激に下がった。

「……反省?」

閣下は床に落ちていた一枚の紙――殿下が私に書かせようとした『愛の契約書(奴隷契約書)』――を拾い上げた。

パラリ、と広げる。

「……『乙は甲に対し、絶対服従を誓う』? 『借金を全額肩代わりする』?」

読み上げる声が、低く地を這う。

「……『一日三回、甲を褒め称える』?」

ピリピリと、紙を持つ閣下の手から殺気が放たれる。

「エドワード。貴様、私の婚約者をなんだと思っている?」

「ひぃッ! じ、冗談だよ! 愛のジョークだ!」

「ジョークで人の人生を縛るのか。……貴様には、生きている価値もない」

ジャキン。

ルーカス閣下が、先ほど私から受け取った剣を構えた。

本気だ。

このままでは、元王太子がミンチになってしまう。

「待ってください、閣下」

私は慌てて止めに入った。

「止めるなダイアナ。これは害虫駆除だ」

「ここで殺したら、閣下が殺人犯になってしまいます。私のために手を汚す必要はありません」

「君のためなら、世界中を敵に回しても構わない」

「私が困るんです! 新婚旅行に行けなくなるでしょう!」

「……っ」

新婚旅行というワードに、閣下の動きがピタリと止まった。

「……そうか。それは困るな」

「でしょう? ですから、剣を収めてください。処罰は法に則って行いましょう」

私が諭すと、閣下は不承不承といった様子で剣を下ろした。

「……わかった。だが、ただの牢屋では生ぬるい。地獄を見せてやる」

「それについては、私に案があります」

私はニヤリと笑った。

「殿下。貴方、誘拐の実行犯として『ゴロツキ』を雇いましたよね?」

「えっ? あ、ああ……」

殿下が視線を泳がせる。

先ほど小屋を包囲した際、外で見張りをしていた数名の男たちが捕縛されていたのだ。

「連れてきてください」

私の指示で、衛兵たちが後ろ手に縛られた男たちを部屋に引きずり込んできた。

薄汚れた服を着た、柄の悪そうな男たちだ。

「へっ、なんだよ! 俺たちは金で雇われただけだ!」

「そうだ! 王子の命令には逆らえなかったんだ!」

男たちは口々に言い訳を叫ぶ。

私は彼らの前に立ち、腕を組んで見下ろした。

「静かに。……貴方たち、報酬はいくら約束されていましたか?」

「え? き、金貨十枚だ」

「前金は?」

「銀貨一枚だけだ。『成功したら払う』って言われて……」

「……やっぱり」

私はため息をついた。

「騙されていますよ。この元王太子、現在無一文です。借金が金貨八千枚あります。貴方たちに払うお金なんて、最初からありません」

「なっ……!?」

男たちが驚愕の表情で殿下を見る。

「う、嘘だ! 僕は王太子だぞ! 国庫から出せば……」

「もう廃嫡が決まっています。貴方には財布の紐を握る権限はありません」

私がバッサリ切り捨てると、男たちの顔が怒りで歪んだ。

「てめぇ! タダ働きさせる気だったのか!」

「俺たちを使い捨てにするつもりだったな!」

男たちが殿下に詰め寄ろうとするが、衛兵に押さえられる。

「さて、ここからが本題です」

私はパンと手を叩いて注目を集めた。

「貴方たち、このままでは誘拐の共犯として重罪です。十年の強制労働は免れません。……ですが」

私は懐から、新たな羊皮紙を取り出した。

「司法取引をしませんか?」

「し、司法取引……?」

「はい。今ここで、『エドワードに脅されて無理やり従わされた』と証言し、さらに今後の『更生プログラム』に参加するなら、罪を減刑します」

「更生プログラム?」

「私の実家が所有する北部の鉱山で、採掘作業員として働くのです。給与は正規の額を支払います。三食付き、寮完備、さらに成果に応じてボーナスも出します」

「なっ……!」

男たちが顔を見合わせる。

彼らのようなゴロツキにとって、正規の職に就くことは難しい。

しかも三食付きだ。

「ほ、本当に給料が出るのか?」

「もちろんです。私は嘘をつきません。計算高いだけです」

「やる! やらせてくれ!」

「俺たち、真面目に働きます! 姉御についていきます!」

あっという間に交渉成立だ。

男たちは涙を流して感謝し、大人しく連行されていった。

「……君は本当に、転んでもただでは起きないな」

ルーカス閣下が呆れたように、しかし感心したように呟いた。

「人手不足の鉱山に労働力を供給し、同時に彼らの口封じ(王子の不利な証言)も確約させる。……見事だ」

「犯罪者でも、使いようによっては戦力になりますから」

私はウィンクしてみせた。

そして、最後に残った『最大の不良債権』――エドワード殿下に向き直った。

「さて、殿下」

「ひぃっ! な、なんだ! 僕も鉱山か!? いやだ、暗いところは怖い!」

「いいえ。貴方には鉱山労働は務まりません。ツルハシを持っても足に落とすのがオチです」

「じゃ、じゃあ許して……」

「許しません」

私は冷酷に告げた。

「貴方には、別の場所で働いてもらいます」

「べ、別の場所?」

「ルーカス閣下。例の『アレ』、まだ空いていますか?」

私は閣下に目配せをした。

閣下は一瞬考え、そして邪悪な笑みを浮かべて頷いた。

「ああ。空いているよ。……ちょうど適任がいなくて困っていたところだ」

「では、決定ですね」

「え? なに? どこに行くの?」

殿下が不安そうにキョロキョロする。

私は彼に近づき、耳元でその『就職先』を告げた。

「『王立下水道処理施設』の、最深部清掃員です」

「げ、下水……!?」

「はい。王都中の汚水が集まる場所です。貴方が汚した国を、その手で綺麗にしてください。……もちろん、借金八千枚を返し終わるまで、昇進も退職もありません」

「いやだぁぁぁ! 臭い! 汚い! 無理だぁぁぁ!」

「拒否権はありません。これは、貴方が書いた契約書の条項ですよ?」

私は床に落ちていた『愛の契約書』を拾い上げ、指差した。

「『乙は甲に対し、絶対服従を誓う』……。貴方が私に書かせようとしたことを、そのままお返しします」

「うわぁぁぁん! パパぁ! ママぁ!」

殿下は泣き崩れた。

かつてきらびやかな王城で踏ん反り返っていた王子は、今やただの泣き虫な子供に戻っていた。

「連れて行け」

ルーカス閣下の合図で、衛兵たちが殿下を引き立てる。

「ダイアナ! ごめん! 愛してる! やっぱり好きだぁぁぁ!」

最後まで往生際の悪い叫びを残し、エドワード元王太子は退場した。

これで、全ての役者が揃った(あるいは消えた)。

小屋には私と、ルーカス閣下の二人だけ。

「……終わったな」

「ええ。長かったです」

私は大きく息を吐き、緊張の糸が切れたように体が傾いた。

「っと」

すかさず閣下が支えてくれる。

「無理をさせたね。……帰ろう、私たちの家に」

「はい。……あ、閣下」

「なんだ?」

「お腹が空きました。帰ったら、特大のオムライスが食べたいです」

「……ははっ」

閣下は声を上げて笑った。

「いいだろう。世界一のオムライスを用意させる。……君が無事に帰ってきてくれたお祝いだ」

彼は私を横抱きにし、小屋を出た。

外には満点の星空が広がっていた。

もう、邪魔する者は誰もいない。

私のスローライフ計画は失敗続きだったけれど、この人と一緒なら、忙しくて騒がしい毎日も悪くないかもしれない。

そんなことを思いながら、私は彼の胸に顔を埋め、久しぶりに深い安心感の中で目を閉じた。
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