「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

文字の大きさ
28 / 29

27

しおりを挟む
「……暑いです」

私は手でパタパタと顔を扇ぎながら、不満げに呟いた。

「そうか? 海風が心地よいと思うが」

隣で涼しい顔をしているのは、私の夫となったルーカス・ヴァレンタイン公爵だ。

私たちは今、王都から遥か南にあるリゾート地、『サザンクロス島』に来ていた。

いわゆる、新婚旅行(ハネムーン)である。

目の前には、エメラルドグリーンの海と白い砂浜。

頭上には、眩しい太陽。

そして、貸し切りの豪華ヴィラ。

本来なら「キャッキャウフフ」と海辺を走るのが正解なのだろうが、私は根っからのインドア派だ。

「日焼けします。シミになります。部屋に戻って数字のパズルでもしましょう」

「せっかく来たんだ。少しは太陽を浴びないと、カビが生えるぞ」

ルーカスは私の手を取り、パラソルの下のデッキチェアへと誘った。

今日の彼は、ラフな開襟シャツにサングラスという、浮かれた観光客スタイルだ。

ただし、その手にはなぜか『分厚いファイル』が握られている。

「……閣下。いいえ、あなた」

私はジト目で彼を見た。

「そのファイルはなんですか?」

「ん? ああ、これか」

彼は悪びれもせずにファイルを持ち上げた。

「この島のリゾート開発計画書だ。滞在中に少し目を通しておこうと思ってね」

「……はぁ」

私は深いため息をついた。

「言いましたよね? 『仕事は部下に丸投げした』と」

「丸投げしたが、気になってしまってね。それに、ここのホテルの配膳効率が悪いのが気になった。朝食が出てくるのに十五分もかかったぞ? 厨房の導線を見直すべきだ」

「職業病ですね」

「君だって人のことは言えないだろう」

彼は私の膝の上にあるものを指差した。

そこには、私が隠し持っていた『電卓(最新型)』があった。

「……それは?」

「……市場調査です」

私は白状した。

「さっき買ったトロピカルジュース、原価率が低すぎます。氷で嵩増しして利益率八割を超えています。許せません」

「ふっ……」

「あはは……」

私たちは顔を見合わせ、同時に吹き出した。

「どうやら私たちは、骨の髄まで『ワーカーホリック』らしい」

「そうですね。ロマンチックなバカンスなんて、柄じゃありませんでした」

私たちは似た者同士だ。

効率を愛し、数字を愛し、そして仕事を愛している。

「なら、開き直ろうか」

ルーカスはサングラスを外し、いつもの『黒い笑顔』を浮かべた。

「この島の観光業、滞在中に『最適化』してやるというのはどうだ?」

「……面白そうですね」

私のスイッチが入った。

「ジュースの適正価格化と、ホテルの業務改善。……三日で終わらせましょう」

「乗った。報酬は?」

「夕食のグレードアップで」

   ◇ ◇ ◇

それからの三日間は、ある意味で私たちにとって最高のバカンスだった。

海で泳ぐ代わりに、ホテルの支配人を呼び出して経営指導を行い。

砂浜で城を作る代わりに、土産物屋の在庫管理システムを構築し。

夜は星空を見上げる代わりに、二人で並んで帳簿を見ながら「ここが無駄だ」「ここを削れる」と熱く語り合った。

結果。

ホテルのサービスは劇的に向上し、島の売上は倍増。

私たちは島民から「神様」「救世主」と拝まれることになった。

「……ふぅ。やりきりましたね」

最終日の夜。

ヴィラのバルコニーで、私たちは祝杯を挙げていた。

波の音だけが響く、静かな夜。

「ああ。君との共同作業は、やはり最高だ」

ルーカスはワイングラスを傾けながら、満足げに目を細めた。

「ねえ、ダイアナ」

「はい?」

「覚えているか? あの時、君が出した『辞職願』のこと」

彼は懐から、大切そうにしまわれていた一枚の紙を取り出した。

テープで丁寧に補修された、あのビリビリに破かれた辞職願だ。

「……まだ持っていたんですか? 捨ててくださいよ、そんなゴミ」

「捨てられないさ。君が初めて私に本音(逃げたい)をぶつけてくれた、記念すべき書類だからな」

彼は愛おしそうに紙を指でなぞった。

「あの時、私は焦っていたんだ。君がいなくなったら、私の世界から色が消えてしまう気がして」

「大袈裟ですね」

「事実だ。……だから、強引に君を縛り付けた。後悔しているか?」

彼は真剣な眼差しで私を見た。

私は少し考えてから、ワインを一口飲んだ。

「……最初は、詐欺だと思いました」

「だろうな」

「ブラック企業だとも思いました」

「否定しない」

「でも」

私は彼の手元にある辞職願を取り上げ、その場でクシャクシャに丸めた。

そして、バルコニーの手すりから、夜の海へとポイッと投げ捨てた。

「あっ」

「もう、必要ありませんから」

私は彼に向き直り、ニッコリと微笑んだ。

「今の職場(あなたの隣)、意外と悪くないんです。福利厚生はいいし、上司は顔が良いし、何より……退屈しませんから」

「……ダイアナ」

「ですから、辞職願は撤回します。その代わり」

私は彼に近づき、そのネクタイをグイッと引っ張った。

「『永久就職』の契約更新をお願いします。……更新料は高いですよ?」

「いくらでも払おう」

ルーカスは私の腰を抱き寄せ、甘く囁いた。

「私の全財産と、全愛情と、これからの全人生でどうだ?」

「……交渉成立です」

重なる唇。

波の音が、私たちの契約成立を祝福していた。

結局、私のスローライフ計画は海の藻屑と消えた。

でも、後悔はない。

この激務で、騒がしくて、愛に溢れた日々こそが、私にとっての本当の『幸せ』だったのだから。

「愛しているよ、ダイアナ」

「知っています。……私もですよ、ルーカス」

甘い夜風に吹かれながら、私たちはいつまでも寄り添っていた。

かつて「婚約破棄されたい」と願った悪役令嬢は今、「一生離さないで」と願う公爵夫人へと生まれ変わったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

処理中です...