18 / 28
18
「……おや。バレてしまいましたか」
ジェラルド王子の側近、バロンは、事もなげにそう言った。
地味で目立たない男だったが、その口元には嘲るような笑みが浮かんでいる。
ジェラルドが震える指で彼を指差した。
「バ、バロン! どういうことだ! 貴様、私とミミーを騙していたのか!?」
「騙すだなんて人聞きが悪い。私はただ、殿下の『散財』の後始末と、ミミー様の『借金』の穴埋めを手伝っただけですよ」
バロンは肩をすくめた。
「ミミー様は五〇〇〇万ゴールドの申請書を書き、私が換金の手続きを行った。そしてミミー様には『手数料』を差し引いた一〇〇〇万をお渡しした。何も間違っていません」
「手数料四〇〇〇万だと!? 暴利にも程がある!」
「リスク代ですよ。機密費を動かすのですから」
バロンは悪びれもせず、私の方を向いた。
「ですが、誤算でしたね。まさかスコット嬢が、その机の中にある『五〇〇〇万』の正体に気づくとは」
「……正体?」
私は机の上に積まれた金貨の山を冷ややかに見下ろした。
そして、その一枚を再び指先で弾く。
キンッ。
「ああ、気づいていたとも。最初からな」
私は金貨を強く握りしめた。
「金(ゴールド)の比重は一九・三二。対して、鉛は一一・三四。この金貨、王家の刻印がある本物と比べて、明らかに軽い」
「なっ……?」
「さらに音だ。本物の金貨はもっと重厚で澄んだ音がする。だがこれは、軽い金属音が混じっている。……結論」
私は金貨をバロンの足元に投げ捨てた。
「これは金メッキを施した『鉛のコイン』だ。子供銀行のオモチャかね?」
執務室に衝撃が走る。
「に、偽金……!?」
「机の中に入っていた五〇〇〇万は、全部偽物ってことか!?」
「はい、正解です」
私が手を叩くと、バロンが舌打ちをした。
「チッ……。やはり『鉄の女』は伊達じゃないですね。触っただけで見抜くとは」
「私の指先は精密秤(はかり)だ。舐めるな」
私はホワイトボードに新たな図式を書き込んだ。
「整理しよう。ミミーは五〇〇〇万を申請した。バロンはそれを換金し、本物の五〇〇〇万を懐に入れた。そしてミミーには口止め料として一〇〇〇万(おそらくこれも偽物か、あるいは端金)を渡し、私の机には五〇〇〇万分の『偽金』を詰め込んだ」
「な、なんのためにそんな……」
ジェラルドが呆然と呟く。
「決まっているでしょう。私を『横領犯』として逮捕させるためです」
私は淡々と解説した。
「本物の金が私の机から出てくれば、それはそれで証拠になりますが、回収されて国庫に戻るだけです。しかし、もし私が『偽金』を作って国庫の金とすり替えたというシナリオにすれば? 罪はさらに重くなる」
「通貨偽造罪……! 国家反逆罪クラスだ!」
「その通り。バロンは私を確実に葬り去り、かつ手元の本物の五〇〇〇万を独り占めする計画だった。……強欲ですね」
すべての謎が解けた。
ミミーはただの捨て駒。ジェラルドはカモ。
真の黒幕は、この地味な側近だったのだ。
追い詰められたバロンだが、まだ余裕の表情を崩さない。
「……ふふふ。素晴らしい推理です、スコット嬢。ですが、証拠はあるのですか?」
「証拠?」
「ええ。その金貨が偽物だとしても、それを『私が』作ったという証拠はありません。ミミー様が作ったのかもしれないし、あるいは……貴女が自分で用意したのかもしれない」
バロンはニヤリと笑った。
「私の懐には、一ゴールドたりとも入っていませんよ? 探しますか? 身体検査でも何でもどうぞ」
「……隠し口座か、あるいは既に国外へ送金済みか」
「ご想像にお任せします。……さあ、どうします? この状況、私が白を切れば、貴女の『机から偽金が出てきた』という事実だけが残りますが」
嫌な男だ。
証拠隠滅には自信があるらしい。
ジェラルドとミミーは役立たずだし、このままでは泥仕合になる。
……と、誰もが思ったその時だった。
「……随分と、舐められたものだな」
部屋の空気が、一瞬にして凍結した。
それまで静観していたギルバート宰相が、ゆっくりと歩み出てきたのだ。
その表情は無。
しかし、その瞳の奥には、地獄の業火よりも熱く、そして氷河よりも冷たい怒りが渦巻いていた。
「ギ、ギルバート……?」
ジェラルドが思わず後ずさる。
ギルバートはバロンの前に立ち、彼を見下ろした。
「バロン。貴様、私の『最高傑作(補佐官)』を愚弄したな?」
「……か、閣下。私はただ事実を……」
「黙れ」
一喝。
室内の窓ガラスがビリビリと震えるほどの覇気。
ギルバートは懐から、一枚の書類を取り出した。
「証拠がないだと? 笑わせるな」
彼はその書類をバロンの顔に叩きつけた。
「これは……!?」
「貴様が裏で繋がっている『タックスヘイブン(租税回避地)』の銀行口座の取引明細だ。昨夜の二六時、五〇〇〇万ゴールドの入金記録がある。送金元は王都の地下銀行」
「な、なぜそれを……! あの口座は匿名で……!」
「私の情報網を甘く見るな。貴様がどこの酒場で誰と会い、どの女に金を貢ぎ、どの隠し金庫を使っているか。……すべて把握済みだ」
ギルバートの眼鏡がキラリと光る。
「貴様がコソコソと小金を貯めていることなど、どうでもよかった。だが」
ギルバートは一歩踏み出し、バロンの胸倉を掴み上げた。
「私の妻に罪を着せ、あまつさえ彼女の聖域である『執務机』を偽金で汚した。……その罪は、万死に値する」
「ひぃっ……!」
バロンの顔から余裕が消え、恐怖の色が張り付く。
「そ、それにだ! 貴様の偽金作りはお粗末すぎる! スコットが見抜くまでもなく、重量計算が甘い! 本物の金貨なら一枚あたり一五グラムだが、貴様のそれは一四・八グラムだ!」
「こ、細かい……!」
「当然だ! 私の妻は〇・一グラムの誤差も許さない女だぞ! そんな彼女を嵌めるなら、原子レベルで精巧な偽物を作ってこい!」
「怒るポイントそこですか!?」
周囲のツッコミが入るが、ギルバートは止まらない。
「貴様のような三流の詐欺師が、私の愛する『計算機(スコット)』に触れることすら許しがたい。……衛兵!」
「は、はっ!」
「この男を拘束しろ。罪状は横領、背任、通貨偽造、および……私の機嫌を損ねた罪だ」
「最後のが一番重いぞ」
私が補足すると、衛兵たちは憐れむような目でバロンを取り押さえた。
「は、離せ! 私は……私はただ金が欲しかっただけだ!」
「見苦しい。牢屋で反省しろ。……ああ、その口座の五〇〇〇万は凍結して国庫に戻しておく。貴様には一銭も残らん」
バロンが絶望の叫びを上げて連行されていく。
執務室に静寂が戻った。
ギルバートは乱れた襟を直し、ふぅと息を吐いた。
「……やれやれ。朝から騒々しい」
そして、彼は私の方を向き、急に表情を和らげた。
「スコット。……怪我はないか?」
「あるわけがない。指先が少し汚れた程度だ」
私はハンカチで手を拭いた。
「しかし、見事な情報収集だったな。いつの間にあの口座を特定したんだ?」
「……君が書庫に行っている間だ。君を嵌めようとする輩がいることは予測できていたからな。予防線を張っておいた」
「過保護だな」
「君を守るためなら、世界中の銀行をハッキングするくらい朝飯前だ」
「……それは犯罪だぞ、宰相」
私たちは顔を見合わせて苦笑した。
これで事件は解決……と思いきや、まだ部屋には二人の人物が残っていた。
「あ、あの……」
ジェラルド王子と、ミミー・ピンキーだ。
彼らは完全に蚊帳の外に置かれ、空気と化していたが、バロンが連行された今、すべての責任はこの二人に降りかかろうとしていた。
「さーて」
私は腕まくりをした。
「次は貴方たちの番ですね、ジェラルド殿下、ミミー嬢」
「ひっ!」
二人が抱き合って震える。
「騙されたとはいえ、公文書偽造に加担し、機密費を不正に引き出した事実は消えません。特に殿下、貴方のサインは本物でしたからね」
「ま、待ってくれスコット! 私は被害者だ! バロンに唆されて……!」
「王族が側近の管理もできずに『被害者』面ですか? それは『無能』だと自己紹介しているようなものです」
私は赤ペンを指で回した。
「ギルバート。彼らの処分は?」
ギルバートは冷酷に告げた。
「法に則り厳正に処罰する。ミミー・ピンキーは男爵家取り潰しの上、修道院――という名の強制労働施設へ。ジェラルド殿下は……」
ギルバートは王子を睨みつけた。
「王位継承権の剥奪、および当面の謹慎処分が妥当だろう。国王陛下には私から報告しておく」
「そ、そんなぁぁぁ!」
「嫌だぁぁ! 労働なんてしたくないぃぃ!」
二人の絶叫が響き渡る。
「自業自得だ。……さあ、退場願おうか。我々は忙しいんだ」
私が手を振ると、衛兵たちが二人を引きずっていく。
「スコットォォォ! 覚えてろぉぉぉ!」
「ジェラルド様ぁ、助けてぇぇぇ!」
嵐のような騒動が去り、執務室にはようやく本当の平和(仕事)が戻ってきた。
部下たちが一斉に拍手喝采を送る。
「さすがです、閣下! スコット様!」
「悪が滅びる瞬間、スカッとしました!」
私は少し照れくさくなり、咳払いをした。
「……おだてても何も出んぞ。さあ、業務再開だ。この騒ぎで三〇分のロスが出た。昼休みを削って取り戻すぞ」
「ええーっ!?」
部下たちの悲鳴が上がるが、その顔はどこか楽しそうだ。
ギルバートが私の隣に来て、小声で囁いた。
「……スコット」
「なんだ」
「君の机、汚されたな。新しいものを用意しようか?」
「いや、結構だ。消毒すれば使える」
「……そうか。だが、君への詫びとして、今夜は最高級のディナーを用意させよう」
「経費か?」
「自腹だ」
「なら喜んで」
私たちは視線を交わし、ニヤリと笑った。
最強の宰相夫妻にとって、この程度の事件はスパイスに過ぎない。
だが、この一件で私の「悪名(?)」はさらに轟き、王宮内で私に逆らおうとする者は皆無となったのだった。
「さあ、仕事だギルバート。私の机に入っていた五〇〇〇万の偽金、鋳潰してインゴットにすれば資材として使えるかもしれん。成分分析にかけるぞ」
「……君は本当に、転んでもただでは起きないな」
ジェラルド王子の側近、バロンは、事もなげにそう言った。
地味で目立たない男だったが、その口元には嘲るような笑みが浮かんでいる。
ジェラルドが震える指で彼を指差した。
「バ、バロン! どういうことだ! 貴様、私とミミーを騙していたのか!?」
「騙すだなんて人聞きが悪い。私はただ、殿下の『散財』の後始末と、ミミー様の『借金』の穴埋めを手伝っただけですよ」
バロンは肩をすくめた。
「ミミー様は五〇〇〇万ゴールドの申請書を書き、私が換金の手続きを行った。そしてミミー様には『手数料』を差し引いた一〇〇〇万をお渡しした。何も間違っていません」
「手数料四〇〇〇万だと!? 暴利にも程がある!」
「リスク代ですよ。機密費を動かすのですから」
バロンは悪びれもせず、私の方を向いた。
「ですが、誤算でしたね。まさかスコット嬢が、その机の中にある『五〇〇〇万』の正体に気づくとは」
「……正体?」
私は机の上に積まれた金貨の山を冷ややかに見下ろした。
そして、その一枚を再び指先で弾く。
キンッ。
「ああ、気づいていたとも。最初からな」
私は金貨を強く握りしめた。
「金(ゴールド)の比重は一九・三二。対して、鉛は一一・三四。この金貨、王家の刻印がある本物と比べて、明らかに軽い」
「なっ……?」
「さらに音だ。本物の金貨はもっと重厚で澄んだ音がする。だがこれは、軽い金属音が混じっている。……結論」
私は金貨をバロンの足元に投げ捨てた。
「これは金メッキを施した『鉛のコイン』だ。子供銀行のオモチャかね?」
執務室に衝撃が走る。
「に、偽金……!?」
「机の中に入っていた五〇〇〇万は、全部偽物ってことか!?」
「はい、正解です」
私が手を叩くと、バロンが舌打ちをした。
「チッ……。やはり『鉄の女』は伊達じゃないですね。触っただけで見抜くとは」
「私の指先は精密秤(はかり)だ。舐めるな」
私はホワイトボードに新たな図式を書き込んだ。
「整理しよう。ミミーは五〇〇〇万を申請した。バロンはそれを換金し、本物の五〇〇〇万を懐に入れた。そしてミミーには口止め料として一〇〇〇万(おそらくこれも偽物か、あるいは端金)を渡し、私の机には五〇〇〇万分の『偽金』を詰め込んだ」
「な、なんのためにそんな……」
ジェラルドが呆然と呟く。
「決まっているでしょう。私を『横領犯』として逮捕させるためです」
私は淡々と解説した。
「本物の金が私の机から出てくれば、それはそれで証拠になりますが、回収されて国庫に戻るだけです。しかし、もし私が『偽金』を作って国庫の金とすり替えたというシナリオにすれば? 罪はさらに重くなる」
「通貨偽造罪……! 国家反逆罪クラスだ!」
「その通り。バロンは私を確実に葬り去り、かつ手元の本物の五〇〇〇万を独り占めする計画だった。……強欲ですね」
すべての謎が解けた。
ミミーはただの捨て駒。ジェラルドはカモ。
真の黒幕は、この地味な側近だったのだ。
追い詰められたバロンだが、まだ余裕の表情を崩さない。
「……ふふふ。素晴らしい推理です、スコット嬢。ですが、証拠はあるのですか?」
「証拠?」
「ええ。その金貨が偽物だとしても、それを『私が』作ったという証拠はありません。ミミー様が作ったのかもしれないし、あるいは……貴女が自分で用意したのかもしれない」
バロンはニヤリと笑った。
「私の懐には、一ゴールドたりとも入っていませんよ? 探しますか? 身体検査でも何でもどうぞ」
「……隠し口座か、あるいは既に国外へ送金済みか」
「ご想像にお任せします。……さあ、どうします? この状況、私が白を切れば、貴女の『机から偽金が出てきた』という事実だけが残りますが」
嫌な男だ。
証拠隠滅には自信があるらしい。
ジェラルドとミミーは役立たずだし、このままでは泥仕合になる。
……と、誰もが思ったその時だった。
「……随分と、舐められたものだな」
部屋の空気が、一瞬にして凍結した。
それまで静観していたギルバート宰相が、ゆっくりと歩み出てきたのだ。
その表情は無。
しかし、その瞳の奥には、地獄の業火よりも熱く、そして氷河よりも冷たい怒りが渦巻いていた。
「ギ、ギルバート……?」
ジェラルドが思わず後ずさる。
ギルバートはバロンの前に立ち、彼を見下ろした。
「バロン。貴様、私の『最高傑作(補佐官)』を愚弄したな?」
「……か、閣下。私はただ事実を……」
「黙れ」
一喝。
室内の窓ガラスがビリビリと震えるほどの覇気。
ギルバートは懐から、一枚の書類を取り出した。
「証拠がないだと? 笑わせるな」
彼はその書類をバロンの顔に叩きつけた。
「これは……!?」
「貴様が裏で繋がっている『タックスヘイブン(租税回避地)』の銀行口座の取引明細だ。昨夜の二六時、五〇〇〇万ゴールドの入金記録がある。送金元は王都の地下銀行」
「な、なぜそれを……! あの口座は匿名で……!」
「私の情報網を甘く見るな。貴様がどこの酒場で誰と会い、どの女に金を貢ぎ、どの隠し金庫を使っているか。……すべて把握済みだ」
ギルバートの眼鏡がキラリと光る。
「貴様がコソコソと小金を貯めていることなど、どうでもよかった。だが」
ギルバートは一歩踏み出し、バロンの胸倉を掴み上げた。
「私の妻に罪を着せ、あまつさえ彼女の聖域である『執務机』を偽金で汚した。……その罪は、万死に値する」
「ひぃっ……!」
バロンの顔から余裕が消え、恐怖の色が張り付く。
「そ、それにだ! 貴様の偽金作りはお粗末すぎる! スコットが見抜くまでもなく、重量計算が甘い! 本物の金貨なら一枚あたり一五グラムだが、貴様のそれは一四・八グラムだ!」
「こ、細かい……!」
「当然だ! 私の妻は〇・一グラムの誤差も許さない女だぞ! そんな彼女を嵌めるなら、原子レベルで精巧な偽物を作ってこい!」
「怒るポイントそこですか!?」
周囲のツッコミが入るが、ギルバートは止まらない。
「貴様のような三流の詐欺師が、私の愛する『計算機(スコット)』に触れることすら許しがたい。……衛兵!」
「は、はっ!」
「この男を拘束しろ。罪状は横領、背任、通貨偽造、および……私の機嫌を損ねた罪だ」
「最後のが一番重いぞ」
私が補足すると、衛兵たちは憐れむような目でバロンを取り押さえた。
「は、離せ! 私は……私はただ金が欲しかっただけだ!」
「見苦しい。牢屋で反省しろ。……ああ、その口座の五〇〇〇万は凍結して国庫に戻しておく。貴様には一銭も残らん」
バロンが絶望の叫びを上げて連行されていく。
執務室に静寂が戻った。
ギルバートは乱れた襟を直し、ふぅと息を吐いた。
「……やれやれ。朝から騒々しい」
そして、彼は私の方を向き、急に表情を和らげた。
「スコット。……怪我はないか?」
「あるわけがない。指先が少し汚れた程度だ」
私はハンカチで手を拭いた。
「しかし、見事な情報収集だったな。いつの間にあの口座を特定したんだ?」
「……君が書庫に行っている間だ。君を嵌めようとする輩がいることは予測できていたからな。予防線を張っておいた」
「過保護だな」
「君を守るためなら、世界中の銀行をハッキングするくらい朝飯前だ」
「……それは犯罪だぞ、宰相」
私たちは顔を見合わせて苦笑した。
これで事件は解決……と思いきや、まだ部屋には二人の人物が残っていた。
「あ、あの……」
ジェラルド王子と、ミミー・ピンキーだ。
彼らは完全に蚊帳の外に置かれ、空気と化していたが、バロンが連行された今、すべての責任はこの二人に降りかかろうとしていた。
「さーて」
私は腕まくりをした。
「次は貴方たちの番ですね、ジェラルド殿下、ミミー嬢」
「ひっ!」
二人が抱き合って震える。
「騙されたとはいえ、公文書偽造に加担し、機密費を不正に引き出した事実は消えません。特に殿下、貴方のサインは本物でしたからね」
「ま、待ってくれスコット! 私は被害者だ! バロンに唆されて……!」
「王族が側近の管理もできずに『被害者』面ですか? それは『無能』だと自己紹介しているようなものです」
私は赤ペンを指で回した。
「ギルバート。彼らの処分は?」
ギルバートは冷酷に告げた。
「法に則り厳正に処罰する。ミミー・ピンキーは男爵家取り潰しの上、修道院――という名の強制労働施設へ。ジェラルド殿下は……」
ギルバートは王子を睨みつけた。
「王位継承権の剥奪、および当面の謹慎処分が妥当だろう。国王陛下には私から報告しておく」
「そ、そんなぁぁぁ!」
「嫌だぁぁ! 労働なんてしたくないぃぃ!」
二人の絶叫が響き渡る。
「自業自得だ。……さあ、退場願おうか。我々は忙しいんだ」
私が手を振ると、衛兵たちが二人を引きずっていく。
「スコットォォォ! 覚えてろぉぉぉ!」
「ジェラルド様ぁ、助けてぇぇぇ!」
嵐のような騒動が去り、執務室にはようやく本当の平和(仕事)が戻ってきた。
部下たちが一斉に拍手喝采を送る。
「さすがです、閣下! スコット様!」
「悪が滅びる瞬間、スカッとしました!」
私は少し照れくさくなり、咳払いをした。
「……おだてても何も出んぞ。さあ、業務再開だ。この騒ぎで三〇分のロスが出た。昼休みを削って取り戻すぞ」
「ええーっ!?」
部下たちの悲鳴が上がるが、その顔はどこか楽しそうだ。
ギルバートが私の隣に来て、小声で囁いた。
「……スコット」
「なんだ」
「君の机、汚されたな。新しいものを用意しようか?」
「いや、結構だ。消毒すれば使える」
「……そうか。だが、君への詫びとして、今夜は最高級のディナーを用意させよう」
「経費か?」
「自腹だ」
「なら喜んで」
私たちは視線を交わし、ニヤリと笑った。
最強の宰相夫妻にとって、この程度の事件はスパイスに過ぎない。
だが、この一件で私の「悪名(?)」はさらに轟き、王宮内で私に逆らおうとする者は皆無となったのだった。
「さあ、仕事だギルバート。私の机に入っていた五〇〇〇万の偽金、鋳潰してインゴットにすれば資材として使えるかもしれん。成分分析にかけるぞ」
「……君は本当に、転んでもただでは起きないな」
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
自滅王子はやり直しでも自滅するようです(完)
みかん畑
恋愛
侯爵令嬢リリナ・カフテルには、道具のようにリリナを利用しながら身体ばかり求めてくる婚約者がいた。
貞操を守りつつ常々別れたいと思っていたリリナだが、両親の反対もあり、婚約破棄のチャンスもなく卒業記念パーティの日を迎える。
しかし、運命の日、パーティの場で突然リリナへの不満をぶちまけた婚約者の王子は、あろうことか一方的な婚約破棄を告げてきた。
王子の予想に反してあっさりと婚約破棄を了承したリリナは、自分を庇ってくれた辺境伯と共に、新天地で領地の運営に関わっていく。
そうして辺境の開発が進み、リリナの名声が高まって幸福な暮らしが続いていた矢先、今度は別れたはずの王子がリリナを求めて実力行使に訴えてきた。
けれど、それは彼にとって破滅の序曲に過ぎず――
※8/11完結しました。
読んでくださった方に感謝。
ありがとうございます。
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった
Blue
恋愛
王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」
シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。
アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。
悪役令嬢と転生ヒロイン
みおな
恋愛
「こ、これは・・・!」
鏡の中の自分の顔に、言葉をなくした。
そこに映っていたのは、青紫色の髪に瞳をした、年齢でいえば十三歳ほどの少女。
乙女ゲーム『タンザナイトの乙女』に出てくるヒロイン、そのものの姿だった。
乙女ゲーム『タンザナイトの乙女』は、平民の娘であるヒロインが、攻略対象である王太子や宰相の息子たちと交流を深め、彼らと結ばれるのを目指すという極々ありがちな乙女ゲームである。
ありふれた乙女ゲームは、キャラ画に人気が高まり、続編として小説やアニメとなった。
その小説版では、ヒロインは伯爵家の令嬢となり、攻略対象たちには婚約者が現れた。
この時点で、すでに乙女ゲームの枠を超えていると、ファンの間で騒然となった。
改めて、鏡の中の姿を見る。
どう見ても、ヒロインの見た目だ。アニメでもゲームでも見たから間違いない。
問題は、そこではない。
着ているのがどう見ても平民の服ではなく、ドレスだということ。
これはもしかして、小説版に転生?
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
4人の女
猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。
うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。
このご婦人方には共通点がある。
かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。
『氷の貴公子』の異名を持つ男。
ジルベール・タレーラン公爵令息。
絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。
しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。
この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。
こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。
悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!
ちゃっぴー
恋愛
公爵令嬢アクア・ラズライトは、卒業パーティーの最中に婚約者であるジュリアス殿下から「悪役令嬢」として断罪を突きつけられる。普通なら泣き崩れるか激昂する場面――しかし、超合理的で節約家なアクアは違った。