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「……却下だ。この花の装飾、一時間で萎れるものに金貨三〇枚も投じるのは、あまりに資産運用効率が悪い」
宰相府の特設会議室。
そこには、王宮専属のウェディングコーディネーターが顔面蒼白で立ち尽くしていた。
テーブルの上には、山のようなカタログとサンプル。
私はその一つ一つを、まるで敵国の予算案を精査するかのような鋭い眼差しで仕分けしていた。
「ですがスコット様! これは王都で一番人気の『永遠に続く恋の薔薇』でして、香りが非常に――」
「香りは嗅覚を刺激して一時的な多幸感を与えるが、持続性がない。それより、その予算を式場の空調設備(魔力循環システム)の強化に回せ。出席者の不快指数を五パーセント下げる方が、外交上の利益に繋がる」
私は赤ペンで、豪華な花束のデッサンに大きなバツ印を書いた。
「スコット。少しはコーディネーターの意見も聞いてやれ。彼女は三日前から一睡もしていないらしいぞ」
隣で、同じく書類(という名の招待状リスト)と格闘していたギルバートが苦笑いする。
「ギルバート。君も甘いぞ。結婚式は単なる儀式ではない。ハミルトン公爵家とアイゼンシュタイン家の合併記念式典であり、新生王国の安定を国内外に知らしめる『示威活動』だ。一ミリの無駄も妥協も許されない」
私は新たな資料を引っ張り出した。
「『結婚式効率化マスタープラン(改訂版)』。これを見ろ」
そこには、秒単位で管理された進行スケジュールと、動線計算に基づく座席配置図が描かれていた。
「まず、新郎新婦の入場。歩行速度を秒速〇・八メートルに固定。これにより、全出席者が均等に我々の姿を網羅でき、かつ定刻通りに祝辞へ移行できる」
「……行進か? それは」
「次に祝辞だ。国王陛下を除き、一人三〇秒以内に制限する。三〇秒を超えた瞬間に、オーケストラが爆音で演奏を開始して強制終了させる『ベル機能』を導入する」
「……不敬罪にならないか心配だが、実務的ではあるな」
ギルバートは感心したように(半分あきらめたように)頷いた。
「一番の問題は『ケーキ入刀』だ」
私はパティシエが持ってきた、五段重ねの巨大なケーキの模型を指差した。
「このケーキの切断。通常のナイフでは断面積が不安定になり、切断に平均一五秒を要する。さらに、切り分けた後の分配作業に膨大なタイムロスが生じる」
「……どうするつもりだ?」
「専用の『自動均等切断機(ギロチン式)』を特注した。スイッチ一つで、三二等分に瞬時に切り分けられる。これにより、配膳効率を三〇〇パーセント向上させる」
「スコット様……! 一生に一度の思い出が、工場ラインのようになってしまいます……!」
コーディネーターが泣き崩れた。
だが、私は止まらない。
「思い出は脳内ストレージに保存すればいい。我々が優先すべきは、ゲストに最高効率の満足度(ホスピタリティ)を提供することだ」
私は次に、招待客リストを取り上げた。
「ギルバート。このゲストリスト、一割削減したぞ」
「……なぜだ? 重要な有力貴族ばかりだぞ」
「この『ド・マーチ伯爵』。過去三年の納税額が不安定だ。さらに、前回の夜会で居眠りをしていたという記録がある。出席させても、我が国の繁栄に寄与する可能性が極めて低いと判断した。……リストから抹消だ」
「……厳しいな。だが、確かに彼は社交界の不良債権だ」
ギルバートは私の判断をあっさりと受け入れた。
「さて、次は私のドレスだが……」
「……また、あの重いドレスか?」
「いや。今回はさらに改良を加えた。『クイックチェンジ機能』を搭載した、変形型ドレスだ」
「……変形?」
「挙式から披露宴への移行時間を短縮するため、ボタン一つでトレーンが分離し、パンツスタイルに換装できる仕様だ。これで緊急の執務が入っても、即座に対応できる」
「結婚式の最中に執務をするつもりか……?」
「有事はいつ起こるか分からない。それがリスク管理だ」
私はビシッと言い切った。
コーディネーターはもはや言葉を失い、白目を剥いている。
ルークが震えながら、別のサンプルを持ってきた。
「あ、あの……スコット様……。披露宴の『お色直し』はどうされますか……?」
「不要だ。着替えに一五分もかけるなど、時間の暴力だ。その一五分で、隣国との関税交渉の進捗報告ができるだろう」
「……却下だ」
ここでギルバートが珍しく、強い口調で遮った。
「お色直しはやる。……私が、君の違う姿を見たいんだ。これは私の『私的欲望』による発注だ。経費ではなく、私の個人資産から支払う」
「……君の私的欲望か。なら、無視するわけにはいかないな」
私は少し頬を赤らめて、手帳に書き込んだ。
「了解。一五分の空白(バッファ)を許容する。ただし、その間、出席者には『王国の最新経済指標プレゼンテーション』を放映し、退屈させない工夫をする」
「……君という女性は、本当に……」
ギルバートが頭を抱えた。
「だが、嫌いじゃない。……いや、むしろ誇らしいよ。こんなに頼もしい花嫁は、世界中探しても君だけだ」
「当然だ。私は君の『心臓』なのだからな」
私たちは、山のような書類とサンプルの真ん中で、不敵に笑い合った。
周囲のスタッフたちは、もはや「この二人についていけば、絶対に失敗はしないが、心はボロボロになる」という悟りの境地に達していた。
「よし、次の議題だ。引き出物の原価計算に入るぞ。ルーク、電卓を三つ用意しろ。並列処理で計算する!」
「イエス・マム!!」
結婚式の準備。
それは、多くの令嬢にとって夢見る甘い時間。
だが、私たちにとっては、最強のパートナーシップを証明するための、最高難度の『国家プロジェクト』だった。
窓の外では日が暮れ始めていたが、会議室の明かりは消える気配がなかった。
私たちの「幸せな計画」は、一円の狂いもなく、一秒の遅れもなく、完璧な完成へと向かって進んでいく。
「……ふふ。楽しいな、ギルバート」
「ああ。君との仕事は、世界で一番刺激的だ。……さあ、朝までやろうか」
「望むところだ」
史上最強に合理的な結婚式まで、あとわずか。
宰相府の特設会議室。
そこには、王宮専属のウェディングコーディネーターが顔面蒼白で立ち尽くしていた。
テーブルの上には、山のようなカタログとサンプル。
私はその一つ一つを、まるで敵国の予算案を精査するかのような鋭い眼差しで仕分けしていた。
「ですがスコット様! これは王都で一番人気の『永遠に続く恋の薔薇』でして、香りが非常に――」
「香りは嗅覚を刺激して一時的な多幸感を与えるが、持続性がない。それより、その予算を式場の空調設備(魔力循環システム)の強化に回せ。出席者の不快指数を五パーセント下げる方が、外交上の利益に繋がる」
私は赤ペンで、豪華な花束のデッサンに大きなバツ印を書いた。
「スコット。少しはコーディネーターの意見も聞いてやれ。彼女は三日前から一睡もしていないらしいぞ」
隣で、同じく書類(という名の招待状リスト)と格闘していたギルバートが苦笑いする。
「ギルバート。君も甘いぞ。結婚式は単なる儀式ではない。ハミルトン公爵家とアイゼンシュタイン家の合併記念式典であり、新生王国の安定を国内外に知らしめる『示威活動』だ。一ミリの無駄も妥協も許されない」
私は新たな資料を引っ張り出した。
「『結婚式効率化マスタープラン(改訂版)』。これを見ろ」
そこには、秒単位で管理された進行スケジュールと、動線計算に基づく座席配置図が描かれていた。
「まず、新郎新婦の入場。歩行速度を秒速〇・八メートルに固定。これにより、全出席者が均等に我々の姿を網羅でき、かつ定刻通りに祝辞へ移行できる」
「……行進か? それは」
「次に祝辞だ。国王陛下を除き、一人三〇秒以内に制限する。三〇秒を超えた瞬間に、オーケストラが爆音で演奏を開始して強制終了させる『ベル機能』を導入する」
「……不敬罪にならないか心配だが、実務的ではあるな」
ギルバートは感心したように(半分あきらめたように)頷いた。
「一番の問題は『ケーキ入刀』だ」
私はパティシエが持ってきた、五段重ねの巨大なケーキの模型を指差した。
「このケーキの切断。通常のナイフでは断面積が不安定になり、切断に平均一五秒を要する。さらに、切り分けた後の分配作業に膨大なタイムロスが生じる」
「……どうするつもりだ?」
「専用の『自動均等切断機(ギロチン式)』を特注した。スイッチ一つで、三二等分に瞬時に切り分けられる。これにより、配膳効率を三〇〇パーセント向上させる」
「スコット様……! 一生に一度の思い出が、工場ラインのようになってしまいます……!」
コーディネーターが泣き崩れた。
だが、私は止まらない。
「思い出は脳内ストレージに保存すればいい。我々が優先すべきは、ゲストに最高効率の満足度(ホスピタリティ)を提供することだ」
私は次に、招待客リストを取り上げた。
「ギルバート。このゲストリスト、一割削減したぞ」
「……なぜだ? 重要な有力貴族ばかりだぞ」
「この『ド・マーチ伯爵』。過去三年の納税額が不安定だ。さらに、前回の夜会で居眠りをしていたという記録がある。出席させても、我が国の繁栄に寄与する可能性が極めて低いと判断した。……リストから抹消だ」
「……厳しいな。だが、確かに彼は社交界の不良債権だ」
ギルバートは私の判断をあっさりと受け入れた。
「さて、次は私のドレスだが……」
「……また、あの重いドレスか?」
「いや。今回はさらに改良を加えた。『クイックチェンジ機能』を搭載した、変形型ドレスだ」
「……変形?」
「挙式から披露宴への移行時間を短縮するため、ボタン一つでトレーンが分離し、パンツスタイルに換装できる仕様だ。これで緊急の執務が入っても、即座に対応できる」
「結婚式の最中に執務をするつもりか……?」
「有事はいつ起こるか分からない。それがリスク管理だ」
私はビシッと言い切った。
コーディネーターはもはや言葉を失い、白目を剥いている。
ルークが震えながら、別のサンプルを持ってきた。
「あ、あの……スコット様……。披露宴の『お色直し』はどうされますか……?」
「不要だ。着替えに一五分もかけるなど、時間の暴力だ。その一五分で、隣国との関税交渉の進捗報告ができるだろう」
「……却下だ」
ここでギルバートが珍しく、強い口調で遮った。
「お色直しはやる。……私が、君の違う姿を見たいんだ。これは私の『私的欲望』による発注だ。経費ではなく、私の個人資産から支払う」
「……君の私的欲望か。なら、無視するわけにはいかないな」
私は少し頬を赤らめて、手帳に書き込んだ。
「了解。一五分の空白(バッファ)を許容する。ただし、その間、出席者には『王国の最新経済指標プレゼンテーション』を放映し、退屈させない工夫をする」
「……君という女性は、本当に……」
ギルバートが頭を抱えた。
「だが、嫌いじゃない。……いや、むしろ誇らしいよ。こんなに頼もしい花嫁は、世界中探しても君だけだ」
「当然だ。私は君の『心臓』なのだからな」
私たちは、山のような書類とサンプルの真ん中で、不敵に笑い合った。
周囲のスタッフたちは、もはや「この二人についていけば、絶対に失敗はしないが、心はボロボロになる」という悟りの境地に達していた。
「よし、次の議題だ。引き出物の原価計算に入るぞ。ルーク、電卓を三つ用意しろ。並列処理で計算する!」
「イエス・マム!!」
結婚式の準備。
それは、多くの令嬢にとって夢見る甘い時間。
だが、私たちにとっては、最強のパートナーシップを証明するための、最高難度の『国家プロジェクト』だった。
窓の外では日が暮れ始めていたが、会議室の明かりは消える気配がなかった。
私たちの「幸せな計画」は、一円の狂いもなく、一秒の遅れもなく、完璧な完成へと向かって進んでいく。
「……ふふ。楽しいな、ギルバート」
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