殿下、私の名前わかりますか?婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

文字の大きさ
26 / 28

26

「……却下だ。この花の装飾、一時間で萎れるものに金貨三〇枚も投じるのは、あまりに資産運用効率が悪い」


宰相府の特設会議室。


そこには、王宮専属のウェディングコーディネーターが顔面蒼白で立ち尽くしていた。


テーブルの上には、山のようなカタログとサンプル。


私はその一つ一つを、まるで敵国の予算案を精査するかのような鋭い眼差しで仕分けしていた。


「ですがスコット様! これは王都で一番人気の『永遠に続く恋の薔薇』でして、香りが非常に――」


「香りは嗅覚を刺激して一時的な多幸感を与えるが、持続性がない。それより、その予算を式場の空調設備(魔力循環システム)の強化に回せ。出席者の不快指数を五パーセント下げる方が、外交上の利益に繋がる」


私は赤ペンで、豪華な花束のデッサンに大きなバツ印を書いた。


「スコット。少しはコーディネーターの意見も聞いてやれ。彼女は三日前から一睡もしていないらしいぞ」


隣で、同じく書類(という名の招待状リスト)と格闘していたギルバートが苦笑いする。


「ギルバート。君も甘いぞ。結婚式は単なる儀式ではない。ハミルトン公爵家とアイゼンシュタイン家の合併記念式典であり、新生王国の安定を国内外に知らしめる『示威活動』だ。一ミリの無駄も妥協も許されない」


私は新たな資料を引っ張り出した。


「『結婚式効率化マスタープラン(改訂版)』。これを見ろ」


そこには、秒単位で管理された進行スケジュールと、動線計算に基づく座席配置図が描かれていた。


「まず、新郎新婦の入場。歩行速度を秒速〇・八メートルに固定。これにより、全出席者が均等に我々の姿を網羅でき、かつ定刻通りに祝辞へ移行できる」


「……行進か? それは」


「次に祝辞だ。国王陛下を除き、一人三〇秒以内に制限する。三〇秒を超えた瞬間に、オーケストラが爆音で演奏を開始して強制終了させる『ベル機能』を導入する」


「……不敬罪にならないか心配だが、実務的ではあるな」


ギルバートは感心したように(半分あきらめたように)頷いた。


「一番の問題は『ケーキ入刀』だ」


私はパティシエが持ってきた、五段重ねの巨大なケーキの模型を指差した。


「このケーキの切断。通常のナイフでは断面積が不安定になり、切断に平均一五秒を要する。さらに、切り分けた後の分配作業に膨大なタイムロスが生じる」


「……どうするつもりだ?」


「専用の『自動均等切断機(ギロチン式)』を特注した。スイッチ一つで、三二等分に瞬時に切り分けられる。これにより、配膳効率を三〇〇パーセント向上させる」


「スコット様……! 一生に一度の思い出が、工場ラインのようになってしまいます……!」


コーディネーターが泣き崩れた。


だが、私は止まらない。


「思い出は脳内ストレージに保存すればいい。我々が優先すべきは、ゲストに最高効率の満足度(ホスピタリティ)を提供することだ」


私は次に、招待客リストを取り上げた。


「ギルバート。このゲストリスト、一割削減したぞ」


「……なぜだ? 重要な有力貴族ばかりだぞ」


「この『ド・マーチ伯爵』。過去三年の納税額が不安定だ。さらに、前回の夜会で居眠りをしていたという記録がある。出席させても、我が国の繁栄に寄与する可能性が極めて低いと判断した。……リストから抹消だ」


「……厳しいな。だが、確かに彼は社交界の不良債権だ」


ギルバートは私の判断をあっさりと受け入れた。


「さて、次は私のドレスだが……」


「……また、あの重いドレスか?」


「いや。今回はさらに改良を加えた。『クイックチェンジ機能』を搭載した、変形型ドレスだ」


「……変形?」


「挙式から披露宴への移行時間を短縮するため、ボタン一つでトレーンが分離し、パンツスタイルに換装できる仕様だ。これで緊急の執務が入っても、即座に対応できる」


「結婚式の最中に執務をするつもりか……?」


「有事はいつ起こるか分からない。それがリスク管理だ」


私はビシッと言い切った。


コーディネーターはもはや言葉を失い、白目を剥いている。


ルークが震えながら、別のサンプルを持ってきた。


「あ、あの……スコット様……。披露宴の『お色直し』はどうされますか……?」


「不要だ。着替えに一五分もかけるなど、時間の暴力だ。その一五分で、隣国との関税交渉の進捗報告ができるだろう」


「……却下だ」


ここでギルバートが珍しく、強い口調で遮った。


「お色直しはやる。……私が、君の違う姿を見たいんだ。これは私の『私的欲望』による発注だ。経費ではなく、私の個人資産から支払う」


「……君の私的欲望か。なら、無視するわけにはいかないな」


私は少し頬を赤らめて、手帳に書き込んだ。


「了解。一五分の空白(バッファ)を許容する。ただし、その間、出席者には『王国の最新経済指標プレゼンテーション』を放映し、退屈させない工夫をする」


「……君という女性は、本当に……」


ギルバートが頭を抱えた。


「だが、嫌いじゃない。……いや、むしろ誇らしいよ。こんなに頼もしい花嫁は、世界中探しても君だけだ」


「当然だ。私は君の『心臓』なのだからな」


私たちは、山のような書類とサンプルの真ん中で、不敵に笑い合った。


周囲のスタッフたちは、もはや「この二人についていけば、絶対に失敗はしないが、心はボロボロになる」という悟りの境地に達していた。


「よし、次の議題だ。引き出物の原価計算に入るぞ。ルーク、電卓を三つ用意しろ。並列処理で計算する!」


「イエス・マム!!」


結婚式の準備。


それは、多くの令嬢にとって夢見る甘い時間。


だが、私たちにとっては、最強のパートナーシップを証明するための、最高難度の『国家プロジェクト』だった。


窓の外では日が暮れ始めていたが、会議室の明かりは消える気配がなかった。


私たちの「幸せな計画」は、一円の狂いもなく、一秒の遅れもなく、完璧な完成へと向かって進んでいく。


「……ふふ。楽しいな、ギルバート」


「ああ。君との仕事は、世界で一番刺激的だ。……さあ、朝までやろうか」


「望むところだ」


史上最強に合理的な結婚式まで、あとわずか。
感想 0

あなたにおすすめの小説

自滅王子はやり直しでも自滅するようです(完)

みかん畑
恋愛
侯爵令嬢リリナ・カフテルには、道具のようにリリナを利用しながら身体ばかり求めてくる婚約者がいた。 貞操を守りつつ常々別れたいと思っていたリリナだが、両親の反対もあり、婚約破棄のチャンスもなく卒業記念パーティの日を迎える。 しかし、運命の日、パーティの場で突然リリナへの不満をぶちまけた婚約者の王子は、あろうことか一方的な婚約破棄を告げてきた。 王子の予想に反してあっさりと婚約破棄を了承したリリナは、自分を庇ってくれた辺境伯と共に、新天地で領地の運営に関わっていく。 そうして辺境の開発が進み、リリナの名声が高まって幸福な暮らしが続いていた矢先、今度は別れたはずの王子がリリナを求めて実力行使に訴えてきた。 けれど、それは彼にとって破滅の序曲に過ぎず―― ※8/11完結しました。 読んでくださった方に感謝。 ありがとうございます。

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

悪役令嬢と転生ヒロイン

みおな
恋愛
「こ、これは・・・!」  鏡の中の自分の顔に、言葉をなくした。 そこに映っていたのは、青紫色の髪に瞳をした、年齢でいえば十三歳ほどの少女。  乙女ゲーム『タンザナイトの乙女』に出てくるヒロイン、そのものの姿だった。  乙女ゲーム『タンザナイトの乙女』は、平民の娘であるヒロインが、攻略対象である王太子や宰相の息子たちと交流を深め、彼らと結ばれるのを目指すという極々ありがちな乙女ゲームである。  ありふれた乙女ゲームは、キャラ画に人気が高まり、続編として小説やアニメとなった。  その小説版では、ヒロインは伯爵家の令嬢となり、攻略対象たちには婚約者が現れた。  この時点で、すでに乙女ゲームの枠を超えていると、ファンの間で騒然となった。  改めて、鏡の中の姿を見る。 どう見ても、ヒロインの見た目だ。アニメでもゲームでも見たから間違いない。  問題は、そこではない。 着ているのがどう見ても平民の服ではなく、ドレスだということ。  これはもしかして、小説版に転生?  

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

婚約破棄、しません

みるくコーヒー
恋愛
公爵令嬢であるユシュニス・キッドソンは夜会で婚約破棄を言い渡される。しかし、彼らの糾弾に言い返して去り際に「婚約破棄、しませんから」と言った。 特に婚約者に執着があるわけでもない彼女が婚約破棄をしない理由はただ一つ。 『彼らを改心させる』という役目を遂げること。 第一王子と自身の兄である公爵家長男、商家の人間である次期侯爵、天才魔導士を改心させることは出来るのか!? 本当にざまぁな感じのやつを書きたかったんです。 ※こちらは小説家になろうでも投稿している作品です。アルファポリスへの投稿は初となります。 ※宜しければ、今後の励みになりますので感想やアドバイスなど頂けたら幸いです。 ※使い方がいまいち分からずネタバレを含む感想をそのまま承認していたりするので感想から読んだりする場合はご注意ください。ヘボ作者で申し訳ないです。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。