殿下、私の名前わかりますか?婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

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王都の大聖堂。

ステンドグラスから差し込む七色の光が、白真鍮のバージンロードを照らしている。

列席しているのは、国王陛下をはじめとする王族、各国の重鎮、そしてこの「異常な国家プロジェクト」を支え抜いた宰相府の戦士(社畜)たちだ。

扉が開き、パイプオルガンの重厚な旋律が響き渡る。

入場したのは、新婦スコティア・ハミルトン。

彼女は、予定通り秒速〇・八メートルの等速歩行で、ギルバートの待つ祭壇へと進んでいく。

隣を歩く父、ハミルトン公爵が小声で泣き言を漏らす。

「スコット……本当にいいのか? もっとゆっくり歩かないか? 父さんはまだ、君と歩いていたい……」

「父上、感情的な減速は許可できません。三秒遅れるごとに、披露宴の温かいスープの温度が一度下がります。一〇〇人のゲストにぬるいスープを出す損失を考えてください」

「相変わらずだな、お前は……」

祭壇に到着したスコットは、父の手を離し、ギルバートの前に立った。

ギルバートは真っ白な礼服に身を包み、いつになく凛々しい。

「待たせたな、ギルバート。誤差はプラスマイナス二秒以内だ」

「ああ。完璧な到着だ。……それにしても、今日の君は、いつにも増して破壊的な美しさだな」

「視覚情報の過負荷で失神するなよ。今日の君も、計算資源を投入した甲斐のある仕上がりだ」

二人は向き合い、神の代理人である国王陛下の前に並んだ。

国王が、苦笑交じりに問いかける。

「……では、誓いの言葉を。新郎ギルバート、汝はスコティアを妻とし、健やかなる時も、病める時も――」

「誓います。彼女の才能を独占し、その人生のすべての負債と利益を共有することを」

ギルバートが即答する。

「新婦スコティア、汝はギルバートを夫とし、生涯、彼を愛し――」

「承諾いたします。彼を唯一の終身雇用主(パートナー)とし、その心身のメンテナンスを最優先事項として管理することを」

聖なる誓いが、まるで「合併企業の調印式」のように淡々と、しかし力強く執り行われていく。

「……よろしい。では、誓いの接吻を」

国王が宣言した、その瞬間。

スコットが、一歩前に出た。

彼女は迷いなくギルバートの肩を掴み、その長い指を彼の首筋に這わせた。

「ギルバート。この工程、私がリードする。君は顎の角度を三〇度に保って固定していろ」

スコットが、男前すぎる仕草でギルバートを引き寄せ、唇を奪いにかかろうとした。

「……待て」

ギルバートが、スコットの腰を強く抱き寄せ、その動きを制した。

「な、なんだ? 私の手順に不備があったか?」

「不備はない。だが、ここだけは譲れない」

ギルバートが眼鏡を外し、スコットを見つめる。

その瞳は、これまでにないほど深く、甘い独占欲に満ちていた。

「スコット。……ここは私が君をリードする番だ。君はただ、私に委ねていればいい」

「……非効率だ。私がやった方が速い」

「速さの問題じゃない。……愛の問題だ」

ギルバートが、スコットの言葉を飲み込むように、優しく、けれど抗えない力強さで唇を重ねた。

「…………っ」

スコットの目が見開かれ、そしてゆっくりと閉じられた。

周囲からは、割れんばかりの拍手と、ルークたちの「閣下、よくやった!!」という野太い歓声が上がる。

数秒後。

顔を離したギルバートは、満足げに微笑んだ。

「……どうだ。私の『手動操作』の精度は」

「…………。九八点だ。マイナス二点は、私の計算外の心拍数上昇を引き起こしたことだ」

スコットは顔を真っ赤にしながらも、凛とした態度を崩さない。

「さあ、儀式は完了した。次はブーケトスだ。……ルーク! キャッチの準備をしろ! 弾道計算済みの位置に投げるぞ!」

スコットがドレスを翻し、祭壇から駆け下りる。

「おい、待てスコット! 走るな! まだ退場の行進が――」

「後続のスケジュールが詰まっている! 急ぐぞ、旦那様!」

スコットがギルバートの手を引き、全力で走り出す。

純白のドレスをなびかせ、最高効率で人生の新たなステージへと突き進む花嫁。

その後ろを、幸せそうに振り回される新郎。

「……ふふ、あははは!」

ギルバートが、声を上げて笑った。

「ああ、分かったよ! 一生、君の背中を追いかけてやる!」

二人の笑い声が、大聖堂の天井へと突き抜けていった。

それは、世界で一番騒がしく、そして世界で一番愛に満ちた、最強の夫婦の誕生の瞬間だった。
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