「貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので「万歳!」と叫んで飛び出した!

恋の箱庭

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「寒い! 寒いですわ! 最高ですわね!」

王都を出発してから二週間。
北へ向かう馬車の中で、私は歓喜の声を上げていた。

窓の外は一面の雪景色。
吐く息は白く、手足の感覚がなくなるほどの極寒。
同乗している護衛の騎士や侍女がガタガタと震えて青ざめている中、私だけが窓に張り付いて目を輝かせている。

「カ、カプリ様……お寒くないのですか……?」

侍女のマリーが、毛布にくるまりながら涙目で尋ねてきた。
彼女は実家からついてきてくれた唯一の使用人だが、今は「なんでこんなところに来てしまったんだ」という後悔が顔に滲み出ている。

「ええ、寒いわ! でも、この気温こそが重要なのよマリー! 見て、この空気の乾燥具合! これなら『爆炎魔法・プロミネンス』を使っても、湿気で威力が減衰することはないわ!」

「は、はあ……」

「それにこの低温! 魔導回路のオーバーヒートを防ぐ自然の冷却装置よ! 王都ではすぐに杖が熱を持ってしまったけれど、ここなら撃ち放題……うふ、うふふふ!」

「(この人、追放されたショックでおかしくなったんじゃ……)」

マリーの視線が痛いけれど、気にしない。
本来なら一ヶ月かかる道のりを、私がこっそり馬車の車輪に『風の紋章(速度三倍・安全性度外視)』を刻んだおかげで、あっという間に目的地に着こうとしていた。

「見えてきましたぞ! あれがグリム辺境伯領の城……通称『魔王城』です!」

御者台から震える声が聞こえた。
私は身を乗り出して前方を見る。

吹雪の向こうに、そびえ立つ黒い影。
断崖絶壁の上に建つその城は、尖った塔が何本も天を突き刺し、周囲にはどす黒い霧(たぶんただの雲)がかかっている。
城壁には鋭利なスパイクが並び、どこからどう見てもラスボスの居城だ。

「ひぃっ! あんな恐ろしいところに住むなんて……!」

マリーが悲鳴を上げる。
しかし、私の目には違って見えた。

「素晴らしい……!」

私は感嘆のあまり、窓ガラスに額を打ち付けた。

「なんて堅牢な造りなのかしら! あの分厚い石壁、あれなら私の『実験失敗』による爆風も完全に遮断できるわ! 地下牢も完備されていそうだし、危険な薬品の調合もやり放題ね!」

「カプリ様、ポジティブの方向性が迷子です!」

「さあ、急ぎましょう! 私の楽園が待っているわ!」

馬車はギギギと不気味な音を立てて跳ね橋を渡り、城門をくぐった。
中庭に到着すると、そこにはすでに数十人の使用人たちが整列して出迎え……てはいなかった。
みんな、ガタガタと震えながら縮こまっている。

「よ、ようこそ……カプリ様……」

執事とおぼしき老人が、決死の覚悟で進み出てきた。
顔色が悪い。まるで幽霊でも見るようだ。

(ああ、そういえば)

私は馬車から降りながら思い出す。
私の悪評は、王都からここまで届いているのだった。
『聖女をいじめた稀代の悪女』。
『気に入らない相手を魔法で消し去る魔女』。

彼らはきっと、私がここでどんな非道な振る舞いをするのかと怯えているのだろう。
ふふん、安心してちょうだい。
私は人間関係には興味がないの。興味があるのは魔法と実験だけよ!

私は背筋を伸ばし、悪役令嬢らしく堂々と、そしてニッコリと微笑んだ。

「出迎えご苦労様。私がカプリ・ヴァン・ローゼよ」

「ヒィッ……!(笑った……殺される……!)」

使用人の一人が泡を吹いて倒れた。
あら、貧血かしら?
北国は栄養事情が悪そうだから、あとで私の特製『精力増強ポーション(味は泥)』を差し入れしてあげましょう。

「長旅で疲れましたわ。まずは案内してくださる?」

私は執事に声をかける。
彼は震える手で城の奥を指し示した。

「は、はい……旦那様が、謁見の間でお待ちです……」

「旦那様? ああ、シリウス様のことね」

そういえば、これから結婚する相手のことを忘れていた。
人食い辺境伯、シリウス・グリム。
噂では身長が二メートルを超え、主食は生肉、怒ると口から火を吹くという。

(火を吹く人間……。生体構造はどうなっているのかしら? 解剖……いえ、詳しく観察させてもらわないと)

私の胸はときめきで張り裂けそうだった。
理想的な環境に、興味深い観察対象(旦那様)。
これはもう、神様がくれたご褒美としか思えない。

「案内は無用よ。気配でわかりますもの」

私は城の奥から漂ってくる、強大で禍々しい魔力を感じ取っていた。
王都の軟弱な貴族たちとは比べものにならない、濃厚な闇の魔力。
ゾクゾクする。
あんな魔力を間近で浴びたら、私の魔導回路はどうなってしまうのかしら!

「さあ、行きましょうマリー! 挨拶代わりの手土産(実験用の新作爆弾)は持った?」

「持ってませんし、持たせないでください! これから初対面なんですよ!?」

「あら、残念。じゃあ、私の魅力だけで勝負するしかないわね」

「不安しかない!」

マリーのツッコミを聞き流し、私はコツコツとヒールを鳴らして城内へと歩き出した。
廊下は薄暗く、壁には不気味な甲冑や、何の動物か分からない骨の剥製が飾られている。
普通の令嬢なら泣き出すシチュエーションだ。

けれど私は、スキップしそうな足を必死に抑えていた。

(骨! あれドラゴンの骨じゃない!? すごい、粉末にすれば高級な触媒になるわ!)
(あの甲冑、古代の呪いがかかっている? あとで解析しなきゃ!)

ここは宝の山だ。
私はこの城が気に入った。
今日からここが私の城(ラボ)だ。

「待っていてくださいませ、私の愛しい旦那様(実験台)!」

重厚な扉の前に立つ。
中からは、ただならぬ威圧感が漏れ出していた。
普通の人間なら気圧されて動けなくなるレベルの殺気。

しかし、私はニヤリと口角を上げる。
杖を一振りして、扉の鍵(厳重にロックされていた)を物理魔法で『ガチャリ』と無理やり解錠した。

「失礼いたしますわー!」

バーン!
私は勢いよく扉を開け放った。

そこにいたのは、玉座のような巨大な椅子に座り、漆黒のオーラを纏った男。
赤く光る瞳が、ギロリと私を睨みつける。
その視線だけで、部屋の空気が凍りついたようだった。

「……貴様が、カプリか」

地を這うような低い声。
まさに魔王。
まさに人食い辺境伯。

けれど、私にはこう見えていた。

(うわぁ……魔力量が規格外! あんなの人間発電所じゃない! 好き!)

私たちの、衝撃的で一方通行な出会いの瞬間だった。
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