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「……カプリ。その、少し時間はあるか?」
夕食後。
暖炉の前で魔導書の解読(という名の暗号解き)に没頭していた私に、シリウス様が声をかけてきた。
「はい、ありますわ! ちょうど『古代ルーン文字』の解読に行き詰まって、脳が糖分を欲していたところです。もしかして夜食のお誘いですの?」
私は本をバタンと閉じ、期待に満ちた眼差しを向ける。
しかし、今日のシリウス様はどこか様子が違っていた。
いつもの黒い軍服ではなく、少しカチッとした正装に近い恰好をしている。
そして、背中に隠した手をモジモジとさせているのだ。
「い、いや。夜食ではないのだが……これを、受け取ってほしい」
彼は意を決したように、小さなベルベットの小箱を差し出した。
「これは?」
「……開けてみてくれ」
私は首を傾げながら、小箱を受け取り、パカリと蓋を開けた。
「……ッ!!」
息を呑んだ。
そこに入っていたのは、親指ほどの大きさがある、真紅の宝石だった。
暖炉の火を受けて、内側から燃えるような深紅の輝きを放っている。
そのあまりの美しさに、私の心臓は早鐘を打った。
(こ、これは……!!)
私の魔眼(鑑定スキル)が、凄まじい勢いで情報を解析していく。
『名称:クリムゾン・コア(通称:竜の心臓石)』
『属性:火・光』
『魔力伝導率:SSランク』
『効果:魔法威力の500%増幅、または不老不死の秘薬「賢者の石」の代替素材』
「う、嘘でしょう……!?」
私は震える手で宝石(素材)をつまみ上げた。
王都の市場なら国家予算レベルの値段がつく、伝説級の触媒だ。
まさかこんなところでお目にかかれるなんて!
「……気に入らなかったか?」
私の反応がないことに不安を感じたのか、シリウス様が心配そうに尋ねてくる。
「とんでもない! 気に入るどころではありませんわ! これ、喉から手が出るほど欲しかったものです!」
「そ、そうか! よかった……」
シリウス様がホッと息を吐き、頬を少し赤らめた。
「君の瞳の色によく似ていると思ってな。王都から取り寄せた……いや、その、俺が昔、洞窟で見つけたものだが、加工してペンダントにしたんだ」
「(洞窟で拾った!? さすが魔境、素材の宝庫ね!)」
「君は、俺にとって……その、光のような存在だ。城を明るくしてくれた。だから、これを身につけていてほしい」
シリウス様の言葉は、とても甘く、詩的だった。
普通の令嬢なら「まあ、素敵! 一生大切にします!」と涙ぐむ場面だ。
しかし、私の脳内変換機能は今日も絶好調だった。
『君は俺の研究(光)に必要な存在だ。城(ラボ)の設備を強化してくれた。だから、この増幅装置(アイテム)を装備して、もっと効率よく働いてほしい』
そう聞こえた。
「旦那様……!」
私は感激のあまり、椅子から立ち上がって彼の手を握りしめた。
「わかっていらっしゃる! さすが私の最高のパートナーですわ!」
「えっ」
「私の瞳(魔眼)の性能を上げるために、これが必要だと見抜いていたのですね!? これがあれば、微細な魔力の流れまで完全に解析できます!」
「い、いや、性能とかではなくて……」
「しかも『身につけていてほしい』とおっしゃいましたね? つまり、常に肌身離さず持ち歩くことで、私の体温と魔力を同調させ、いつでも最大出力で魔法(実験)をぶっ放せるようにしろと!」
「ぶっ放す前提なのか!?」
私はペンダントを首にかけた。
赤い宝石が胸元で輝く。
途端に、体中の魔力回路が活性化し、指先がビリビリと痺れるような力が湧いてきた。
「ああ、すごいですわ……! 力が溢れてきます! これなら、以前失敗した『空間転移ゲート』の構築も可能ですし、城の地下をくり抜いて『秘密基地』を作ることも容易です!」
「待て! 頼むから城の形を変えないでくれ!」
私は興奮して、シリウス様の胸に飛び込んだ。
彼が「うおっ」とよろける。
「ありがとうございます、シリウス様! こんな高価な実験機材(プレゼント)をいただけるなんて、私、幸せ者です!」
「……じ、実験機材……」
シリウス様はガックリと項垂れた。
けれど、私の頭にポンと手を置き、優しく撫でてくれた。
「まあいい。君が喜んでくれたなら、それが一番だ」
「はい! 最高に嬉しいです! お礼に、この石を使って、旦那様の剣に『自動追尾機能(ホーミング)』と『爆破属性』を付与して差し上げますね!」
「やめろ、俺の剣を魔改造するな!」
「遠慮なさらず! 愛(魔力)を込めて作業しますから!」
「愛……?」
シリウス様がピクリと反応した。
「愛を……込めてくれるのか?」
「ええ、たっぷりと! 寝る間も惜しんで注入します!」
「……そうか」
シリウス様は、なんだかとても嬉しそうに、そして照れ臭そうに笑った。
その笑顔があまりに無防備で可愛らしかったので、私は少しだけドキッとしてしまった。
おかしいわね、心拍数が上がっている。
これも『竜の心臓石』の副作用かしら? あとで調べてみないと。
「では早速、工房に籠りますわね!」
「今からかよ!?」
「鉄は熱いうちに打て、魔力は高まっているうちに練れ、ですわ! おやすみなさいませ!」
私はペンダントを握りしめ、風のように部屋を飛び出した。
「あ、おいカプリ! ……はぁ」
部屋に残されたシリウス様。
彼は一人、赤くなった顔を手で仰ぎながら呟いた。
「……『愛を込める』か。……悪くない響きだ」
こうして、私たちのすれ違いコントは、奇跡的なバランスで「夫婦円満」という結果に着地したのだった。
翌日、本当に爆破属性が付与された剣を渡され、訓練場で振るったシリウス様がクレーターを作ってしまったのは、ご愛嬌である。
夕食後。
暖炉の前で魔導書の解読(という名の暗号解き)に没頭していた私に、シリウス様が声をかけてきた。
「はい、ありますわ! ちょうど『古代ルーン文字』の解読に行き詰まって、脳が糖分を欲していたところです。もしかして夜食のお誘いですの?」
私は本をバタンと閉じ、期待に満ちた眼差しを向ける。
しかし、今日のシリウス様はどこか様子が違っていた。
いつもの黒い軍服ではなく、少しカチッとした正装に近い恰好をしている。
そして、背中に隠した手をモジモジとさせているのだ。
「い、いや。夜食ではないのだが……これを、受け取ってほしい」
彼は意を決したように、小さなベルベットの小箱を差し出した。
「これは?」
「……開けてみてくれ」
私は首を傾げながら、小箱を受け取り、パカリと蓋を開けた。
「……ッ!!」
息を呑んだ。
そこに入っていたのは、親指ほどの大きさがある、真紅の宝石だった。
暖炉の火を受けて、内側から燃えるような深紅の輝きを放っている。
そのあまりの美しさに、私の心臓は早鐘を打った。
(こ、これは……!!)
私の魔眼(鑑定スキル)が、凄まじい勢いで情報を解析していく。
『名称:クリムゾン・コア(通称:竜の心臓石)』
『属性:火・光』
『魔力伝導率:SSランク』
『効果:魔法威力の500%増幅、または不老不死の秘薬「賢者の石」の代替素材』
「う、嘘でしょう……!?」
私は震える手で宝石(素材)をつまみ上げた。
王都の市場なら国家予算レベルの値段がつく、伝説級の触媒だ。
まさかこんなところでお目にかかれるなんて!
「……気に入らなかったか?」
私の反応がないことに不安を感じたのか、シリウス様が心配そうに尋ねてくる。
「とんでもない! 気に入るどころではありませんわ! これ、喉から手が出るほど欲しかったものです!」
「そ、そうか! よかった……」
シリウス様がホッと息を吐き、頬を少し赤らめた。
「君の瞳の色によく似ていると思ってな。王都から取り寄せた……いや、その、俺が昔、洞窟で見つけたものだが、加工してペンダントにしたんだ」
「(洞窟で拾った!? さすが魔境、素材の宝庫ね!)」
「君は、俺にとって……その、光のような存在だ。城を明るくしてくれた。だから、これを身につけていてほしい」
シリウス様の言葉は、とても甘く、詩的だった。
普通の令嬢なら「まあ、素敵! 一生大切にします!」と涙ぐむ場面だ。
しかし、私の脳内変換機能は今日も絶好調だった。
『君は俺の研究(光)に必要な存在だ。城(ラボ)の設備を強化してくれた。だから、この増幅装置(アイテム)を装備して、もっと効率よく働いてほしい』
そう聞こえた。
「旦那様……!」
私は感激のあまり、椅子から立ち上がって彼の手を握りしめた。
「わかっていらっしゃる! さすが私の最高のパートナーですわ!」
「えっ」
「私の瞳(魔眼)の性能を上げるために、これが必要だと見抜いていたのですね!? これがあれば、微細な魔力の流れまで完全に解析できます!」
「い、いや、性能とかではなくて……」
「しかも『身につけていてほしい』とおっしゃいましたね? つまり、常に肌身離さず持ち歩くことで、私の体温と魔力を同調させ、いつでも最大出力で魔法(実験)をぶっ放せるようにしろと!」
「ぶっ放す前提なのか!?」
私はペンダントを首にかけた。
赤い宝石が胸元で輝く。
途端に、体中の魔力回路が活性化し、指先がビリビリと痺れるような力が湧いてきた。
「ああ、すごいですわ……! 力が溢れてきます! これなら、以前失敗した『空間転移ゲート』の構築も可能ですし、城の地下をくり抜いて『秘密基地』を作ることも容易です!」
「待て! 頼むから城の形を変えないでくれ!」
私は興奮して、シリウス様の胸に飛び込んだ。
彼が「うおっ」とよろける。
「ありがとうございます、シリウス様! こんな高価な実験機材(プレゼント)をいただけるなんて、私、幸せ者です!」
「……じ、実験機材……」
シリウス様はガックリと項垂れた。
けれど、私の頭にポンと手を置き、優しく撫でてくれた。
「まあいい。君が喜んでくれたなら、それが一番だ」
「はい! 最高に嬉しいです! お礼に、この石を使って、旦那様の剣に『自動追尾機能(ホーミング)』と『爆破属性』を付与して差し上げますね!」
「やめろ、俺の剣を魔改造するな!」
「遠慮なさらず! 愛(魔力)を込めて作業しますから!」
「愛……?」
シリウス様がピクリと反応した。
「愛を……込めてくれるのか?」
「ええ、たっぷりと! 寝る間も惜しんで注入します!」
「……そうか」
シリウス様は、なんだかとても嬉しそうに、そして照れ臭そうに笑った。
その笑顔があまりに無防備で可愛らしかったので、私は少しだけドキッとしてしまった。
おかしいわね、心拍数が上がっている。
これも『竜の心臓石』の副作用かしら? あとで調べてみないと。
「では早速、工房に籠りますわね!」
「今からかよ!?」
「鉄は熱いうちに打て、魔力は高まっているうちに練れ、ですわ! おやすみなさいませ!」
私はペンダントを握りしめ、風のように部屋を飛び出した。
「あ、おいカプリ! ……はぁ」
部屋に残されたシリウス様。
彼は一人、赤くなった顔を手で仰ぎながら呟いた。
「……『愛を込める』か。……悪くない響きだ」
こうして、私たちのすれ違いコントは、奇跡的なバランスで「夫婦円満」という結果に着地したのだった。
翌日、本当に爆破属性が付与された剣を渡され、訓練場で振るったシリウス様がクレーターを作ってしまったのは、ご愛嬌である。
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