「貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので「万歳!」と叫んで飛び出した!

恋の箱庭

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「グリム辺境伯、万歳!」
「カプリ様、ありがとう!」
「また来てくださいねー!(できれば爆発なしで!)」

王都の正門前。
私たちを見送るために集まった群衆の歓声が、空に響き渡っていた。

行きは「恐怖の魔王襲来」と恐れられていたのが嘘のようだ。
紙吹雪が舞い、ファンファーレが鳴り響く中、私たちは英雄として送り出されようとしていた。

「……慣れんな、こういうのは」

シリウス様が馬車の窓から手を振りつつ、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
その隣で、私は満面の笑みで投げキス(という名の『幸福の粉(幻覚作用あり)』散布)をしている。

「あら、堂々としていればよろしいのです。私たちは正当な対価(ドラゴン一頭と卵)をもらって帰るだけなのですから」

「対価がデカすぎるんだよ……」

私たちの乗る魔動馬車の後ろには、国王陛下が手配してくれた大型の荷馬車が連結されている。
そこには、厳重に梱包された『古代竜の冷凍死体』と、私が王宮の地下から発掘した『ドラゴンの卵』が積まれている。
総重量数十トン。
それを私の魔導エンジンが唸りを上げて牽引しているのだ。

「それでは皆様、ごきげんよう! 次に来る時は『ドラゴンライダー』になって戻ってきますわ!」

私が宣言すると、民衆が「えっ、乗るの?」「あの悪女ならやりかねない……」とざわついたが、私は気にせずアクセルを踏み込んだ。

ヴォォォォォン!!

黒い魔動馬車が爆音と共に発進する。
遠ざかる王都。
さようならロランド殿下。修道院で(髪が)生えてくるといいですね。

 ◇

王都を離れ、街道を走ること数日。
馬車の中は、行きとは違って穏やかな空気が流れていた。
シリウス様も今回は酔い止め(私が開発した『三半規管麻痺薬』)を飲んでいるので、顔色は悪くない。

「……カプリ」

ふと、シリウス様が私の名前を呼んだ。
窓の外の雪景色を見ていた私は、振り返った。

「はい、旦那様?」

「その……王都では、色々とあったな」

「ええ。大変でしたけど、実りある旅でしたわ」

「俺は……嬉しかったんだ」

シリウス様が、少し身を乗り出して私の方へ近づいてきた。
その赤い瞳が、熱っぽく私を見つめている。

「君が、俺のことを『所有物』だと言ってくれたこと。……あれは、その、俺のそばにずっといてくれるという意味だと、捉えていいのか?」

甘い声。
密室の馬車。
外は吹雪。
完璧なラブシーンのシチュエーションだ。

シリウス様の手が、私の手に重ねられる。
温かい。
彼の顔が近づいてくる。

「カプリ……俺はもう、君なしでは……」

「わかりますわ、旦那様」

私は深く頷いた。

「え?」

「私も、これなしでは生きていけませんもの!」

私はゴソゴソと膝の上にあった毛布をめくった。
そこには、私の太ももの上で温められていた、直径50センチほどの巨大な物体──『ドラゴンの卵』があった。

「……は?」

シリウス様が固まった。

「見てください旦那様! この艶! この神秘的な模様! 馬車の振動が心地よいのか、さっきから微かに脈動しているんです!」

私は卵を愛おしそうに撫で回した。
荷台に積むのは温度管理が不安だったので、こっそり車内に持ち込んでいたのだ。

「……カプリ、いつの間にそれを?」

「出発前からです。私の体温で温めてあげないと、孵化率が下がってしまいますから」

私は卵に頬ずりをした。
ひんやりとした殻の奥から、確かな生命の鼓動を感じる。

「よしよし、いい子ね~。ママですよ~。パパは目の前の怖い顔をしたお兄さんですよ~」

「誰がパパだ! ていうか、俺の話を聞いてたか!?」

「聞いてましたよ。『君なしでは』って。私もこの卵(研究対象)なしでは生きられないので、奇遇ですね!」

「……」

シリウス様がガックリと項垂れた。
その背中から「俺は卵以下か……」という哀愁が漂っている。

「拗ねないでください旦那様。この子が生まれたら、旦那様にも触らせてあげますから」

「いらん! 噛みつかれたらどうする!」

「大丈夫です。刷り込み(インプリンティング)させますから。最初に見たものを親だと思う習性を利用して……あ、でも私がママだとすると、旦那様は『エサ』だと認識されるかも?」

「なんでだよ! せめてパパでいいだろ!」

そんな漫才のようなやり取りをしているうちに、馬車は見慣れた景色の中へと入っていった。

険しい岩山。
凍てつく荒野。
そして、その先にそびえ立つ、黒々とした不気味な城。

グリム辺境伯領。
世間からは「地獄の入り口」と呼ばれる場所。
でも、今の私にとっては。

「……帰ってきましたわね」

「ああ。俺たちの家に」

シリウス様が、卵越しの私の肩を抱いた。
今回は私も拒絶しなかった。
彼の体温と、卵の温かさ。
両方サンドイッチで、ポカポカして気持ちいい。

城門をくぐると、そこには懐かしい顔ぶれが待っていた。

「おかえりなさいませ! 旦那様! 奥様!」

セバスを筆頭に、使用人たちが総出で出迎えてくれた。
彼らの顔は、以前のような恐怖に引きつったものではなく、心からの笑顔だ。
(まあ、私が開発した『自動雪かきゴーレム』のおかげで重労働から解放されたからかもしれないけど)。

「ただいま戻った」

シリウス様が馬車から降りると、わっと歓声が上がった。
続いて私が、重たい卵を抱えて降りる。

「奥様! それは……!?」

「お土産よ! 新しい家族(ドラゴン)です!」

「ヒィッ!?」

使用人たちが一歩引いたが、すぐに「まあ、奥様なら……」と納得してしまった。
順応性が高い。さすが私の部下たちだ。

「さあ、忙しくなりますわよ! まずはこの子の孵化器を作って、それから親竜の解体場を設営して……!」

私は指示を飛ばしながら、城の中へと駆け出した。
シリウス様は、そんな私の背中を、やれやれと言いたげに、でもどこか嬉しそうに見つめていた。

「……まったく。退屈しない女だ」

彼は小さく笑い、セバスに言った。

「セバス。……結婚式の準備を始めろ」

「え?」

セバスが目を丸くする。

「王都では式を挙げられなかったからな。ここらで、ちゃんとしたけじめをつける」

シリウス様の顔は、王都へ発つ前よりもずっと男らしく、そして自信に満ちていた。

「へい、承知いたしました! 辺境流の、とびきり派手なやつを用意しますぞ!」

「ああ。……ただし、爆発は控えめにな」

「それは奥様次第ですな」

城内に笑い声が響く。
こうして、私たちは無事に(?)日常へと戻ってきた。
しかし、それが「平穏な日常」であるはずがないことを、城の住人全員が予感していたのだった。
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