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「奥様! 準備はよろしいですか!?」
「いつでも発射可能ですわ!」
雲一つない晴天。
グリム辺境伯領の城壁の上に、私は立っていた。
ただし、純白のウェディングドレス姿で、背中には巨大なパラシュートを背負い、さらに足元は木製のカタパルト(投石機)の台座に固定されている状態で。
「……本当にやるのか、これ」
隣の台座では、同じく白のタキシードを着たシリウス様が、青ざめた顔で空を見上げている。
彼もまた、これから空へ打ち上げられる運命にある。
「伝統ですから! 辺境伯家の結婚式は『困難を乗り越えて夫婦になる』ことを証明するために、新郎新婦が空を飛んで祭壇へ着地するという儀式があるそうですわ!」
「どんな伝統だよ! 初代当主は頭がおかしかったのか!?」
「さあ、覚悟を決めてください旦那様! 風速よし! 角度よし! 着地点にはセバスたちがクッション(藁の山)を用意してくれています!」
私はワクワクしていた。
こんなスリリングな結婚式、王都では絶対に味わえない。
やはり辺境は最高だ。
「それでは! 新郎新婦、入場(射出)です!」
セバスの号令が響く。
「3、2、1……発射!!」
ガコンッ!!
強烈なGがかかる。
私の体はボールのように空高く弾き飛ばされた。
「ひゃっほーう! 最高高度到達ですわー!」
「うわああああああ!! 高い! 死ぬぅぅぅ!」
私たちは放物線を描いて、雪山の中腹にある特設会場へと飛んでいく。
眼下には、参列者である領民たちや使用人たちが、豆粒のように見え……そして歓声を上げているのがわかる。
「さあ旦那様、パラシュート展開!」
「紐が! 紐が絡まって……開かん!」
「なんですって!? 貸してください!」
私は空中で体をひねり、シリウス様に接近した。
そして絡まった紐を強引に引きちぎり(物理)、魔法で展開させた。
バサァッ!!
白いパラシュートが開き、私たちの落下速度が緩まる。
ふわり、ふわり。
青い空と白い雪山の間を、二つの白い花が舞う。
「……はぁ、はぁ。心臓が止まるかと思った……」
「あら、吊り橋効果で愛が深まりましたわね!」
私たちは手を取り合いながら、祭壇の前にある藁の山へと、ドスンと着地した。
完璧なランディングだ。
「おめでとうございますー!!」
「ヒューヒュー!」
クラッカー代わりの空砲(爆音)が鳴り響く中、私たちは藁まみれになりながら立ち上がった。
◇
着地後は、少しだけまともな式が進行した。
神父様の前で誓いの言葉を述べ、指輪の交換を行う。
参列者は領民や兵士たち。
みんな笑顔で、心からの祝福を送ってくれている。
「では、誓いのキスを」
神父様が告げる。
シリウス様がベールを上げ、私の顔を覗き込んだ。
少し照れくさそうに、でも幸せそうに微笑んでいる。
「……カプリ。一生大事にする」
「はい。私も一生、貴方を解剖……じゃなくて、愛します」
私たちの顔が近づく。
唇が触れ合おうとした、その瞬間だった。
ピキッ。
「ん?」
微かな音が聞こえた。
私のドレスのポケット……ではなく、祭壇の横に飾っておいた『ドラゴンの卵』からだ。
ピキピキッ! パリンッ!
「あ」
私とシリウス様の動きが止まった。
会場中の視線が卵に集中する。
黒い殻に亀裂が入り、そこから小さな頭が……。
「ギャオ?」
突き出てきたのは、つぶらな瞳をした、トカゲのような生き物。
全身は黒曜石のように輝き、背中には未発達な翼がついている。
生まれたばかりの、エンシェント・ドラゴンの幼体だ。
「……」
「……」
ドラゴンちゃんは、キョロキョロと辺りを見回し、一番近くにいた私たちを見た。
そして、私と目が合った瞬間。
「キュ~!」
嬉しそうに鳴いて、ヨチヨチと歩み寄ってきた。
そして私のドレスの裾に噛み付いて、甘えるようにスリスリし始めた。
「……」
シリウス様が固まっている。
神父様が聖書を落とした。
領民たちが「ひぃっ、ドラゴンだ!」とざわめき始める。
しかし、私は。
「まああああああああ!!!」
私は歓喜の叫びを上げて、赤ちゃんドラゴンを抱き上げた。
「生まれました! 生まれましたわ旦那様! 見てくださいこの愛くるしさ! 生まれたてなのにこの魔力密度! 鱗の硬度! 最高傑作です!」
「いや、傑作って……お前が産んだわけじゃないだろ」
「いいえ、私が温めましたもの! 実質、私の子供です!」
私はドラゴンちゃんに頬ずりをした。
ドラゴンちゃんも「キュッキュ!」と喜んで私の頬を舐め回している(舌がザラザラして少し痛い)。
「ほら旦那様、貴方も抱っこしてください! パパですよ~!」
「やめろ! 炎を吐くかもしれないだろ!」
シリウス様が後ずさるが、ドラゴンちゃんはシリウス様の方を見て、プイッと顔を背けた。
そして尻尾でペシッとシリウス様の手を叩いた。
「……おい」
シリウス様のこめかみに青筋が浮かぶ。
「こいつ、今俺のこと馬鹿にしたか?」
「あら、パパの威厳が足りないんじゃありません? ほら、高い高いしてあげて!」
私は無理やりドラゴンちゃんをシリウス様に押し付けた。
シリウス様は恐る恐る受け取る。
すると、ドラゴンちゃんはシリウス様の鼻をガブッと甘噛みした。
「痛ッ!? こ、こいつ……!」
「ふふ、気に入られたみたいですね!」
会場から笑いが起きた。
『人食い辺境伯』が、子ドラゴンに鼻を噛まれて慌てふためく姿。
それはとても微笑ましく、そして平和な光景だった。
「……はぁ。とんだ結婚式だ」
シリウス様は、鼻についた涎を拭きながら、でも優しくドラゴンちゃんの頭を撫でた。
「まあいい。……家族が増えたな、カプリ」
「ええ! 賑やかになりますわね!」
「賑やかどころか、城が壊されないか心配だが」
シリウス様は私を見て、そして腕の中のドラゴンを見て、破顔した。
「ようこそ、グリム家へ。……覚悟して生きろよ、チビ」
ドラゴンちゃんは「ギャオ!」と元気よく答えた。
こうして、私たちの結婚式は、ドラゴンの誕生パーティーへと変わり、朝まで宴が続いたのだった。
もちろん、その後の子育て(調教)が、魔獣討伐よりも大変な日々になることは、言うまでもない。
「いつでも発射可能ですわ!」
雲一つない晴天。
グリム辺境伯領の城壁の上に、私は立っていた。
ただし、純白のウェディングドレス姿で、背中には巨大なパラシュートを背負い、さらに足元は木製のカタパルト(投石機)の台座に固定されている状態で。
「……本当にやるのか、これ」
隣の台座では、同じく白のタキシードを着たシリウス様が、青ざめた顔で空を見上げている。
彼もまた、これから空へ打ち上げられる運命にある。
「伝統ですから! 辺境伯家の結婚式は『困難を乗り越えて夫婦になる』ことを証明するために、新郎新婦が空を飛んで祭壇へ着地するという儀式があるそうですわ!」
「どんな伝統だよ! 初代当主は頭がおかしかったのか!?」
「さあ、覚悟を決めてください旦那様! 風速よし! 角度よし! 着地点にはセバスたちがクッション(藁の山)を用意してくれています!」
私はワクワクしていた。
こんなスリリングな結婚式、王都では絶対に味わえない。
やはり辺境は最高だ。
「それでは! 新郎新婦、入場(射出)です!」
セバスの号令が響く。
「3、2、1……発射!!」
ガコンッ!!
強烈なGがかかる。
私の体はボールのように空高く弾き飛ばされた。
「ひゃっほーう! 最高高度到達ですわー!」
「うわああああああ!! 高い! 死ぬぅぅぅ!」
私たちは放物線を描いて、雪山の中腹にある特設会場へと飛んでいく。
眼下には、参列者である領民たちや使用人たちが、豆粒のように見え……そして歓声を上げているのがわかる。
「さあ旦那様、パラシュート展開!」
「紐が! 紐が絡まって……開かん!」
「なんですって!? 貸してください!」
私は空中で体をひねり、シリウス様に接近した。
そして絡まった紐を強引に引きちぎり(物理)、魔法で展開させた。
バサァッ!!
白いパラシュートが開き、私たちの落下速度が緩まる。
ふわり、ふわり。
青い空と白い雪山の間を、二つの白い花が舞う。
「……はぁ、はぁ。心臓が止まるかと思った……」
「あら、吊り橋効果で愛が深まりましたわね!」
私たちは手を取り合いながら、祭壇の前にある藁の山へと、ドスンと着地した。
完璧なランディングだ。
「おめでとうございますー!!」
「ヒューヒュー!」
クラッカー代わりの空砲(爆音)が鳴り響く中、私たちは藁まみれになりながら立ち上がった。
◇
着地後は、少しだけまともな式が進行した。
神父様の前で誓いの言葉を述べ、指輪の交換を行う。
参列者は領民や兵士たち。
みんな笑顔で、心からの祝福を送ってくれている。
「では、誓いのキスを」
神父様が告げる。
シリウス様がベールを上げ、私の顔を覗き込んだ。
少し照れくさそうに、でも幸せそうに微笑んでいる。
「……カプリ。一生大事にする」
「はい。私も一生、貴方を解剖……じゃなくて、愛します」
私たちの顔が近づく。
唇が触れ合おうとした、その瞬間だった。
ピキッ。
「ん?」
微かな音が聞こえた。
私のドレスのポケット……ではなく、祭壇の横に飾っておいた『ドラゴンの卵』からだ。
ピキピキッ! パリンッ!
「あ」
私とシリウス様の動きが止まった。
会場中の視線が卵に集中する。
黒い殻に亀裂が入り、そこから小さな頭が……。
「ギャオ?」
突き出てきたのは、つぶらな瞳をした、トカゲのような生き物。
全身は黒曜石のように輝き、背中には未発達な翼がついている。
生まれたばかりの、エンシェント・ドラゴンの幼体だ。
「……」
「……」
ドラゴンちゃんは、キョロキョロと辺りを見回し、一番近くにいた私たちを見た。
そして、私と目が合った瞬間。
「キュ~!」
嬉しそうに鳴いて、ヨチヨチと歩み寄ってきた。
そして私のドレスの裾に噛み付いて、甘えるようにスリスリし始めた。
「……」
シリウス様が固まっている。
神父様が聖書を落とした。
領民たちが「ひぃっ、ドラゴンだ!」とざわめき始める。
しかし、私は。
「まああああああああ!!!」
私は歓喜の叫びを上げて、赤ちゃんドラゴンを抱き上げた。
「生まれました! 生まれましたわ旦那様! 見てくださいこの愛くるしさ! 生まれたてなのにこの魔力密度! 鱗の硬度! 最高傑作です!」
「いや、傑作って……お前が産んだわけじゃないだろ」
「いいえ、私が温めましたもの! 実質、私の子供です!」
私はドラゴンちゃんに頬ずりをした。
ドラゴンちゃんも「キュッキュ!」と喜んで私の頬を舐め回している(舌がザラザラして少し痛い)。
「ほら旦那様、貴方も抱っこしてください! パパですよ~!」
「やめろ! 炎を吐くかもしれないだろ!」
シリウス様が後ずさるが、ドラゴンちゃんはシリウス様の方を見て、プイッと顔を背けた。
そして尻尾でペシッとシリウス様の手を叩いた。
「……おい」
シリウス様のこめかみに青筋が浮かぶ。
「こいつ、今俺のこと馬鹿にしたか?」
「あら、パパの威厳が足りないんじゃありません? ほら、高い高いしてあげて!」
私は無理やりドラゴンちゃんをシリウス様に押し付けた。
シリウス様は恐る恐る受け取る。
すると、ドラゴンちゃんはシリウス様の鼻をガブッと甘噛みした。
「痛ッ!? こ、こいつ……!」
「ふふ、気に入られたみたいですね!」
会場から笑いが起きた。
『人食い辺境伯』が、子ドラゴンに鼻を噛まれて慌てふためく姿。
それはとても微笑ましく、そして平和な光景だった。
「……はぁ。とんだ結婚式だ」
シリウス様は、鼻についた涎を拭きながら、でも優しくドラゴンちゃんの頭を撫でた。
「まあいい。……家族が増えたな、カプリ」
「ええ! 賑やかになりますわね!」
「賑やかどころか、城が壊されないか心配だが」
シリウス様は私を見て、そして腕の中のドラゴンを見て、破顔した。
「ようこそ、グリム家へ。……覚悟して生きろよ、チビ」
ドラゴンちゃんは「ギャオ!」と元気よく答えた。
こうして、私たちの結婚式は、ドラゴンの誕生パーティーへと変わり、朝まで宴が続いたのだった。
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