婚約破棄で純愛アップデート、偽装婚約から真実の婚約へ

恋の箱庭

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別荘の荷造りは、わたくしの指示のもと、驚異的な速さで進行しました。
何せわたくし、すべての備品を「使用頻度」と「重量」によってカテゴライズし、効率的な積み込み順序を記した図面を作成いたしましたから。

「……リーマ、君の荷造りを見ていると、軍隊の遠征準備を見ているような気分になるよ。なぜティースプーン一本一本に番号が振ってあるんだい?」

ヴィンセント殿下が、呆れたように、あるいは感心したように、積み上げられた箱を眺めていました。

「当然ですわ。紛失リスクを最小限に抑え、新居での展開速度を上げるための標準化です。殿下こそ、その豪華な私物、もっと圧縮できませんの? その羽根飾りのついた帽子、馬車の積載スペースを無駄に占有しておりますわ」

「これは俺のアイデンティティの一部なんだが……。分かったよ、君の言う通りにする。……君に睨まれると、自分の存在そのものが『非効率なゴミ』に見えてくるから不思議だね」

わたくしたちは、住み慣れた(といっても数日ですが)別荘に別れを告げ、ヴィンセント殿下の祖国へと向かう馬車に乗り込みました。
国境を越えるまでの数日間、わたくしはこの移動時間すら無駄にしないよう、膝の上に隣国の最新の経済統計資料を広げました。

「さて、殿下。移動中に貴国の税制の脆弱性について議論を深めましょうか。この『小麦の流通税』、計算式が複雑すぎて、不正の温床になりやすいと感じますわ」

「……ねえ、リーマ。せっかくの二人きりの馬車だよ? 窓の外の美しい景色を見たり、これからの二人の未来について語り合ったりはできないのかな?」

「景色はさきほど三秒間確認しました。問題ありません。未来についても語っておりますわ。……効率的な徴税システムこそが、幸福な国家の基盤、つまりわたくしたちの明るい未来でしょう?」

わたくしが真顔で答えると、ヴィンセント殿下は深くため息をつき、わたくしの手元から資料をひょいと奪い取りました。

「返してくださいませ。まだ第三項の注釈を読んでおりませんわ」

「ダメだ。今は、俺を見なさい。……君はいつも数字や書類ばかり見て、俺という『最高に魅力的なパートナー』を無視しすぎている」

ヴィンセント殿下が身を乗り出し、わたくしの顔を覗き込みました。
馬車の揺れに合わせて、彼の銀色の髪がわたくしの頬をかすめます。
……いけませんわ。この距離、この香水。論理的な思考回路が、わずかにノイズを拾い始めました。

「殿下、……近いですわ。パーソナルスペースの侵害です。国際問題に発展しますわよ」

「いいよ、俺たちはもう『共犯者』なんだから。……君は俺の国に来て、俺の隣で働く。それは、君が俺の人生に深く関わることを許可した、ということだ。……覚悟はできているかい?」

ヴィンセント殿下の瞳が、熱を帯びてわたくしを射抜きます。
わたくしは、思わず視線を資料……が置かれていた彼の膝の上に落としました。

「……仕事の効率さえ保障していただけるなら、覚悟くらい、いつでもできておりますわ」

「ははは、可愛くないね。……でも、そんな君を攻略するのが、俺のこれからの最大の『仕事』になりそうだ」

馬車が大きく揺れた瞬間、わたくしはバランスを崩し、ヴィンセント殿下の胸の中に飛び込んでしまいました。
反射的に彼の服を掴むと、上質な生地の下にある、たくましい鼓動が伝わってきました。

「……あ、……失礼いたしました」

「いや、そのまま。……君が大人しくしているのは珍しいからね」

しばらくの間、馬車の走行音だけが響く静寂が訪れました。
わたくしは、彼の胸元で密かに決意しました。
……隣国に着いたら、まずは馬車のサスペンションの改良を提案しましょう。この「予期せぬ揺れ」は、精神衛生上、非常によろしくありませんわ。

数日後、馬車は国境を越え、ヴィンセント殿下の祖国、アルトワ王国へと入りました。
国境の検問所。
わたくしは、そこで働く役人たちの手元を見て、思わず馬車の窓から身を乗り出しました。

「……ちょっと、殿下! あそこの役人、台帳をインクで汚したまま放置しておりますわ! それに、書類の積み方が斜め! 雪崩が起きますわよ!」

「ああ……。うちの国は、君の国に比べると少しばかり『自由(おおらか)』すぎるかもしれないね」

「自由と怠慢を履き違えておりますわ! ……殿下、新居に着く前に、まずはあそこの整理整頓から着手させていただいてもよろしくて?」

「……俺、君を連れてきて本当に良かったよ。……いろんな意味でね」

ヴィンセント殿下が頭を抱えながら笑う横で、わたくしはすでに袖をまくり始めていました。
どうやら隣国での生活も、わたくしにとっては「お片付け」の連続になりそうですわ。

こうして、わたくしリーマ・フォルテシモは、隣国へと降り立ちました。
「悪役令嬢」が隣国の「王宮改革者」へとジョブチェンジした瞬間でした。
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