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アルトワ王宮の生活に馴染むにつれ、わたくしの周りには二種類の人間が増えていきました。
一方は、わたくしに書類を押し付ければ万事解決すると信じ切っている「依存型」の文官たち。
そしてもう一方は、余所者の女が王子の隣で大きな顔をしているのが面白くない「嫉妬型」の貴族たちです。
「……見て。あの方が例の『鉄の令嬢』よ。数字で人を殺せると噂の……」
「おーほっほっほ! あんなに眉間に皺を寄せていては、お肌の曲がり角が音を立ててやってきますわよ?」
王宮の回廊ですれ違う際、わざとらしく扇で口元を隠して囁く令嬢たち。
わたくしは、彼女たちが身にまとっているドレスの生地の質と、歩くリズムから算出される「日頃の運動不足」を瞬時に分析しながら、無表情で通り過ぎました。
「……リーマ嬢。随分と余裕だね。彼女たちの陰口、君の地獄耳なら聞こえているはずだが」
背後から現れたヴィンセント殿下が、楽しそうにわたくしの隣に並びました。
「殿下。意味のない音声情報を脳内で処理するのは、リソースの無駄遣いですわ。それよりも、あそこの令嬢が持っていた扇。……あれ、去年の流行遅れの型ですわね。実家の経済状況が芳しくないと宣伝しているようなものですわ」
「……君と喧嘩して勝てる人間は、この世に存在しない気がしてきたよ」
ヴィンセント殿下は苦笑し、わたくしの肩を抱き寄せました。
そのまま案内されたのは、王宮の端にある小さなテラス。
そこには、二人分の最高級のお茶と菓子が用意されていました。
「休憩も仕事のうちだ、リーマ。君の『最適化』されたスケジュールには、俺と過ごす甘い時間は含まれていないのかい?」
「……。殿下、わたくしの予定表には『栄養摂取および休息』として三十分確保してあります。それをあなたがどのように解釈しようと自由ですが、わたくしはこれを『次の業務への充電』と定義しておりますわ」
「相変わらず可愛くない。……だが、そんな君だからこそ、俺の隣にいてほしいんだ」
ヴィンセント殿下は、皿の上に載った真っ赤なイチゴのタルトを、フォークで小さく切り分けました。
そして、それをあろうことか、わたくしの口元へと運んできたのです。
「……殿下。セクハラ、および不必要な給仕による羞恥心の煽動は、業務妨害に当たりますわ」
「いいから、食べなさい。これは雇用主としての命令だ。……ほら、あーん」
「……。屈辱ですわ」
わたくしは殿下を睨みつけながらも、渋々そのタルトを口にしました。
……悔しいことに、絶品でした。
計算された甘み、サクサクとしたタルト生地の比率。
わたくしの脳が、一瞬で多幸感に包まれるのを感じました。
「……悪く、ありませんわね」
「だろう? 君はいつも自分を律しすぎている。……たまには、こうして俺に甘やかされるのも、効率的な『バグ取り』の一環だと思ってくれ」
ヴィンセント殿下が、わたくしの頬についたクリームを指先で拭い取り、それを自分の口へと運びました。
……あまりにも、あまりにも不合理な行動です。
わたくしの心臓が、設計ミスを疑うレベルで激しく拍動しました。
「……殿下、心拍数が異常値を示しております。今すぐ離れていただけます?」
「いやだね。君の心拍数を上げることこそが、俺の今の最優先タスクなんだ」
ヴィンセント殿下はそのまま、わたくしの手を握りしめました。
その手の熱が、わたくしの論理的な思考をじわじわと溶かしていきます。
「リーマ。君はもう、前の国でのように『使い捨てられる歯車』じゃない。俺にとって君は、世界を動かすための唯一無二のパートナーだ。……嫉妬する奴らなんて、俺がすべて黙らせてやる。だから君は、君のままでいろ」
「……。殿下は、時々……いえ、頻繁に、非常に非効率な情熱をぶつけてこられますわね」
わたくしは、握られた手を引き抜くことができませんでした。
いいえ、正確には「引き抜くメリットを見出せなかった」だけですわ。
ええ、決して、心地よいなどと思ってはおりません。
「……分かりました。そこまで仰るなら、わたくしの『管理対象』に、殿下の健康と情緒の安定も加えて差し上げます。……ただし、残業代は倍で請求いたしますわよ?」
「ははは! 安いものだ。……俺のすべてを、君に管理してほしいくらいだよ」
夕暮れに染まるテラスで、わたくしたちはしばらく、不合理で、非効率で、そしてこの上なく穏やかな時間を共有しました。
嫉妬や陰口など、わたくしの人生のノイズに過ぎません。
この温かな手の温もりがあれば、どんな「バグ」も乗り越えていける。
……そんな、らしくない考えが頭をよぎったのは、きっと甘いタルトのせいですわ。
わたくしは自分にそう言い聞かせ、赤くなった顔を、冷めた紅茶で隠したのでした。
一方は、わたくしに書類を押し付ければ万事解決すると信じ切っている「依存型」の文官たち。
そしてもう一方は、余所者の女が王子の隣で大きな顔をしているのが面白くない「嫉妬型」の貴族たちです。
「……見て。あの方が例の『鉄の令嬢』よ。数字で人を殺せると噂の……」
「おーほっほっほ! あんなに眉間に皺を寄せていては、お肌の曲がり角が音を立ててやってきますわよ?」
王宮の回廊ですれ違う際、わざとらしく扇で口元を隠して囁く令嬢たち。
わたくしは、彼女たちが身にまとっているドレスの生地の質と、歩くリズムから算出される「日頃の運動不足」を瞬時に分析しながら、無表情で通り過ぎました。
「……リーマ嬢。随分と余裕だね。彼女たちの陰口、君の地獄耳なら聞こえているはずだが」
背後から現れたヴィンセント殿下が、楽しそうにわたくしの隣に並びました。
「殿下。意味のない音声情報を脳内で処理するのは、リソースの無駄遣いですわ。それよりも、あそこの令嬢が持っていた扇。……あれ、去年の流行遅れの型ですわね。実家の経済状況が芳しくないと宣伝しているようなものですわ」
「……君と喧嘩して勝てる人間は、この世に存在しない気がしてきたよ」
ヴィンセント殿下は苦笑し、わたくしの肩を抱き寄せました。
そのまま案内されたのは、王宮の端にある小さなテラス。
そこには、二人分の最高級のお茶と菓子が用意されていました。
「休憩も仕事のうちだ、リーマ。君の『最適化』されたスケジュールには、俺と過ごす甘い時間は含まれていないのかい?」
「……。殿下、わたくしの予定表には『栄養摂取および休息』として三十分確保してあります。それをあなたがどのように解釈しようと自由ですが、わたくしはこれを『次の業務への充電』と定義しておりますわ」
「相変わらず可愛くない。……だが、そんな君だからこそ、俺の隣にいてほしいんだ」
ヴィンセント殿下は、皿の上に載った真っ赤なイチゴのタルトを、フォークで小さく切り分けました。
そして、それをあろうことか、わたくしの口元へと運んできたのです。
「……殿下。セクハラ、および不必要な給仕による羞恥心の煽動は、業務妨害に当たりますわ」
「いいから、食べなさい。これは雇用主としての命令だ。……ほら、あーん」
「……。屈辱ですわ」
わたくしは殿下を睨みつけながらも、渋々そのタルトを口にしました。
……悔しいことに、絶品でした。
計算された甘み、サクサクとしたタルト生地の比率。
わたくしの脳が、一瞬で多幸感に包まれるのを感じました。
「……悪く、ありませんわね」
「だろう? 君はいつも自分を律しすぎている。……たまには、こうして俺に甘やかされるのも、効率的な『バグ取り』の一環だと思ってくれ」
ヴィンセント殿下が、わたくしの頬についたクリームを指先で拭い取り、それを自分の口へと運びました。
……あまりにも、あまりにも不合理な行動です。
わたくしの心臓が、設計ミスを疑うレベルで激しく拍動しました。
「……殿下、心拍数が異常値を示しております。今すぐ離れていただけます?」
「いやだね。君の心拍数を上げることこそが、俺の今の最優先タスクなんだ」
ヴィンセント殿下はそのまま、わたくしの手を握りしめました。
その手の熱が、わたくしの論理的な思考をじわじわと溶かしていきます。
「リーマ。君はもう、前の国でのように『使い捨てられる歯車』じゃない。俺にとって君は、世界を動かすための唯一無二のパートナーだ。……嫉妬する奴らなんて、俺がすべて黙らせてやる。だから君は、君のままでいろ」
「……。殿下は、時々……いえ、頻繁に、非常に非効率な情熱をぶつけてこられますわね」
わたくしは、握られた手を引き抜くことができませんでした。
いいえ、正確には「引き抜くメリットを見出せなかった」だけですわ。
ええ、決して、心地よいなどと思ってはおりません。
「……分かりました。そこまで仰るなら、わたくしの『管理対象』に、殿下の健康と情緒の安定も加えて差し上げます。……ただし、残業代は倍で請求いたしますわよ?」
「ははは! 安いものだ。……俺のすべてを、君に管理してほしいくらいだよ」
夕暮れに染まるテラスで、わたくしたちはしばらく、不合理で、非効率で、そしてこの上なく穏やかな時間を共有しました。
嫉妬や陰口など、わたくしの人生のノイズに過ぎません。
この温かな手の温もりがあれば、どんな「バグ」も乗り越えていける。
……そんな、らしくない考えが頭をよぎったのは、きっと甘いタルトのせいですわ。
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