婚約破棄で純愛アップデート、偽装婚約から真実の婚約へ

恋の箱庭

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アルトワ王国の社交シーズンの幕開けを告げる、盛大な王宮晩餐会。
わたくしは、ヴィンセント殿下の「特別顧問」という、前代未聞の肩書きを背負って出席することになりました。

「リーマ、そのドレス、とてもよく似合っているよ。計算し尽くされた美しさだね」

エスコートするヴィンセント殿下が、わたくしの耳元で囁きました。
今日のわたくしの装いは、隣国の流行を取り入れつつ、機能性と格式を両立させた「戦略的勝負服」です。

「当然ですわ。会場の照明の波長と、床の大理石の反射率を計算して選んだ色ですから。……それより殿下、歩幅が三センチほど広いですわ。わたくしのヒールの高さによる歩行制限を考慮してくださいませ」

「……。ロマンチックな会話の途中で『反射率』なんて言葉が出るのは、世界中で君くらいだろうね」

会場に足を踏み入れた瞬間、数百の視線がわたくしたちに突き刺さりました。
他国で婚約破棄され、すぐさま隣国の王子の懐に入った「曰く付きの女」。
彼らの目に、わたくしがどのように映っているかは容易に想像がつきます。

案の定、お決まりの「歓迎」がやってきました。
扇をひらつかせた三人の貴族令嬢たちが、わたくしたちの進路を塞ぐように立ちはだかったのです。

「あら、ヴィンセント殿下。……そちらの方が、噂の『お下がり』の……失礼、フォルテシモ公爵令嬢ですの?」

リーダー格の令嬢が、クスクスと下品な笑い声を上げました。
周囲の貴族たちも、面白そうにこちらを伺っています。

「お下がり、とは興味深い語彙をお持ちですわね。エトワール子爵令嬢とお見受けいたしますが、あなたの語彙力は、ご実家の小麦の収穫量と同様に年々目減りしているようですわ」

わたくしが微笑みながら返すと、令嬢の顔が瞬時に硬直しました。

「な、何を……! 初対面で失礼な!」

「失礼なのは、わたくしの経歴を正確に把握せず、不確かな情報を垂れ流すその口ですわ。……子爵令嬢、あなたの家の領地報告書、読みましたわよ。昨年の害虫被害の報告、虚偽ではありませんこと? 収穫量が減ったと申請して減税を受けておきながら、裏では隣領へ秘密裏に輸出している……。これ、立派な脱税ですわ」

「ひっ……! な、なぜそれを……!」

「数字を追えば、嘘など簡単に見抜けますの。……あ、そちらの二名の方も。宝石の輸入代金、まだ未払いのまま督促状が届いているはずですが? 今夜のそのドレス、まさか踏み倒すおつもりではありませんわよね?」

わたくしが淡々と事実(データ)を羅列するたびに、彼女たちの顔は土気色に変わっていきました。
周囲の野次馬たちも、慌てて視線を逸らし始めます。

「わたくしは『特別顧問』として、この国の不透明な資金の流れをすべて精査する権利を持っておりますの。……わたくしに喧嘩を売るということは、ご自身の『通帳の中身』を全開にする覚悟がある、ということでよろしいかしら?」

「し、……失礼いたしますわ!」

彼女たちは逃げるように去っていきました。
わたくしは乱れた空気を整えるように、優雅に扇を閉じました。

「……リーマ。君、今夜は『大人しくしている』って約束しなかったかい?」

ヴィンセント殿下が、頭を抱えながら笑いを堪えています。

「わたくしは極めて大人しく、効率的に掃除をしただけですわ。……不純な動機で近づいてくる輩に、いちいち時間を割くのは非効率の極みですから」

「ははは! やっぱり君は最高だ。……見てごらん、今の一撃で、この会場の半分以上の貴族が君を『敵に回してはいけない死神』として認識したよ」

「死神とは失礼な。わたくしはただの『会計監査官』ですわ」

わたくしがヴィンセント殿下と共に会場の中央へ進むと、今度は一人の大柄な男が近づいてきました。
この国の経済を牛耳る、財務大臣のポンス伯爵です。

「……ヴィンセント殿下。そして、リーマ嬢。……先ほどの鮮やかな手腕、拝見いたしました。……ですが、この国の政治は数字だけで動くほど単純なものではありませんぞ」

伯爵の目は笑っていませんでした。
どうやら、本当の戦場はここからのようです。

「あら、ポンス伯爵。……お会いできて光栄ですわ。……ちょうど、あなたの部署が提出した『架空の道路整備計画』について、数千箇所ほど不備を見つけたところでしたの。……今夜、じっくりとお話しする時間をいただけますかしら?」

わたくしが最高に美しい微笑みを浮かべると、今度は財務大臣の額に脂汗が浮かびました。

「……ほう。面白そうだ。……ヴィンセント殿下、素晴らしい女性を連れてこられましたな」

「ええ。俺の自慢の、世界一美しい『掃除屋』ですよ」

ヴィンセント殿下がわたくしの腰を力強く引き寄せました。
今夜の晩餐会。
わたくしにとって、これは社交の場ではなく、この国のゴミを根こそぎ片付けるための「狩り場」に過ぎないのでした。
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