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晩餐会の喧騒をよそに、会場の隅にある談話スペースは、一瞬にして氷点下の緊張感に包まれました。
わたくしの目の前で、財務大臣のポンス伯爵が、立派な髭を震わせながらわたくしを睨みつけています。
「リーマ嬢。……聞き捨てなりませんな。わが財務部が提出した道路整備計画に、数千箇所の不備だと? あれはこの国の物流を支えるための、国家百年の計ですぞ」
「あら。百年の計というよりは、百年経っても完成しない『架空の砂上の楼閣』の間違いではございませんこと?」
わたくしは、手に持っていたシャンパングラスを給仕に預けました。
そして、記憶の中に完璧にコピーされている「アルトワ王国北部道路整備計画書」のデータを脳内で展開します。
「伯爵、第ニ区画の舗装予定地ですが……あそこ、三年前から地滑りで通行不能になっている崖地ですわよね? そこに『平地用の安価な舗装材』を大量発注しているのは、なぜかしら? 崖にでも道を浮かせる魔法でもお使いになるの?」
「そ、それは……将来的な地形の回復を見越して……」
「地形の回復を待つ間に、その舗装材は倉庫で朽ち果てますわ。……いえ、そもそもその『倉庫』も実在しませんわね? 管理費として計上されている住所を確認しましたが、そこは現在、あなたの愛人……失礼、遠縁の女性が経営する保養施設になっておりますわ」
ポンス伯爵の顔色が、見る間に紫へと変化していきました。
周囲で聞き耳を立てていた文官たちが、慌てて目を逸らします。
わたくしにとって、隠蔽された数字を見つけるのは、散らかった部屋で宝石を拾い上げるよりも簡単な作業ですの。
「政治は数字だけで動かない。……伯爵はそう仰いましたわね。ええ、確かにその通りですわ。感情、癒着、そして強欲。……それらが複雑に絡み合った『汚物』を片付けるには、冷徹な数字という名の消毒液が必要なのです」
「貴様……! 他国の小娘が、この国の内政に口を出すな! ヴィンセント殿下、このような無礼な女を野放しにされるおつもりか!」
ポンス伯爵が助けを求めるように殿下を振り返りました。
しかし、ヴィンセント殿下は楽しそうにグラスを傾け、わたくしの背後にそっと手を添えました。
「伯爵。俺は彼女に『掃除』を頼んだんだ。……ゴミが自分で『無礼だ』と騒いでも、掃除機の手を止める理由にはならないだろう?」
「で、殿下……っ!」
「それに、彼女が指摘したのは単なる『不備』じゃない。……横領、背任、公文書偽造。……これらが明るみに出れば、君の首筋に冷たい刃が触れることになる。……それを彼女は、今この場で『修正』するチャンスをくれているんだ。優雅だと思わないかい?」
ヴィンセント殿下の言葉に、ポンス伯爵はガタガタと膝を震わせ、その場に崩れ落ちました。
わたくしは、扇で口元を隠しながら、慈悲深い微笑みを浮かべて差し上げました。
「伯爵、安心してくださいませ。わたくし、壊すのは好きですが、作り直すのはもっと好きですの。……明日、あなたの執務室に伺いますわ。……一分一秒の遅刻も許しません。わたくしの時間は、あなたの横領した金よりも価値が高いのですから」
「……ひ、ひいぃ……」
伯爵は這うようにしてその場を去っていきました。
会場に再び、静かなざわめきが戻ります。
わたくしは、ようやく一息ついて、ヴィンセント殿下に視線を向けました。
「……殿下、少しやりすぎまして? 掃除機扱いとは心外ですわ」
「ははは、すまない。……でも、君のあの冷徹な詰め方、本当に惚れ惚れするよ。……さて、戦勝報告の代わりと言っては何だが、あそこのバルコニーで少し風に当たらないかい?」
ヴィンセント殿下にエスコートされ、わたくしたちは夜風が吹くバルコニーへと出ました。
星空の下、彼はわたくしの肩に自分のジャケットをそっとかけました。
「リーマ。……君がこの国に来てから、淀んでいた空気が一気に動き出した。……感謝しているよ」
「……。感謝よりも、残業代の振り込み確認を優先してくださいませ。……わたくし、数字にならない好意は信用いたしませんの」
「相変わらずだね。……じゃあ、こうしよう。……今夜のこの美しい夜景に免じて、俺のこの『数字にできない熱意』を、少しだけ評価してくれないかな?」
ヴィンセント殿下がわたくしの頬を優しく撫でました。
その指先の感触に、わたくしの論理的な防御壁が、またしても崩落の危機に瀕しました。
「……。評価、保留とさせていただきますわ」
わたくしは顔を背けましたが、彼の手は離れませんでした。
不合理で、非効率で、そして計算不能な恋。
わたくしの人生の貸借対照表に、今、最大の「未知の負債」……あるいは「資産」が書き込まれようとしていたのでした。
わたくしの目の前で、財務大臣のポンス伯爵が、立派な髭を震わせながらわたくしを睨みつけています。
「リーマ嬢。……聞き捨てなりませんな。わが財務部が提出した道路整備計画に、数千箇所の不備だと? あれはこの国の物流を支えるための、国家百年の計ですぞ」
「あら。百年の計というよりは、百年経っても完成しない『架空の砂上の楼閣』の間違いではございませんこと?」
わたくしは、手に持っていたシャンパングラスを給仕に預けました。
そして、記憶の中に完璧にコピーされている「アルトワ王国北部道路整備計画書」のデータを脳内で展開します。
「伯爵、第ニ区画の舗装予定地ですが……あそこ、三年前から地滑りで通行不能になっている崖地ですわよね? そこに『平地用の安価な舗装材』を大量発注しているのは、なぜかしら? 崖にでも道を浮かせる魔法でもお使いになるの?」
「そ、それは……将来的な地形の回復を見越して……」
「地形の回復を待つ間に、その舗装材は倉庫で朽ち果てますわ。……いえ、そもそもその『倉庫』も実在しませんわね? 管理費として計上されている住所を確認しましたが、そこは現在、あなたの愛人……失礼、遠縁の女性が経営する保養施設になっておりますわ」
ポンス伯爵の顔色が、見る間に紫へと変化していきました。
周囲で聞き耳を立てていた文官たちが、慌てて目を逸らします。
わたくしにとって、隠蔽された数字を見つけるのは、散らかった部屋で宝石を拾い上げるよりも簡単な作業ですの。
「政治は数字だけで動かない。……伯爵はそう仰いましたわね。ええ、確かにその通りですわ。感情、癒着、そして強欲。……それらが複雑に絡み合った『汚物』を片付けるには、冷徹な数字という名の消毒液が必要なのです」
「貴様……! 他国の小娘が、この国の内政に口を出すな! ヴィンセント殿下、このような無礼な女を野放しにされるおつもりか!」
ポンス伯爵が助けを求めるように殿下を振り返りました。
しかし、ヴィンセント殿下は楽しそうにグラスを傾け、わたくしの背後にそっと手を添えました。
「伯爵。俺は彼女に『掃除』を頼んだんだ。……ゴミが自分で『無礼だ』と騒いでも、掃除機の手を止める理由にはならないだろう?」
「で、殿下……っ!」
「それに、彼女が指摘したのは単なる『不備』じゃない。……横領、背任、公文書偽造。……これらが明るみに出れば、君の首筋に冷たい刃が触れることになる。……それを彼女は、今この場で『修正』するチャンスをくれているんだ。優雅だと思わないかい?」
ヴィンセント殿下の言葉に、ポンス伯爵はガタガタと膝を震わせ、その場に崩れ落ちました。
わたくしは、扇で口元を隠しながら、慈悲深い微笑みを浮かべて差し上げました。
「伯爵、安心してくださいませ。わたくし、壊すのは好きですが、作り直すのはもっと好きですの。……明日、あなたの執務室に伺いますわ。……一分一秒の遅刻も許しません。わたくしの時間は、あなたの横領した金よりも価値が高いのですから」
「……ひ、ひいぃ……」
伯爵は這うようにしてその場を去っていきました。
会場に再び、静かなざわめきが戻ります。
わたくしは、ようやく一息ついて、ヴィンセント殿下に視線を向けました。
「……殿下、少しやりすぎまして? 掃除機扱いとは心外ですわ」
「ははは、すまない。……でも、君のあの冷徹な詰め方、本当に惚れ惚れするよ。……さて、戦勝報告の代わりと言っては何だが、あそこのバルコニーで少し風に当たらないかい?」
ヴィンセント殿下にエスコートされ、わたくしたちは夜風が吹くバルコニーへと出ました。
星空の下、彼はわたくしの肩に自分のジャケットをそっとかけました。
「リーマ。……君がこの国に来てから、淀んでいた空気が一気に動き出した。……感謝しているよ」
「……。感謝よりも、残業代の振り込み確認を優先してくださいませ。……わたくし、数字にならない好意は信用いたしませんの」
「相変わらずだね。……じゃあ、こうしよう。……今夜のこの美しい夜景に免じて、俺のこの『数字にできない熱意』を、少しだけ評価してくれないかな?」
ヴィンセント殿下がわたくしの頬を優しく撫でました。
その指先の感触に、わたくしの論理的な防御壁が、またしても崩落の危機に瀕しました。
「……。評価、保留とさせていただきますわ」
わたくしは顔を背けましたが、彼の手は離れませんでした。
不合理で、非効率で、そして計算不能な恋。
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