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翌朝、約束の一分前。
わたくしは財務大臣ポンス伯爵の執務室の前に立っておりました。
隣には「仕事熱心な秘書」のふりをして、なぜかやる気に満ち溢れたヴィンセント殿下が控えております。
「リーマ、見てごらん。伯爵の部下たちが、まるで処刑台に登る罪人のような顔でこちらを見ているよ。君、昨日から『歩く断頭台』ってあだ名で呼ばれているらしいね」
「光栄ですわ。無能を切り捨てるのは、組織の健康維持に不可欠ですもの。……さて、定刻ですわね。突入いたしますわよ」
わたくしが重厚な扉を勢いよく開けると、そこには案の定、一睡もしていないのであろうクマを作ったポンス伯爵と、山積みになった書類が待ち構えていました。
「お、……お待ちしておりました、リーマ嬢。……いや、特別顧問殿。……書類はすべて、ご指示通りに揃えておきました」
「あら、ご立派な心がけですわ。……でも伯爵、この部屋の匂い、少し気になりますわね。……焦げた紙の匂いがいたしますわ。……昨夜、暖炉で何を焼いていらしたのかしら?」
わたくしがクンクンと鼻を鳴らすと、伯爵の肩がビクンと跳ねました。
証拠隠滅。……あまりにも古典的で、わたくしの知性を侮辱しているとしか思えませんわ。
「……ま、まあ、古い不要な手紙を整理しておりましてな。……さあ、こちらが道路整備計画の修正案です!」
わたくしは差し出された書類を受け取ることなく、部屋の隅にある巨大な金庫に視線を固定しました。
そして、その横に置かれた「備品管理台帳」を指差しました。
「伯爵、修正案の前に、この台帳の『三十二ページ』を確認させていただいてもよろしくて?……そこに記されている『国王陛下の庭園用・純金製噴水ノズル』の在庫、どこにありますの?」
「な、……な……! それは、先月修理に出しておりまして!」
「あら、奇遇ですわね。……わたくし、今朝の五時にその修理工場の親方に確認を取りましたわ。……『そんな依頼は受けていないし、そもそも純金製のノズルなんてこの世に存在しない』と仰っていましたけれど?」
「……ひっ!」
「つまり、存在しない備品の購入代金として国庫から引き出された一万ゴールド。……それが、昨夜あなたが暖炉で焼いていた『領収書の束』の正体、ということでよろしいかしら?」
ポンス伯爵は、もはや声も出せずにパクパクと口を動かすだけでした。
わたくしはため息をつき、ヴィンセント殿下に合図を送りました。
「殿下。……この部屋、見かけ倒しの書類ばかりですが、壁の裏に隠された『真実の帳簿』が泣いておりますわ。……壊してもよろしいかしら?」
「もちろんだ。……騎士たち、入りなさい。……伯爵、君の『道路整備』は、今日から監獄への一本道に変更だ」
ヴィンセント殿下の冷ややかな声と共に、近衛騎士たちがなだれ込んできました。
泣き叫ぶポンス伯爵が連行されていくのを見送りながら、わたくしは埃を払うようにパチンと手を叩きました。
「……ふう。これでようやく、この部屋の空気の入れ替えができますわね。……さて、殿下。……次はこの山積みの書類をすべて仕分けいたしますわよ。……三時間はかかりますわ。お茶の準備、よろしくて?」
「……リーマ。君、本当に……。……伯爵を追い詰める時のあの笑顔、やっぱり最高に色っぽかったよ」
ヴィンセント殿下が、誰もいなくなった執務室で、わたくしの腰を背後から抱きしめました。
耳元に触れる熱い吐息に、わたくしの論理的な脳が、またしてもショートしそうになります。
「……で、殿下。……不適切な接触です。……三時間の残業代に、精神的動揺による特別手当を加算いたしますわよ?」
「いいよ、いくらでも払いましょう。……その代わり、今夜の夕食は二人きりで、数字の話を一切禁止にするのが条件だ」
「……。それは……。……わたくしにとって、最大の難問ですわ」
わたくしは顔を赤くしながらも、彼の胸元に背中を預けました。
計算通りにいかない現実。
でも、この不自由な心地よさこそが、今のわたくしにとって最も必要な「資産」なのかもしれない。
……そんな風に、わたくしの貸借対照表に、また新しい項目が書き加えられたのでした。
わたくしは財務大臣ポンス伯爵の執務室の前に立っておりました。
隣には「仕事熱心な秘書」のふりをして、なぜかやる気に満ち溢れたヴィンセント殿下が控えております。
「リーマ、見てごらん。伯爵の部下たちが、まるで処刑台に登る罪人のような顔でこちらを見ているよ。君、昨日から『歩く断頭台』ってあだ名で呼ばれているらしいね」
「光栄ですわ。無能を切り捨てるのは、組織の健康維持に不可欠ですもの。……さて、定刻ですわね。突入いたしますわよ」
わたくしが重厚な扉を勢いよく開けると、そこには案の定、一睡もしていないのであろうクマを作ったポンス伯爵と、山積みになった書類が待ち構えていました。
「お、……お待ちしておりました、リーマ嬢。……いや、特別顧問殿。……書類はすべて、ご指示通りに揃えておきました」
「あら、ご立派な心がけですわ。……でも伯爵、この部屋の匂い、少し気になりますわね。……焦げた紙の匂いがいたしますわ。……昨夜、暖炉で何を焼いていらしたのかしら?」
わたくしがクンクンと鼻を鳴らすと、伯爵の肩がビクンと跳ねました。
証拠隠滅。……あまりにも古典的で、わたくしの知性を侮辱しているとしか思えませんわ。
「……ま、まあ、古い不要な手紙を整理しておりましてな。……さあ、こちらが道路整備計画の修正案です!」
わたくしは差し出された書類を受け取ることなく、部屋の隅にある巨大な金庫に視線を固定しました。
そして、その横に置かれた「備品管理台帳」を指差しました。
「伯爵、修正案の前に、この台帳の『三十二ページ』を確認させていただいてもよろしくて?……そこに記されている『国王陛下の庭園用・純金製噴水ノズル』の在庫、どこにありますの?」
「な、……な……! それは、先月修理に出しておりまして!」
「あら、奇遇ですわね。……わたくし、今朝の五時にその修理工場の親方に確認を取りましたわ。……『そんな依頼は受けていないし、そもそも純金製のノズルなんてこの世に存在しない』と仰っていましたけれど?」
「……ひっ!」
「つまり、存在しない備品の購入代金として国庫から引き出された一万ゴールド。……それが、昨夜あなたが暖炉で焼いていた『領収書の束』の正体、ということでよろしいかしら?」
ポンス伯爵は、もはや声も出せずにパクパクと口を動かすだけでした。
わたくしはため息をつき、ヴィンセント殿下に合図を送りました。
「殿下。……この部屋、見かけ倒しの書類ばかりですが、壁の裏に隠された『真実の帳簿』が泣いておりますわ。……壊してもよろしいかしら?」
「もちろんだ。……騎士たち、入りなさい。……伯爵、君の『道路整備』は、今日から監獄への一本道に変更だ」
ヴィンセント殿下の冷ややかな声と共に、近衛騎士たちがなだれ込んできました。
泣き叫ぶポンス伯爵が連行されていくのを見送りながら、わたくしは埃を払うようにパチンと手を叩きました。
「……ふう。これでようやく、この部屋の空気の入れ替えができますわね。……さて、殿下。……次はこの山積みの書類をすべて仕分けいたしますわよ。……三時間はかかりますわ。お茶の準備、よろしくて?」
「……リーマ。君、本当に……。……伯爵を追い詰める時のあの笑顔、やっぱり最高に色っぽかったよ」
ヴィンセント殿下が、誰もいなくなった執務室で、わたくしの腰を背後から抱きしめました。
耳元に触れる熱い吐息に、わたくしの論理的な脳が、またしてもショートしそうになります。
「……で、殿下。……不適切な接触です。……三時間の残業代に、精神的動揺による特別手当を加算いたしますわよ?」
「いいよ、いくらでも払いましょう。……その代わり、今夜の夕食は二人きりで、数字の話を一切禁止にするのが条件だ」
「……。それは……。……わたくしにとって、最大の難問ですわ」
わたくしは顔を赤くしながらも、彼の胸元に背中を預けました。
計算通りにいかない現実。
でも、この不自由な心地よさこそが、今のわたくしにとって最も必要な「資産」なのかもしれない。
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