婚約破棄? ああ、結構です。それより慰謝料の小切手、桁が一つ足りなくてよ?

恋の箱庭

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
「いいですか、皆様。結婚式とは、単なる愛の誓いの場ではありません」

公爵邸の大会議室。
私は集められた使用人、プランナー、そして呆れ顔のジェラルドの前で、指揮棒(指示棒)を振るった。

ホワイトボードには、巨大な文字でこう書かれている。

『目標:挙式費用ゼロ、純利益金貨一万枚』

「これは『ビジネス』です。それも、王族や大貴族を一堂に集められる、千載一遇の集金イベントなのです!」

バンッ!
とボードを叩く。

「通常、結婚式は赤字になります。衣装代、食事代、会場装飾……湯水のようにお金が消えます。ですが、それは『消費』と捉えるからです。これを『投資』と『回収』の場に変える。それが今回のミッションです!」

「……キャンディ」

最前列で腕組みをしていたジェラルドが、重い口を開いた。

「君の熱意は分かった。だが、純利益一万枚というのはどういう計算だ? ご祝儀を含めても、そこまではいかないだろう」

「甘いです、ジェラルド様。ご祝儀だけに頼るビジネスモデルは崩壊しました」

私はニヤリと笑い、次のフリップをめくった。

『改革案1:ネーミングライツ(命名権)の導入』

「ネーミング……?」

「はい。結婚式の各スポットに、企業の名前を冠します。例えば……」

私は図面を指した。

「『株式会社アイゼン・商会・プレゼンツ・誓いのキス』」
「『シビレ苺ジャム協賛・ケーキ入刀』」
「『○○建設提供・バージンロード』」

シーン……。
会議室が静まり返る。

「……待て。誓いのキスに企業名がつくのか?」

「つきます。神父様が『では、株式会社アイゼン・商会の提供により、誓いの口づけを』とアナウンスします。これで広告収入、金貨五百枚です」

「却下だ!!」

ジェラルドが叫んだ。

「神聖な誓いが台無しだ! バージンロードもだ! 俺たちは広告の上を歩くのか!?」

「絨毯にロゴをプリントするだけですよ? 歩けば踏むので、ある意味『踏み絵』的な背徳感も味わえます」

「味わいたくない! 却下! 全部却下だ!」

「ちぇっ。……では、次の案です」

私はめげずに次のフリップを出した。

『改革案2:新郎新婦・歩く広告塔計画』

「会場の装飾がダメなら、私たち自身が広告になればいいのです」

私はマダム・セシルに発注予定のデザイン画を見せた。

「私のウェディングドレスの、この長いトレーン(裾)。ここ、無駄に広いですよね?」

「……優雅さの象徴だが」

「ここを『広告スペース』として切り売りします。一口金貨十枚で、領内の商店のロゴを刺繍します。『肉屋のトム』とか『パン屋のミミ』とか」

「俺の妻のドレスが、商店街の幟(のぼり)みたいになるのか!?」

「地域密着型で好感度が上がりますよ? さらに、ジェラルド様のタキシードの背中にも、『広告募集中』のゼッケンを……」

「絶対に着ないぞ! 俺はF1カーじゃない!」

ジェラルドが頭を抱えて机に突っ伏した。

「頼む……普通にしてくれ……普通の、幸せな結婚式でいいんだ……金なら俺が出すと言っているだろう……」

「ジェラルド様。出すのは簡単ですが、稼ぐのは知恵が必要です。私はあなたの財布を守りたいのです」

「守らなくていいから、俺のメンタルと世間体を守ってくれ!」



結局、広告計画は「引出物のクッキーに小さくロゴを入れる」程度に縮小された。
しかし、私は諦めない。
コストカットと収益化の道は、まだ残されている。

数日後。
衣装合わせの日。

「キャンディ様! お待ちしておりましたわ!」

デザイナーのマダム・セシルが、目を輝かせて迎えてくれた。
前回の「ポケット付き夜会ドレス」での成功以来、彼女は私の熱狂的な信奉者(兼ビジネスパートナー)になっていた。

「今回のウェディングドレスも、最高傑作をご用意しました! テーマは『可変と多機能』です!」

カーテンが開く。
そこに現れたのは、純白のドレス……一見すると、王道のプリンセスラインだ。

「素敵……! でもマダム、機能性は?」

「ふふふ。ご覧ください」

マダムがドレスの腰部分にあるフックを外した。
バサッ。
ふんわりとしたスカート部分が取り外され、動きやすいマーメイドラインに早変わりした。

「なんと! お色直し不要の2WAY仕様!」

「さらに! このボレロを羽織れば、露出を抑えた清楚な教会式スタイルに! 脱げば夜のパーティースタイルに!」

「素晴らしい! 一着で三粒美味しい! これでお色直し用のドレス代(金貨五十枚)が浮きます!」

私はマダムの手を取り、熱く握手した。

「さらに、例の『アレ』も実装済みですわ」

マダムがウインクする。

「アレですね?」

私はスカートのドレープに手を差し込んだ。
あった。
隠しポケットだ。しかも今回は容量が倍増している。

「ブーケトス用の予備ブーケ、祝電の束、そして非常食の乾パンまで収納可能です!」

「完璧ですマダム! これぞ『戦う花嫁』の戦闘服!」

試着室の外で待っていたジェラルドが、着替え終わった私を見て、ほう、と息を漏らした。

「……綺麗だ、キャンディ」

彼は素直に賞賛してくれた。
中身がハイテク・節約仕様だとは気づいていないようだ。

「ありがとうございます。このドレス、実はレンタルではなく買い取りにしました」

「気に入ったのか? それならよかった」

「はい。式が終わったら、リメイクしてカーテンにします。シルクの最高級カーテンが手に入ります」

「……思い出のドレスをカーテンにする花嫁は、歴史上君だけだろうな」

ジェラルドは苦笑したが、止めることはしなかった。
彼も学習している。「実利を兼ねた再利用」なら、私の機嫌が良いことを知っているからだ。



そして、招待状の発送作業。

「アンナ、切手代をケチるわよ。領内の招待客には、『シビレ苺ジャム』の配送便に相乗りさせて届けるの」

「はいはい。便乗配送ですね」

「それと、返信ハガキに『ご祝儀の予定額』を記入する欄を作って」

「それは失礼すぎます! 却下です!」

アンナに取り上げられた。
仕方なく、私は別の作戦に出た。

「では、座席表の工夫ね。高額納税者(ご祝儀を弾んでくれそうな大貴族)を上座に。食い意地の張った貧乏貴族(ロナルド殿下など)は、ビュッフェから一番遠い末席に配置して」

「ロナルド殿下、来るんですか?」

「招待状は送ったわ。会費制(金貨十枚)でね。来ないと思うけど、もし来たら入場料だけ取って追い返すわ」

準備は着々と(?)進んでいった。
料理のランク(松竹梅)、引き出物の選定(原価率計算)、演出のプランニング。

私は毎日、電卓を片手に屋敷中を走り回っていた。
ジェラルドも、最初は呆れていたが、最近では面白がって協力してくれるようになった。

「キャンディ。キャンドルサービスの代わりに、俺が剣でシャンパンボトルの首を飛ばす『サベラージュ』をやるのはどうだ? キャンドル代が浮くし、盛り上がるぞ」

「採用です! シャンパンは領内産のスパークリングワイン(安価)を使いましょう!」

「余興の楽団だが、俺がピアノを弾こうか? プロを雇うより安上がりだ」

「ジェラルド様がピアノを!? それは……いいえ、それは別料金を取りましょう! 『新郎による愛の演奏会』、チケット追加販売です!」

「……結局、金を取るのか」

二人の息はピッタリだ。
公爵邸は、まるで文化祭前夜のような熱気に包まれていた。

そして、式の前夜。

「……いよいよ明日ですね」

執務室で最終チェックを終えた私は、窓の外を見上げた。

「ああ。長いようで短かったな」

ジェラルドが私の肩を抱く。

「明日の天気は晴れだ。絶好の結婚式日和……そして、集金日和だな」

「ふふっ。分かっていらっしゃる」

私は彼を見上げ、悪戯っぽく笑った。

「覚悟してくださいね、ジェラルド様。明日は、私が世界で一番『稼ぐ』花嫁になってみせますから」

「お手柔らかに頼むよ。……世界で一番『美しい』花嫁さん」

彼は優しくキスを落とした。

明日は決戦の日。
私の人生最大のプロジェクト、「アイゼンハルト公爵家結婚披露宴(兼・大規模収益事業)」が幕を開ける。

(目標、利益一万枚! 一歩も引かないわよ!)

私はドレスのポケットに忍ばせる電卓を磨きながら、静かに闘志を燃やすのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

処理中です...