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「……総員、警戒せよ! 間もなく国境の砦だ。情報によれば、魔王アマリリスは隣国の軍勢と結託し、ここを難攻不落の要塞化しているという!」
月明かりすらない深夜の森を、フローライト王国の正規軍・第一師団が進軍していた。
率いるのは、歴戦の猛者であるバルカス将軍。彼の顔には、これまでにない緊張の色が浮かんでいた。
「相手は、あの聖騎士団を一瞬で消滅させたという魔女だ。どんな邪悪な罠が仕掛けられているか分からん。決して油断するな!」
兵士たちも、恐怖に顔を引きつらせながら、槍を握りしめていた。
彼らの脳裏には、王子から聞かされた「アマリリスの所業」が渦巻いている。
――口から毒霧を吐き、目から怪光線を出し、気に入らない者は生きたまま鍋で煮込んで食べる。
「ひっ……。お、俺、生きたまま煮込まれるのは嫌だぞ……」
「静かにしろ! 敵に気付かれるぞ!」
軍勢が森を抜け、砦の全貌が見える丘の上に差し掛かった、その時だった。
パァァァァァンッ!!
突然、夜空を引き裂くような破裂音が響き渡った。
「て、敵襲か!? 全員、防御態勢!」
バルカス将軍が叫ぶが、次の瞬間、彼らは我が目を疑った。
暗闇に包まれていたはずの砦が、まるで真昼の太陽が落ちたかのように、目も眩むような光に包まれたのだ。
「な、なんだ!? これは攻撃魔法か!?」
いいえ、違います。
それは、砦の外壁に取り付けられた無数の「魔法照明具」と、空に打ち上げられた色とりどりの「幻影花火」だった。
ピンク、黄色、水色。毒々しいまでに鮮やかな光が、森の木々を昼間のように照らし出す。
そして、どこからともなく、陽気で優雅なワルツの音楽が大音量で流れ始めた。
「……は?」
バルカス将軍が、ぽかんと口を開けた。
邪悪な魔王の城であるはずの場所が、どう見ても「王都で一番浮かれた夜会(パーティー)会場」にしか見えなかったからだ。
「ようこそお越しくださいました、フローライト王国の勇敢な兵士の皆様!」
砦の正門がゆっくりと開き、そこから眩いスポットライトを浴びて、一人の女性が姿を現した。
私、アマリリス・フローライトである。
トランクの底から引っ張り出した、一番フリルの多いピンクのドレスを身にまとい、背中にはゼクスさんが「魔王っぽさが必要だ」と言って無理やり取り付けた、カラスの羽(手作り)が生えている。
「なっ……。あ、あれが魔王アマリリスか!? なんて奇抜な格好を……!」
「いえ、あれは今年の社交界の最新トレンドかもしれませんぞ!」
兵士たちがざわめく中、私は優雅に扇子を広げ、マイク代わりの拡声魔法具に向かって微笑んだ。
「皆様、遠路はるばる、このような辺境の地までよくぞ参られました。我が『おもてなし帝国』……いえ、『野良犬騎士団』一同、皆様の到着を心よりお待ちしておりましたわ!」
「お、おもてなし帝国だと!? ふざけるな! 貴様、我が国に宣戦布告をしたのだろう!」
バルカス将軍が馬上で剣を抜き、私に向かって叫んだ。
私は大げさに驚いてみせた。
「宣戦布告? まあ、嫌ですわ。私はただ、皆様に『最高級のディナー』をご馳走したいとお手紙(※王子の捏造報告書のことですが、私は知りません)を出したつもりでしたのに」
「ディナーだと!? 我々を愚弄する気か!」
「滅相もございません。証拠に、これをご覧になって?」
私がパチンと指を鳴らすと、砦の城壁の上に並んでいた「投石機」や「巨大バリスタ」が一斉に火を噴いた。
ドォォォォン!!
発射されたのは、巨大な石や太い矢ではない。
空を飛び、兵士たちの目の前にドスンと落ちてきたのは――
こんがりと焼けた「巨大な豚の丸焼き」や、樽にたっぷり入った「最高級ワイン」、そして山盛りの「焼き立てパン」だった。
「……え?」
「……い、いい匂いだ……」
緊張の糸が張り詰めていた兵士たちの鼻腔を、暴力的なまでの「食の香り」が襲撃した。
彼らはここ数日、王子の無茶な命令で、ろくな食事もとらずに行軍を続けていたのだ。
「さあ、皆様! 戦争(パーティー)の始まりですわ! 武器を置いて、ナイフとフォークをお持ちなさい! 今夜は朝まで、食べ放題、飲み放題ですわよー!!」
私の号令と共に、砦の中から、エプロン姿の元・聖騎士団員たちが、追加の料理を載せたワゴンを押して突撃してきた。
「衛生兵! じゃなかった、給仕兵、突撃! お客様の胃袋を制圧せよ!」
ギデオン様(洗濯済みの真っ白なエプロン着用)が、先頭に立って指揮を執っている。
「ま、待て! これは罠だ! 食べるな、毒が入っているかもしれん!」
バルカス将軍が必死に静止しようとするが、目の前に落ちてきた豚の丸焼きから滴る肉汁の誘惑に勝てる兵士はいなかった。
「う、うめぇ! なんだこの肉、口の中でとろけるぞ!」
「このワイン、王宮で飲むやつより美味いんじゃないか!?」
「毒? こんな美味い毒なら、喜んで死んでやらぁ!」
あっという間に、殺伐としていた戦場は、巨大な野外宴会場へと変貌した。
兵士たちは武器を投げ捨て、肉にかぶりつき、ワインをラッパ飲みして、ワルツに合わせて踊り始めた。
「……なんだ、これは。私は夢を見ているのか?」
一人取り残されたバルカス将軍が、呆然と馬の上で呟いた。
そこへ、カラスの羽を背負った私が、ゼクスさんを従えて歩み寄った。
「いかがでしたか、将軍? 我が軍の『おもてなし攻撃』は」
「……くっ、卑怯な! まさか、空腹という人間の最も根源的な欲求を突いてくるとは……!」
将軍は悔しそうに歯噛みしたが、その視線は、私が差し出した「特製ローストビーフのサンドイッチ」に釘付けだった。
「どうぞ、将軍。毒見なら、そこのゼクスさんが済ませておりますわ」
「俺を毒見役みたいに言うなよ……。まあ、美味いのは保証するぜ。あんたの部下たちも、もう骨抜きにされちまったみたいだしな」
ゼクスさんが、宴会騒ぎになっている兵士たちを指差して肩をすくめた。
バルカス将軍は、震える手でサンドイッチを受け取り、一口かじった。
そして、天を仰いで叫んだ。
「……美味すぎる!! 降参だ! これほどの料理人を敵に回すなど、国家の損失だ!」
こうして、フローライト王国による「魔王討伐戦争」は、開戦からわずか一時間で、歴史上類を見ない「大宴会」という形で幕を閉じたのである。
はるか後方で、砦が光り輝いているのを見たウィルフレッド王子は、
「ひええぇ! アマリリスが! アマリリスが国境を焼き払っている! もうおしまいだぁ!」
と、勘違いの悲鳴を上げて、さらに奥地へと逃げ去っていったという。
月明かりすらない深夜の森を、フローライト王国の正規軍・第一師団が進軍していた。
率いるのは、歴戦の猛者であるバルカス将軍。彼の顔には、これまでにない緊張の色が浮かんでいた。
「相手は、あの聖騎士団を一瞬で消滅させたという魔女だ。どんな邪悪な罠が仕掛けられているか分からん。決して油断するな!」
兵士たちも、恐怖に顔を引きつらせながら、槍を握りしめていた。
彼らの脳裏には、王子から聞かされた「アマリリスの所業」が渦巻いている。
――口から毒霧を吐き、目から怪光線を出し、気に入らない者は生きたまま鍋で煮込んで食べる。
「ひっ……。お、俺、生きたまま煮込まれるのは嫌だぞ……」
「静かにしろ! 敵に気付かれるぞ!」
軍勢が森を抜け、砦の全貌が見える丘の上に差し掛かった、その時だった。
パァァァァァンッ!!
突然、夜空を引き裂くような破裂音が響き渡った。
「て、敵襲か!? 全員、防御態勢!」
バルカス将軍が叫ぶが、次の瞬間、彼らは我が目を疑った。
暗闇に包まれていたはずの砦が、まるで真昼の太陽が落ちたかのように、目も眩むような光に包まれたのだ。
「な、なんだ!? これは攻撃魔法か!?」
いいえ、違います。
それは、砦の外壁に取り付けられた無数の「魔法照明具」と、空に打ち上げられた色とりどりの「幻影花火」だった。
ピンク、黄色、水色。毒々しいまでに鮮やかな光が、森の木々を昼間のように照らし出す。
そして、どこからともなく、陽気で優雅なワルツの音楽が大音量で流れ始めた。
「……は?」
バルカス将軍が、ぽかんと口を開けた。
邪悪な魔王の城であるはずの場所が、どう見ても「王都で一番浮かれた夜会(パーティー)会場」にしか見えなかったからだ。
「ようこそお越しくださいました、フローライト王国の勇敢な兵士の皆様!」
砦の正門がゆっくりと開き、そこから眩いスポットライトを浴びて、一人の女性が姿を現した。
私、アマリリス・フローライトである。
トランクの底から引っ張り出した、一番フリルの多いピンクのドレスを身にまとい、背中にはゼクスさんが「魔王っぽさが必要だ」と言って無理やり取り付けた、カラスの羽(手作り)が生えている。
「なっ……。あ、あれが魔王アマリリスか!? なんて奇抜な格好を……!」
「いえ、あれは今年の社交界の最新トレンドかもしれませんぞ!」
兵士たちがざわめく中、私は優雅に扇子を広げ、マイク代わりの拡声魔法具に向かって微笑んだ。
「皆様、遠路はるばる、このような辺境の地までよくぞ参られました。我が『おもてなし帝国』……いえ、『野良犬騎士団』一同、皆様の到着を心よりお待ちしておりましたわ!」
「お、おもてなし帝国だと!? ふざけるな! 貴様、我が国に宣戦布告をしたのだろう!」
バルカス将軍が馬上で剣を抜き、私に向かって叫んだ。
私は大げさに驚いてみせた。
「宣戦布告? まあ、嫌ですわ。私はただ、皆様に『最高級のディナー』をご馳走したいとお手紙(※王子の捏造報告書のことですが、私は知りません)を出したつもりでしたのに」
「ディナーだと!? 我々を愚弄する気か!」
「滅相もございません。証拠に、これをご覧になって?」
私がパチンと指を鳴らすと、砦の城壁の上に並んでいた「投石機」や「巨大バリスタ」が一斉に火を噴いた。
ドォォォォン!!
発射されたのは、巨大な石や太い矢ではない。
空を飛び、兵士たちの目の前にドスンと落ちてきたのは――
こんがりと焼けた「巨大な豚の丸焼き」や、樽にたっぷり入った「最高級ワイン」、そして山盛りの「焼き立てパン」だった。
「……え?」
「……い、いい匂いだ……」
緊張の糸が張り詰めていた兵士たちの鼻腔を、暴力的なまでの「食の香り」が襲撃した。
彼らはここ数日、王子の無茶な命令で、ろくな食事もとらずに行軍を続けていたのだ。
「さあ、皆様! 戦争(パーティー)の始まりですわ! 武器を置いて、ナイフとフォークをお持ちなさい! 今夜は朝まで、食べ放題、飲み放題ですわよー!!」
私の号令と共に、砦の中から、エプロン姿の元・聖騎士団員たちが、追加の料理を載せたワゴンを押して突撃してきた。
「衛生兵! じゃなかった、給仕兵、突撃! お客様の胃袋を制圧せよ!」
ギデオン様(洗濯済みの真っ白なエプロン着用)が、先頭に立って指揮を執っている。
「ま、待て! これは罠だ! 食べるな、毒が入っているかもしれん!」
バルカス将軍が必死に静止しようとするが、目の前に落ちてきた豚の丸焼きから滴る肉汁の誘惑に勝てる兵士はいなかった。
「う、うめぇ! なんだこの肉、口の中でとろけるぞ!」
「このワイン、王宮で飲むやつより美味いんじゃないか!?」
「毒? こんな美味い毒なら、喜んで死んでやらぁ!」
あっという間に、殺伐としていた戦場は、巨大な野外宴会場へと変貌した。
兵士たちは武器を投げ捨て、肉にかぶりつき、ワインをラッパ飲みして、ワルツに合わせて踊り始めた。
「……なんだ、これは。私は夢を見ているのか?」
一人取り残されたバルカス将軍が、呆然と馬の上で呟いた。
そこへ、カラスの羽を背負った私が、ゼクスさんを従えて歩み寄った。
「いかがでしたか、将軍? 我が軍の『おもてなし攻撃』は」
「……くっ、卑怯な! まさか、空腹という人間の最も根源的な欲求を突いてくるとは……!」
将軍は悔しそうに歯噛みしたが、その視線は、私が差し出した「特製ローストビーフのサンドイッチ」に釘付けだった。
「どうぞ、将軍。毒見なら、そこのゼクスさんが済ませておりますわ」
「俺を毒見役みたいに言うなよ……。まあ、美味いのは保証するぜ。あんたの部下たちも、もう骨抜きにされちまったみたいだしな」
ゼクスさんが、宴会騒ぎになっている兵士たちを指差して肩をすくめた。
バルカス将軍は、震える手でサンドイッチを受け取り、一口かじった。
そして、天を仰いで叫んだ。
「……美味すぎる!! 降参だ! これほどの料理人を敵に回すなど、国家の損失だ!」
こうして、フローライト王国による「魔王討伐戦争」は、開戦からわずか一時間で、歴史上類を見ない「大宴会」という形で幕を閉じたのである。
はるか後方で、砦が光り輝いているのを見たウィルフレッド王子は、
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