馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

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「……ちょっと待ってください。話が全く見えませんわ」


私は、食堂の特等席で両手を広げ、交互に声を荒らげる男たちを眺めた。


右側には、隣国の第二王子レオンハルト様。彼は私の淹れた紅茶を一口飲むたびに、「やはりこの香りは我が王宮にこそ相応しい」と、瞳を輝かせて私を勧誘してくる。


左側には、我が父であるフローライト公爵からの伝令――を装った、実はお父様本人が変装した姿。バレバレですわよ、お父様。その立派な口髭を隠しきれていませんもの。


「アマリリスよ、王子の嘘は暴かれたのだ。公爵家に戻り、再び淑女としての道を歩むのが筋だろう。……というか、お前がいないと家のご飯が味気なくて、妻(お母様)の機嫌が最悪なのだ!」


「お黙りなさい、公爵。彼女はもはや貴殿の国の人間ではない。我が国が彼女の才能を認め、外交顧問として正式に招くと言っているのだ!」


レオンハルト様が机を叩いて立ち上がれば、お父様も負けじと胸を張る。


「顧問だと? そんな名目で、彼女を一日中厨房に閉じ込めるつもりだろう! 娘の自由を奪うことは許さん!」


「……あの。お二人とも」


私は扇子をパチンと閉じ、冷静な声を投げかけた。


しかし、二人の熱弁は止まらない。そこへ、さらに割って入ったのがゼクスさんだった。


「おい、勝手なこと言ってんじゃねえぞ! アマリリスは俺たちの『お頭』……じゃなかった、大事な人質なんだ! どこへも行かせねえよ!」


ゼクスさんは私の肩を抱き寄せ、二人を威嚇するように睨みつけた。


「人質? 貴殿のような野良犬に、彼女を守れるとでも思うのか?」


レオンハルト様の冷ややかな視線に、ゼクスさんの眉が跳ね上がる。


「ああ、守れるね。俺たちは彼女の飯で、文字通り命を繋いでるんだ。国だの身分だの言ってる連中より、よっぽど切実なんだよ!」


「……。……。……あー、うるさいですわ!!」


私の叫びが、食堂の壁に反響した。


三人の男たちが、ビクッとして動きを止める。


私はゆっくりと立ち上がり、エプロンのシワを丁寧に伸ばした。


「皆様、私の意向を完全に無視して盛り上がっていらっしゃいますけれど。……私、どこへも行くつもりはありませんわ」


「何だと!?」「アマリリス、本気か?」「……どういうことだ?」


三人の声が重なる。


私は窓の外、美しく整えられた砦の広場を指差した。


「お父様の元へ戻れば、また窮屈な社交界と政略結婚が待っていますわ。レオンハルト様の王宮へ行けば、今度は外交の道具として使い潰されるのが目に見えています。……そしてゼクスさん」


「お、おう」


「貴方たちと一緒に、いつまでも『誘拐犯と人質』ごっこを続けているわけにもいきませんわ。……ですから、私は決めました。今日、この瞬間をもって、この砦の『独立』を宣言いたします!」


「「「「……ど、独立!?!?」」」」


男たちの絶叫が揃う。


「ええ。ここはもはや、どこの国にも属さない『美食の聖地・アマリリス砦』ですわ! 美味しいものを食べたい者は、国籍を問わず客として迎えます。ただし、土足厳禁、マナー厳守。そして私のルールに従っていただきますわ!」


私はトランクから、これまで書き溜めてきた「砦運営マニュアル」を取り出し、机に叩きつけた。


「お父様には、ここをフローライト公爵家の『極秘別邸』として認めていただきます。レオンハルト様には、我が砦を『中立地帯の保養施設』として認定していただきますわ。……名誉も実利も、これでバッチリではありませんこと?」


私の完璧な(強引な)提案に、男たちは顔を見合わせた。


「……。……。お前、本当にただの令嬢か?」


ゼクスさんが呆れたように呟く。


「失礼ね。私はただ、自分のキッチンと寝床を、誰にも邪魔されたくないだけですわ。……さて、お話は以上です。納得いただけたのなら、お祝いに『新作・ベリーのパンケーキ』を焼いて差し上げますわよ?」


パンケーキ、という言葉が出た瞬間、三人の男たちの喉が同時に動いた。


「……分かった。認めよう。独立でも何でもすればいい。その代わり、私の席は常に予約済みにしておけ」


レオンハルト様が、溜息混じりに椅子に座り直した。


「……。陛下には私から上手く説明しておこう。そのパンケーキ、メイプルシロップは多めで頼むぞ」


お父様も、観念したように髭を撫でた。


「……お嬢様。俺たち、もう完全に『従業員』だな」


ゼクスさんが苦笑いしながら、私の後ろに控える。


「あら。世界一幸せな従業員ですわよ、ゼクスさん?」


私は彼にウインクをして、軽やかな足取りで厨房へと向かった。


こうして、私を巡る国家規模の争奪戦は、私の「個人経営宣言」という斜め上の結末によって幕を閉じた。


一方で。


自国からも見放され、隣国からも指名手配されかかっているウィルフレッド王子は、


「なぜだ……。なぜアマリリスを中心に、世界が平和になっていくのだ!? これでは私が、ただの馬鹿みたいではないか!!」


と、今更すぎる真理に気づき、一人で荒野を彷徨っていたという。
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