馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

文字の大きさ
18 / 28

18

「……ちょっと、ゼクスさん! あちらの三番テーブルのお客様、お冷やが足りていませんわよ! それから五番テーブルの公爵夫人には、食後の口直しにミントのタブレットをお出しして!」

「わーってるよ! ……っていうか、俺は騎士団長だぞ。なんで一日に百回以上も『かしこまりました』って言わなきゃいけねえんだ!」

ゼクスさんは、以前の野性味あふれる革鎧から、私がお仕立てした「特製・ギャルソン風騎士服」に着替え、トレイを片手に走り回っていた。

「あら、騎士団長ならお客様の平和を守るのも仕事のうちですわ。……ほら、次の方がお見えですわよ。笑顔でお迎えして?」

「……。いらっしゃいませ。……。……。……ちくしょう、後で絶対に特製ハンバーグ食わせろよ!」

ゼクスさんは赤くなった顔を背けながら、入り口へと向かった。


私の「独立宣言」から数週間。

『魔女が経営する、絶品の料理とバラの香りが楽しめる砦』の噂は、瞬く間に国境を越えて広がった。

今や、予約は半年待ち。かつての誘拐犯の拠点は、各国の貴族や富豪がこぞって訪れる、大陸随一の「美食の聖地」へと変貌を遂げていたのである。

「……失礼。ここが、あの『悪役令嬢』が運営する傲慢な店か」

入り口に現れたのは、杖をついた気難しそうな老紳士だった。

彼の後ろには、緊張した面持ちの従者たちが控えている。

「あら、ごきげんよう。私は店主のアマリリスですわ。お客様、お名前を伺っても?」

「……。近隣諸国で知らぬ者はおらん。美食家として名高い、ガストロ公爵だ。……娘よ、私は嘘が大嫌いだ。もし私の舌を満足させられなければ、この砦が詐欺の拠点であると世界に触れ回ってやるぞ」

公爵の冷ややかな言葉に、店内の空気が一瞬で凍りついた。


「美食家、ですのね。……素晴らしいわ。そういう『手のかかるお客様』、大好きですわよ」

私は扇子で口元を隠し、優雅に微笑んだ。

「ゼクスさん、ガストロ公爵を『懺悔の特等席』へ。……メニューは、私の気分で決めさせていただきますわ」

「……。おい、じいさん。こっちだ。お嬢様の料理を食って、腰を抜かさないように気をつけるんだな」

ゼクスさんが案内した席は、厨房の様子がよく見えるカウンター席。

私はエプロンの紐をキリリと結び直し、フライパンを握った。


三十分後。

ガストロ公爵の前に置かれたのは、豪華なフルコース……ではなく、一皿の「黄金色のオムライス」だった。

「……。なんだ、これは。子供の食い物ではないか。私を馬鹿にしているのか?」

「いいえ。美食の極意は、単純なものの中にこそ宿る……とお父様がよく仰っていましたわ。さあ、冷めないうちに召し上がれ」

公爵は不機嫌そうにスプーンを手に取り、卵の表面を割った。

中から溢れ出したのは、バターの香りを纏った半熟の卵と、一粒一粒が輝くようなチキンライス。

一口、彼がそれを口に運んだ瞬間。


「…………っ!?」

ガストロ公爵の杖が、床に音を立てて落ちた。

「なんだ……。この優しさは……。まるで、厳格だった亡き母が、一度だけ私を抱きしめてくれた時のような……懐かしくも温かい衝撃が……!」

「……。じいさん、泣いてるのか?」

ゼクスさんが驚いたように覗き込む。

公爵は震える手でスプーンを動かし続け、最後の一粒まで綺麗に平らげると、私に向かって深く頭を下げた。

「……完敗だ。アマリリス殿。私は今まで、技術や珍しさを食べていたようだ。心を満たす料理とは、こういうものを言うのだな」

「ご満足いただけて何よりですわ。お口直しに、こちらの『毒消しハーブティー』をどうぞ。……あ、毒と言っても、貴方のその『ひねくれた性格』を治すための毒ですわよ?」

「……ははは! 毒舌まで天下一品か。気に入った!」


ガストロ公爵は上機嫌で、多額のチップ(という名の砦修繕費)を置いて帰っていった。

「……ふぅ。今日も一人、難敵を攻略いたしましたわね」

私は額の汗を拭い、カウンターに寄りかかった。

「お疲れ、アマリリス。……。……お前、あんなじいさんの心まで動かすなんて、やっぱり魔女なんじゃねえのか?」

ゼクスさんが、私のために淹れてくれた冷たい水を差し出しながら言った。

「失礼ね。私はただの、料理好きの令嬢ですわ。……でも、ゼクスさん。貴方がこうして支えてくれるから、私は料理に集中できるのですのよ?」

私が彼の目をじっと見つめると、ゼクスさんは目に見えて動揺し、トレイで顔を隠した。

「……。……。さらっとそういうこと言うなよ。……俺は、ただの従業員だしな」

「あら。従業員の自覚があるなら、あちらの割れたお皿の片付けもお願いしてよろしいかしら?」

「結局こき使うんじゃねえか!」


ゼクスさんの怒鳴り声と、私のアハハという笑い声が、平和な砦に響く。

一方で、荒野を彷徨い続けていたウィルフレッド王子は。

「なぜだ……。私が頼んだ『アマリリス砦・食中毒捏造計画』に、誰も乗ってこないのはなぜなんだ……! ガストロ公爵までもが彼女を絶賛するなんて、世界が狂っている!」

狂っているのは世界ではなく、貴方の根性ですわよ、王子。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。 ※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます ※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。