馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

文字の大きさ
27 / 28

27

しおりを挟む
「……皆様、本日はようこそ我が砦へ。本日の首脳会談の議題は『特区産・完熟桃のタルトをいかに公平に切り分けるか』ですわ!」


私は、砦の最上階にある展望サロンに集まった最高権力者たちへ、にっこりと微笑みかけた。


右側には、母国フローライト王国の国王陛下――私のお父様。左側には、隣国のエメリン女王陛下。


かつては国境を挟んで睨み合っていた二人が、今は同じテーブルを囲み、真剣な表情でフォークを握っている。


「アマリリスよ。このタルト、切り分け方は私が考案しよう。国家の予算配分より、よっぽど慎重な計算が必要な案件だからな」


お父様が、眼鏡をかけ直してタルトを凝視する。


「お黙りなさい、公爵。この桃の産地は我が国の南側でしょう? 優先権は我が方にありますわ。……ああ、でもこのサクサクの生地は、貴国の小麦の力ね。認めざるを得ないわ」


エメリン陛下が、うっとりとタルトの香りを吸い込んだ。


平和ですわ。世界は、たった一皿のデザートでこれほどまでに丸く収まるのですもの。


「……おい、アマリリス。お前、さっきから『議題』だの何だの言ってるけど、これただのホームパーティーだろ?」


私の後ろで控えていたゼクスさんが、小声でツッコミを入れてきた。


「あら、いいではありませんか。お掃除が終わった後の世界には、こういう『ゆとり』が必要ですのよ」


私はゼクスさんにウインクをした。


彼もまた、以前のボロボロな騎士服ではなく、今や特区の守護者として、銀の刺繍が施された立派な礼服に身を包んでいる。


その立ち姿は、どこの国の王族よりも凛々しく、私の自慢のパートナー……いえ、従業員ですわ。


「ところでアマリリス様。あのウィルフレッド王子は、今どうなっていますの?」


エメリン陛下が、紅茶を楽しみながら尋ねてきた。


「王子でしたら、我が校の『お掃除特別更生プログラム』の真っ最中ですわ。……先日の報告では、ついに素手でトイレを磨くことに喜びを見出し始めたとか」


「……。あのプライドの塊だった男が、そこまで」


お父様が遠い目をして呟いた。


「ええ。ポエムを書く暇があるなら、タイルの隙間のカビを落としなさい、と指導しましたの。今では『白さが私の正義だ!』と叫びながら、夜通しブラシを振るっているそうですわよ」


「……。お前、本当に恐ろしい教育者になったな」


ゼクスさんが呆れたように頭を振った。


宴が一段落し、お父様とエメリン陛下が「特区の税制(という名の新作スイーツの提供数)」について密談を始めた頃。


ゼクスさんが、私の袖をそっと引いた。


「……アマリリス。ちょっといいか。バルコニーへ来てくれ」


「あら、どうなさいましたの? まだお腹が空いていますの?」


「違う! ……いいから、来い」


ゼクスさんの顔が、夕焼けの空よりも赤くなっている。


私は不思議に思いながらも、彼に連れられてバルコニーへ出た。


夜風が心地よく、砦の下に広がる特区の灯りが、まるで宝石箱をひっくり返したように輝いている。


「……アマリリス。俺は、お前がこの砦に迷い込んできたあの日から、ずっと考えてたんだ」


ゼクスさんは、私の目を真っ直ぐに見つめた。


その瞳には、かつての誘拐犯としての迷いはなく、一人の男としての強い決意が宿っていた。


「俺は、お前の作るメシに救われた。お前が磨き上げたこの場所に、俺の居場所を見つけた。……でも、もう『従業員』や『騎士団長』っていう肩書きじゃ、満足できなくなったんだ」


「……ゼクスさん?」


「俺は……。俺は、お前の隣にいたい。……お前の料理を一番に食べる特権を、一生、俺だけに独占させてくれないか」


ゼクスさんは、私の手を取り、その甲にそっと唇を寄せた。


「アマリリス・フローライト。……俺の、妻になってくれ。……いや、俺をお前の『一生の専属騎士』にしてくれ!」


静かな夜の空気に、彼の告白が溶けていく。


私は、驚きのあまり扇子を落としてしまった。


「……。……。……。……あら」


私は、熱くなる頬を押さえながら、ふふ、と喉を鳴らした。


「専属騎士、ですのね? ……それなら、まずはお掃除の合格点を取っていただかなければなりませんわ」


「……。はぁ!? 今、このタイミングで掃除の話かよ!」


「当然ですわ。私の夫となる方が、埃一つ見逃すようでは困りますもの。……でも」


私は、彼の手をギュッと握り返した。


「……合格点は、もうとっくに出ていますわよ。……ゼクスさん。貴方になら、私のキッチンの鍵を預けてもよろしくてよ?」


「……! アマリリス……!」


ゼクスさんが私を強く抱きしめた。


その瞬間、展望サロンのカーテンがバッと開いた。


「おめでとう、アマリリス! これでフローライト公爵家と、この特区の絆は安泰だな!」


「あら、ゼクス。私の元騎士が、ついに魔女を仕留めたわね。お祝いのワイン、一番いいのを開けましょう!」


……お父様と陛下、覗き見していましたわね?


「……。ったく、台無しだよ」


ゼクスさんが照れくさそうに笑い、私の額に優しくキスをした。


こうして、悪役令嬢として追放された私の物語は、最高に甘くて清潔な「婚約」へと辿り着いたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...