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学園の中庭、人目に付きにくい大きなガゼボの裏。
そこには、鉄仮面を(渋々)脱ぎ捨て、魂が抜けたような顔で噴水の縁に座り込むシャリーの姿があった。
「……やっぱり、ダメだわ。仮面を被っても怖がられ、脱げば『剥がれた』と言われ……。私、もうシリウス様の視界に入る資格すらないのかもしれない」
(本当は、シリウス様とお花畑をスキップしながら、お互いにお口へアーンして苺を食べるような、そんな甘い学園生活を夢見ていたのに。現実は、私が一歩進むたびにモーゼの十戒のごとく人が割れていく……)
シャリーの心の中では、ピンク色のフリルを纏った「ちびシャリー」が激しく地面を叩いて号泣していた。
しかし、現実のシャリーは、膝に置いた拳を白くなるまで握りしめ、地面を蟻が逃げ出すほどの鋭い目つきで睨みつけている。
「そこまでです、シャリー様! その絶望のポーズ、暗黒神の降臨にしか見えませんから一旦やめましょう!」
ガサガサと茂みをかき分けて現れたのは、もはやシャリーのストーカー……もとい、専属プロデューサーと化したララ・メルだった。
「ララ様……。私、もうどうしていいか……」
「いいですか、シャリー様。今のあなたに足りないのは『可愛げ』ではありません。それは既に(私の脳内に)溢れています。足りないのは、その溢れる魅力を正しく出力するための『肉体の制御』です!」
ララは拳を突き出し、熱っぽく語った。
「肉体の……制御?」
「そうです! シャリー様は、感情が昂ると筋肉が過剰に反応してしまうタイプなのです。ならば、物理的に矯正するしかありません。名付けて『ララ・メル式・物理的乙女化ブートキャンプ』の開始です!」
「ぶーと……きゃんぷ?」
意味は分からなかったが、シャリーはララの瞳に宿る圧倒的な「熱」に押され、小さく頷いた。
「まずは基本の『上目遣い』です! 殿方の心臓を射抜く最強の武器ですが、シャリー様がやると『今から貴様の喉元を食い破る』という野獣の眼光になります。なので……はい、顎を引いて! もっと! 首が折れる寸前まで引いてください!」
ララがシャリーの顎を強引に押し下げる。
「こ、こうかしら……? う、動けないわ……」
「そのまま、視線だけをゆっくり上に向けて! ……ああっ、ダメです! 白目が多い! 三白眼が極まって、もはや呪術師の儀式です! もっとこう、潤みを! 瞳に愛の結露を発生させて!」
(愛の結露って何!? 無理よ、目に力を入れると、どうしても奥歯が鳴っちゃうのよ!)
シャリーは必死に表情を作ろうとした。
しかし、意識すればするほど顔面の筋肉は「鉄のカーテン」のごとく硬直していく。
「次は『小首を傾げる』動作です! あざとく、かつ可憐に! はい、右に十五度!」
「……んぬっ!」
シャリーが勢いよく首を傾げた瞬間、「ミキッ」という不穏な音が中庭に響いた。
「……シャリー様? 今、首から建材が軋むような音がしましたが」
「……だ、大丈夫よ。ちょっと、頸椎が驚いただけ……」
(痛い! 死ぬほど痛いけれど、これが乙女への階段なのね! 耐えなきゃ!)
「いい角度です! その、痛みに耐えるような悲劇のヒロイン風の表情……。客観的に見れば『今から首を刎ねる獲物を品定めしている死神』ですが、私の目には『運命に抗う聖女』に見えます!」
ララの解釈フィルターは、今日も絶好調だった。
「仕上げに、服の裾をちょこんと掴んで『待って……』と呟く練習です! これはシリウス王子の袖でやりましょう。さあ、私の袖を掴んで!」
ララが差し出した袖を、シャリーはおずおずと、しかし緊張で指先に力がこもった状態で掴んだ。
「……ま、待って……。行かないで……」
(……メリメリッ、バリッ!)
「ギャーーーッ! 私の男爵家秘伝のよそ行きドレスがぁーーー!」
ララの袖は、シャリーの超人的な指の力によって、根元から無残に引きちぎられた。
「ご、ごめんなさいララ様! わざとじゃないの、指が勝手に、万力みたいになっちゃって!」
シャリーは真っ青になって謝罪した。
だが、引きちぎられた袖を手に、呆然と立ち尽くす彼女の姿は、まるで「倒した敵の戦利品を掲げる戦士」のようであった。
「……ふ、ふふ。素晴らしい……」
ララは、片腕が剥き出しになった状態で、ふらふらと立ち上がった。
「シャリー様、その圧倒的な握力……。それこそが、愛の重さ。もはや袖を掴むのではなく、王子の心を物理的に掴んで離さないという決意の表れですね! この袖、家宝にします!」
「家宝にしないで! 新しいの、私がお仕立てするから!」
「いいえ! これがいいんです! さて、特訓の成果を試す時が来ました。あそこに、怯えながら学食に向かおうとしているシリウス王子が見えますね?」
ララが指さす先には、周囲をキョロキョロと警戒しながら、忍び足で廊下を歩くシリウスの姿があった。
「さあ、行ってくださいシャリー様! 習った通りの『上目遣い』と『小首傾げ』、そして『袖掴み(加減してくださいね!)』をフルコンボで叩き込むのです!」
「……わ、分かったわ。やってみる!」
シャリーは、ちぎれた袖をポケットに押し込み(入れ忘れて一部はみ出していたが)、獲物……ではなく、愛しの婚約者へと歩み寄った。
(大丈夫。私は乙女。私は花。私は、シリウス様を愛するただの可愛い女の子……)
自己暗示をかけながら、シャリーはシリウスの背後に立った。
「……シリウス、さま」
地獄の底から響くような、しかし本人的には精一杯の甘い声。
シリウスが、ギギギ……と錆びた機械のような動きで振り返った。
そこには、首が奇妙な角度に曲がり(十五度の特訓の成果)、血走った目で下から睨みつけ(上目遣いの成果)、そして引き攣った笑みを浮かべたシャリーが立っていた。
「…………ひっ」
シリウスの顔から、急速に血の気が引いていく。
「まって……ください……。いかない、で……」
シャリーの手が、シリウスの豪華な刺繍入りの袖へと伸びる。
「ぎゃああああああああ! 助けてくれーーー! 服を剥ぎ取られる! 生皮を剥がされるーーー!」
シリウスは、脱兎のごとく……いや、光速に近い速さで逃げ出した。
シャリーの手には、王子の服から千切れた「金のボタン」だけが虚しく残されていた。
「……また、やっちゃった」
シャリーは、手の中のボタンを見つめ、静かに涙を流した。
その姿は、周囲には「……チッ、ボタン一つか。次は心臓を抉ってやる」という、恐るべき暗殺者の悔し涙にしか見えなかった。
「惜しい! 実戦での出力調整が課題ですね!」
ララだけが、破れたドレスのまま、元気に親指を立てていた。
そこには、鉄仮面を(渋々)脱ぎ捨て、魂が抜けたような顔で噴水の縁に座り込むシャリーの姿があった。
「……やっぱり、ダメだわ。仮面を被っても怖がられ、脱げば『剥がれた』と言われ……。私、もうシリウス様の視界に入る資格すらないのかもしれない」
(本当は、シリウス様とお花畑をスキップしながら、お互いにお口へアーンして苺を食べるような、そんな甘い学園生活を夢見ていたのに。現実は、私が一歩進むたびにモーゼの十戒のごとく人が割れていく……)
シャリーの心の中では、ピンク色のフリルを纏った「ちびシャリー」が激しく地面を叩いて号泣していた。
しかし、現実のシャリーは、膝に置いた拳を白くなるまで握りしめ、地面を蟻が逃げ出すほどの鋭い目つきで睨みつけている。
「そこまでです、シャリー様! その絶望のポーズ、暗黒神の降臨にしか見えませんから一旦やめましょう!」
ガサガサと茂みをかき分けて現れたのは、もはやシャリーのストーカー……もとい、専属プロデューサーと化したララ・メルだった。
「ララ様……。私、もうどうしていいか……」
「いいですか、シャリー様。今のあなたに足りないのは『可愛げ』ではありません。それは既に(私の脳内に)溢れています。足りないのは、その溢れる魅力を正しく出力するための『肉体の制御』です!」
ララは拳を突き出し、熱っぽく語った。
「肉体の……制御?」
「そうです! シャリー様は、感情が昂ると筋肉が過剰に反応してしまうタイプなのです。ならば、物理的に矯正するしかありません。名付けて『ララ・メル式・物理的乙女化ブートキャンプ』の開始です!」
「ぶーと……きゃんぷ?」
意味は分からなかったが、シャリーはララの瞳に宿る圧倒的な「熱」に押され、小さく頷いた。
「まずは基本の『上目遣い』です! 殿方の心臓を射抜く最強の武器ですが、シャリー様がやると『今から貴様の喉元を食い破る』という野獣の眼光になります。なので……はい、顎を引いて! もっと! 首が折れる寸前まで引いてください!」
ララがシャリーの顎を強引に押し下げる。
「こ、こうかしら……? う、動けないわ……」
「そのまま、視線だけをゆっくり上に向けて! ……ああっ、ダメです! 白目が多い! 三白眼が極まって、もはや呪術師の儀式です! もっとこう、潤みを! 瞳に愛の結露を発生させて!」
(愛の結露って何!? 無理よ、目に力を入れると、どうしても奥歯が鳴っちゃうのよ!)
シャリーは必死に表情を作ろうとした。
しかし、意識すればするほど顔面の筋肉は「鉄のカーテン」のごとく硬直していく。
「次は『小首を傾げる』動作です! あざとく、かつ可憐に! はい、右に十五度!」
「……んぬっ!」
シャリーが勢いよく首を傾げた瞬間、「ミキッ」という不穏な音が中庭に響いた。
「……シャリー様? 今、首から建材が軋むような音がしましたが」
「……だ、大丈夫よ。ちょっと、頸椎が驚いただけ……」
(痛い! 死ぬほど痛いけれど、これが乙女への階段なのね! 耐えなきゃ!)
「いい角度です! その、痛みに耐えるような悲劇のヒロイン風の表情……。客観的に見れば『今から首を刎ねる獲物を品定めしている死神』ですが、私の目には『運命に抗う聖女』に見えます!」
ララの解釈フィルターは、今日も絶好調だった。
「仕上げに、服の裾をちょこんと掴んで『待って……』と呟く練習です! これはシリウス王子の袖でやりましょう。さあ、私の袖を掴んで!」
ララが差し出した袖を、シャリーはおずおずと、しかし緊張で指先に力がこもった状態で掴んだ。
「……ま、待って……。行かないで……」
(……メリメリッ、バリッ!)
「ギャーーーッ! 私の男爵家秘伝のよそ行きドレスがぁーーー!」
ララの袖は、シャリーの超人的な指の力によって、根元から無残に引きちぎられた。
「ご、ごめんなさいララ様! わざとじゃないの、指が勝手に、万力みたいになっちゃって!」
シャリーは真っ青になって謝罪した。
だが、引きちぎられた袖を手に、呆然と立ち尽くす彼女の姿は、まるで「倒した敵の戦利品を掲げる戦士」のようであった。
「……ふ、ふふ。素晴らしい……」
ララは、片腕が剥き出しになった状態で、ふらふらと立ち上がった。
「シャリー様、その圧倒的な握力……。それこそが、愛の重さ。もはや袖を掴むのではなく、王子の心を物理的に掴んで離さないという決意の表れですね! この袖、家宝にします!」
「家宝にしないで! 新しいの、私がお仕立てするから!」
「いいえ! これがいいんです! さて、特訓の成果を試す時が来ました。あそこに、怯えながら学食に向かおうとしているシリウス王子が見えますね?」
ララが指さす先には、周囲をキョロキョロと警戒しながら、忍び足で廊下を歩くシリウスの姿があった。
「さあ、行ってくださいシャリー様! 習った通りの『上目遣い』と『小首傾げ』、そして『袖掴み(加減してくださいね!)』をフルコンボで叩き込むのです!」
「……わ、分かったわ。やってみる!」
シャリーは、ちぎれた袖をポケットに押し込み(入れ忘れて一部はみ出していたが)、獲物……ではなく、愛しの婚約者へと歩み寄った。
(大丈夫。私は乙女。私は花。私は、シリウス様を愛するただの可愛い女の子……)
自己暗示をかけながら、シャリーはシリウスの背後に立った。
「……シリウス、さま」
地獄の底から響くような、しかし本人的には精一杯の甘い声。
シリウスが、ギギギ……と錆びた機械のような動きで振り返った。
そこには、首が奇妙な角度に曲がり(十五度の特訓の成果)、血走った目で下から睨みつけ(上目遣いの成果)、そして引き攣った笑みを浮かべたシャリーが立っていた。
「…………ひっ」
シリウスの顔から、急速に血の気が引いていく。
「まって……ください……。いかない、で……」
シャリーの手が、シリウスの豪華な刺繍入りの袖へと伸びる。
「ぎゃああああああああ! 助けてくれーーー! 服を剥ぎ取られる! 生皮を剥がされるーーー!」
シリウスは、脱兎のごとく……いや、光速に近い速さで逃げ出した。
シャリーの手には、王子の服から千切れた「金のボタン」だけが虚しく残されていた。
「……また、やっちゃった」
シャリーは、手の中のボタンを見つめ、静かに涙を流した。
その姿は、周囲には「……チッ、ボタン一つか。次は心臓を抉ってやる」という、恐るべき暗殺者の悔し涙にしか見えなかった。
「惜しい! 実戦での出力調整が課題ですね!」
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