お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

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放課後の静寂に包まれた学園の屋上。


夕日に染まる空の下、シャリー・フォンスは人生最大の苦境に立たされていた。


「さあ、シャリー様! 昨日の『物理的な威圧感』を反省し、今日は『聴覚的な可愛さ』を追求しましょう!」


ララ・メルが、どこから持ってきたのか小さな拡声器を手に拳を突き上げている。


「……聴覚的な、可愛さ?」


シャリーが怪訝そうに問い返すと、その声は夕暮れの空気をビリビリと振動させ、近くに止まっていた鳥たちが一斉に逃げ出した。


「そうです! シャリー様の声は、低くて重厚で、まるで大地の咆哮。それはそれで、一部のマニアにはたまらない『抱かれたい声』なのですが……」


「……だ、だかれたい?」


「ああっ! 今の戸惑った声も最高! でも、今の王子には刺激が強すぎます。王子が求めているのは、春のそよ風のような、可憐で高音の花が咲くような声です!」


(春のそよ風……。私、どちらかと言えば北風とか、地吹雪とか、そういうタイプな気がするけれど……)


シャリーの脳内では、春の草原で「うふふ、あはは」と笑い合う自分とシリウスの姿を思い浮かべた。

しかし、現実は、彼女が「うふふ」と笑うだけで周囲の気温が三度下がり、結露が発生するレベルである。


「いいですか、シャリー様。まずは裏声……いえ、『萌え袖ボイス』の練習です! 喉の奥を閉めて、空気を鼻から抜くようにして! はい、私に続いて! 『シリウス様、だいしゅき!』」


「……し、しり……うす、さま……だい……しゅ、き……」


シャリーは必死に喉を絞った。

喉の筋肉が、まるで鉄パイプを曲げるかのような音を立てて悲鳴を上げる。


「…………ぐっ、ガハッ!」


絞り出された声は、高音どころか、地獄の業火に焼かれた者が最後に発する断末魔のようなデスボイスだった。


「……シャリー様? 今、悪魔の召喚呪文を唱えませんでしたか?」


「……ごめんなさい。喉が、反抗期なの……」


シャリーは喉をさすりながら絶望した。

彼女の肉体は、あまりにも「強靭」すぎた。

乙女らしい繊細な音色を出そうとしても、強すぎる声帯が音波を暴力へと変えてしまうのだ。


「諦めないでください! 次は『吐息まじりの囁き』です! 相手の耳元で、甘く、溶けるように! さあ、この等身大シリウス様人形に向かって!」


ララが背負い袋から、手作りの(少し不気味な)王子のぬいぐるみを引っ張り出した。


「……どこで、作ったの、それ」


「愛があれば綿一本からでも錬成できます! さあ、耳元で! 囁いて!」


シャリーはおそるおそるぬいぐるみに近づき、その耳(と思われる部分)に唇を寄せた。


(甘く。溶けるように。私はマシュマロ。私は綿あめ。私は……シリウス様の、お嫁さん……!)


「…………し、んで……しまう……ほど、あいして……いる……わ」


渾身の囁き。

しかし、近すぎた。

シャリーの強すぎる肺活量から放たれた吐息は、もはや超音波の塊となってぬいぐるみを直撃した。


「……あっ」


次の瞬間、ぬいぐるみの頭部が「ポーン」と勢いよく弾け飛び、屋上の柵を越えて下へと落ちていった。


「ギャーーーー! シリウス様の生首がーーー!」


ララが叫ぶ。


(ち、違うの! 愛を込めて息を吐いただけなのに! なぜ物理攻撃判定になるの!?)


シャリーは、自分の「愛の吐息」が散弾銃並みの破壊力を持っていることを知り、その場に膝をついた。


一方その頃。

屋上のすぐ下の階で、特別講習の合間に休憩していたシリウスは、窓の外を通り過ぎる「自分の顔をした何か」を目撃した。


「……えっ?」


窓の外を、何かが高速で落下していった。

さらに、頭上からは地響きのような「し、んで……しまう……」という重低音の呪詛が響いてくる。


「ひ、ひいいいっ! 今、僕の生首が飛んでいかなかったか!? それに今の声……『死んでしまう』って言ったよね!? やっぱりあいつ、僕を物理的に解体するつもりなんだ!」


シリウスは、護身術の教本を抱きしめてガタガタと震え出した。

彼の脳内では、シャリーが屋上で「シリウス様のわら人形」を粉砕し、呪いの儀式を完成させている光景が出来上がっていた。


「だ、だめだ。学園は危険すぎる。城に帰りたい。お母様に甘えたい……!」


屋上では、そんな王子の絶望など露知らず、ララが二個目のぬいぐるみを取り出していた。


「予備があって良かったです! 次は、攻撃力を抑えるために、口にマシュマロを三つほど含んで喋りましょう!」


「……ま、ましゅまろ?」


「はい! 物理的な緩衝材です! これで声の角が取れて、まろやかになるはずです!」


シャリーは言われるがままに、大きなマシュマロを三つ口に詰め込んだ。


「……ふ、ふり……うふ……ふぁま」


「おおお! いいですよ! その、モゴモゴとした感じ! 少しだけ幼女感が出ています!」


(……苦しい。窒息しそう。でも、これでシリウス様が喜んでくれるなら……!)


シャリーは涙目で、マシュマロにまみれた愛の告白を続けた。

しかし、その姿は、周囲の生徒からは「口から泡を吹いて獲物を威嚇する魔獣」にしか見えなかった。


夕闇が深まる中、シャリーの特訓は続く。

彼女が「可愛い」に一歩近づくたびに、シリウスの「生存率」が下がっていくという皮肉な現実を、まだ誰も指摘できないでいた。
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