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「……シリウス様が、お休み……?」
翌朝、教室に入るなり耳に飛び込んできた噂に、シャリー・フォンスは文字通り凍りついた。
彼女の周囲だけ、昨日からの名残か、あるいは新たなショックのせいか、ハラハラと粉雪が舞い始める。
(私のせいだわ。私が、あんなはしたない格好で、あんなに周囲を冷やしてしまったから……!)
シャリーの心は、罪悪感という名の荒波に揉まれていた。
愛する人を守りたいと願った手が、愛する人を病の床に伏せさせてしまった。
「……なんてこと。……私、万死に、値するわ……」
「万死はもったいないですよ、シャリー様! 一死くらいにしておきましょう!」
隣の席から、今日も元気なララ・メルが顔を出した。
「……ララ様。シリウス様が、お風邪を……。……私の、せいで……」
「チャンスです! これぞまさに、恋愛小説の王道イベント『お見舞い』の発生ですよ! 弱っている殿方の心に、特大のくさびを打ち込むのです!」
「くさび……? ……そんな、痛そうなもの……打ち込みたくないわ……」
シャリーは、折れそうなほど弱々しい(と本人は思っている)溜息をついた。
しかし、その口から漏れたのは、氷点下の吐息。
近くにあった花瓶の水が、一瞬でガチガチに凍りつき、ピキリと不穏な音を立てて割れた。
「いいですか、シャリー様。病人は心細いものです。そこに、普段は厳しい婚約者が、かいがいしく世話を焼く姿を見せたらどうなるか! 『ああ、彼女はこんなに優しかったのか』と、王子の脳内変換がバグを起こして強制終了します!」
「……優しく。……そうね、優しくなりたいわ。……私、お見舞いに、行くわ……!」
シャリーは立ち上がった。
その決意の鋭さに、背後の男子生徒が「ひっ、決闘の申し込みか!?」と震え上がった。
放課後。
王子の住まう学生寮の特別室。
シリウスは、厚い毛布を三枚も被り、ベッドの中で小刻みに震えていた。
「……さむ、い。……あ、あの脚が……白い脚が、僕を追いかけてくる……」
「王子、しっかりしてください。お粥を持ってきましたよ」
近衛騎士が心配そうに声をかけるが、シリウスの目には、昨日の「氷の女王」の残像が焼き付いて離れない。
そこへ。
「…………しりうす、さま」
地獄の底から響くような、重低音のノック音が部屋に響いた。
「ひゃああああああ! 出た! 死神だ! お迎えが来た!」
シリウスは毛布の中に潜り込んだ。
「失礼……します……」
シャリーが、部屋に入ってきた。
彼女は今、極度の「申し訳なさ」と「心配」で、顔面がかつてないほどに険しくなっていた。
頬はこけ(不眠のせい)、瞳は血走り(泣きすぎのせい)、そして手には――銀色の、鋭利な光を放つお盆を持っている。
「……お、お加減は……いかが……ですか?」
(シリウス様、顔色が悪いわ。……ああ、代わってあげたい。私のこの有り余る体力を、全て差し上げたい……!)
シャリーは、ベッドの横に座った。
彼女が椅子を引くたびに、床が「みしみし……」と悲鳴を上げる。
「…………っ! フォ、フォンス令嬢……。わざわざ、僕の死に顔を見に来たのかい?」
シリウスが、毛布の隙間から涙目で尋ねた。
「……そんな、こと……。……お見舞いに、きました。……これを、たべて……元気に……」
シャリーが差し出したのは、彼女が厨房を半壊させながら作り上げた「特製お見舞い粥」だった。
見た目は、どす黒い紫色の粘液状。
滋養強壮に良いとされる「黒トリュフ」と「紫イモ」と「秘伝の漢方」を、情熱のままに煮込んだ結果である。
「…………。……これ、何かな?」
「……おかゆ、です。……ちから、が……でますわ……」
(一さじ食べれば、立ちどころに血行が良くなるはずよ!)
シャリーは、スプーンでその「魔界の泥」のようなものを掬い、シリウスの口元へ運んだ。
「さあ……。……あーん……して……」
シャリーの顔は、極度の緊張で「……拒絶したら、このスプーンごと喉に叩き込んでやる」と言わんばかりの凶悪な笑みに固定されていた。
「……あ、あ、あ…………」
シリウスは、もはや逃げ場がないことを悟った。
「……う、うぐっ」
震えながら、一口。
「……あ…………っ」
シリウスの瞳が、大きく見開かれた。
(……どうかしら!? 味は!? 真心は伝わったかしら!?)
シャリーが期待に胸を膨らませた瞬間。
「…………っ、ごふぉぉぉっ!!」
シリウスは、盛大にむせ返り、そのままバタリと枕に沈んだ。
「漢方の刺激」が、弱った彼の体にはあまりにもダイレクトに効きすぎたのである。
「……シリウス、さま!? ……しりうす、さまぁーーー!」
シャリーの悲鳴(デスボイス)が、寮中に響き渡った。
「王子が倒れたぞ! フォンス令嬢が、王子の口に何かを流し込んで暗殺を完遂したぞーーー!」
廊下で見守っていた騎士たちが、一斉に部屋に飛び込んでくる。
「……ちがう。……ちがうの。……ただ、元気になって……ほしくて……」
シャリーは、空になったスプーンを握りしめ、震えた。
その姿は、周囲には「……ふふふ。ようやく、片付いたわね」という、復讐を遂げた悪女の姿にしか見えなかった。
「シャリー様! 今の『あーん』、最高にドSでセクシーでしたよ!」
いつの間にか窓の外から忍び込んでいたララが、そっと親指を立てた。
「……ララ様。シリウス様が……ぴくりとも、動かないわ……」
「大丈夫です! これは『あまりの美味しさに魂が抜けた』だけですから!」
不器用すぎるお見舞い。
シリウスが意識を取り戻すまで、あと数時間を要することになるが、その間、シャリーがずっと彼の枕元で「……おきて。……おきないと……おこるわよ……」と(脅迫にしか聞こえない)祈りを捧げ続けていたことを、彼はまだ知らない。
翌朝、教室に入るなり耳に飛び込んできた噂に、シャリー・フォンスは文字通り凍りついた。
彼女の周囲だけ、昨日からの名残か、あるいは新たなショックのせいか、ハラハラと粉雪が舞い始める。
(私のせいだわ。私が、あんなはしたない格好で、あんなに周囲を冷やしてしまったから……!)
シャリーの心は、罪悪感という名の荒波に揉まれていた。
愛する人を守りたいと願った手が、愛する人を病の床に伏せさせてしまった。
「……なんてこと。……私、万死に、値するわ……」
「万死はもったいないですよ、シャリー様! 一死くらいにしておきましょう!」
隣の席から、今日も元気なララ・メルが顔を出した。
「……ララ様。シリウス様が、お風邪を……。……私の、せいで……」
「チャンスです! これぞまさに、恋愛小説の王道イベント『お見舞い』の発生ですよ! 弱っている殿方の心に、特大のくさびを打ち込むのです!」
「くさび……? ……そんな、痛そうなもの……打ち込みたくないわ……」
シャリーは、折れそうなほど弱々しい(と本人は思っている)溜息をついた。
しかし、その口から漏れたのは、氷点下の吐息。
近くにあった花瓶の水が、一瞬でガチガチに凍りつき、ピキリと不穏な音を立てて割れた。
「いいですか、シャリー様。病人は心細いものです。そこに、普段は厳しい婚約者が、かいがいしく世話を焼く姿を見せたらどうなるか! 『ああ、彼女はこんなに優しかったのか』と、王子の脳内変換がバグを起こして強制終了します!」
「……優しく。……そうね、優しくなりたいわ。……私、お見舞いに、行くわ……!」
シャリーは立ち上がった。
その決意の鋭さに、背後の男子生徒が「ひっ、決闘の申し込みか!?」と震え上がった。
放課後。
王子の住まう学生寮の特別室。
シリウスは、厚い毛布を三枚も被り、ベッドの中で小刻みに震えていた。
「……さむ、い。……あ、あの脚が……白い脚が、僕を追いかけてくる……」
「王子、しっかりしてください。お粥を持ってきましたよ」
近衛騎士が心配そうに声をかけるが、シリウスの目には、昨日の「氷の女王」の残像が焼き付いて離れない。
そこへ。
「…………しりうす、さま」
地獄の底から響くような、重低音のノック音が部屋に響いた。
「ひゃああああああ! 出た! 死神だ! お迎えが来た!」
シリウスは毛布の中に潜り込んだ。
「失礼……します……」
シャリーが、部屋に入ってきた。
彼女は今、極度の「申し訳なさ」と「心配」で、顔面がかつてないほどに険しくなっていた。
頬はこけ(不眠のせい)、瞳は血走り(泣きすぎのせい)、そして手には――銀色の、鋭利な光を放つお盆を持っている。
「……お、お加減は……いかが……ですか?」
(シリウス様、顔色が悪いわ。……ああ、代わってあげたい。私のこの有り余る体力を、全て差し上げたい……!)
シャリーは、ベッドの横に座った。
彼女が椅子を引くたびに、床が「みしみし……」と悲鳴を上げる。
「…………っ! フォ、フォンス令嬢……。わざわざ、僕の死に顔を見に来たのかい?」
シリウスが、毛布の隙間から涙目で尋ねた。
「……そんな、こと……。……お見舞いに、きました。……これを、たべて……元気に……」
シャリーが差し出したのは、彼女が厨房を半壊させながら作り上げた「特製お見舞い粥」だった。
見た目は、どす黒い紫色の粘液状。
滋養強壮に良いとされる「黒トリュフ」と「紫イモ」と「秘伝の漢方」を、情熱のままに煮込んだ結果である。
「…………。……これ、何かな?」
「……おかゆ、です。……ちから、が……でますわ……」
(一さじ食べれば、立ちどころに血行が良くなるはずよ!)
シャリーは、スプーンでその「魔界の泥」のようなものを掬い、シリウスの口元へ運んだ。
「さあ……。……あーん……して……」
シャリーの顔は、極度の緊張で「……拒絶したら、このスプーンごと喉に叩き込んでやる」と言わんばかりの凶悪な笑みに固定されていた。
「……あ、あ、あ…………」
シリウスは、もはや逃げ場がないことを悟った。
「……う、うぐっ」
震えながら、一口。
「……あ…………っ」
シリウスの瞳が、大きく見開かれた。
(……どうかしら!? 味は!? 真心は伝わったかしら!?)
シャリーが期待に胸を膨らませた瞬間。
「…………っ、ごふぉぉぉっ!!」
シリウスは、盛大にむせ返り、そのままバタリと枕に沈んだ。
「漢方の刺激」が、弱った彼の体にはあまりにもダイレクトに効きすぎたのである。
「……シリウス、さま!? ……しりうす、さまぁーーー!」
シャリーの悲鳴(デスボイス)が、寮中に響き渡った。
「王子が倒れたぞ! フォンス令嬢が、王子の口に何かを流し込んで暗殺を完遂したぞーーー!」
廊下で見守っていた騎士たちが、一斉に部屋に飛び込んでくる。
「……ちがう。……ちがうの。……ただ、元気になって……ほしくて……」
シャリーは、空になったスプーンを握りしめ、震えた。
その姿は、周囲には「……ふふふ。ようやく、片付いたわね」という、復讐を遂げた悪女の姿にしか見えなかった。
「シャリー様! 今の『あーん』、最高にドSでセクシーでしたよ!」
いつの間にか窓の外から忍び込んでいたララが、そっと親指を立てた。
「……ララ様。シリウス様が……ぴくりとも、動かないわ……」
「大丈夫です! これは『あまりの美味しさに魂が抜けた』だけですから!」
不器用すぎるお見舞い。
シリウスが意識を取り戻すまで、あと数時間を要することになるが、その間、シャリーがずっと彼の枕元で「……おきて。……おきないと……おこるわよ……」と(脅迫にしか聞こえない)祈りを捧げ続けていたことを、彼はまだ知らない。
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