お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

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学園祭の足音が近づき、校内は浮き足立った空気に包まれていた。


各クラスが出し物の準備に追われる中、公爵令嬢シャリー・フォンスは、一人静かに教室の片隅で「暗殺の……ではなく、刺繍の練習」をしていた。


(……ダンスパーティー。……シリウス様は、きっとララ様を誘われるわ。……だって、私は彼に『命を狙っている』なんて言ってしまったもの。……自業自得ね)


シャリーが溜息をつくと、その冷たい吐息で刺繍枠の布がパリパリに凍りついた。


彼女の指先が動くたび、針は布を通り越して机に突き刺さり、「コン……コン……」という不穏な打突音を奏でる。


「シャリー様! そんな暗い顔で、机に穴を開けている場合ではありませんよ!」


背後から、期待通りにララ・メルが飛び出してきた。


「……ララ様。……私、……パーティーには、……出ないわ。……シリウス様の、……視界に入ったら、……また、……彼を、……失神させてしまう……」


「何を弱気な! 学園祭のダンスパーティーは、婚約者同士が愛を再確認する聖域です! ここで踊らなければ、一生暗殺者扱いのままですよ!」


ララが、シャリーの両肩を掴んで激しく揺さぶる。


「……でも、……どうすればいいの? ……私は、……あんな嘘を……」


「ギャップ萌えの真髄を見せるのです! 暗殺者だと思わせておいて、パーティー当日に『誰よりも可憐な少女』として現れる! その落差で、王子の心臓をバクバクさせるのです!」


(……心臓を、バクバク。……それって、物理的な衝撃じゃなくて、恋の……ときめき、のことよね?)


シャリーの脳内では、純白のドレスを纏い、シリウスの手を借りて優雅にワルツを踊る自分が描かれた。


「……やって、みるわ。……最後、かもしれないもの」


「その意気です! さあ、衣装合わせですよ!」


一方その頃、シリウスは生徒会室の奥で、護身用の分厚いマニュアルを読み耽っていた。


「……いいか、ダンスパーティー当日、フォンス令嬢が近寄ってきたら、即座にこの煙幕を焚く。その隙に僕は緊急脱出路から寮へ逃げ帰るんだ」


「王子、さすがにそれは失礼すぎませんか……?」


側近の言葉も、シリウスの耳には届かない。


「失礼とか言っている場合じゃない! あいつは地下室の壁を素手で砕いたんだぞ!? ダンス中に僕の腰をホールドされたら、その瞬間に骨盤が粉砕されて、僕の人生が物理的に終わるんだ!」


シリウスは、自分の細い腰をさすりながら、青い顔で震えた。


そこへ、ララがふらりと現れた。


「王子、朗報です。シャリー様、当日は『とっておきの姿』で現れるそうですよ」


「……とっておき? なんだ、全身に武器を仕込んだバトルドレスか? それとも、毒針を仕込んだ扇を持ってくるのか!?」


「いいえ、あなたの想像を絶する『可愛さ』です! 期待していてくださいね、フフフ……」


ララの不敵な笑みに、シリウスはさらなる絶望を感じた。


「想像を絶する……。……そうだ、きっとそうだ。……毒ガスを噴射するティアラとか、触れると感電する手袋とか……。……ああ、神様、どうか僕に無敵の鎧を授けてください……」


当日。

夕闇が学園を包み、大ホールから華やかな音楽が流れ始める。


シャリーは、ララによって「強制ドレスアップ」を施されていた。


「……ララ様。……これ、……少し……きつい……というか、……露出が……」


「いいんです! この『肩出し』が、王子の保護欲を刺激するんです! さあ、鏡を見てください!」


鏡に映っていたのは、淡いピンク色の最高級シルクを纏い、髪をふんわりと結い上げたシャリーだった。


その姿は、確かに妖精のように美しい。


しかし、彼女が緊張で顔を強張らせた瞬間、その美貌は「……獲物を油断させるための擬態」のような、完成されすぎた冷酷さを帯びた。


「……い、いくわ。……シリウス、さまの……ところへ」


シャリーは、一歩踏み出した。


彼女が歩くたび、廊下の床が「……しりしり……」と、重みに耐えかねるような微かな音を立てる。


(……まっていなさい、シリウス様。……今夜こそ、……私の『本当の姿』を……見せて、あげるわ……!)


シャリーの瞳には、恋の決意が宿っていた。


しかし、その眼光は、ホールで彼女を待ち構える人々には「……いよいよ、最終決戦の始まりだ」という、血塗られた序曲にしか聞こえなかったのである。
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