お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
煌びやかな大ホールの扉が開かれた瞬間、喧騒が引き潮のように消え去った。


淡い桜色のドレスに身を包み、夜の闇を溶かしたような黒髪をアップにまとめた美女。

シャリー・フォンス公爵令嬢の登場である。


(……はずかしい。……はずかしいはずかしいはずかしい! 肩が、肩が丸出しだわ! こんなの、シリウス様に不潔だと思われないかしら!?)


シャリーの心臓は、祭りの太鼓のように激しく打ち鳴らされていた。

あまりの緊張に、彼女の顔面筋肉はかつてないほどの「鉄壁」を築き上げ、一切の隙を見せない冷徹な表情を作り出している。


彼女が会場へ一歩踏み出すたびに、豪華な大理石の床が「……ひしっ」と微かな悲鳴を上げた。


「……お、おい……見ろよ、あのフォンス令嬢を」


「桜色のドレス……。いや、あれは『返り血』を連想させるための色選びに違いない」


「あんなに堂々と肩を出して……。いつでもナイフを取り出せるようにしているんだ。恐ろしい女だ」


周囲の令嬢や殿方たちが、壁際に張り付いて道を作る。

シャリーは、ただひたすらに目立たない場所……「壁の花」になれる暗がりを探していた。


(……あそこの、柱の陰がいいわ。あそこなら、シリウス様を遠くから見守ることができるもの。……私は、暗殺者(のフリをしている)女だもの。……幸せな光の中にいてはいけないのよ)


シャリーは、柱に向かって真っ直ぐに歩き出した。

その迷いのない足取りは、誰の目にも「標的(ターゲット)をロックオンした暗殺者の進軍」にしか見えなかった。


「シャリー様! どこへ行くんですか、逆方向ですよ!」


茂み……ではなく、会場の巨大な花瓶の後ろからララ・メルが飛び出してきた。


「……ララ様。……私は、……あそこの隅っこで、……壁と同化するわ。……これ以上、……シリウス様を怯えさせたくないの」


「何を言っているんですか! そのドレス、その美貌! あなたが壁の花になったら、学園中の壁が重圧で崩落してしまいます! ほら、あそこに獲物……いえ、王子がいますよ!」


ララが指差す先、会場の最も安全そうな、近衛騎士に囲まれた特等席にシリウスがいた。


「……ひっ! ……きた、……きやがった……!」


シリウスは、グラスを持つ手がガタガタと震え、中身のシャンパンが小刻みに波打っていた。


「……いいか、……彼女が十歩近づいたら、……僕はあの非常階段から飛び降りる。……高さ五メートル、……受け身の練習はしてきた!」


「王子、落ち着いてください。……今日の彼女は、その、非常に……お綺麗ですよ?」


騎士の一人が、困惑しながらも正直な感想を述べた。


「綺麗!? 馬鹿を言うな! あの肩を見ろ! あれは『いつでも僕を担いで持ち去れる』ように可動域を確保しているんだ! あのピンク色も、僕を油断させるための高度な心理戦に決まっている!」


シリウスの被害妄想は、今日も絶好調で銀河を駆け巡っていた。


そこへ、ララに背中を押されたシャリーが、ゆっくりと近づいてくる。


(……落ち着いて、シャリー。……まずは、ご挨拶よ。……優しく、淑やかに……。……『素敵な夜ですね』って……!)


シャリーは、シリウスの数歩手前で止まり、精一杯の「淑女の微笑み」を浮かべようとした。


しかし、露出度の高いドレスへの羞恥心と、王子の前にいる緊張が混ざり合い、彼女の表情は「……今夜が、貴様の命日だ」という残虐な宣告へと変換された。


「…………シリウス、さま。……ごきげん……よう……」


地鳴りのような、しかし甘く囁こうとした結果、不気味に歪んだ重低音が響く。


「ひいぃぃっ! 『ご臨終だ』って言った! 今、確実にそう言ったぞ!」


「……ち、ちがい……ます……。……パーティー、……たのしんで……いらっしゃい……ますか?」


(私は、あなたの笑顔が見られれば、それだけで幸せなのです!)


シャリーは、さらに一歩歩み寄った。


「くるな! ……楽しんでいるわけないだろう! 君が会場に入ってきた瞬間から、僕の生存本能が『逃げろ』と叫び続けているんだ!」


「…………そんな。……わたし、……ただ……」


シャリーの目に、うっすらと涙が浮かんだ。

露出した白い肩が、悲しみで微かに震える。


その姿は、騎士たちの目には「……獲物を狩る直前の、武者震い」に見えた。


「王子! 今の震えを見ましたか!? あれは『好きすぎて、今すぐあなたを拐いたい』という乙女の衝動ですよ!」


ララが王子の背中をどつく。


「拐いたい!? ほら見ろ、やっぱり誘拐宣告じゃないか! メル男爵令嬢、君は僕の味方なのか、あっちの暗殺者の味方なのか、どっちなんだ!」


「私は、このもどかしいラブコメの終結を見届けたいだけの、一人のファンです!」


「意味がわからないよ!」


シャリーは、自分が近づけば近づくほどシリウスを追い詰めてしまうことに、深い絶望を感じていた。


(……ああ。……私はやっぱり、壁の花でいるべきだったのね。……こんなに綺麗なドレスを着せてもらっても、……私は……彼を笑顔にすることはできない……)


シャリーは、そっと視線を伏せ、シリウスから離れようと背を向けた。


その背中には、ララがこっそり貼り付けた「私と踊ってください(物理)」という魔法の付箋が貼られていたが、本人は全く気づいていなかった。


「……あっ、待て! フォンス令嬢!」


シリウスが思わず声をかけた。

背中を向けて立ち去ろうとする彼女の姿が、あまりにも……あまりにも「寂しげ」に見えたからだ。


「……な、……なんですか、……シリウス様」


シャリーが振り返る。

その目は、捨てられた子犬のような悲しみを湛えていたが、顔の造形が美しすぎて「……背中を見せたのは誘い。……追ってきたお前を、今ここで仕留める」という必殺の構えに見えた。


「……いや、……その……」


シリウスは、恐怖と、名前の付けられない奇妙な感情の間で揺れ動いた。


史上最も物騒なダンスパーティー。

二人の距離は、一歩近づいては二歩下がるような、奇妙なダンスを既に始めていたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...