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煌びやかな大ホールの扉が開かれた瞬間、喧騒が引き潮のように消え去った。
淡い桜色のドレスに身を包み、夜の闇を溶かしたような黒髪をアップにまとめた美女。
シャリー・フォンス公爵令嬢の登場である。
(……はずかしい。……はずかしいはずかしいはずかしい! 肩が、肩が丸出しだわ! こんなの、シリウス様に不潔だと思われないかしら!?)
シャリーの心臓は、祭りの太鼓のように激しく打ち鳴らされていた。
あまりの緊張に、彼女の顔面筋肉はかつてないほどの「鉄壁」を築き上げ、一切の隙を見せない冷徹な表情を作り出している。
彼女が会場へ一歩踏み出すたびに、豪華な大理石の床が「……ひしっ」と微かな悲鳴を上げた。
「……お、おい……見ろよ、あのフォンス令嬢を」
「桜色のドレス……。いや、あれは『返り血』を連想させるための色選びに違いない」
「あんなに堂々と肩を出して……。いつでもナイフを取り出せるようにしているんだ。恐ろしい女だ」
周囲の令嬢や殿方たちが、壁際に張り付いて道を作る。
シャリーは、ただひたすらに目立たない場所……「壁の花」になれる暗がりを探していた。
(……あそこの、柱の陰がいいわ。あそこなら、シリウス様を遠くから見守ることができるもの。……私は、暗殺者(のフリをしている)女だもの。……幸せな光の中にいてはいけないのよ)
シャリーは、柱に向かって真っ直ぐに歩き出した。
その迷いのない足取りは、誰の目にも「標的(ターゲット)をロックオンした暗殺者の進軍」にしか見えなかった。
「シャリー様! どこへ行くんですか、逆方向ですよ!」
茂み……ではなく、会場の巨大な花瓶の後ろからララ・メルが飛び出してきた。
「……ララ様。……私は、……あそこの隅っこで、……壁と同化するわ。……これ以上、……シリウス様を怯えさせたくないの」
「何を言っているんですか! そのドレス、その美貌! あなたが壁の花になったら、学園中の壁が重圧で崩落してしまいます! ほら、あそこに獲物……いえ、王子がいますよ!」
ララが指差す先、会場の最も安全そうな、近衛騎士に囲まれた特等席にシリウスがいた。
「……ひっ! ……きた、……きやがった……!」
シリウスは、グラスを持つ手がガタガタと震え、中身のシャンパンが小刻みに波打っていた。
「……いいか、……彼女が十歩近づいたら、……僕はあの非常階段から飛び降りる。……高さ五メートル、……受け身の練習はしてきた!」
「王子、落ち着いてください。……今日の彼女は、その、非常に……お綺麗ですよ?」
騎士の一人が、困惑しながらも正直な感想を述べた。
「綺麗!? 馬鹿を言うな! あの肩を見ろ! あれは『いつでも僕を担いで持ち去れる』ように可動域を確保しているんだ! あのピンク色も、僕を油断させるための高度な心理戦に決まっている!」
シリウスの被害妄想は、今日も絶好調で銀河を駆け巡っていた。
そこへ、ララに背中を押されたシャリーが、ゆっくりと近づいてくる。
(……落ち着いて、シャリー。……まずは、ご挨拶よ。……優しく、淑やかに……。……『素敵な夜ですね』って……!)
シャリーは、シリウスの数歩手前で止まり、精一杯の「淑女の微笑み」を浮かべようとした。
しかし、露出度の高いドレスへの羞恥心と、王子の前にいる緊張が混ざり合い、彼女の表情は「……今夜が、貴様の命日だ」という残虐な宣告へと変換された。
「…………シリウス、さま。……ごきげん……よう……」
地鳴りのような、しかし甘く囁こうとした結果、不気味に歪んだ重低音が響く。
「ひいぃぃっ! 『ご臨終だ』って言った! 今、確実にそう言ったぞ!」
「……ち、ちがい……ます……。……パーティー、……たのしんで……いらっしゃい……ますか?」
(私は、あなたの笑顔が見られれば、それだけで幸せなのです!)
シャリーは、さらに一歩歩み寄った。
「くるな! ……楽しんでいるわけないだろう! 君が会場に入ってきた瞬間から、僕の生存本能が『逃げろ』と叫び続けているんだ!」
「…………そんな。……わたし、……ただ……」
シャリーの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
露出した白い肩が、悲しみで微かに震える。
その姿は、騎士たちの目には「……獲物を狩る直前の、武者震い」に見えた。
「王子! 今の震えを見ましたか!? あれは『好きすぎて、今すぐあなたを拐いたい』という乙女の衝動ですよ!」
ララが王子の背中をどつく。
「拐いたい!? ほら見ろ、やっぱり誘拐宣告じゃないか! メル男爵令嬢、君は僕の味方なのか、あっちの暗殺者の味方なのか、どっちなんだ!」
「私は、このもどかしいラブコメの終結を見届けたいだけの、一人のファンです!」
「意味がわからないよ!」
シャリーは、自分が近づけば近づくほどシリウスを追い詰めてしまうことに、深い絶望を感じていた。
(……ああ。……私はやっぱり、壁の花でいるべきだったのね。……こんなに綺麗なドレスを着せてもらっても、……私は……彼を笑顔にすることはできない……)
シャリーは、そっと視線を伏せ、シリウスから離れようと背を向けた。
その背中には、ララがこっそり貼り付けた「私と踊ってください(物理)」という魔法の付箋が貼られていたが、本人は全く気づいていなかった。
「……あっ、待て! フォンス令嬢!」
シリウスが思わず声をかけた。
背中を向けて立ち去ろうとする彼女の姿が、あまりにも……あまりにも「寂しげ」に見えたからだ。
「……な、……なんですか、……シリウス様」
シャリーが振り返る。
その目は、捨てられた子犬のような悲しみを湛えていたが、顔の造形が美しすぎて「……背中を見せたのは誘い。……追ってきたお前を、今ここで仕留める」という必殺の構えに見えた。
「……いや、……その……」
シリウスは、恐怖と、名前の付けられない奇妙な感情の間で揺れ動いた。
史上最も物騒なダンスパーティー。
二人の距離は、一歩近づいては二歩下がるような、奇妙なダンスを既に始めていたのである。
淡い桜色のドレスに身を包み、夜の闇を溶かしたような黒髪をアップにまとめた美女。
シャリー・フォンス公爵令嬢の登場である。
(……はずかしい。……はずかしいはずかしいはずかしい! 肩が、肩が丸出しだわ! こんなの、シリウス様に不潔だと思われないかしら!?)
シャリーの心臓は、祭りの太鼓のように激しく打ち鳴らされていた。
あまりの緊張に、彼女の顔面筋肉はかつてないほどの「鉄壁」を築き上げ、一切の隙を見せない冷徹な表情を作り出している。
彼女が会場へ一歩踏み出すたびに、豪華な大理石の床が「……ひしっ」と微かな悲鳴を上げた。
「……お、おい……見ろよ、あのフォンス令嬢を」
「桜色のドレス……。いや、あれは『返り血』を連想させるための色選びに違いない」
「あんなに堂々と肩を出して……。いつでもナイフを取り出せるようにしているんだ。恐ろしい女だ」
周囲の令嬢や殿方たちが、壁際に張り付いて道を作る。
シャリーは、ただひたすらに目立たない場所……「壁の花」になれる暗がりを探していた。
(……あそこの、柱の陰がいいわ。あそこなら、シリウス様を遠くから見守ることができるもの。……私は、暗殺者(のフリをしている)女だもの。……幸せな光の中にいてはいけないのよ)
シャリーは、柱に向かって真っ直ぐに歩き出した。
その迷いのない足取りは、誰の目にも「標的(ターゲット)をロックオンした暗殺者の進軍」にしか見えなかった。
「シャリー様! どこへ行くんですか、逆方向ですよ!」
茂み……ではなく、会場の巨大な花瓶の後ろからララ・メルが飛び出してきた。
「……ララ様。……私は、……あそこの隅っこで、……壁と同化するわ。……これ以上、……シリウス様を怯えさせたくないの」
「何を言っているんですか! そのドレス、その美貌! あなたが壁の花になったら、学園中の壁が重圧で崩落してしまいます! ほら、あそこに獲物……いえ、王子がいますよ!」
ララが指差す先、会場の最も安全そうな、近衛騎士に囲まれた特等席にシリウスがいた。
「……ひっ! ……きた、……きやがった……!」
シリウスは、グラスを持つ手がガタガタと震え、中身のシャンパンが小刻みに波打っていた。
「……いいか、……彼女が十歩近づいたら、……僕はあの非常階段から飛び降りる。……高さ五メートル、……受け身の練習はしてきた!」
「王子、落ち着いてください。……今日の彼女は、その、非常に……お綺麗ですよ?」
騎士の一人が、困惑しながらも正直な感想を述べた。
「綺麗!? 馬鹿を言うな! あの肩を見ろ! あれは『いつでも僕を担いで持ち去れる』ように可動域を確保しているんだ! あのピンク色も、僕を油断させるための高度な心理戦に決まっている!」
シリウスの被害妄想は、今日も絶好調で銀河を駆け巡っていた。
そこへ、ララに背中を押されたシャリーが、ゆっくりと近づいてくる。
(……落ち着いて、シャリー。……まずは、ご挨拶よ。……優しく、淑やかに……。……『素敵な夜ですね』って……!)
シャリーは、シリウスの数歩手前で止まり、精一杯の「淑女の微笑み」を浮かべようとした。
しかし、露出度の高いドレスへの羞恥心と、王子の前にいる緊張が混ざり合い、彼女の表情は「……今夜が、貴様の命日だ」という残虐な宣告へと変換された。
「…………シリウス、さま。……ごきげん……よう……」
地鳴りのような、しかし甘く囁こうとした結果、不気味に歪んだ重低音が響く。
「ひいぃぃっ! 『ご臨終だ』って言った! 今、確実にそう言ったぞ!」
「……ち、ちがい……ます……。……パーティー、……たのしんで……いらっしゃい……ますか?」
(私は、あなたの笑顔が見られれば、それだけで幸せなのです!)
シャリーは、さらに一歩歩み寄った。
「くるな! ……楽しんでいるわけないだろう! 君が会場に入ってきた瞬間から、僕の生存本能が『逃げろ』と叫び続けているんだ!」
「…………そんな。……わたし、……ただ……」
シャリーの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
露出した白い肩が、悲しみで微かに震える。
その姿は、騎士たちの目には「……獲物を狩る直前の、武者震い」に見えた。
「王子! 今の震えを見ましたか!? あれは『好きすぎて、今すぐあなたを拐いたい』という乙女の衝動ですよ!」
ララが王子の背中をどつく。
「拐いたい!? ほら見ろ、やっぱり誘拐宣告じゃないか! メル男爵令嬢、君は僕の味方なのか、あっちの暗殺者の味方なのか、どっちなんだ!」
「私は、このもどかしいラブコメの終結を見届けたいだけの、一人のファンです!」
「意味がわからないよ!」
シャリーは、自分が近づけば近づくほどシリウスを追い詰めてしまうことに、深い絶望を感じていた。
(……ああ。……私はやっぱり、壁の花でいるべきだったのね。……こんなに綺麗なドレスを着せてもらっても、……私は……彼を笑顔にすることはできない……)
シャリーは、そっと視線を伏せ、シリウスから離れようと背を向けた。
その背中には、ララがこっそり貼り付けた「私と踊ってください(物理)」という魔法の付箋が貼られていたが、本人は全く気づいていなかった。
「……あっ、待て! フォンス令嬢!」
シリウスが思わず声をかけた。
背中を向けて立ち去ろうとする彼女の姿が、あまりにも……あまりにも「寂しげ」に見えたからだ。
「……な、……なんですか、……シリウス様」
シャリーが振り返る。
その目は、捨てられた子犬のような悲しみを湛えていたが、顔の造形が美しすぎて「……背中を見せたのは誘い。……追ってきたお前を、今ここで仕留める」という必殺の構えに見えた。
「……いや、……その……」
シリウスは、恐怖と、名前の付けられない奇妙な感情の間で揺れ動いた。
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