お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

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「……あ」


シリウスの視界が、眩いばかりのクリスタルの光に埋め尽くされた。


頭上から迫る数トンの鉄とガラスの塊。

死を覚悟したシリウスの脳裏を、走馬灯が駆け巡る。


(……さようなら、父上、母上。……不肖の息子は、今夜、シャンデリアの藻屑となります……)


だが、衝撃は来なかった。


「……ふんっ!!」


凄まじい風圧と共に、地響きのような音が鳴り響く。


シリウスが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


目の前で、巨大なシャンデリアが止まっている。

正確には、誰かの「片手」によって、空中で静止させられていた。


「……お、お怪我は……ありませんか?……シリウス、さま……」


シャンデリアの重厚な支柱を左手一本で支え、右手でシリウスを庇うように立つ影。

それは、淡いピンク色のドレスを纏ったシャリー・フォンスだった。


あまりの重量に、彼女のヒールは大理石の床に深く沈み込み、周囲にはクモの巣状の亀裂が走っている。


(……危なかったわ。……もう少しで、シリウス様がぺちゃんこになるところだった。……でも、……片手で支えるなんて、……淑女としてはいささか野蛮だったかしら?)


シャリーは、今さらながら羞恥心に襲われた。


しかし、彼女が「恥ずかしい」と感じて頬を染め、視線を鋭く逸らした結果、その姿は「……これくらいの重量、私の片腕一本で十分だ」という、圧倒的な覇者の風格を醸し出していた。


「……フォ、……フォンス令嬢……。君、……それを、……片手で……?」


シリウスは腰を抜かしたまま、震える声で尋ねた。


「……すこし、……重い……ですね。……でも、……大丈夫……ですわ……」


(本当は腕がプルプルしているのよ! でも、シリウス様の前で不格好な姿は見せられないもの!)


シャリーの筋肉は、恋の魔力によって限界を超えた出力を維持していた。

彼女の周囲には、気合(と魔力)が実体化したかのような「パチパチ」という静電気のような火花が飛び散っている。


「ぎゃあああああ! シャリー様、素敵です!!」


会場の隅から、ララが鼻血を拭いながら猛ダッシュで駆け寄ってきた。


「見てください、この上腕二頭筋の躍動! ドレスから覗く肩のラインが、力を入れることでさらに芸術的な曲線を描いています! これぞ『守護神令嬢』の真骨頂!」


「ラ、ララ……。……これ、……どうすればいいの。……ずっと持っているわけには……」


「そのままで! そのまま、王子に甘い言葉をかけるのです! 『あなたの安全は、この私が腕一本で保証しますわ』って!」


(……そんな、……傲慢なこと……言えないわ!)


シャリーは困惑し、なんとかシリウスに「可憐な言葉」を届けようとした。


「……シリウス、さま。……ご安心、ください。……あなたの……命は、……私が……にぎって……いますから……」


(「守っています」と言おうとしたが、緊張でまた不穏な表現になった!)


「ひっ……! ……握られてる……。……僕の命は、今、彼女の左手に握られているんだ……! ……もし彼女がその手を離せば、……僕は瞬時にスクラップだ!」


シリウスは、頭上の巨大な鈍器と、それを支える「婚約者(魔王)」を見上げ、絶望に身を震わせた。


「王子、何を怯えているんですか! 今の台詞、最高に独占欲に満ちた愛の囁きじゃないですか!」


ララが王子の背中をベシベシと叩く。


「愛なわけあるか! 脅迫だぞ、これ! 人質ならぬ『シャンデリア質』だぞ!」


「……シリウス、さま。……こわがらないで。……わたし、……あなたを……」


(愛している、と言いたい! 今こそ、この吊り橋効果の真っ最中に!)


シャリーは、自由な右手でシリウスの頬に触れようとした。


だが、全神経を左腕の支えに集中させていたため、右手の加減が全く効かなかった。


「……あっ」


彼女の指先が、シリウスの頬をかすめた。

それだけで、シリウスの首は「カクン」と大きく揺れ、凄まじい衝撃が脳を揺らした。


「……あ、……あが…………」


「ひいぃぃっ! 王子がデコピン一発で絶命しそうだ! シャリー様、出力! 出力をもっと絞って!」


「……ごめんなさい!……シリウス、さま!……大丈夫……ですか!?」


シャリーが慌てて身を乗り出すと、支えていたシャンデリアが「ギギッ……」と不穏な音を立てて傾いた。


「ぎゃああああああ! 死ぬ! やっぱり潰されるんだ!」


会場内は、逃げ惑う生徒たちと、絶叫する王子、そしてシャンデリアを抱え直す公爵令嬢によって、地獄絵図と化していた。


(……どうして。……どうして、いつも……こうなってしまうの……!)


シャリーの目から、今度こそ本物の涙が溢れ出した。


片手で数トンのシャンデリアを掲げ、足元の床を粉砕しながら、泣きじゃくる美女。


それは、どの恋愛小説にも、どの騎士物語にも類を見ない、あまりにも強すぎる乙女の姿であった。
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