お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

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シャンデリアを片手で掲げたまま、シャリー・フォンスは泣いていた。


その涙は、美しき公爵令嬢の悲哀などという生易しいものではない。


彼女の目から溢れるのは、もはや「激流」。

激しい感情に呼応した魔力が涙と共に放出され、床に落ちた雫が次々と小さな氷の塊へと変わっていく。


「……ひっ、……ひっ、……うわぁぁぁぁぁぁん!!」


シャリーの叫びが、ホールの壁を震わせた。


「……どうして! ……どうして、……こんなことに……なるのよぉぉ!!」


(私はただ、シリウス様に可愛いと思われたかっただけなのに! どうして私は今、数トンの鉄塊を片手で持ち上げて、床を粉砕しているの!?)


「ひいいいっ! 怒った! フォンス令嬢が、自分を止められなかった運命に絶望して、世界を滅ぼそうとしている!」


シリウスは、頭上のシャンデリアが揺れるたびに「ひぎゃっ」と短い悲鳴を上げ、亀のように丸まっていた。


「シャリー様! いいですよ、そのパッション! もっと吐き出してください! 溜め込んだ愛を、言葉という名の散弾銃に変えて放つのです!」


ララが、ひび割れた床の上で華麗にステップを踏みながら煽る。


「……うるさいわよ、ララ様!! ……あなたの作戦、……一回も、……まともに、……成功したことがないじゃない!!」


シャリーは、ついに唯一の協力者(?)であったララに逆ギレした。


その怒鳴り声は、大気を物理的に圧縮し、背後の窓ガラスに残っていた破片を全て粉々に吹き飛ばした。


「……シリウス様も、……シリウス様よ! ……私が、……これだけ、……一生懸命……アピールしているのに……。……どうして、……暗殺者だなんて、……思うのよぉ!」


「えっ、……ええっ!? だって、君、……いつも僕の喉元を狙うような目で見てくるじゃないか!」


シリウスが、震えながらも反論した。


「……それは、……あなたが……あまりにも、……美男子だから、……瞬きするのも……もったいなくて、……凝視していただけよ!」


「凝視!? あれ、ガン飛ばしてたんじゃないのかい!?」


「……ちがうわよ! ……顔が……引き攣るのは、……緊張で、……顔面の筋肉が……制御不能に……なるからよ! ……好きすぎて、……どうしていいか、……わからないのよ!!」


シャリーは、叫ぶと同時に、左手に持っていたシャンデリアを「ええい、邪魔よ!」とばかりに、誰もいない壁際へと投げ飛ばした。


「……ドゴォォォォン!!」


数トンの塊が、壁を突き破って中庭へと消えていく。

凄まじい轟音と土煙。


会場にいた全員が、その圧倒的な破壊力を前にして、魂を吸い取られたように静まり返った。


「……ぜぇ、……ぜぇ……。……もう、……いいわ。……隠さないわ」


シャリーは、肩で息をしながら、シリウスの胸ぐらを(優しくしたつもりで、実際には服を引き裂かんばかりの勢いで)掴み上げた。


「……シリウス様。……よく、聞きなさい。……私は、……あなたのことが、……狂おしいほど、……だいっっっっすきなのよ!!」


「……だい……すき……?」


「……そうよ! ……お菓子が、……黒焦げなのは、……愛が……重すぎて、……火加減を……間違えたから! ……『命を狙っている』なんて……嘘をついたのは、……怖がらせたくなかったからよ! ……なのに、……結局、……こうして、……物理的に、……怖がらせて……」


シャリーは、再び大粒の涙を流した。


「……もう、……嫌。……こんなの、……悪役令嬢……ですら、……ないわ。……ただの、……怪力の……ストーカー……じゃない……」


シャリーの体が、ガクガクと震え出す。


彼女の体内に溜まった「愛の魔力」が、ついにキャパシティを超えた。


「……シャリー様! きますよ! 愛のビッグバンが!!」


ララが、自分だけ素早く頑丈な柱の影に隠れた。


「……な、……なにが、……くるんだ……!?」


シリウスが尋ねる間もなかった。


「……愛して……いるのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


シャリーの叫びと共に、彼女を中心として、まばゆいばかりの純白の光が爆発した。


それは、破壊の光ではない。

彼女の純粋すぎる恋心が、光となって溢れ出したのだ。


会場全体が白い光に包まれ、その衝撃波で、シリウスの「恐怖心」という名の心の壁が、物理的に粉砕されていく。


「………………っ!」


光の中で、シリウスは見た。


涙に濡れ、顔をくしゃくしゃにして、必死に自分の想いを叫んでいる……ただの一人の、不器用な少女の姿を。


そこには「氷の令嬢」も「暗殺者」もいなかった。


ただ、自分を好きすぎて、その熱量を制御できずに自爆し続けている、愛おしい婚約者の姿があった。


やがて光が収まると。


ダンスホールの中央には、髪がボサボサになり、ドレスもボロボロになったシャリーが、その場に力なく座り込んでいた。


「………………あーあ。……やっちゃった」


シャリーは、呆然と呟いた。


周囲を見渡せば、割れたガラス、崩れた壁、沈んだ床。


「……私、……今度こそ、……処刑……されるわね……」


彼女が自嘲気味に笑った、その時。


「…………あ。……あは……。……はははは!」


シリウスが、お腹を抱えて笑い出した。


「……シリウス、さま?」


「……なんだい、それは! ……あんなに、……あんなにかっこよく、……シャンデリアを投げる、……乙女がいるもんか!」


シリウスは、涙を流しながら笑い続け、シャリーの方へと歩み寄った。


「……王子? ……逃げないの、ですか?」


「……逃げるもんか。……こんなに、……面白くて、……重くて、……眩しい愛……。……一生かかっても、……逃げ切れるわけが……ないじゃないか」


シリウスは、泥にまみれたシャリーの前に跪き、その手をそっと取った。


「……シャリー。……怖かったよ。……死ぬほど、怖かった。……でも……」


シリウスは、シャリーの目を見つめて、最高の笑顔を浮かべた。


「……今の君は、……今までで一番、……可愛いよ」


「………………ッ!!」


シャリーの顔面が、今度こそ、幸せによる本当のオーバーヒートを起こした。
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