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ラングドシャ公爵邸の正面玄関は、まるでお祭り騒ぎのような熱気に包まれていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様! そしておめでとうございます、婚約破棄!」
並んだ使用人たちが一斉にクラッカーを鳴らし(どこで用意したのかしら)、色とりどりの紙吹雪が私の頭上に降り注ぐ。
「……エクレア。我が家の教育方針、どこかで間違えたかしら? 主人が婚約破棄されて帰ってきたのに、この歓迎ぶりは何?」
「いいえ、お嬢様。皆様、あのカボチャ……失礼、レオン殿下の傲慢さに耐えかねていたお嬢様を不憫に思っていたのです。これは純粋な祝杯でございます」
エクレアが淡々と紙吹雪を払い落とす中、奥から一人の恰幅の良い男性が駆け寄ってきた。
私の父、ラングドシャ公爵である。
「おお、ミルフィー! よくやった! よくぞあのナルシストの鼻柱をへし折ってくれた! 今夜は秘蔵のワインを開けるぞ。さあ、宴の準備だ!」
「お父様まで……。まあ、喜んでいただけるなら何よりですわ」
私が苦笑いしながら邸内へ足を踏み入れようとした、その時。
「待ってくださいぃぃ! お姉様、置いていかないでくださいぃぃ!」
遠くから、夜の静寂を切り裂くような絶叫が聞こえてきた。
振り返れば、馬車も使わず、ドレスの裾をボロボロにして走ってくる影が一つ。
「……クララ? 貴女、王宮に残ったはずじゃなくて?」
「残るわけないじゃないですか! お姉様のいない王宮なんて、具の入っていないおにぎりと同じです! 一生、お姉様の隣でお米の粒として生きていくって決めたんです!」
クララは私の足元にスライディングするようにして跪き、ドレスの裾をぎゅっと掴んだ。
「お米の粒って例えはどうかと思うけれど……貴女、一応は次の王妃候補として指名されたのよ? 男爵家にとっても、これ以上の名誉はないはずでしょう」
「あんなカボチャの隣でカカシになるなんて、名誉じゃなくて拷問です! 私、お姉様に一生ついていくって言ったじゃないですか!」
クララの瞳には、並々ならぬ執念が宿っている。
公爵である父は、その様子を見て目を丸くした。
「おや、ミルフィー。この可憐な少女は? もしかして、新しい侍女か?」
「いいえ、お父様。例の『ヒロイン』……クララ・シュークリーム様ですわ」
「ええっ!? あの殿下が執着していたという? ……ほう、なるほど。殿下よりも娘を選ぶとは、なかなかに骨のある娘じゃないか。気に入った!」
「お父様まで味方しないでくださいませ。……いい、クララ。貴女は男爵令嬢なのよ。勝手に公爵邸に居座るなんて、世間体が……」
その時、邸の門の外に数騎の馬が駆け込んできた。
松明を掲げた王宮の近衛騎士団だ。
「ラングドシャ公爵! そこにクララ・シュークリーム嬢がいることは分かっている! 殿下からの命令だ、直ちに彼女をこちらへ引き渡せ!」
騎士の鋭い声に、クララがビクッと肩を震わせ、私の背中に隠れた。
「……エクレア、耳栓を貸して。あのおバカな騎士たちの声を聴くと頭が痛くなるわ」
「お嬢様、残念ながら予備はございません。代わりに、こちらの鉄扇をお使いください」
私はエクレアから受け取った扇をバサリと開き、門の方へと向き直った。
「お黙りなさい! 夜中に公爵邸の前で騒ぐとは、近衛騎士団の品位を疑いますわよ!」
「ミルフィー様! 殿下は大変お怒りだ! クララ嬢は次期王妃となるべきお方。それを連れ去るとは、国家反逆罪にも相当するぞ!」
「連れ去った? 心外ね。彼女が勝手に走ってついてきただけですわ。……クララ、貴女からも言ってあげなさいな」
私は背後のクララを前へと押し出した。
クララは震えながらも、騎士たちに向かって叫んだ。
「帰りません! 私はレオン様より、ミルフィーお姉様の方が百倍……いえ、一億倍好きなんです! 殿下には、『鏡とお友達になって一生自分を愛でていればいい』とお伝えください!」
騎士たちが絶句する。
一億倍という具体的な(?)数値と、直球すぎる罵倒に言葉を失ったようだ。
「……聞いたかしら? これが本人の意思ですわ。それでも連れて帰りたいと言うのなら、ラングドシャ公爵家の全軍をもって、貴方たちの相手をして差し上げてもよろしいのよ?」
私の後ろで、父がニヤリと笑いながら剣の柄に手をかけた。
公爵家の私兵たちは、王家にも劣らぬ精鋭揃いだ。
「……くっ、覚えておれ! このことは直ちに殿下へ報告する!」
騎士たちは捨て台詞を残し、逃げるように去っていった。
「……ふぅ。全く、騒々しいわね」
私がため息をつくと、クララがパアァと表情を輝かせ、再び私の腕に抱きついてきた。
「お姉様! 守ってくださってありがとうございます! 私、感動しました! 一生、お姉様の靴磨きとして生きていきます!」
「靴は侍女が磨くからいいわよ。……仕方ないわね、エクレア。クララのために客室を一つ用意しなさい。……それから、お父様」
「なんだ、ミルフィー」
「お赤飯、三人分用意してくださる?」
「ははは! もちろんだ!」
こうして、婚約破棄された夜だというのに、公爵邸では賑やかな「お祝い」が始まった。
自由を手に入れた私と、自由(とお姉様)を求めて乱入してきたヒロイン。
私たちの明日は、王子の想像も及ばないほどハチャメチャな方向へと動き出していた。
「お帰りなさいませ、お嬢様! そしておめでとうございます、婚約破棄!」
並んだ使用人たちが一斉にクラッカーを鳴らし(どこで用意したのかしら)、色とりどりの紙吹雪が私の頭上に降り注ぐ。
「……エクレア。我が家の教育方針、どこかで間違えたかしら? 主人が婚約破棄されて帰ってきたのに、この歓迎ぶりは何?」
「いいえ、お嬢様。皆様、あのカボチャ……失礼、レオン殿下の傲慢さに耐えかねていたお嬢様を不憫に思っていたのです。これは純粋な祝杯でございます」
エクレアが淡々と紙吹雪を払い落とす中、奥から一人の恰幅の良い男性が駆け寄ってきた。
私の父、ラングドシャ公爵である。
「おお、ミルフィー! よくやった! よくぞあのナルシストの鼻柱をへし折ってくれた! 今夜は秘蔵のワインを開けるぞ。さあ、宴の準備だ!」
「お父様まで……。まあ、喜んでいただけるなら何よりですわ」
私が苦笑いしながら邸内へ足を踏み入れようとした、その時。
「待ってくださいぃぃ! お姉様、置いていかないでくださいぃぃ!」
遠くから、夜の静寂を切り裂くような絶叫が聞こえてきた。
振り返れば、馬車も使わず、ドレスの裾をボロボロにして走ってくる影が一つ。
「……クララ? 貴女、王宮に残ったはずじゃなくて?」
「残るわけないじゃないですか! お姉様のいない王宮なんて、具の入っていないおにぎりと同じです! 一生、お姉様の隣でお米の粒として生きていくって決めたんです!」
クララは私の足元にスライディングするようにして跪き、ドレスの裾をぎゅっと掴んだ。
「お米の粒って例えはどうかと思うけれど……貴女、一応は次の王妃候補として指名されたのよ? 男爵家にとっても、これ以上の名誉はないはずでしょう」
「あんなカボチャの隣でカカシになるなんて、名誉じゃなくて拷問です! 私、お姉様に一生ついていくって言ったじゃないですか!」
クララの瞳には、並々ならぬ執念が宿っている。
公爵である父は、その様子を見て目を丸くした。
「おや、ミルフィー。この可憐な少女は? もしかして、新しい侍女か?」
「いいえ、お父様。例の『ヒロイン』……クララ・シュークリーム様ですわ」
「ええっ!? あの殿下が執着していたという? ……ほう、なるほど。殿下よりも娘を選ぶとは、なかなかに骨のある娘じゃないか。気に入った!」
「お父様まで味方しないでくださいませ。……いい、クララ。貴女は男爵令嬢なのよ。勝手に公爵邸に居座るなんて、世間体が……」
その時、邸の門の外に数騎の馬が駆け込んできた。
松明を掲げた王宮の近衛騎士団だ。
「ラングドシャ公爵! そこにクララ・シュークリーム嬢がいることは分かっている! 殿下からの命令だ、直ちに彼女をこちらへ引き渡せ!」
騎士の鋭い声に、クララがビクッと肩を震わせ、私の背中に隠れた。
「……エクレア、耳栓を貸して。あのおバカな騎士たちの声を聴くと頭が痛くなるわ」
「お嬢様、残念ながら予備はございません。代わりに、こちらの鉄扇をお使いください」
私はエクレアから受け取った扇をバサリと開き、門の方へと向き直った。
「お黙りなさい! 夜中に公爵邸の前で騒ぐとは、近衛騎士団の品位を疑いますわよ!」
「ミルフィー様! 殿下は大変お怒りだ! クララ嬢は次期王妃となるべきお方。それを連れ去るとは、国家反逆罪にも相当するぞ!」
「連れ去った? 心外ね。彼女が勝手に走ってついてきただけですわ。……クララ、貴女からも言ってあげなさいな」
私は背後のクララを前へと押し出した。
クララは震えながらも、騎士たちに向かって叫んだ。
「帰りません! 私はレオン様より、ミルフィーお姉様の方が百倍……いえ、一億倍好きなんです! 殿下には、『鏡とお友達になって一生自分を愛でていればいい』とお伝えください!」
騎士たちが絶句する。
一億倍という具体的な(?)数値と、直球すぎる罵倒に言葉を失ったようだ。
「……聞いたかしら? これが本人の意思ですわ。それでも連れて帰りたいと言うのなら、ラングドシャ公爵家の全軍をもって、貴方たちの相手をして差し上げてもよろしいのよ?」
私の後ろで、父がニヤリと笑いながら剣の柄に手をかけた。
公爵家の私兵たちは、王家にも劣らぬ精鋭揃いだ。
「……くっ、覚えておれ! このことは直ちに殿下へ報告する!」
騎士たちは捨て台詞を残し、逃げるように去っていった。
「……ふぅ。全く、騒々しいわね」
私がため息をつくと、クララがパアァと表情を輝かせ、再び私の腕に抱きついてきた。
「お姉様! 守ってくださってありがとうございます! 私、感動しました! 一生、お姉様の靴磨きとして生きていきます!」
「靴は侍女が磨くからいいわよ。……仕方ないわね、エクレア。クララのために客室を一つ用意しなさい。……それから、お父様」
「なんだ、ミルフィー」
「お赤飯、三人分用意してくださる?」
「ははは! もちろんだ!」
こうして、婚約破棄された夜だというのに、公爵邸では賑やかな「お祝い」が始まった。
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