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婚約破棄から数日。
ラングドシャ公爵邸の優雅なサロンには、非常に重苦しい……もとい、非常にシュールな空気が漂っていた。
私の目の前には、王立学園の風紀委員長と、数人の新聞記者が並んでいる。
彼らは「悪役令嬢ミルフィーによる、可哀想な男爵令嬢への虐待」の動かぬ証拠を掴もうと、目を血走らせていた。
「ミルフィー・ラングドシャ様。巷では、貴女がクララ嬢に対して行った数々の『いじめ』が取り沙汰されています。本日、我々は彼女の証言を得るために参りました」
風紀委員長が、正義感に燃えた瞳で私を射抜く。
「あら、わざわざご苦労なことですわ。……エクレア、あちらの『被害者』をお呼びして」
私が扇で合図をすると、エクレアが別室の扉を静かに開けた。
「被害者の方、入場されます」
そこから現れたのは、高級なシルクの部屋着に身を包み、口の周りにチョコレートをいっぱいつけたクララだった。
「あ、お姉様! この新作のトリュフ、ほっぺたが落ちて行方不明になっちゃいそうですぅ!」
「……貴女ね。お客様の前よ、口を拭きなさい。……ほら、拭いてあげるからじっとしていなさいな」
私はため息をつき、いつものようにハンカチで彼女の口元をゴシゴシと拭いた。
その様子を見た記者たちが、一斉にペンを走らせる。
「見ろ! 今、無理やり口を拭ったぞ! これは肉体的苦痛の強要だ!」
「あんなに強くこするなんて……なんて残忍な!」
「……は?」
私は思わず、手に持っていたハンカチを落としそうになった。
これが残忍? ただの衛生管理でしょうに。
「待ってください、皆様! 誤解です!」
クララが椅子から立ち上がり、記者たちに向かって両手を広げた。
「お姉様のいじめは、そんな生易しいものじゃありません! もっと、もっと奥が深くて情熱的なんです!」
(……クララ。頼むから、火に油を注ぐような言い方をやめてちょうだい)
風紀委員長が身を乗り出す。
「クララ嬢、恐れなくていい。貴女が受けた『いじめ』の具体的な内容を教えてください。例えば……彼女に水をかけられたことは?」
「あります! あれは忘れもしない、学園の噴水の前でした!」
記者たちのペンが激しく動く。
「お姉様は、『貴女、野良犬のような匂いがするわ。これで清めなさい!』って仰って、私に瓶の中身をドバドバとかけたんです!」
「おお……なんと非道な……!」
「でも! その中身、実は一瓶で平民の年収が吹っ飛ぶような、最高級のバラの香水だったんです! おかげで私、その日一日中、歩くバラ園になっちゃいました!」
記者たちの手が止まった。
「……は? 香水?」
「はい! 私が実家の手伝いで焚き火の匂いをプンプンさせていたから、お姉様が気遣って……いえ、いじめてくださったんです!」
沈黙が流れる。
私は扇で顔を半分隠し、冷ややかに付け加えた。
「……当然でしょう。私の隣を歩く者が、煙臭いなんて耐えられませんもの」
「つ、次だ! 彼女に暗い部屋へ閉じ込められたという噂は!?」
風紀委員長が食い下がる。
「あります! お姉様の私邸にある、鍵のかかったお部屋です!」
「ついに監禁の証拠が……!」
「そこには、ふかふかのソファと、読み切れないほどの参考書と、温かいココア、それに専属の家庭教師が完備されていました! 『この問題を解くまで一歩も出さないわよ!』って、朝から晩まで監禁(お勉強)されたんです!」
「……それは、ただの特別集中講義では?」
記者が一人、困惑したように呟いた。
「いいえ、いじめです! だって、お姉様ったら、私が一問解くたびに『よくできたわね』って頭を撫でてくれるんですよ!? これ、心臓がバクバクして倒れそうになる、立派な精神攻撃です!」
クララが頬を赤らめて悶える。
もはや、どちらが攻撃されているのか分からなくなってきた。
「さ、最後に……! 君が一番大切にしていたドレスを、彼女が引き裂いたというのは本当か!」
「本当です! あの時、お姉様は私の肩を掴んで……『こんな安物の布切れ、見るだけで吐き気がするわ!』って、ビリビリに!」
「……おお……(ようやくまともないじめだ)」
会場に安堵の空気が流れた。
しかし、クララはさらに声を張り上げた。
「その直後、お姉様が呼んでいた仕立屋さんが十人も現れて、私の寸法を測り始めたんです! そして翌日には、これと同じ最高級シルクのドレスが二十着も届きました! ……もう、クローゼットがパンパンで、私の寝るスペースがなくなるっていう、地獄の嫌がらせです!」
記者たちは、静かにペンを置いた。
風紀委員長は、遠くを見つめるような目で天を仰いだ。
「……ミルフィー様。一つ伺いたいのですが」
「何かしら?」
「貴女にとって、『いじめ』とは一体何なのですか?」
私は立ち上がり、窓の外の美しい庭園を眺めながら、傲慢に言い放った。
「……ふん。決まっているでしょう。私の支配下にある者が、私にふさわしくない姿でいること。それを力ずくで矯正することよ。……それが世間で『教育』と呼ばれようが『慈善活動』と呼ばれようが、私が『いじめ』だと言えば、それは『いじめ』なのですわ」
「……お嬢様。今のセリフ、めちゃくちゃ格好いい風ですが、内容が完全にただの『お節介な保護者』です」
エクレアのツッコミが、静かなサロンに虚しく響いた。
翌日の新聞には、こう書かれた。
『悪役令嬢ミルフィー、その真の姿は――重度の教育ママ系ツンデレであった』。
私の悪役としての名声は、別の意味で取り返しのつかないところまで堕ちてしまったようだった。
ラングドシャ公爵邸の優雅なサロンには、非常に重苦しい……もとい、非常にシュールな空気が漂っていた。
私の目の前には、王立学園の風紀委員長と、数人の新聞記者が並んでいる。
彼らは「悪役令嬢ミルフィーによる、可哀想な男爵令嬢への虐待」の動かぬ証拠を掴もうと、目を血走らせていた。
「ミルフィー・ラングドシャ様。巷では、貴女がクララ嬢に対して行った数々の『いじめ』が取り沙汰されています。本日、我々は彼女の証言を得るために参りました」
風紀委員長が、正義感に燃えた瞳で私を射抜く。
「あら、わざわざご苦労なことですわ。……エクレア、あちらの『被害者』をお呼びして」
私が扇で合図をすると、エクレアが別室の扉を静かに開けた。
「被害者の方、入場されます」
そこから現れたのは、高級なシルクの部屋着に身を包み、口の周りにチョコレートをいっぱいつけたクララだった。
「あ、お姉様! この新作のトリュフ、ほっぺたが落ちて行方不明になっちゃいそうですぅ!」
「……貴女ね。お客様の前よ、口を拭きなさい。……ほら、拭いてあげるからじっとしていなさいな」
私はため息をつき、いつものようにハンカチで彼女の口元をゴシゴシと拭いた。
その様子を見た記者たちが、一斉にペンを走らせる。
「見ろ! 今、無理やり口を拭ったぞ! これは肉体的苦痛の強要だ!」
「あんなに強くこするなんて……なんて残忍な!」
「……は?」
私は思わず、手に持っていたハンカチを落としそうになった。
これが残忍? ただの衛生管理でしょうに。
「待ってください、皆様! 誤解です!」
クララが椅子から立ち上がり、記者たちに向かって両手を広げた。
「お姉様のいじめは、そんな生易しいものじゃありません! もっと、もっと奥が深くて情熱的なんです!」
(……クララ。頼むから、火に油を注ぐような言い方をやめてちょうだい)
風紀委員長が身を乗り出す。
「クララ嬢、恐れなくていい。貴女が受けた『いじめ』の具体的な内容を教えてください。例えば……彼女に水をかけられたことは?」
「あります! あれは忘れもしない、学園の噴水の前でした!」
記者たちのペンが激しく動く。
「お姉様は、『貴女、野良犬のような匂いがするわ。これで清めなさい!』って仰って、私に瓶の中身をドバドバとかけたんです!」
「おお……なんと非道な……!」
「でも! その中身、実は一瓶で平民の年収が吹っ飛ぶような、最高級のバラの香水だったんです! おかげで私、その日一日中、歩くバラ園になっちゃいました!」
記者たちの手が止まった。
「……は? 香水?」
「はい! 私が実家の手伝いで焚き火の匂いをプンプンさせていたから、お姉様が気遣って……いえ、いじめてくださったんです!」
沈黙が流れる。
私は扇で顔を半分隠し、冷ややかに付け加えた。
「……当然でしょう。私の隣を歩く者が、煙臭いなんて耐えられませんもの」
「つ、次だ! 彼女に暗い部屋へ閉じ込められたという噂は!?」
風紀委員長が食い下がる。
「あります! お姉様の私邸にある、鍵のかかったお部屋です!」
「ついに監禁の証拠が……!」
「そこには、ふかふかのソファと、読み切れないほどの参考書と、温かいココア、それに専属の家庭教師が完備されていました! 『この問題を解くまで一歩も出さないわよ!』って、朝から晩まで監禁(お勉強)されたんです!」
「……それは、ただの特別集中講義では?」
記者が一人、困惑したように呟いた。
「いいえ、いじめです! だって、お姉様ったら、私が一問解くたびに『よくできたわね』って頭を撫でてくれるんですよ!? これ、心臓がバクバクして倒れそうになる、立派な精神攻撃です!」
クララが頬を赤らめて悶える。
もはや、どちらが攻撃されているのか分からなくなってきた。
「さ、最後に……! 君が一番大切にしていたドレスを、彼女が引き裂いたというのは本当か!」
「本当です! あの時、お姉様は私の肩を掴んで……『こんな安物の布切れ、見るだけで吐き気がするわ!』って、ビリビリに!」
「……おお……(ようやくまともないじめだ)」
会場に安堵の空気が流れた。
しかし、クララはさらに声を張り上げた。
「その直後、お姉様が呼んでいた仕立屋さんが十人も現れて、私の寸法を測り始めたんです! そして翌日には、これと同じ最高級シルクのドレスが二十着も届きました! ……もう、クローゼットがパンパンで、私の寝るスペースがなくなるっていう、地獄の嫌がらせです!」
記者たちは、静かにペンを置いた。
風紀委員長は、遠くを見つめるような目で天を仰いだ。
「……ミルフィー様。一つ伺いたいのですが」
「何かしら?」
「貴女にとって、『いじめ』とは一体何なのですか?」
私は立ち上がり、窓の外の美しい庭園を眺めながら、傲慢に言い放った。
「……ふん。決まっているでしょう。私の支配下にある者が、私にふさわしくない姿でいること。それを力ずくで矯正することよ。……それが世間で『教育』と呼ばれようが『慈善活動』と呼ばれようが、私が『いじめ』だと言えば、それは『いじめ』なのですわ」
「……お嬢様。今のセリフ、めちゃくちゃ格好いい風ですが、内容が完全にただの『お節介な保護者』です」
エクレアのツッコミが、静かなサロンに虚しく響いた。
翌日の新聞には、こう書かれた。
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