悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

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「自由よ! ついに、完全なる自由を手に入れたわ!」


公爵邸の自室で、私はベッドの上に慰謝料の目録を広げ、声を上げた。


目の前には、並の男爵家が一生かかっても稼げないような額の数字が躍っている。
これがあれば、国中の最高級スイーツを買い占めることだって可能だ。


「お嬢様、はしたないですよ。喜びのあまりベッドの上で飛び跳ねる公爵令嬢など、歴史書にも載っておりません」


エクレアが冷めた目で私を見ながら、手際よく着替えの準備を進めている。


「いいじゃない、今日くらい。私はあのカボチャ王子から解放されたのよ? これからは誰に気兼ねすることなく、好きなものを食べ、好きな場所へ行けるわ!」


「……お姉様! 大変です! 事件ですぅ!」


扉を派手に蹴破って(……この邸の扉、修理代がかさみそうだわ)、クララが飛び込んできた。


「何事よ、クララ。また自分の足に躓いて、床に穴でも開けたの?」


「違います! 街で一番人気のカフェに、期間限定の『悪魔のトリプルベリーパフェ』が登場したらしいんです! でも、行列がすごくて……!」


クララは絶望したような顔で、チラシを握りしめている。


「……なんですって? 悪魔の、トリプルベリー?」


私は鏡の前に座り直し、エクレアに鋭い視線を送った。


「エクレア。今すぐ外出の準備を。……ターゲットは、その悪魔のパフェよ」


「承知いたしました。……行列に関しては、公爵家の権力で道を開けさせますか?」


「馬鹿なこと言わないで。そんなことをしたら私の評判がさらに悪くなるでしょう。……普通に並ぶわよ。ただし、並んでいる間の時間は、クララの『歩き方と姿勢』の抜き打ちテストに充てるわ」


「ええっ!? パフェを食べに行くのに、テストですかぁ!?」


「当たり前でしょう。自由には責任が伴うのよ。さあ、行くわよ!」


私たちは馬車に乗り込み、活気あふれる王都の繁華街へと繰り出した。


街の人々は、公爵家の紋章が入った馬車から私が降りてくると、一瞬だけ怯えたような顔をした。
「あ、悪役令嬢だ……」「婚約破棄されたばかりなのに、あんなに堂々と……」という囁きが聞こえる。


(……ふん。勝手に言わせておけばいいわ)


私は背筋を伸ばし、隣でキョロキョロしているクララの脇腹を小突いた。


「ほら、クララ。視線が高いわよ。顎を引きなさい。……今の貴女は、私の『マブダチ』なの。恥ずかしい姿を見せたら、パフェの上のイチゴを全部私が没収するわよ」


「ひぃっ! そ、それは困ります! こうですか、お姉様!」


クララは必死に姿勢を正し、モデルのような(……少しぎこちないけれど)歩き方で並び始めた。


一時間後。
私たちはようやく、カフェの特等席に座ることができた。


目の前には、これでもかとベリーが盛られた、高さ三十センチはあろうかという巨大なパフェが鎮座している。


「……お、お姉様……。これ、本当に食べていいんですか?」


「毒見は必要ないわ。私も自分の分を注文したから。……さあ、自由の味を噛み締めなさい」


私は優雅にスプーンを取り、一口運んだ。
酸味と甘みの完璧な調和。
口の中でとろけるクリームの背徳感。


「……おいしい。おいしいわ、クララ」


「はい! 最高です! レオン様と一緒に食べる、味のしない高級フルコースの万倍おいしいです!」


「……貴女ね、比べる対象が低すぎるわよ。でも、そうね……。あんな男に縛られていた時間が、本当に無駄だったと痛感するわ」


私は窓の外、遠くに見える王宮を眺めた。
あそこには今頃、一人で鏡を見つめている寂しい王子がいるはずだ。
けれど、私の隣には、口の周りをクリームだらけにして笑っている、最高に騒がしいマブダチがいる。


「お姉様、あの……。私、考えていたんですけど」


クララが、スプーンを止めて私を真っ直ぐに見た。


「……何かしら?」


「お姉様の自由、私にも少しだけ分けてくれませんか? 私、お姉様と一緒に、もっとたくさんの人を笑顔にしたいんです。このパフェみたいに!」


「……笑顔に? 私が? 『悪役令嬢』と呼ばれているのを知っていて言っているの?」


「はい! だって、お姉様が私を『いじめて』くれたおかげで、私はこんなに幸せになれたんですもの。世界一厳しい、世界一優しいお姉様の『いじめ』を、もっと広めるべきです!」


(……この子の言語感覚は相変わらずだけど、言いたいことは分かったわ)


「……分かったわよ。まずは、このパフェを食べ切ること。それが『自由』への第一歩よ。残したら、明日の特訓は二倍よ!」


「はい! 完食します!」


私たちは笑い合いながら、甘いパフェを口に運んだ。
これからの人生、どんな困難が待ち受けているかは分からない。
けれど、この最強のマブダチと一緒なら、どんな悪役でも幸せになれる気がした。


「……お嬢様。パフェのカロリーを消費するために、帰りは歩きで決定いたしました」


「……エクレア。貴女、たまには空気を読みなさいよ」


私の自由な一日は、心地よい疲れと、たっぷりの糖分と共に過ぎていった。
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