悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

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「……いらっしゃいませ。死ぬほど苦いお茶と、地獄のように辛いタルトはいかがですか?」


『サロン・ド・ミルフィーユ』の入り口で、クララがかつてないほどのドスの利いた声で接客をしていた。


その視線の先にいるのは、今日も涼しげな顔で現れた隣国の公使、フィナンシェ伯爵である。


「ふふ、お招きありがとうございます、クララ嬢。死後の世界を体験できるメニューがあるとは、この店のサービス精神には恐れ入る」


フィナンシェは動じることなく、優雅に帽子をエクレアに預けた。


「……お嬢様。入り口でクララ様が、外交問題に発展しかねないレベルの『嫌がらせメニュー』を提示しておりますが、よろしいのですか?」


二階のテラス席で状況を眺めていた私に、エクレアが小声で問いかける。


「……いいわよ。あの子に少しは毒気があった方が、変な虫がつかなくて済むわ。……とはいえ、伯爵を本当に毒殺されたら困るけれど」


私はため息をつき、一階へ降りていった。


「伯爵、お早いお着きですわね。……クララ、お客様に失礼でしょう。さっさと奥へ下がって、マドレーヌの耳掃除でもしてなさい」


「お姉様! ダメです! この男は危険です! さっきからお姉様のいる二階を、鷹が獲物を狙うような目でじろじろ見ていたんですよ!」


「それは、美しいオーナーへの当然の敬意ですよ。……ところでミルフィー様、今日のドレスも素敵だ。その落ち着いた紫色は、貴女の理知的な美しさを引き立てている」


フィナンシェが私の手を取ろうとする。その瞬間、シュバッ!と音を立てて、クララが二人の間に割って入った。


「触っちゃダメです! お姉様の手は、私の頭を撫でるためと、美味しいケーキを作るためにだけあるんです! 不純な外交官の指先で汚されてたまるもんですか!」


「……おや。私へのガードが、昨日よりさらに固くなっているようだね」


「当たり前です! 私、昨夜一睡もせずに考えたんです! お姉様を守るための『鉄壁の防衛布陣』を!」


クララは胸を張り、スッと指を鳴らした。


すると、キッチンの奥から屈強な……いえ、厳選された「目つきの悪い」ウェイターたちが現れ、フィナンシェのテーブルを囲むように配置についた。


「……何かしら、この威圧的な接客は」


「名付けて『お姉様に近づく男は全員骨折させるフォーメーション』です! この人たちの前で変な動きをしたら、即座に私が麺棒を持って駆けつけます!」


「……クララ。貴女、いつの間にうちの従業員を私兵化したのよ」


私は頭を抱えた。エクレアを見れば、彼女は「教育の成果ですね」と誇らしげに頷いている。……違う、そうじゃない。


「ふふ、面白い趣向だ。……では、私はこの包囲網の中で、貴女に求愛をすればいいのかな? スリルがあって、より情熱的になれそうだ」


フィナンシェは余裕の笑みを崩さず、椅子に深く腰掛けた。


「求愛!? 今、はっきり言いましたね、この狼男! お姉様、聞こえましたか!? こいつ、ビジネスじゃなくて、お姉様をアールグレイの海に沈める気満々ですよ!」


「だから、沈めないって言ってるでしょう。……伯爵、私の妹分が失礼をいたしました。……クララ、貴女はもういいから、お客様に普通のお茶を出しなさい」


「嫌です! 私がお茶を淹れます! 伯爵には、特製の『嫉妬のスパイス(わさび)』入り紅茶を……!」


「出しなさいと言っているのよ、クララ」


私が少しトーンを落として命じると、クララは「うぅ……」と小さく唸って、泣きそうな顔で厨房へ消えていった。


「……申し訳ありません、伯爵。あの子、私を独占したい欲求が少しばかり強すぎて」


「いいえ、愛されている証拠だ。……そして、私もそれほどまでに貴女に執着してみたいものだ。ミルフィー様、貴女の周囲にあるこの賑やかな壁を、一つずつ壊していくのが楽しみで仕方ない」


フィナンシェの瞳が、獲物を定めた捕食者のように妖しく光った。


(……全く。カボチャの次は狼だなんて、私の自由な人生はどうなっているのかしら)


厨房からは、ガシャーン!と何かが割れる音と共に「お姉様は私のものですぅー!」というクララの絶叫が聞こえてきた。


私の店は今日も、甘い香りと、激しい嫉妬と、怪しい恋の予感で満ち溢れていた。
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