悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
「……はぁ。もう、一歩も動きたくないわ」


私は公爵邸の自室に帰り着くなり、豪華な天蓋付きのベッドに倒れ込んだ。


足のむくみも限界、神経の昂りも限界。
何より、あの「銀色の狼」ことフィナンシェ伯爵の、甘い毒を含んだような視線を浴び続けた脳が悲鳴を上げている。


「お嬢様、お疲れ様でございました。本日もまた、王都の砂糖消費量の半分を売り上げ、一人の外交官の心をかき乱すという大仕事、見事でございました」


エクレアが、無表情のまま私の靴を脱がせ、冷えたタオルを用意してくれる。


「茶化さないで、エクレア。……あの子は? まだお店の片付けをしているの?」


「いいえ。クララ様なら、お嬢様の『充電』に備えて、すでに戦闘態勢を整えております」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアが景気よく跳ね上がった。


「お姉様ー! 枕と、勇気と、大量の深夜の背徳おやつを持って参りましたぁ!」


大きなクッションを両脇に抱え、パジャマ姿のクララが突進してきた。


「……貴女、なぜ私の部屋に当たり前のように泊まる準備をしているのよ。自分の客室があるでしょうに」


「何をおっしゃるんですか! 今日は記念すべき『第一回・カボチャと狼を忘れて未来を語るマブダチお泊まり会』ですよ!」


クララは私のベッドにダイブし、ふかふかの羽毛を撒き散らした。


「……お嬢様。彼女を追い出す労力と、このまま女子会を強行される労力を天秤にかけましたところ、後者の方が精神衛生上よろしいかと思われます。私も既に、特製ココアの準備を終えております」


「エクレアまで……。分かったわよ。今夜は無礼講よ。……ただし、クララ。私のシルクのシーツにヨダレを垂らしたら、明日は一日中、塩むすびの刑よ」


「はい! 気をつけます! ……むぐむぐ。お姉様、このチョコチップクッキー、最高に背徳の味がします!」


私たちは、パジャマ姿でベッドの上に円陣を組んだ。
窓の外には静かな夜空が広がり、サロンの喧騒が嘘のように遠い。


「……ねえ、クララ。貴女、本当にいいの? あのままレオン王子の妃になっていれば、今頃は豪華な王宮の主だったはずよ」


私は、ココアの湯気の向こうにいる少女を見つめた。


「全然良くないです! あんな、鏡の中の自分と結婚すればいいような殿下の隣にいたら、私、一週間で干物になっちゃいます。それよりも、お姉様と一緒に新しいスイーツの名前を考えている時の方が、一億倍生きてるって感じがします!」


クララは鼻にクリームをつけながら、満面の笑みで答えた。


「……そう。まあ、あんなカボチャ頭の隣は、確かに酸素が薄そうね」


「ふふ、お姉様こそ。あのフィナンシェ伯爵……。なんだかすごく、お姉様を狙っている感じがしますけど。本当に、アールグレイの国へ行っちゃわないんですか?」


クララの瞳に、少しだけ不安の色が混じる。


「行かないわよ。……あんな食えない男、ビジネスの相手としては面白いけれど、私の自由を売り渡すほどの価値はないわ。私はね、誰かの『妃』や『夫人』という肩書きで呼ばれる人生は、もうこりごりなの」


私は天井を見上げ、拳を軽く握った。


「私は私の名前で、私の稼いだ金で、私が美味しいと思うものを、私が好きな人たちと食べる。……それが、私の本当の野望よ」


「お姉様……格好いい……! 私、一生ついていきます! お姉様が女王様なら、私、その玉座の横で一番にケーキを試食する大臣になります!」


「相変わらず食欲が先行しているわね。……でも、悪くないわ。私たちで、この国の古い社交界を塗り替えてやりましょう。悪役令嬢と、落ちこぼれヒロインの最強コンビでね」


「はい! 『マブダチ同盟』の結成ですね!」


夜更けまで、私たちの密談は続いた。
レオン王子の愚痴、フィナンシェ伯爵の怪しい微笑みの対策、そして来月の新商品の開発計画。


笑い声とココアの香りに包まれて、私たちはいつの間にか、一つのベッドで折り重なるようにして眠りに落ちていた。


「……やれやれ。お二人とも、寝顔だけは年相応ですね」


最後に明かりを消したエクレアが、そっと毛布をかけ直す。


「……お姉様……むにゃ……。そのパフェ……私が……毒見……」


「……クララ……。食べ過ぎよ……」


寝言でまでスイーツの取り合いをしている二人を見守りながら、公爵邸の夜は穏やかに更けていった。
男たちの勝手な思惑なんて届かない、ここは私たちだけの、絶対的な聖域なのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...