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「……はぁ。もう、一歩も動きたくないわ」
私は公爵邸の自室に帰り着くなり、豪華な天蓋付きのベッドに倒れ込んだ。
足のむくみも限界、神経の昂りも限界。
何より、あの「銀色の狼」ことフィナンシェ伯爵の、甘い毒を含んだような視線を浴び続けた脳が悲鳴を上げている。
「お嬢様、お疲れ様でございました。本日もまた、王都の砂糖消費量の半分を売り上げ、一人の外交官の心をかき乱すという大仕事、見事でございました」
エクレアが、無表情のまま私の靴を脱がせ、冷えたタオルを用意してくれる。
「茶化さないで、エクレア。……あの子は? まだお店の片付けをしているの?」
「いいえ。クララ様なら、お嬢様の『充電』に備えて、すでに戦闘態勢を整えております」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアが景気よく跳ね上がった。
「お姉様ー! 枕と、勇気と、大量の深夜の背徳おやつを持って参りましたぁ!」
大きなクッションを両脇に抱え、パジャマ姿のクララが突進してきた。
「……貴女、なぜ私の部屋に当たり前のように泊まる準備をしているのよ。自分の客室があるでしょうに」
「何をおっしゃるんですか! 今日は記念すべき『第一回・カボチャと狼を忘れて未来を語るマブダチお泊まり会』ですよ!」
クララは私のベッドにダイブし、ふかふかの羽毛を撒き散らした。
「……お嬢様。彼女を追い出す労力と、このまま女子会を強行される労力を天秤にかけましたところ、後者の方が精神衛生上よろしいかと思われます。私も既に、特製ココアの準備を終えております」
「エクレアまで……。分かったわよ。今夜は無礼講よ。……ただし、クララ。私のシルクのシーツにヨダレを垂らしたら、明日は一日中、塩むすびの刑よ」
「はい! 気をつけます! ……むぐむぐ。お姉様、このチョコチップクッキー、最高に背徳の味がします!」
私たちは、パジャマ姿でベッドの上に円陣を組んだ。
窓の外には静かな夜空が広がり、サロンの喧騒が嘘のように遠い。
「……ねえ、クララ。貴女、本当にいいの? あのままレオン王子の妃になっていれば、今頃は豪華な王宮の主だったはずよ」
私は、ココアの湯気の向こうにいる少女を見つめた。
「全然良くないです! あんな、鏡の中の自分と結婚すればいいような殿下の隣にいたら、私、一週間で干物になっちゃいます。それよりも、お姉様と一緒に新しいスイーツの名前を考えている時の方が、一億倍生きてるって感じがします!」
クララは鼻にクリームをつけながら、満面の笑みで答えた。
「……そう。まあ、あんなカボチャ頭の隣は、確かに酸素が薄そうね」
「ふふ、お姉様こそ。あのフィナンシェ伯爵……。なんだかすごく、お姉様を狙っている感じがしますけど。本当に、アールグレイの国へ行っちゃわないんですか?」
クララの瞳に、少しだけ不安の色が混じる。
「行かないわよ。……あんな食えない男、ビジネスの相手としては面白いけれど、私の自由を売り渡すほどの価値はないわ。私はね、誰かの『妃』や『夫人』という肩書きで呼ばれる人生は、もうこりごりなの」
私は天井を見上げ、拳を軽く握った。
「私は私の名前で、私の稼いだ金で、私が美味しいと思うものを、私が好きな人たちと食べる。……それが、私の本当の野望よ」
「お姉様……格好いい……! 私、一生ついていきます! お姉様が女王様なら、私、その玉座の横で一番にケーキを試食する大臣になります!」
「相変わらず食欲が先行しているわね。……でも、悪くないわ。私たちで、この国の古い社交界を塗り替えてやりましょう。悪役令嬢と、落ちこぼれヒロインの最強コンビでね」
「はい! 『マブダチ同盟』の結成ですね!」
夜更けまで、私たちの密談は続いた。
レオン王子の愚痴、フィナンシェ伯爵の怪しい微笑みの対策、そして来月の新商品の開発計画。
笑い声とココアの香りに包まれて、私たちはいつの間にか、一つのベッドで折り重なるようにして眠りに落ちていた。
「……やれやれ。お二人とも、寝顔だけは年相応ですね」
最後に明かりを消したエクレアが、そっと毛布をかけ直す。
「……お姉様……むにゃ……。そのパフェ……私が……毒見……」
「……クララ……。食べ過ぎよ……」
寝言でまでスイーツの取り合いをしている二人を見守りながら、公爵邸の夜は穏やかに更けていった。
男たちの勝手な思惑なんて届かない、ここは私たちだけの、絶対的な聖域なのだ。
私は公爵邸の自室に帰り着くなり、豪華な天蓋付きのベッドに倒れ込んだ。
足のむくみも限界、神経の昂りも限界。
何より、あの「銀色の狼」ことフィナンシェ伯爵の、甘い毒を含んだような視線を浴び続けた脳が悲鳴を上げている。
「お嬢様、お疲れ様でございました。本日もまた、王都の砂糖消費量の半分を売り上げ、一人の外交官の心をかき乱すという大仕事、見事でございました」
エクレアが、無表情のまま私の靴を脱がせ、冷えたタオルを用意してくれる。
「茶化さないで、エクレア。……あの子は? まだお店の片付けをしているの?」
「いいえ。クララ様なら、お嬢様の『充電』に備えて、すでに戦闘態勢を整えております」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアが景気よく跳ね上がった。
「お姉様ー! 枕と、勇気と、大量の深夜の背徳おやつを持って参りましたぁ!」
大きなクッションを両脇に抱え、パジャマ姿のクララが突進してきた。
「……貴女、なぜ私の部屋に当たり前のように泊まる準備をしているのよ。自分の客室があるでしょうに」
「何をおっしゃるんですか! 今日は記念すべき『第一回・カボチャと狼を忘れて未来を語るマブダチお泊まり会』ですよ!」
クララは私のベッドにダイブし、ふかふかの羽毛を撒き散らした。
「……お嬢様。彼女を追い出す労力と、このまま女子会を強行される労力を天秤にかけましたところ、後者の方が精神衛生上よろしいかと思われます。私も既に、特製ココアの準備を終えております」
「エクレアまで……。分かったわよ。今夜は無礼講よ。……ただし、クララ。私のシルクのシーツにヨダレを垂らしたら、明日は一日中、塩むすびの刑よ」
「はい! 気をつけます! ……むぐむぐ。お姉様、このチョコチップクッキー、最高に背徳の味がします!」
私たちは、パジャマ姿でベッドの上に円陣を組んだ。
窓の外には静かな夜空が広がり、サロンの喧騒が嘘のように遠い。
「……ねえ、クララ。貴女、本当にいいの? あのままレオン王子の妃になっていれば、今頃は豪華な王宮の主だったはずよ」
私は、ココアの湯気の向こうにいる少女を見つめた。
「全然良くないです! あんな、鏡の中の自分と結婚すればいいような殿下の隣にいたら、私、一週間で干物になっちゃいます。それよりも、お姉様と一緒に新しいスイーツの名前を考えている時の方が、一億倍生きてるって感じがします!」
クララは鼻にクリームをつけながら、満面の笑みで答えた。
「……そう。まあ、あんなカボチャ頭の隣は、確かに酸素が薄そうね」
「ふふ、お姉様こそ。あのフィナンシェ伯爵……。なんだかすごく、お姉様を狙っている感じがしますけど。本当に、アールグレイの国へ行っちゃわないんですか?」
クララの瞳に、少しだけ不安の色が混じる。
「行かないわよ。……あんな食えない男、ビジネスの相手としては面白いけれど、私の自由を売り渡すほどの価値はないわ。私はね、誰かの『妃』や『夫人』という肩書きで呼ばれる人生は、もうこりごりなの」
私は天井を見上げ、拳を軽く握った。
「私は私の名前で、私の稼いだ金で、私が美味しいと思うものを、私が好きな人たちと食べる。……それが、私の本当の野望よ」
「お姉様……格好いい……! 私、一生ついていきます! お姉様が女王様なら、私、その玉座の横で一番にケーキを試食する大臣になります!」
「相変わらず食欲が先行しているわね。……でも、悪くないわ。私たちで、この国の古い社交界を塗り替えてやりましょう。悪役令嬢と、落ちこぼれヒロインの最強コンビでね」
「はい! 『マブダチ同盟』の結成ですね!」
夜更けまで、私たちの密談は続いた。
レオン王子の愚痴、フィナンシェ伯爵の怪しい微笑みの対策、そして来月の新商品の開発計画。
笑い声とココアの香りに包まれて、私たちはいつの間にか、一つのベッドで折り重なるようにして眠りに落ちていた。
「……やれやれ。お二人とも、寝顔だけは年相応ですね」
最後に明かりを消したエクレアが、そっと毛布をかけ直す。
「……お姉様……むにゃ……。そのパフェ……私が……毒見……」
「……クララ……。食べ過ぎよ……」
寝言でまでスイーツの取り合いをしている二人を見守りながら、公爵邸の夜は穏やかに更けていった。
男たちの勝手な思惑なんて届かない、ここは私たちだけの、絶対的な聖域なのだ。
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