悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

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「……お嬢様。本日は『紅茶』でも『狼』でもなく、最悪の『土石流』が接近しております」


開店準備中のサロンに、エクレアの緊迫した声が響いた。


私が窓から外を覗くと、そこには白馬に跨り、これ見よがしに抜身の剣を掲げたレオン王子の姿があった。
しかも、その後ろには完全武装した王宮騎士団の一隊を引き連れている。


「……朝っぱらから軍隊ごっこかしら。近所迷惑もいいところだわ」


私は扇を握りしめ、冷ややかな視線でその軍勢を見下ろした。


「ミルフィー・ラングドシャ! 公衆の面前へ姿を現せ! 貴様の悪行、ついに看過できぬ段階に達した!」


王子の声が、魔道具で増幅されたかのように街中に響き渡る。
通行人たちが何事かと足を止め、ざわめきが広がっていく。


「……お姉様。あのカボチャ、今日は一段とキラキラ……じゃなくて、ギラギラしてますよ! なんだか危ない雰囲気です!」


厨房から麺棒を抱えたクララが、不安げに私の背中に隠れた。


「大丈夫よ、クララ。……エクレア、扉を開けなさい。あんな騒音公害、早く黙らせないと営業妨害だわ」


私は優雅に……そして最大限の威圧感を持って、店の入り口に立った。


「レオン殿下。朝からこのような大層な演出、一体何の真似かしら? 当店はまだ開店前。騎士団の皆様の朝食をご用意するサービスは行っておりませんわ」


「黙れ、毒婦! 貴様の営むこの店は、王都の風紀を乱し、貴婦人たちを洗脳して国家転覆を企てる秘密結社であるとの疑いがかかっている!」


「……洗脳? 秘密結社? ただのティーサロンに何を言っていますの」


「証拠は上がっている! 貴様の店に来た令嬢たちが、皆揃って『自分らしく生きる』だの『男に媚びない』だのと言い出し、婚約を解消する事例が相次いでいるのだ! これは王国の秩序に対する明らかな反逆行為である!」


(……あら。ただの『女子会での愚痴』が、そんなに効果を発揮していたなんて。私の商売、思っていたより有能だわ)


私は内心で鼻を高くしたが、表面上は冷徹な仮面を崩さない。


「それは、彼女たちが自らの意志で選んだ道でしょう。殿下。ご自分の魅力不足を、私の店のケーキのせいにされては困りますわ」


「ぬかせ! よって、私は第一王子の権限により、この店舗の即時差し押さえと、ミルフィー・ラングドシャの拘束を命じる! 騎士団、突入せよ!」


王子が剣を振り下ろす。
騎士たちが一斉に一歩踏み出し、重い鎧の音が地面を揺らした。


「待ってください! そんなの横暴です!」


クララが私の前に飛び出した。


「レオン様、最低です! お姉様が一生懸命作ったお店を、自分の思い通りにならないからって壊そうとするなんて! そんなことする王子様、カボチャ以下です! 腐った生ゴミです!」


「クララ! 君はまだ洗脳されているんだな! 案ずるな、今すぐ君をその女の魔の手から救い出し、私の側室として……」


「側室、側室ってうるさいわよ、このナルシスト!」


私は手に持っていた扇を、王子の鼻先へ投げつけるように突きつけた。


「いい? 殿下。この土地は私が私産で購入したもの。そして、この国には『公爵家の私有地に対する不当な介入を禁じる』という、貴方のひいおじい様が作った法律があるはずですわ。……これに違反すれば、王家と公爵家の全面戦争になりますけれど、覚悟はできていますの?」


「う、うるさい! 法律は私が作るのだ! 私が正義だ!」


王子の目は、完全に理性を失い、濁った執着に染まっている。


「……お嬢様。殿下の脳内回路がショートしております。これ以上の対話は無意味かと。……物理的な防衛フェーズに移行してもよろしいでしょうか?」


エクレアが、どこから取り出したのか、巨大な「ハエ叩き」のような形状の鉄板を構えた。


「……待ちなさい、エクレア。私が直接、引導を渡してあげるわ」


私は騎士団を真っ直ぐに睨みつけた。


「騎士団の皆様! 貴方たちの忠誠は、王家に対するものですか? それとも、この錯乱した王子の我儘に対するものですか? ……よく考えなさい。この不当な差し押さえに加担すれば、貴方たちの給料を支払っている公爵家傘下の銀行が、即座に融資を停止することになりますわよ?」


騎士たちが、ざわりと揺れた。
彼らの生活を支えているのは、実は公爵家の経済力なのだ。


「な、何を言っている! 構わん、行け! 私の命令が聞けないのか!」


レオン王子が叫ぶが、騎士たちの足はピタリと止まった。


「……ふん。やっぱり、カボチャの指揮より、お金の力の方が強いみたいね」


私は勝ち誇ったように微笑んだ。
だが、追い詰められた王子は、ついに自ら馬を蹴り、剣を振り回して私へと突進してきた。


「こうなれば、私の手で君を屈服させてやる! 愛しているんだよ、ミルフィー!」


(……どの口が言っているのよ、そのセリフ!)


絶体絶命の瞬間。
私の目の前に、銀色の旋風が巻き起こった。
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