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「……で、閣下。いつまで不機嫌でいらっしゃるのですか?」
レオン伯爵を追い返してから一時間。
執務室の空気は、依然として重苦しいままだった。
セリウス閣下は、新しい万年筆(私の予備を定価の三倍で売りつけたもの)を握りしめ、黙々と書類にサインを続けている。
だが、その筆圧が強すぎて、羊皮紙が悲鳴を上げているのが分かる。
「……不機嫌ではない」
「嘘をおっしゃい。眉間の皺で蚊が挟めそうです」
私は淹れたてのハーブティーを、ことりと机に置いた。
「レオン伯爵との商談が潰れたのが、そんなに惜しかったのですか? それとも、私が勝手に『デートの約束(仮)』をしたのが、職務規律違反だと?」
「……後者だ」
閣下はペンを置き、ぎろりと私を睨んだ。
「テレナ。君は自分の価値を安売りしすぎだ」
「高く売りましたよ? 一番高いレストランのフルコースです」
「そういう問題ではない!」
バンッ!
閣下が立ち上がった拍子に、椅子が派手な音を立てて倒れた。
「えっ」
私が驚く間もなく、閣下は大股で私に歩み寄り――。
ドンッ!!
私の背後の壁に、右手が叩きつけられた。
いわゆる『壁ドン』である。
少女小説なら、ここでヒロインが「きゃっ、閣下……♡」とときめく場面だ。
だが、現実は違う。
(……壁紙が、少し剥がれたわね)
私は冷静に、閣下の手の下でめくれた高級壁紙の修繕費を脳内計算した。
さらに、この至近距離。閣下の整った顔が目の前にあるが、その瞳は完全に座っている。これは『ときめき』ではなく『尋問』の距離だ。
「……閣下。壁の修繕費、請求しますよ」
「金の話はいい」
閣下は私の逃げ場を塞ぐように、左手も壁についた。
両手ドン。完全包囲だ。
「答えろ、テレナ。あの男と、何を話していた?」
「……ですから、魔法銀の取引についてです」
「それだけか?」
「はい」
「嘘をつけ。あいつは君の耳元で何か囁いていただろう。あれは何だ? 愛の言葉か? 口説き文句か?」
閣下の顔が近づく。
鼻先が触れそうな距離。吐息がかかる。
(……ああ、なるほど)
私は合点がいった。
これは、機密情報の漏洩を疑っているのだ。
レオン伯爵が私に何か裏取引を持ちかけ、私がそれに乗ったのではないかと警戒しているに違いない。さすが宰相、疑り深い。
「……誤解です、閣下。あそこで伯爵が囁いたのは、『君の瞳に乾杯』などという三流のセリフではありません」
「なら、何だ」
「『キックバックは個人口座でいいかい?』です」
「……は?」
閣下の動きが止まった。
「ですから、賄賂の振込先です。『魔法銀の取引を成立させてくれたら、君の個人口座にリベートを振り込むよ』と。私は『結構です。その分を値引きして国庫に入れてください。私は公明正大な公務員ですので』とお断りしました」
「……」
「ついでに、『もし個人的に贈り物をしたいなら、現金書留でベルベット公爵家宛に送ってください。税務申告はきっちりしますので』と付け加えました」
執務室に、気まずい沈黙が流れた。
セリウス閣下の瞳から、殺気がすぅーっと引いていく。
代わりに、なんとも言えない脱力感が漂い始めた。
「……色事では、なかったのか?」
「色恋で関税が下がるなら、いくらでも色目を使いますよ。ですが、あの方は現金な方でしたので、こちらも現金で対応したまでです」
私はキッパリと言い切った。
閣下は深い、本当に深いため息をついた。
そして、壁についていた手をゆっくりと下ろし、私の肩に額を預けてきた。
「……っ、閣下?」
重い。
成人男性の頭の重さが、私の華奢な肩にのしかかる。
「……馬鹿だ、私は」
「ええ、知っています。壁紙を剥がすくらいには」
「そうじゃない……君という人間を、まだ理解しきれていなかった」
閣下は私の肩に顔を埋めたまま、くぐもった声で言った。
「君が、これほどまでに……色気より食い気、いや、金気な女だとは」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「……安心した」
「はい?」
「君があの男の誘いに乗って、どこかへ行ってしまうんじゃないかと……焦ったんだ」
閣下の声が、少し震えているように聞こえた。
(……ああ、なるほど)
私はまたしても合点がいった。
優秀な部下を引き抜かれるのが怖かったのか。
レオン伯爵は隣国の特使だ。私を高待遇でヘッドハンティングしようとしていた可能性もある。それを警戒していたわけか。
「ご安心ください、閣下」
私は閣下の背中をポンポンと叩いた(慰めるというより、重いので退いてほしい合図だ)。
「私は今の待遇に満足しています。週休二日(希望)、残業代全額支給、そして何より、閣下という『話の早い上司』がいるこの職場を、気に入っていますから」
「……そうか」
「ええ。ですから、他国へ転職したりしませんよ。……少なくとも、退職金が満額出るまでは」
閣下は顔を上げ、苦笑した。
「……最後の一言が余計だが、信じよう」
その顔は、いつもの冷静な宰相の顔に戻っていた。
ただ、耳の先がほんの少しだけ赤い気がする。
「ところで、テレナ」
「はい」
「この『壁ドン』という体勢だが」
閣下は、まだ私を壁際に追い詰めたままだ。
「はい。威圧効果は抜群でした。私が気の弱い令嬢なら、泣いて失禁していたレベルです」
「……威圧のつもりではなかったのだが」
「では、何のつもりで?」
「……なんでもない」
閣下は視線を逸らした。
「ただ、君の顔を近くで見たかっただけだ」
「……視力、落ちました?」
「……(イラッ)」
閣下が再び眉を寄せた。
「違う。……はぁ。君は本当に、数字以外には鈍感だな」
「心外ですね。私はいつだって状況を的確に分析しています」
「なら、今のこの状況を分析してみろ」
閣下は再び、顔を近づけてきた。
今度は威圧感はない。
代わりに、甘い、とろけるような雰囲気が漂っている。
「密室。男女。至近距離。……次に起こるイベントは?」
閣下の唇が、私の唇へとゆっくり近づいてくる。
私の脳内コンピュータが高速回転した。
(イベント発生。予測されるアクション……『キス』。目的……『口封じ』?)
そうだ。
私がレオン伯爵から聞いた「ガーネット国の裏事情」を、他言させないための口封じかもしれない。
あるいは、私を籠絡して、さらにこき使おうという高度な人事戦略か。
(……させないわよ!)
私はスッと懐から『請求書ファイル』を取り出し、閣下の唇と私の唇の間に盾のように差し込んだ。
ムギュッ。
閣下の唇が、革のファイルにキスをした。
「……テレナ?」
「業務時間中です、閣下」
私はファイル越しに冷徹に告げた。
「セクハラは追加料金が発生します。キス一回につき金貨百枚。ディープな場合は五百枚。いかがなさいますか?」
閣下はファイルに唇を押し付けたまま、ジト目で私を見た。
「……ツケで頼む」
「前払いのみです」
「ちっ……」
閣下は舌打ちをして(宰相にあるまじき態度だ)、ようやく私から離れた。
「……商売上手め」
「リスク管理です」
私はファイルを下ろし、乱れた襟元を直した。
心臓が少しだけドキドキしているのは、きっと身の危険を感じたからだ。
「さあ、仕事に戻りましょう。レオン伯爵が置いていった資料、精査しないといけませんから」
「……ああ、そうだな」
閣下は椅子を起こし、ドカッと座り直した。
「だがテレナ、覚えておけ」
「何をです?」
「いつか、その鉄壁の計算式を崩して、君にタダでキスさせてみせる」
「……挑戦的な目標設定ですね。達成率は0.1パーセント未満かと」
「見ていろ。私は諦めが悪い」
閣下は不敵に笑い、ペンを握り直した。
私は肩をすくめ、自分の席に戻った。
やれやれ、困った上司を持ったものだ。
だが。
ファイル越しに感じた閣下の体温と、あの真剣な眼差しを思い出すと、なぜか手元の電卓を叩く指が少しだけ震えてしまうのだった。
(……調子が狂うわね)
私は冷めた紅茶を一口飲み、小さく息を吐いた。
平和な(?)日常が戻ってきた――そう思ったのも束の間。
扉の外から、ドタドタという慌ただしい足音が聞こえてきた。
「テレナ様ぁぁぁぁぁっ!!」
バーン!!
本日三度目の扉の悲鳴と共に飛び込んできたのは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたミナだった。
「……ミナ様? どうしました、そんな顔で」
「た、大変なんですぅ!」
ミナは私の足元に縋り付いた。
「レイド殿下が……殿下がぁ……!」
「殿下が死にましたか? 香典の準備ならありますけど」
「違います! 殿下が……『もう無理だ』って!」
「へ?」
「『王太子なんてやってられない! 僕は自由になる!』って言って、城を脱走しようとしてるんですぅ!」
「……はあ?」
私とセリウス閣下は顔を見合わせた。
「……逃亡?」
「はい! しかも、『テレナを見習って、僕も南の島へ行く!』って……!」
「……」
私の悪い影響が、最悪の形で発現してしまったらしい。
「止めてくださいテレナ様ぁ! あの人がいなくなったら、私、ただの『性格の悪い女』になっちゃうんですぅ!」
「……貴女、自分のキャラ設定を理解していたのね」
私はこめかみを押さえた。
私の「国外追放(未遂)」が、まさか元婚約者の「国外逃亡(模倣)」を招くとは。
「閣下。……どうします?」
「……捕獲だ」
閣下は即答し、壁にかかっていた剣を取った。
「私の前で『逃亡』などという単語を口にした罪、たっぷりと教えてやる」
「……了解です。私も網を持って行きます」
こうして、私たちの甘い(?)雰囲気は霧散し、再び「バカ王子捕獲作戦」が開始されることになった。
だが、この時の私たちは知らなかった。
レイド殿下の逃亡劇の裏に、ある人物の入れ知恵があったことを。
そしてその人物が、隣国の外交官レオン伯爵と繋がっていることを――。
レオン伯爵を追い返してから一時間。
執務室の空気は、依然として重苦しいままだった。
セリウス閣下は、新しい万年筆(私の予備を定価の三倍で売りつけたもの)を握りしめ、黙々と書類にサインを続けている。
だが、その筆圧が強すぎて、羊皮紙が悲鳴を上げているのが分かる。
「……不機嫌ではない」
「嘘をおっしゃい。眉間の皺で蚊が挟めそうです」
私は淹れたてのハーブティーを、ことりと机に置いた。
「レオン伯爵との商談が潰れたのが、そんなに惜しかったのですか? それとも、私が勝手に『デートの約束(仮)』をしたのが、職務規律違反だと?」
「……後者だ」
閣下はペンを置き、ぎろりと私を睨んだ。
「テレナ。君は自分の価値を安売りしすぎだ」
「高く売りましたよ? 一番高いレストランのフルコースです」
「そういう問題ではない!」
バンッ!
閣下が立ち上がった拍子に、椅子が派手な音を立てて倒れた。
「えっ」
私が驚く間もなく、閣下は大股で私に歩み寄り――。
ドンッ!!
私の背後の壁に、右手が叩きつけられた。
いわゆる『壁ドン』である。
少女小説なら、ここでヒロインが「きゃっ、閣下……♡」とときめく場面だ。
だが、現実は違う。
(……壁紙が、少し剥がれたわね)
私は冷静に、閣下の手の下でめくれた高級壁紙の修繕費を脳内計算した。
さらに、この至近距離。閣下の整った顔が目の前にあるが、その瞳は完全に座っている。これは『ときめき』ではなく『尋問』の距離だ。
「……閣下。壁の修繕費、請求しますよ」
「金の話はいい」
閣下は私の逃げ場を塞ぐように、左手も壁についた。
両手ドン。完全包囲だ。
「答えろ、テレナ。あの男と、何を話していた?」
「……ですから、魔法銀の取引についてです」
「それだけか?」
「はい」
「嘘をつけ。あいつは君の耳元で何か囁いていただろう。あれは何だ? 愛の言葉か? 口説き文句か?」
閣下の顔が近づく。
鼻先が触れそうな距離。吐息がかかる。
(……ああ、なるほど)
私は合点がいった。
これは、機密情報の漏洩を疑っているのだ。
レオン伯爵が私に何か裏取引を持ちかけ、私がそれに乗ったのではないかと警戒しているに違いない。さすが宰相、疑り深い。
「……誤解です、閣下。あそこで伯爵が囁いたのは、『君の瞳に乾杯』などという三流のセリフではありません」
「なら、何だ」
「『キックバックは個人口座でいいかい?』です」
「……は?」
閣下の動きが止まった。
「ですから、賄賂の振込先です。『魔法銀の取引を成立させてくれたら、君の個人口座にリベートを振り込むよ』と。私は『結構です。その分を値引きして国庫に入れてください。私は公明正大な公務員ですので』とお断りしました」
「……」
「ついでに、『もし個人的に贈り物をしたいなら、現金書留でベルベット公爵家宛に送ってください。税務申告はきっちりしますので』と付け加えました」
執務室に、気まずい沈黙が流れた。
セリウス閣下の瞳から、殺気がすぅーっと引いていく。
代わりに、なんとも言えない脱力感が漂い始めた。
「……色事では、なかったのか?」
「色恋で関税が下がるなら、いくらでも色目を使いますよ。ですが、あの方は現金な方でしたので、こちらも現金で対応したまでです」
私はキッパリと言い切った。
閣下は深い、本当に深いため息をついた。
そして、壁についていた手をゆっくりと下ろし、私の肩に額を預けてきた。
「……っ、閣下?」
重い。
成人男性の頭の重さが、私の華奢な肩にのしかかる。
「……馬鹿だ、私は」
「ええ、知っています。壁紙を剥がすくらいには」
「そうじゃない……君という人間を、まだ理解しきれていなかった」
閣下は私の肩に顔を埋めたまま、くぐもった声で言った。
「君が、これほどまでに……色気より食い気、いや、金気な女だとは」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「……安心した」
「はい?」
「君があの男の誘いに乗って、どこかへ行ってしまうんじゃないかと……焦ったんだ」
閣下の声が、少し震えているように聞こえた。
(……ああ、なるほど)
私はまたしても合点がいった。
優秀な部下を引き抜かれるのが怖かったのか。
レオン伯爵は隣国の特使だ。私を高待遇でヘッドハンティングしようとしていた可能性もある。それを警戒していたわけか。
「ご安心ください、閣下」
私は閣下の背中をポンポンと叩いた(慰めるというより、重いので退いてほしい合図だ)。
「私は今の待遇に満足しています。週休二日(希望)、残業代全額支給、そして何より、閣下という『話の早い上司』がいるこの職場を、気に入っていますから」
「……そうか」
「ええ。ですから、他国へ転職したりしませんよ。……少なくとも、退職金が満額出るまでは」
閣下は顔を上げ、苦笑した。
「……最後の一言が余計だが、信じよう」
その顔は、いつもの冷静な宰相の顔に戻っていた。
ただ、耳の先がほんの少しだけ赤い気がする。
「ところで、テレナ」
「はい」
「この『壁ドン』という体勢だが」
閣下は、まだ私を壁際に追い詰めたままだ。
「はい。威圧効果は抜群でした。私が気の弱い令嬢なら、泣いて失禁していたレベルです」
「……威圧のつもりではなかったのだが」
「では、何のつもりで?」
「……なんでもない」
閣下は視線を逸らした。
「ただ、君の顔を近くで見たかっただけだ」
「……視力、落ちました?」
「……(イラッ)」
閣下が再び眉を寄せた。
「違う。……はぁ。君は本当に、数字以外には鈍感だな」
「心外ですね。私はいつだって状況を的確に分析しています」
「なら、今のこの状況を分析してみろ」
閣下は再び、顔を近づけてきた。
今度は威圧感はない。
代わりに、甘い、とろけるような雰囲気が漂っている。
「密室。男女。至近距離。……次に起こるイベントは?」
閣下の唇が、私の唇へとゆっくり近づいてくる。
私の脳内コンピュータが高速回転した。
(イベント発生。予測されるアクション……『キス』。目的……『口封じ』?)
そうだ。
私がレオン伯爵から聞いた「ガーネット国の裏事情」を、他言させないための口封じかもしれない。
あるいは、私を籠絡して、さらにこき使おうという高度な人事戦略か。
(……させないわよ!)
私はスッと懐から『請求書ファイル』を取り出し、閣下の唇と私の唇の間に盾のように差し込んだ。
ムギュッ。
閣下の唇が、革のファイルにキスをした。
「……テレナ?」
「業務時間中です、閣下」
私はファイル越しに冷徹に告げた。
「セクハラは追加料金が発生します。キス一回につき金貨百枚。ディープな場合は五百枚。いかがなさいますか?」
閣下はファイルに唇を押し付けたまま、ジト目で私を見た。
「……ツケで頼む」
「前払いのみです」
「ちっ……」
閣下は舌打ちをして(宰相にあるまじき態度だ)、ようやく私から離れた。
「……商売上手め」
「リスク管理です」
私はファイルを下ろし、乱れた襟元を直した。
心臓が少しだけドキドキしているのは、きっと身の危険を感じたからだ。
「さあ、仕事に戻りましょう。レオン伯爵が置いていった資料、精査しないといけませんから」
「……ああ、そうだな」
閣下は椅子を起こし、ドカッと座り直した。
「だがテレナ、覚えておけ」
「何をです?」
「いつか、その鉄壁の計算式を崩して、君にタダでキスさせてみせる」
「……挑戦的な目標設定ですね。達成率は0.1パーセント未満かと」
「見ていろ。私は諦めが悪い」
閣下は不敵に笑い、ペンを握り直した。
私は肩をすくめ、自分の席に戻った。
やれやれ、困った上司を持ったものだ。
だが。
ファイル越しに感じた閣下の体温と、あの真剣な眼差しを思い出すと、なぜか手元の電卓を叩く指が少しだけ震えてしまうのだった。
(……調子が狂うわね)
私は冷めた紅茶を一口飲み、小さく息を吐いた。
平和な(?)日常が戻ってきた――そう思ったのも束の間。
扉の外から、ドタドタという慌ただしい足音が聞こえてきた。
「テレナ様ぁぁぁぁぁっ!!」
バーン!!
本日三度目の扉の悲鳴と共に飛び込んできたのは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたミナだった。
「……ミナ様? どうしました、そんな顔で」
「た、大変なんですぅ!」
ミナは私の足元に縋り付いた。
「レイド殿下が……殿下がぁ……!」
「殿下が死にましたか? 香典の準備ならありますけど」
「違います! 殿下が……『もう無理だ』って!」
「へ?」
「『王太子なんてやってられない! 僕は自由になる!』って言って、城を脱走しようとしてるんですぅ!」
「……はあ?」
私とセリウス閣下は顔を見合わせた。
「……逃亡?」
「はい! しかも、『テレナを見習って、僕も南の島へ行く!』って……!」
「……」
私の悪い影響が、最悪の形で発現してしまったらしい。
「止めてくださいテレナ様ぁ! あの人がいなくなったら、私、ただの『性格の悪い女』になっちゃうんですぅ!」
「……貴女、自分のキャラ設定を理解していたのね」
私はこめかみを押さえた。
私の「国外追放(未遂)」が、まさか元婚約者の「国外逃亡(模倣)」を招くとは。
「閣下。……どうします?」
「……捕獲だ」
閣下は即答し、壁にかかっていた剣を取った。
「私の前で『逃亡』などという単語を口にした罪、たっぷりと教えてやる」
「……了解です。私も網を持って行きます」
こうして、私たちの甘い(?)雰囲気は霧散し、再び「バカ王子捕獲作戦」が開始されることになった。
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