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「いたぞ! あそこだ!」
王城の裏手にある第三厩舎。
私とセリウス閣下が駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「くそっ、どうして乗れないんだ! 馬ごときが王太子に逆らうな!」
レイド・アークライト殿下が、白馬の背によじ登ろうとして、盛大にずり落ちていた。
足元には、無造作に詰め込まれたトランク。
中身が飛び出しているが、見えるのはフカフカのクッションと、大量のお菓子、そして着替えのシルクのシャツだけ。
「……」
私と閣下は、木陰で足を止め、その哀れな光景を無言で見つめた。
「……テレナ」
「はい、閣下」
「あれが、我が国の王太子だ」
「残念ながら、そのようです。DNA鑑定の結果が変わらない限りは」
「……頭が痛い」
閣下はこめかみを押さえた。
私も同感だ。これから「逃亡」しようという人間が、なぜクッションを持っていくのか。野宿で枕投げでもするつもりなのだろうか。
「レイド殿下」
私は呆れを隠さずに声をかけた。
「うわっ!? テ、テレナ!?」
殿下は飛び上がり、馬の尻に頭をぶつけた。
馬が迷惑そうにブルルと鼻を鳴らす。
「な、なぜここが……! さては僕の愛の逃避行を邪魔しに来たな!」
「愛の逃避行?」
私は首を傾げた。
「お相手はどちらに? まさか、その馬ですか?」
「ち、違う! ミナだ! ここでミナと待ち合わせをして、二人で南の島へ行くんだ!」
殿下は胸を張り、トランクを蹴り上げた(痛そうに足をさすった)。
「僕はもう決めたんだ。王位なんていらない! 叔父上やテレナに怒られる毎日はもううんざりだ! これからはミナと二人、愛だけで生きていく!」
「……そうですか。それは結構な心がけですが」
私は電卓を取り出し、パチパチと弾いた。
「殿下。現在の手持ち資金は?」
「え? こ、小遣いが停止されてるから……銅貨三枚だけど」
「南の島までの渡航費、一人当たり金貨十枚。宿代、食事代、当面の生活費を含めると、最低でも金貨百枚は必要です」
「……」
「銅貨三枚では、城下町のパン屋でコッペパンを買って終わりですね。その後はどうなさるおつもりで? ミナ様に野草でも摘ませますか?」
「そ、それは……現地で働く! 僕だって働ける!」
「ほう。何の仕事を?」
セリウス閣下が、腕を組んで冷ややかに問いかけた。
「計算はできない。字は汚い。剣術はからっきし。魔法も使えない。唯一の特技は『鳩にエサをやる』ことだけだ。公園の管理人にでもなるか?」
「うぐっ……!」
「それに、お前は王族として育った。自分で靴下も履けない人間が、皿洗いや肉体労働に耐えられると思うか?」
「だ、だからミナがいるんじゃないか! ミナが僕を支えてくれる!」
殿下は必死に叫んだ。
「愛があればなんとかなる! ミナは僕のために何でもしてくれるはずだ!」
その時だった。
「……無理です」
背後から、冷ややかな声が聞こえた。
「え?」
殿下が振り返ると、そこには息を切らせて追いついたミナが立っていた。
彼女の目は、これまで見たこともないほど冷え切っている。
「ミ、ミナ!? 来てくれたんだね! さあ、行こう! この堅苦しい城を捨てて、自由な世界へ!」
殿下は満面の笑みで手を差し出した。
だが、ミナはその手を取らなかった。
むしろ、スッと私の方へ歩み寄り、私の背後に隠れるように立った。
「……ミナ?」
「嫌です」
ミナは私の肩越しに顔を出し、きっぱりと言い放った。
「銅貨三枚の逃避行なんて、死にに行くようなものです。私、野草を食べて生活するのはお断りです」
「なっ……! 愛があるじゃないか! 君は僕を愛しているんだろう!?」
「愛で家賃は払えません」
ズバッ。
ミナの言葉が、鋭利な刃物となって殿下の胸に突き刺さった。
「それに殿下、さっき『ミナが支えてくれる』って言いましたよね? それって、私は現地で働いて、殿下の世話をして、稼いだお金で殿下を食べさせるってことですよね?」
「え、あ、まあ……君は働き者だし……」
「ヒモ宣言じゃないですか! 最低!」
ミナは叫んだ。
「私、テレナ様みたいに『自分の力で生きるカッコいい女性』に憧れてるんです! ダメ男を養う『都合のいい女』になりたいわけじゃありません!」
「ダ、ダメ男……!?」
殿下が膝から崩れ落ちた。
とどめの一撃だった。
「ごめんなさい、殿下。私、殿下の顔は好きですけど、生活能力のない男は論外です。……さようなら」
「そ、そんな……ミナ……」
殿下は四つん這いになり、地面に崩れ落ちた。
その背中に、哀愁という名の枯葉が舞い落ちていくのが見えるようだ。
「……終わったな」
セリウス閣下が、倒れた甥を見下ろして溜息をついた。
「レイド。夢を見るのは終わりだ。現実(仕事)に戻れ」
「ううっ……叔父上の鬼! テレナの悪魔! ミナの裏切り者ぉぉぉ!」
「連行しろ」
閣下の合図で、隠れていた騎士たちが現れ、泣き叫ぶ殿下を回収していった。
ドナドナと運ばれていく殿下を見送りながら、私はふと、隣にいるミナを見た。
「……随分とはっきり言いましたね」
「ふん。当然です」
ミナは鼻を鳴らした。
「私、男爵家の貧乏暮らしが嫌で、玉の輿を狙ってたんです。でも、王太子妃になっても貧乏暮らしが待ってるなら、意味ないじゃないですか」
「合理的ね。嫌いじゃないわ、その考え方」
私は思わず笑ってしまった。
この子、ただの天然娘かと思っていたが、根っこの部分は意外と私に近いのかもしれない。
「テレナ様!」
ミナが、私の袖をギュッと掴んだ。
その瞳が、再びキラキラと輝き始める。
「私、決めました! もう男に頼るのはやめます! テレナ様みたいに、自分の実力で男を黙らせる、最強の女になります!」
「……目標設定がまた極端ね」
「どうしたらいいですか!? どうしたらテレナ様みたいに、宰相閣下すら手玉に取るカッコよさを手に入れられますか!?」
「手玉には取っていないけれど……」
私は少し考えた。
彼女に必要なのは、他力本願からの脱却だ。
そして、殿下に振り回されないための「強さ」だ。
「そうね……まずは」
私はミナの二の腕をぷにっと突いた。
「筋肉をつけなさい」
「……はい?」
ミナが目を丸くする。
「筋肉です。物理的な強さは、精神的な余裕を生みます。腹筋が割れていれば、大抵のトラブルは『いざとなれば殴り倒せる』と思えて怖くなくなります」
「き、筋肉……」
「そう。毎朝スクワット百回、腹筋百回。それからランニング十キロ。これを三ヶ月続けなさい」
私は適当な……いや、ベルベット家に伝わるスパルタ教育の一端を教えた。
実はこれ、私が幼少期に父から「公爵令嬢たるもの、暴漢の一人や二人は素手で制圧できねばならん」と言われてやらされたメニューだ。
「そ、そうすれば、テレナ様みたいになれますか……?」
「少なくとも、殿下に泣きつかれても振り払える腕力はつきます」
「……分かりました!」
ミナの瞳に、炎が宿った。
「やります! 私、ムキムキの令嬢になります!」
「いや、ムキムキまではならなくていいけど……まあ、頑張って」
ミナは「うおおお!」と気合の声を上げ、その場で行進を始めた。
……なんだか、とんでもないモンスターを生み出してしまった気がするが、まあいいか。
殿下の相手をするよりは建設的だ。
◇
「……片付いたか」
殿下の連行を見届けたセリウス閣下が戻ってきた。
「はい。殿下の心はボキボキに折れましたが、ミナ様は新たな目標を見つけたようです」
「新たな目標?」
「『筋肉』だそうです」
「……?」
閣下は怪訝な顔をしたが、深くは追求しなかった。
賢明な判断だ。
「しかし、レイドのやつ……本気で国を捨てる気だったとはな」
閣下の表情が曇る。
「私の教育が厳しすぎたのか……それとも、王としての資質が決定的に欠けているのか」
「両方でしょうね」
私は率直に言った。
「ですが閣下。逃げ出したくなる気持ちも分かりますよ。閣下の要求レベル、高すぎますから」
「……そうか?」
「ええ。普通の人間は、一度に三つの言語で書類を作成しながら、暗算で予算修正なんてできません」
「君はできているではないか」
「私は『普通』ではありません。規格外です」
自分で言うのもなんだが、事実だ。
「レイド殿下には、殿下なりのペースがあります。……まあ、そのペースが亀より遅いのが問題なのですが」
「……ふっ」
閣下は小さく笑った。
「手厳しいな、君は。だが……救われるよ」
閣下は私の隣に並び、夕焼けに染まる空を見上げた。
「もしレイドが廃嫡となれば、王位継承権の問題が再燃する。国が荒れるな」
「そうですね。ですから、殿下にはもう少し頑張ってもらわねば困ります。私の『平和な老後』のためにも」
「老後、老後と言うな。君はまだ十八だろう」
「精神年齢は還暦間近ですので」
私たちは軽口を叩き合いながら、執務室への道を戻った。
レイド殿下の逃亡未遂事件は、こうして幕を閉じた。
殿下は失意のどん底に叩き落とされ、ミナは筋肉への道に目覚めた。
一件落着――に見えた。
だが、私たちは甘く見ていた。
「窮鼠猫を噛む」という言葉がある。
追い詰められたネズミ(殿下)が、逆恨みという名の牙を剥くことを。
そして、その牙が、予想外の方向――再び私へと向けられることを。
数日後。
筋肉痛に苦しむミナの悲鳴と共に、新たな事件が幕を開けることになる。
王城の裏手にある第三厩舎。
私とセリウス閣下が駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「くそっ、どうして乗れないんだ! 馬ごときが王太子に逆らうな!」
レイド・アークライト殿下が、白馬の背によじ登ろうとして、盛大にずり落ちていた。
足元には、無造作に詰め込まれたトランク。
中身が飛び出しているが、見えるのはフカフカのクッションと、大量のお菓子、そして着替えのシルクのシャツだけ。
「……」
私と閣下は、木陰で足を止め、その哀れな光景を無言で見つめた。
「……テレナ」
「はい、閣下」
「あれが、我が国の王太子だ」
「残念ながら、そのようです。DNA鑑定の結果が変わらない限りは」
「……頭が痛い」
閣下はこめかみを押さえた。
私も同感だ。これから「逃亡」しようという人間が、なぜクッションを持っていくのか。野宿で枕投げでもするつもりなのだろうか。
「レイド殿下」
私は呆れを隠さずに声をかけた。
「うわっ!? テ、テレナ!?」
殿下は飛び上がり、馬の尻に頭をぶつけた。
馬が迷惑そうにブルルと鼻を鳴らす。
「な、なぜここが……! さては僕の愛の逃避行を邪魔しに来たな!」
「愛の逃避行?」
私は首を傾げた。
「お相手はどちらに? まさか、その馬ですか?」
「ち、違う! ミナだ! ここでミナと待ち合わせをして、二人で南の島へ行くんだ!」
殿下は胸を張り、トランクを蹴り上げた(痛そうに足をさすった)。
「僕はもう決めたんだ。王位なんていらない! 叔父上やテレナに怒られる毎日はもううんざりだ! これからはミナと二人、愛だけで生きていく!」
「……そうですか。それは結構な心がけですが」
私は電卓を取り出し、パチパチと弾いた。
「殿下。現在の手持ち資金は?」
「え? こ、小遣いが停止されてるから……銅貨三枚だけど」
「南の島までの渡航費、一人当たり金貨十枚。宿代、食事代、当面の生活費を含めると、最低でも金貨百枚は必要です」
「……」
「銅貨三枚では、城下町のパン屋でコッペパンを買って終わりですね。その後はどうなさるおつもりで? ミナ様に野草でも摘ませますか?」
「そ、それは……現地で働く! 僕だって働ける!」
「ほう。何の仕事を?」
セリウス閣下が、腕を組んで冷ややかに問いかけた。
「計算はできない。字は汚い。剣術はからっきし。魔法も使えない。唯一の特技は『鳩にエサをやる』ことだけだ。公園の管理人にでもなるか?」
「うぐっ……!」
「それに、お前は王族として育った。自分で靴下も履けない人間が、皿洗いや肉体労働に耐えられると思うか?」
「だ、だからミナがいるんじゃないか! ミナが僕を支えてくれる!」
殿下は必死に叫んだ。
「愛があればなんとかなる! ミナは僕のために何でもしてくれるはずだ!」
その時だった。
「……無理です」
背後から、冷ややかな声が聞こえた。
「え?」
殿下が振り返ると、そこには息を切らせて追いついたミナが立っていた。
彼女の目は、これまで見たこともないほど冷え切っている。
「ミ、ミナ!? 来てくれたんだね! さあ、行こう! この堅苦しい城を捨てて、自由な世界へ!」
殿下は満面の笑みで手を差し出した。
だが、ミナはその手を取らなかった。
むしろ、スッと私の方へ歩み寄り、私の背後に隠れるように立った。
「……ミナ?」
「嫌です」
ミナは私の肩越しに顔を出し、きっぱりと言い放った。
「銅貨三枚の逃避行なんて、死にに行くようなものです。私、野草を食べて生活するのはお断りです」
「なっ……! 愛があるじゃないか! 君は僕を愛しているんだろう!?」
「愛で家賃は払えません」
ズバッ。
ミナの言葉が、鋭利な刃物となって殿下の胸に突き刺さった。
「それに殿下、さっき『ミナが支えてくれる』って言いましたよね? それって、私は現地で働いて、殿下の世話をして、稼いだお金で殿下を食べさせるってことですよね?」
「え、あ、まあ……君は働き者だし……」
「ヒモ宣言じゃないですか! 最低!」
ミナは叫んだ。
「私、テレナ様みたいに『自分の力で生きるカッコいい女性』に憧れてるんです! ダメ男を養う『都合のいい女』になりたいわけじゃありません!」
「ダ、ダメ男……!?」
殿下が膝から崩れ落ちた。
とどめの一撃だった。
「ごめんなさい、殿下。私、殿下の顔は好きですけど、生活能力のない男は論外です。……さようなら」
「そ、そんな……ミナ……」
殿下は四つん這いになり、地面に崩れ落ちた。
その背中に、哀愁という名の枯葉が舞い落ちていくのが見えるようだ。
「……終わったな」
セリウス閣下が、倒れた甥を見下ろして溜息をついた。
「レイド。夢を見るのは終わりだ。現実(仕事)に戻れ」
「ううっ……叔父上の鬼! テレナの悪魔! ミナの裏切り者ぉぉぉ!」
「連行しろ」
閣下の合図で、隠れていた騎士たちが現れ、泣き叫ぶ殿下を回収していった。
ドナドナと運ばれていく殿下を見送りながら、私はふと、隣にいるミナを見た。
「……随分とはっきり言いましたね」
「ふん。当然です」
ミナは鼻を鳴らした。
「私、男爵家の貧乏暮らしが嫌で、玉の輿を狙ってたんです。でも、王太子妃になっても貧乏暮らしが待ってるなら、意味ないじゃないですか」
「合理的ね。嫌いじゃないわ、その考え方」
私は思わず笑ってしまった。
この子、ただの天然娘かと思っていたが、根っこの部分は意外と私に近いのかもしれない。
「テレナ様!」
ミナが、私の袖をギュッと掴んだ。
その瞳が、再びキラキラと輝き始める。
「私、決めました! もう男に頼るのはやめます! テレナ様みたいに、自分の実力で男を黙らせる、最強の女になります!」
「……目標設定がまた極端ね」
「どうしたらいいですか!? どうしたらテレナ様みたいに、宰相閣下すら手玉に取るカッコよさを手に入れられますか!?」
「手玉には取っていないけれど……」
私は少し考えた。
彼女に必要なのは、他力本願からの脱却だ。
そして、殿下に振り回されないための「強さ」だ。
「そうね……まずは」
私はミナの二の腕をぷにっと突いた。
「筋肉をつけなさい」
「……はい?」
ミナが目を丸くする。
「筋肉です。物理的な強さは、精神的な余裕を生みます。腹筋が割れていれば、大抵のトラブルは『いざとなれば殴り倒せる』と思えて怖くなくなります」
「き、筋肉……」
「そう。毎朝スクワット百回、腹筋百回。それからランニング十キロ。これを三ヶ月続けなさい」
私は適当な……いや、ベルベット家に伝わるスパルタ教育の一端を教えた。
実はこれ、私が幼少期に父から「公爵令嬢たるもの、暴漢の一人や二人は素手で制圧できねばならん」と言われてやらされたメニューだ。
「そ、そうすれば、テレナ様みたいになれますか……?」
「少なくとも、殿下に泣きつかれても振り払える腕力はつきます」
「……分かりました!」
ミナの瞳に、炎が宿った。
「やります! 私、ムキムキの令嬢になります!」
「いや、ムキムキまではならなくていいけど……まあ、頑張って」
ミナは「うおおお!」と気合の声を上げ、その場で行進を始めた。
……なんだか、とんでもないモンスターを生み出してしまった気がするが、まあいいか。
殿下の相手をするよりは建設的だ。
◇
「……片付いたか」
殿下の連行を見届けたセリウス閣下が戻ってきた。
「はい。殿下の心はボキボキに折れましたが、ミナ様は新たな目標を見つけたようです」
「新たな目標?」
「『筋肉』だそうです」
「……?」
閣下は怪訝な顔をしたが、深くは追求しなかった。
賢明な判断だ。
「しかし、レイドのやつ……本気で国を捨てる気だったとはな」
閣下の表情が曇る。
「私の教育が厳しすぎたのか……それとも、王としての資質が決定的に欠けているのか」
「両方でしょうね」
私は率直に言った。
「ですが閣下。逃げ出したくなる気持ちも分かりますよ。閣下の要求レベル、高すぎますから」
「……そうか?」
「ええ。普通の人間は、一度に三つの言語で書類を作成しながら、暗算で予算修正なんてできません」
「君はできているではないか」
「私は『普通』ではありません。規格外です」
自分で言うのもなんだが、事実だ。
「レイド殿下には、殿下なりのペースがあります。……まあ、そのペースが亀より遅いのが問題なのですが」
「……ふっ」
閣下は小さく笑った。
「手厳しいな、君は。だが……救われるよ」
閣下は私の隣に並び、夕焼けに染まる空を見上げた。
「もしレイドが廃嫡となれば、王位継承権の問題が再燃する。国が荒れるな」
「そうですね。ですから、殿下にはもう少し頑張ってもらわねば困ります。私の『平和な老後』のためにも」
「老後、老後と言うな。君はまだ十八だろう」
「精神年齢は還暦間近ですので」
私たちは軽口を叩き合いながら、執務室への道を戻った。
レイド殿下の逃亡未遂事件は、こうして幕を閉じた。
殿下は失意のどん底に叩き落とされ、ミナは筋肉への道に目覚めた。
一件落着――に見えた。
だが、私たちは甘く見ていた。
「窮鼠猫を噛む」という言葉がある。
追い詰められたネズミ(殿下)が、逆恨みという名の牙を剥くことを。
そして、その牙が、予想外の方向――再び私へと向けられることを。
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