26 / 28
26
しおりを挟む
「――以上が、私が立案した『挙式および披露宴に関する進行計画書(短縮版)』です」
王城の一室。
目の前に座る、王室御用達のベテラン・ウェディングプランナー、マダム・ボヌールは、私が差し出した書類を見て白目を剥いていた。
「……て、テレナ様? これ、本気でございますか?」
マダムの手が震えている。
「本気です」
私はコーヒーを飲みながら即答した。
「通常の公爵家の結婚式は、準備に半年、式当日は朝から晩まで丸一日かかると伺いました。……無駄です」
「む、無駄……!?」
「私の計画では、準備期間は一週間。当日の式は挙式三十分、披露宴一時間の計一時間半で終了させます」
「い、一時間半!? お茶会より短いではありませんか!」
マダムが悲鳴を上げた。
「一生に一度の晴れ舞台ですよ!? もっとこう、余韻とか、感動とか……!」
「感動は時間の長さに比例しません。むしろ、ダラダラと長いスピーチや、お色直しで主役が不在の時間は、ゲストの満足度(CS)を下げる要因になります」
私は電卓を叩いて見せた。
「拘束時間が短ければ、ゲストは早く帰って休めますし、私たちも翌日の業務に支障が出ません。ウィンウィンです」
「し、しかし……セリウス閣下はなんと仰るか……」
マダムが助けを求めるように、私の隣に座るセリウス閣下を見た。
閣下は優雅に脚を組み、書類に目を通してから、涼しい顔で言った。
「完璧だ」
「か、閣下!?」
「無駄がない。特にこの『主賓挨拶の撤廃』と『ケーキ入刀の即時分配』のフローは素晴らしい。採用だ」
「そ、そんなぁ……」
マダム・ボヌールがガクリと項垂れた。
こうして、前代未聞の「RTA(リアルタイムアタック)結婚式」の幕が開けた。
◇
まずはドレス選びだ。
通常なら、何十着も試着して、数日かけて選ぶものらしい。
「こちらが新作の純白シルクで……あちらは総レースの……」
衣装部屋に並ぶ煌びやかなドレスの数々。
私は部屋に入ってから三秒で、一番手前にあったドレスを指差した。
「これにします」
「は?」
衣装係が口を開けたまま固まった。
「え、あの、まだ説明も……」
「一番動きやすそうで、かつ布面積が適切です。長いトレーン(裾)は転倒リスクがあるのでカットしてください。あと、袖は決裁印が押しやすいように七分丈で」
「け、決裁印……? 花嫁様が決裁印を?」
「念のためです。緊急の書類が届くかもしれませんから」
私は閣下を振り返った。
「閣下、これでよろしいですか?」
「ああ。君は何を着ても美しいが、そのドレスは特に機能美を感じる」
「では決定で。所要時間三分。新記録ですね」
私たちは風のように衣装部屋を去った。
残された衣装係たちは「嵐……?」と呆然としていた。
◇
次は招待客の選定だ。
公爵家の結婚式ともなれば、国内の貴族全員、他国の要人など、千人規模になるのが通例だ。
「リストアップしました」
私は一枚の紙をペラリと出した。
「……五十人?」
マダム・ボヌールが絶句した。
「桁が二つ足りないのでは……?」
「足りています。本当に必要な人間だけを厳選しました」
私の選定基準は以下の通りだ。
一、今後もビジネス(国政)で関わる重要人物。
二、高額なご祝儀が期待できる富裕層。
三、私たちの邪魔をしない常識人。
「親戚の叔父様や、遠縁の従姉妹様は……?」
「私の『悪評』を広めていた方々ですね? リストから削除(パージ)しました。彼らを呼んでも、料理の味が落ちるだけですので」
「そ、そうですか……」
「その代わり、空いたスペースに『一般観覧席(有料)』を設けます」
「は?」
「城下町の市民向けにチケットを販売します。『氷の宰相と悪役令嬢の結婚式』。見世物としては極上でしょう? チケット代は一枚金貨一枚。即完売間違いなしです」
「け、結婚式を興行にするおつもりですか!?」
「式の費用を回収し、かつ黒字にするための施策です。……閣下、チケットの売上は?」
「発売開始五分で完売したそうだ。転売対策も万全にしてある」
「さすがです」
私たちはハイタッチを交わした。
マダムはもう、何も言わずに天を仰いでいた。
◇
そして迎えた、挙式当日。
王都の大聖堂は、異様な熱気に包まれていた。
厳選された五十名のVIP貴族と、抽選に当たった数百名の一般市民。
「さあ、始めましょう」
控室で、私は純白のドレス(袖は七分丈)に身を包み、時計を確認した。
「オンタイムです。予定通り進行します」
「ああ。行こうか、テレナ」
セリウス閣下は、漆黒のタキシード姿。
悔しいけれど、息が止まるほど格好いい。
隣に立つだけで時給が発生しそうなビジュアルだ。
「……緊張しているか?」
閣下が私の手を握る。
「まさか。これは『契約調印式』のセレモニーですから」
私は強がって見せたが、指先が少し冷たいのを閣下に見抜かれて、強く握り返された。
「大丈夫だ。私がエスコートする。……最短ルートでな」
扉が開く。
パイプオルガンの音が響き渡る。
私たちはヴァージンロードを歩き出した。
通常なら、しずしずと、一歩踏み出すのに五秒くらいかけて歩くらしいが。
スタスタスタ。
私たちは競歩のような速さで進んだ。
「は、速い……!」
「残像が見えるぞ!」
参列者たちがざわめく中、私たちはあっという間に祭壇の前へ到着した。
そこには、困惑顔の司祭様が待っていた。
「あ、あの……新郎新婦、早すぎ……」
「始めてください。時間は金なりです」
私が促すと、司祭様は慌てて聖書を開いた。
「えー、健やかなる時も、病める時も……」
「誓います」
「誓う」
私と閣下は食い気味に即答した。
「えっ、あ、まだ最後まで……」
「内容は把握しています。次へ」
「で、では指輪の交換を……」
シュッ。
私たちはプロの早業で互いの指に指輪を嵌めた。
「誓いのキスを……」
閣下が私の腰を引き寄せ、迷いなく唇を重ねた。
触れるだけの形式的なものではない。
数秒間、しっかりと、所有権を主張するような熱いキス。
「……んッ」
会場から「おおーっ!」という歓声と、市民席からの「尊い!」「元取れた!」という声が上がる。
「……これで満足か?」
唇を離し、閣下が悪戯っぽく囁いた。
「……業務過多です」
私は顔を赤くして睨んだ。
「では、これにて挙式終了! 続いて披露宴会場へ移動します! 移動時間は五分です!」
私がドレスの裾を翻して宣言すると、参列者たちは「軍隊かよ!」とツッコミを入れつつも、慌てて席を立った。
◇
披露宴会場(ガーデンパーティー形式)。
ここでも効率化は徹底されていた。
「新郎新婦の入場です!」
拍手の中、私たちが現れる。
高砂席に座るや否や、私はマイクを握った。
「本日はお日柄もよく、ご多忙の中ありがとうございます。……乾杯!」
「「早っ!!」」
挨拶は三秒で終了。
グラスを合わせ、即座に料理が運ばれてくる。
「皆様、料理はビュッフェスタイルです。好きなものを好きなだけ、効率よく摂取してください」
「余興の時間です!」
司会者が叫ぶと、ステージに現れたのは――。
「フンッ! ハッ!」
ボディビルダーのようなポーズを決める、メイド服の少女。
ミナである。
「お祝いのマッスルポーズですっ! サイドチェストォォォ!」
彼女は北方の開拓地から、この日のために一時帰国していた(レイド殿下は畑仕事のため留守番)。
「す、すごい筋肉だ……」
「あれが男爵令嬢……?」
会場がどよめく中、ミナは豪快に氷の彫刻(セリウス閣下と私の像)を素手で作り上げた。
「おめでとうございます! これ、溶けたら水割り用の水にしてください!」
「ありがとうミナ。実用的ね」
余興、終了。
友人代表スピーチ、なし。
花嫁の手紙、なし(両親には事前に請求書と一緒に郵送済み)。
そして、最後のイベント。
ブーケトス。
「さあ、独身女性の皆様! 前に出なさい!」
私がブーケを構えると、令嬢たちが色めき立った。
中には、以前閣下を狙っていた隣国のイケメン外交官、イザベラの姿もある。
「行くわよ!」
私は計算し尽くされた角度と速度で、ブーケを投げた。
それは美しい弧を描き――。
バシィッ!!
なんと、警備をしていた騎士団長(独身・五十代)の顔面に直撃した。
「ぶべっ!?」
「あら、風の計算を間違えたかしら」
「いや、団長が婚期を逃し続けている執念が、ブーケを吸い寄せたのだろう」
閣下が冷静に分析した。
会場は大爆笑に包まれた。
◇
こうして。
予定通り一時間半ピッタリで、結婚式は幕を閉じた。
ゲストたちは口々に言った。
「こんなに疲れない結婚式は初めてだ」
「料理もすぐ出てきたし、最高だった」
「何より、二人の連携が見事すぎて、見ていて気持ちよかった」
高評価(高CS)である。
すべての客を見送った後。
私とセリウス閣下は、静かになった会場のバルコニーに立っていた。
「……疲れたか?」
閣下が、シャンパングラスを渡してくれた。
「いいえ。心地よい疲労感です。タイムキーパーとしての役割は完璧に果たせました」
「そうだな。最高の式だった」
閣下は夜風に当たりながら、目を細めた。
「……だが、一つだけ不満がある」
「不満? 進行にミスが?」
「いや」
閣下はグラスを置き、私に向き直った。
「あまりに効率的すぎて……君とゆっくり見つめ合う時間がなかった」
「……それは、式が終わってからいくらでもできるでしょう?」
「待てないんだ」
閣下は私の腰を引き寄せた。
「式は終わった。ここからは……公務でも、儀式でもない。私と君だけの時間だ」
「……閣下」
「契約書には『初夜の業務内容は夫の裁量に委ねる』とあったはずだが?」
「……そんな条文、いつ書き加えたんですか」
「先ほど、君がブーケを投げている間に」
「詐欺です」
「合法だ」
閣下は悪戯っぽく笑い、私を軽々と横抱きにした。
「きゃっ!?」
「さあ、行こうか。……ベッドルームへの移動時間は、最短ルートで一分だ」
「そこもRTAなんですか!?」
「時間は金なり、だろう?」
私たちは笑い合いながら、夜の廊下を消えていった。
効率的で、騒がしくて、でも最高に幸せな結婚式。
これが、私たちの「始まり」にふさわしいセレモニーだった。
だが、私はまだ油断していた。
「初夜」というイベントにおいて、セリウス閣下がどれほど「計算外の熱量」をぶつけてくるかを。
そして、私たちが夫婦として迎える最初の朝に、どんな「人生設計書」の改訂が必要になるかを。
夜はまだ、始まったばかりだ。
王城の一室。
目の前に座る、王室御用達のベテラン・ウェディングプランナー、マダム・ボヌールは、私が差し出した書類を見て白目を剥いていた。
「……て、テレナ様? これ、本気でございますか?」
マダムの手が震えている。
「本気です」
私はコーヒーを飲みながら即答した。
「通常の公爵家の結婚式は、準備に半年、式当日は朝から晩まで丸一日かかると伺いました。……無駄です」
「む、無駄……!?」
「私の計画では、準備期間は一週間。当日の式は挙式三十分、披露宴一時間の計一時間半で終了させます」
「い、一時間半!? お茶会より短いではありませんか!」
マダムが悲鳴を上げた。
「一生に一度の晴れ舞台ですよ!? もっとこう、余韻とか、感動とか……!」
「感動は時間の長さに比例しません。むしろ、ダラダラと長いスピーチや、お色直しで主役が不在の時間は、ゲストの満足度(CS)を下げる要因になります」
私は電卓を叩いて見せた。
「拘束時間が短ければ、ゲストは早く帰って休めますし、私たちも翌日の業務に支障が出ません。ウィンウィンです」
「し、しかし……セリウス閣下はなんと仰るか……」
マダムが助けを求めるように、私の隣に座るセリウス閣下を見た。
閣下は優雅に脚を組み、書類に目を通してから、涼しい顔で言った。
「完璧だ」
「か、閣下!?」
「無駄がない。特にこの『主賓挨拶の撤廃』と『ケーキ入刀の即時分配』のフローは素晴らしい。採用だ」
「そ、そんなぁ……」
マダム・ボヌールがガクリと項垂れた。
こうして、前代未聞の「RTA(リアルタイムアタック)結婚式」の幕が開けた。
◇
まずはドレス選びだ。
通常なら、何十着も試着して、数日かけて選ぶものらしい。
「こちらが新作の純白シルクで……あちらは総レースの……」
衣装部屋に並ぶ煌びやかなドレスの数々。
私は部屋に入ってから三秒で、一番手前にあったドレスを指差した。
「これにします」
「は?」
衣装係が口を開けたまま固まった。
「え、あの、まだ説明も……」
「一番動きやすそうで、かつ布面積が適切です。長いトレーン(裾)は転倒リスクがあるのでカットしてください。あと、袖は決裁印が押しやすいように七分丈で」
「け、決裁印……? 花嫁様が決裁印を?」
「念のためです。緊急の書類が届くかもしれませんから」
私は閣下を振り返った。
「閣下、これでよろしいですか?」
「ああ。君は何を着ても美しいが、そのドレスは特に機能美を感じる」
「では決定で。所要時間三分。新記録ですね」
私たちは風のように衣装部屋を去った。
残された衣装係たちは「嵐……?」と呆然としていた。
◇
次は招待客の選定だ。
公爵家の結婚式ともなれば、国内の貴族全員、他国の要人など、千人規模になるのが通例だ。
「リストアップしました」
私は一枚の紙をペラリと出した。
「……五十人?」
マダム・ボヌールが絶句した。
「桁が二つ足りないのでは……?」
「足りています。本当に必要な人間だけを厳選しました」
私の選定基準は以下の通りだ。
一、今後もビジネス(国政)で関わる重要人物。
二、高額なご祝儀が期待できる富裕層。
三、私たちの邪魔をしない常識人。
「親戚の叔父様や、遠縁の従姉妹様は……?」
「私の『悪評』を広めていた方々ですね? リストから削除(パージ)しました。彼らを呼んでも、料理の味が落ちるだけですので」
「そ、そうですか……」
「その代わり、空いたスペースに『一般観覧席(有料)』を設けます」
「は?」
「城下町の市民向けにチケットを販売します。『氷の宰相と悪役令嬢の結婚式』。見世物としては極上でしょう? チケット代は一枚金貨一枚。即完売間違いなしです」
「け、結婚式を興行にするおつもりですか!?」
「式の費用を回収し、かつ黒字にするための施策です。……閣下、チケットの売上は?」
「発売開始五分で完売したそうだ。転売対策も万全にしてある」
「さすがです」
私たちはハイタッチを交わした。
マダムはもう、何も言わずに天を仰いでいた。
◇
そして迎えた、挙式当日。
王都の大聖堂は、異様な熱気に包まれていた。
厳選された五十名のVIP貴族と、抽選に当たった数百名の一般市民。
「さあ、始めましょう」
控室で、私は純白のドレス(袖は七分丈)に身を包み、時計を確認した。
「オンタイムです。予定通り進行します」
「ああ。行こうか、テレナ」
セリウス閣下は、漆黒のタキシード姿。
悔しいけれど、息が止まるほど格好いい。
隣に立つだけで時給が発生しそうなビジュアルだ。
「……緊張しているか?」
閣下が私の手を握る。
「まさか。これは『契約調印式』のセレモニーですから」
私は強がって見せたが、指先が少し冷たいのを閣下に見抜かれて、強く握り返された。
「大丈夫だ。私がエスコートする。……最短ルートでな」
扉が開く。
パイプオルガンの音が響き渡る。
私たちはヴァージンロードを歩き出した。
通常なら、しずしずと、一歩踏み出すのに五秒くらいかけて歩くらしいが。
スタスタスタ。
私たちは競歩のような速さで進んだ。
「は、速い……!」
「残像が見えるぞ!」
参列者たちがざわめく中、私たちはあっという間に祭壇の前へ到着した。
そこには、困惑顔の司祭様が待っていた。
「あ、あの……新郎新婦、早すぎ……」
「始めてください。時間は金なりです」
私が促すと、司祭様は慌てて聖書を開いた。
「えー、健やかなる時も、病める時も……」
「誓います」
「誓う」
私と閣下は食い気味に即答した。
「えっ、あ、まだ最後まで……」
「内容は把握しています。次へ」
「で、では指輪の交換を……」
シュッ。
私たちはプロの早業で互いの指に指輪を嵌めた。
「誓いのキスを……」
閣下が私の腰を引き寄せ、迷いなく唇を重ねた。
触れるだけの形式的なものではない。
数秒間、しっかりと、所有権を主張するような熱いキス。
「……んッ」
会場から「おおーっ!」という歓声と、市民席からの「尊い!」「元取れた!」という声が上がる。
「……これで満足か?」
唇を離し、閣下が悪戯っぽく囁いた。
「……業務過多です」
私は顔を赤くして睨んだ。
「では、これにて挙式終了! 続いて披露宴会場へ移動します! 移動時間は五分です!」
私がドレスの裾を翻して宣言すると、参列者たちは「軍隊かよ!」とツッコミを入れつつも、慌てて席を立った。
◇
披露宴会場(ガーデンパーティー形式)。
ここでも効率化は徹底されていた。
「新郎新婦の入場です!」
拍手の中、私たちが現れる。
高砂席に座るや否や、私はマイクを握った。
「本日はお日柄もよく、ご多忙の中ありがとうございます。……乾杯!」
「「早っ!!」」
挨拶は三秒で終了。
グラスを合わせ、即座に料理が運ばれてくる。
「皆様、料理はビュッフェスタイルです。好きなものを好きなだけ、効率よく摂取してください」
「余興の時間です!」
司会者が叫ぶと、ステージに現れたのは――。
「フンッ! ハッ!」
ボディビルダーのようなポーズを決める、メイド服の少女。
ミナである。
「お祝いのマッスルポーズですっ! サイドチェストォォォ!」
彼女は北方の開拓地から、この日のために一時帰国していた(レイド殿下は畑仕事のため留守番)。
「す、すごい筋肉だ……」
「あれが男爵令嬢……?」
会場がどよめく中、ミナは豪快に氷の彫刻(セリウス閣下と私の像)を素手で作り上げた。
「おめでとうございます! これ、溶けたら水割り用の水にしてください!」
「ありがとうミナ。実用的ね」
余興、終了。
友人代表スピーチ、なし。
花嫁の手紙、なし(両親には事前に請求書と一緒に郵送済み)。
そして、最後のイベント。
ブーケトス。
「さあ、独身女性の皆様! 前に出なさい!」
私がブーケを構えると、令嬢たちが色めき立った。
中には、以前閣下を狙っていた隣国のイケメン外交官、イザベラの姿もある。
「行くわよ!」
私は計算し尽くされた角度と速度で、ブーケを投げた。
それは美しい弧を描き――。
バシィッ!!
なんと、警備をしていた騎士団長(独身・五十代)の顔面に直撃した。
「ぶべっ!?」
「あら、風の計算を間違えたかしら」
「いや、団長が婚期を逃し続けている執念が、ブーケを吸い寄せたのだろう」
閣下が冷静に分析した。
会場は大爆笑に包まれた。
◇
こうして。
予定通り一時間半ピッタリで、結婚式は幕を閉じた。
ゲストたちは口々に言った。
「こんなに疲れない結婚式は初めてだ」
「料理もすぐ出てきたし、最高だった」
「何より、二人の連携が見事すぎて、見ていて気持ちよかった」
高評価(高CS)である。
すべての客を見送った後。
私とセリウス閣下は、静かになった会場のバルコニーに立っていた。
「……疲れたか?」
閣下が、シャンパングラスを渡してくれた。
「いいえ。心地よい疲労感です。タイムキーパーとしての役割は完璧に果たせました」
「そうだな。最高の式だった」
閣下は夜風に当たりながら、目を細めた。
「……だが、一つだけ不満がある」
「不満? 進行にミスが?」
「いや」
閣下はグラスを置き、私に向き直った。
「あまりに効率的すぎて……君とゆっくり見つめ合う時間がなかった」
「……それは、式が終わってからいくらでもできるでしょう?」
「待てないんだ」
閣下は私の腰を引き寄せた。
「式は終わった。ここからは……公務でも、儀式でもない。私と君だけの時間だ」
「……閣下」
「契約書には『初夜の業務内容は夫の裁量に委ねる』とあったはずだが?」
「……そんな条文、いつ書き加えたんですか」
「先ほど、君がブーケを投げている間に」
「詐欺です」
「合法だ」
閣下は悪戯っぽく笑い、私を軽々と横抱きにした。
「きゃっ!?」
「さあ、行こうか。……ベッドルームへの移動時間は、最短ルートで一分だ」
「そこもRTAなんですか!?」
「時間は金なり、だろう?」
私たちは笑い合いながら、夜の廊下を消えていった。
効率的で、騒がしくて、でも最高に幸せな結婚式。
これが、私たちの「始まり」にふさわしいセレモニーだった。
だが、私はまだ油断していた。
「初夜」というイベントにおいて、セリウス閣下がどれほど「計算外の熱量」をぶつけてくるかを。
そして、私たちが夫婦として迎える最初の朝に、どんな「人生設計書」の改訂が必要になるかを。
夜はまだ、始まったばかりだ。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。
BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。
父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した!
メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!
〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。
藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。
「……旦那様、何をしているのですか?」
その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。
そして妹は、
「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と…
旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。
信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
運命の人ではなかっただけ
Rj
恋愛
教会で結婚の誓いをたてる十日前に婚約者のショーンから結婚できないといわれたアリス。ショーンは運命の人に出会ったという。傷心のアリスに周囲のさまざまな思惑がとびかう。
全十一話
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる