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「……知らない天井だわ」
私が目を覚ますと、そこは天蓋付きの豪華なベッドの上だった。
窓からは柔らかな日差しが差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。
まるで天国のような光景だ。
(……もしかして、過労死した?)
私が自分の生死を確認しようと上半身を起こした、その時だった。
「テレナ!」
ベッドの脇の椅子から、誰かが飛び起きた。
セリウス閣下だ。
ただし、いつもの完璧な姿ではない。
銀髪はボサボサ、目の下には隈があり、顎にはうっすらと髭が生えている。着ているシャツも皺だらけだ。
「……閣下? どうしたんですか、その山賊のような格好は」
「君が……君が三日も目を覚さないからだ!」
閣下は私を抱きしめた。
強い力だ。香水の匂いではなく、少し汗ばんだ男の匂いがする。
「三日……? 嘘でしょう?」
「医者は『極度の過労と栄養失調』だと言っていた。……すまない。私が無理をさせた」
閣下の声が震えている。
どうやら、この三日間、つきっきりで看病してくれていたらしい。
「……閣下。貴方こそ、仕事はどうしたのですか? 三日も宰相が不在では、国が回りませんよ」
「知ったことか。君が死にかけているのに、書類など見ていられるか」
「非効率ですね……。私の不在による経済損失と、閣下のサボりによる停滞を合わせると、ざっと金貨千枚の赤字です」
私が電卓(エア)を弾くと、閣下は泣き笑いのような顔をした。
「……君が生きていて良かった。本当に」
◇
その後、医師の診察を受け、「もう大丈夫」というお墨付きをもらった私は、病室(王城内の貴賓室)のベッドでスープを飲んでいた。
閣下は隣でリンゴを剥いている。皮が分厚くて不格好だが、一生懸命だ。
「テレナ」
リンゴ(ウサギ型……には見えない謎の物体)を皿に置き、閣下が切り出した。
「改めて、言わせてくれ」
「はい」
「私と結婚してくれ。……正式に」
プロポーズ。
気絶する直前のキスで、答えは出ているようなものだが、改めて言葉にされると重みが違う。
私はスプーンを置き、居住まいを正した。
「……謹んで、お受けいたします」
「本当か!」
「と言いたいところですが」
私は人差し指を立てて「待った」をかけた。
「条件があります」
「条件?」
「はい。私は『公爵夫人』という職業の業務内容について、懸念を抱いております」
私は枕の下から(なぜかあった)メモ帳を取り出した。
「調査したところ、公爵夫人の業務は以下の通りです」
・領地経営の補佐(無給)
・社交界での派閥調整(ストレス大)
・屋敷の管理と使用人の統率(重労働)
・チャリティーイベントへの強制参加(持ち出し多し)
・跡継ぎを産むプレッシャー(プライバシー侵害)
「……これ、完全な『ブラック企業』ですよね?」
私は淡々と指摘した。
「名誉職といえば聞こえはいいですが、実態は『無給の高級雑用係』です。私のモットーである『高効率・高収益』とは真逆の環境です」
「……ふむ」
「特に『奥様付き合い』。これが最悪です。生産性のないお茶会で、愛想笑いを浮かべてマウントを取り合う……想像しただけで蕁麻疹が出そうです」
私はため息をついた。
「閣下のことは愛しています。それは計算外のエラーが出るほどに。……ですが、この『公爵夫人』という激務に耐えられる自信がありません。私はすぐに辞表を出して逃げ出すでしょう」
愛だけでは生活できない。
それはレイド殿下の件で私が証明した真理だ。
セリウス閣下は、私の懸念リストをじっと見つめ、そして静かに口を開いた。
「……ならば、変えればいい」
「え?」
「公爵家のルールを、君が作り変えろ」
閣下はニヤリと笑った。
「無意味なお茶会? 全廃して構わん。社交? 君が会いたい人間とだけ会えばいい。屋敷の管理? 君の好きなように効率化しろ。使用人をロボットのように扱おうが、経費を削減しようが、全て君の裁量だ」
「……全部、ですか?」
「ああ。君は『アークライト公爵家』という巨大企業のCEO(最高経営責任者)になるんだ。私はオーナーとして、君に全権を委任する」
CEO。
なんて甘美な響きだろう。
ただの「夫人」ではなく「経営者」として迎え入れられるなら、話は別だ。
「でも、周囲が黙っていないのでは? 『伝統が』とか『格式が』とかうるさい親戚や、貴族たちが……」
「そのために私がいる」
閣下の目が、ギラリと冷たく光った。
「君の改革に口を出す者がいれば、私が全て排除する。文句がある奴には、国税局の査察を入れるか、北の果てへ左遷してやる」
「……職権乱用も極まれりですね」
「君を守るためなら、私は魔王にでもなるさ」
閣下は私の手を取り、その薬指に指輪をはめた。
キラリと光る、巨大なブルーダイヤモンド。
「こ、これは……」
「婚約指輪だ。最高級の『聖なる守護石』を使っている。毒を検知すると色が変わり、物理攻撃も一回なら防げる」
「機能性が高い!」
「さらに、市場価値は金貨一万枚だ。いざという時は換金して逃げてもいい」
「資産価値も抜群!」
完璧だ。
これ以上ない、私好みの指輪だ。
「テレナ。君は鳥かごの中の愛玩動物になる必要はない。私の隣で、その爪と牙を研ぎ澄ませていてくれ。……一緒に、この国を支配しよう」
それは、愛の告白というよりは、悪の組織の勧誘のようだった。
でも、それが私には最高に心地よかった。
「……分かりました」
私は指輪をつけた手を掲げ、光にかざした。
「その条件、飲みましょう。本日より、私は『アークライト公爵家・改革担当責任者』として就任いたします」
「交渉成立だな」
閣下は満足げに笑い、私の手の甲にキスを落とした。
「……愛しているよ、私の最強のパートナー」
「私もです。……私の最高のスポンサー様」
こうして、私たちは正式に婚約した。
病室での、色気よりも条件闘争がメインのプロポーズ。
それが私たちにはお似合いだった。
だが、休む暇はない。
結婚式の準備という、人生最大の「ビッグイベント」が待っているのだ。
「閣下。結婚式ですが」
私は早速、メモ帳を開いた。
「無駄なスピーチ、長すぎる儀式、美味しくない料理。これらは全てカットします。最短・最速・最高率の式を挙げましょう」
「……楽しみにしている」
私の「公爵夫人改革」は、結婚式から始まることになった。
私が目を覚ますと、そこは天蓋付きの豪華なベッドの上だった。
窓からは柔らかな日差しが差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。
まるで天国のような光景だ。
(……もしかして、過労死した?)
私が自分の生死を確認しようと上半身を起こした、その時だった。
「テレナ!」
ベッドの脇の椅子から、誰かが飛び起きた。
セリウス閣下だ。
ただし、いつもの完璧な姿ではない。
銀髪はボサボサ、目の下には隈があり、顎にはうっすらと髭が生えている。着ているシャツも皺だらけだ。
「……閣下? どうしたんですか、その山賊のような格好は」
「君が……君が三日も目を覚さないからだ!」
閣下は私を抱きしめた。
強い力だ。香水の匂いではなく、少し汗ばんだ男の匂いがする。
「三日……? 嘘でしょう?」
「医者は『極度の過労と栄養失調』だと言っていた。……すまない。私が無理をさせた」
閣下の声が震えている。
どうやら、この三日間、つきっきりで看病してくれていたらしい。
「……閣下。貴方こそ、仕事はどうしたのですか? 三日も宰相が不在では、国が回りませんよ」
「知ったことか。君が死にかけているのに、書類など見ていられるか」
「非効率ですね……。私の不在による経済損失と、閣下のサボりによる停滞を合わせると、ざっと金貨千枚の赤字です」
私が電卓(エア)を弾くと、閣下は泣き笑いのような顔をした。
「……君が生きていて良かった。本当に」
◇
その後、医師の診察を受け、「もう大丈夫」というお墨付きをもらった私は、病室(王城内の貴賓室)のベッドでスープを飲んでいた。
閣下は隣でリンゴを剥いている。皮が分厚くて不格好だが、一生懸命だ。
「テレナ」
リンゴ(ウサギ型……には見えない謎の物体)を皿に置き、閣下が切り出した。
「改めて、言わせてくれ」
「はい」
「私と結婚してくれ。……正式に」
プロポーズ。
気絶する直前のキスで、答えは出ているようなものだが、改めて言葉にされると重みが違う。
私はスプーンを置き、居住まいを正した。
「……謹んで、お受けいたします」
「本当か!」
「と言いたいところですが」
私は人差し指を立てて「待った」をかけた。
「条件があります」
「条件?」
「はい。私は『公爵夫人』という職業の業務内容について、懸念を抱いております」
私は枕の下から(なぜかあった)メモ帳を取り出した。
「調査したところ、公爵夫人の業務は以下の通りです」
・領地経営の補佐(無給)
・社交界での派閥調整(ストレス大)
・屋敷の管理と使用人の統率(重労働)
・チャリティーイベントへの強制参加(持ち出し多し)
・跡継ぎを産むプレッシャー(プライバシー侵害)
「……これ、完全な『ブラック企業』ですよね?」
私は淡々と指摘した。
「名誉職といえば聞こえはいいですが、実態は『無給の高級雑用係』です。私のモットーである『高効率・高収益』とは真逆の環境です」
「……ふむ」
「特に『奥様付き合い』。これが最悪です。生産性のないお茶会で、愛想笑いを浮かべてマウントを取り合う……想像しただけで蕁麻疹が出そうです」
私はため息をついた。
「閣下のことは愛しています。それは計算外のエラーが出るほどに。……ですが、この『公爵夫人』という激務に耐えられる自信がありません。私はすぐに辞表を出して逃げ出すでしょう」
愛だけでは生活できない。
それはレイド殿下の件で私が証明した真理だ。
セリウス閣下は、私の懸念リストをじっと見つめ、そして静かに口を開いた。
「……ならば、変えればいい」
「え?」
「公爵家のルールを、君が作り変えろ」
閣下はニヤリと笑った。
「無意味なお茶会? 全廃して構わん。社交? 君が会いたい人間とだけ会えばいい。屋敷の管理? 君の好きなように効率化しろ。使用人をロボットのように扱おうが、経費を削減しようが、全て君の裁量だ」
「……全部、ですか?」
「ああ。君は『アークライト公爵家』という巨大企業のCEO(最高経営責任者)になるんだ。私はオーナーとして、君に全権を委任する」
CEO。
なんて甘美な響きだろう。
ただの「夫人」ではなく「経営者」として迎え入れられるなら、話は別だ。
「でも、周囲が黙っていないのでは? 『伝統が』とか『格式が』とかうるさい親戚や、貴族たちが……」
「そのために私がいる」
閣下の目が、ギラリと冷たく光った。
「君の改革に口を出す者がいれば、私が全て排除する。文句がある奴には、国税局の査察を入れるか、北の果てへ左遷してやる」
「……職権乱用も極まれりですね」
「君を守るためなら、私は魔王にでもなるさ」
閣下は私の手を取り、その薬指に指輪をはめた。
キラリと光る、巨大なブルーダイヤモンド。
「こ、これは……」
「婚約指輪だ。最高級の『聖なる守護石』を使っている。毒を検知すると色が変わり、物理攻撃も一回なら防げる」
「機能性が高い!」
「さらに、市場価値は金貨一万枚だ。いざという時は換金して逃げてもいい」
「資産価値も抜群!」
完璧だ。
これ以上ない、私好みの指輪だ。
「テレナ。君は鳥かごの中の愛玩動物になる必要はない。私の隣で、その爪と牙を研ぎ澄ませていてくれ。……一緒に、この国を支配しよう」
それは、愛の告白というよりは、悪の組織の勧誘のようだった。
でも、それが私には最高に心地よかった。
「……分かりました」
私は指輪をつけた手を掲げ、光にかざした。
「その条件、飲みましょう。本日より、私は『アークライト公爵家・改革担当責任者』として就任いたします」
「交渉成立だな」
閣下は満足げに笑い、私の手の甲にキスを落とした。
「……愛しているよ、私の最強のパートナー」
「私もです。……私の最高のスポンサー様」
こうして、私たちは正式に婚約した。
病室での、色気よりも条件闘争がメインのプロポーズ。
それが私たちにはお似合いだった。
だが、休む暇はない。
結婚式の準備という、人生最大の「ビッグイベント」が待っているのだ。
「閣下。結婚式ですが」
私は早速、メモ帳を開いた。
「無駄なスピーチ、長すぎる儀式、美味しくない料理。これらは全てカットします。最短・最速・最高率の式を挙げましょう」
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