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「――以上、隣国ガーネットとの『魔法銀加工貿易』に関する今期の収支報告です。純利益は前年比百二〇パーセント増。過去最高益を更新しました」
数年後の王城、宰相執務室。
私は指示棒をピシャリとホワイトボードに叩きつけ、並み居る文官たちを見回した。
「ボーナスは期待してよろしいのですか、公爵夫人?」
財務官の一人が、おずおずと手を挙げた。
「もちろんです。ただし、ミスがあった者の分は私の懐に入りますので、震えて待ちやがれ……失礼、心してお待ちください」
「「「はいっ!!」」」
文官たちが直立不動で敬礼する。
その動きは軍隊のように統率されており、彼らの瞳には「恐怖」と「崇拝」が入り混じっていた。
「……相変わらず厳しいな、私のCEOは」
執務机の奥で、セリウス閣下――いや、私の夫が、決裁印を押しながら苦笑した。
その姿は数年前と変わらず美しいが、漂う貫禄はさらに増している。
『氷の宰相』という異名は健在だが、最近では私の存在も相まって、『国を影で操る最恐夫婦』『魔王と女幹部』などという不名誉な二つ名も囁かれているらしい。
「厳しさこそが愛です、あなた。彼らがミスをすれば、国の損失になり、ひいては私たちの老後資金が減るのですから」
「君の老後資金は、もう国家予算を超えていると思うが?」
「備えあれば憂いなしです。インフレリスクも考慮しないと」
私はふふっと笑い、夫の隣に歩み寄った。
自然な動作で、彼が淹れてくれたコーヒー(砂糖五個入り)を受け取る。
「……それにしても、平和ですね」
「ああ。君が睨みを利かせているおかげで、汚職も不正も激減した。貴族たちは君の『監査』を恐れて、真面目に納税しているよ」
かつて私を陥れようとしたような悪徳貴族は、ことごとく私の手によって合法的に社会的抹殺(借金地獄&強制労働)された。
今では、私の名前を聞くだけで震え上がる者もいるとかいないとか。
「退屈ですか?」
「いや」
セリウスは書類を置き、私の腰に腕を回した。
「君との毎日は、飽きることがない。毎日がトラブルと、それをねじ伏せる君の雄姿で満ちているからな」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
◇
コンコン。
「失礼します! 北方の開拓地より、定期便が届きました!」
文官が大きな木箱を運び込んできた。
「あら、来たわね」
私は目を輝かせて木箱を開けた。
中には、泥付きの立派なジャガイモがぎっしりと詰まっていた。
そして、一枚の手紙。
『親愛なる叔父上、そして鬼のテレナへ。
今年も最高傑作ができた。名付けて「レイド・スペシャル・ゴールド」。
市場価格の三倍で買い取ってくれ。これで借金の残高はあと金貨三千枚だ!
追伸:昨日、ミナが野生の熊を素手で追い払った。「背中の筋肉への刺激が足りない」と不満そうだった。誰か止めてくれ。
北の農夫レイドより』
「……ぶっ」
私は手紙を読んで吹き出した。
「相変わらずね、あの二人は」
「熊を素手で……? ミナ嬢はどこへ向かっているんだ」
セリウスも頭を抱えている。
レイド殿下……改め、農夫レイドは、あの後見事に北の地で更生した。
最初は泣き言ばかりだったようだが、ミナのスパルタ指導と、持ち前の「バカゆえのポジティブさ」で農業に目覚め、今では「北のジャガイモ王」と呼ばれるまでになっているらしい。
「借金完済まで、あと十年というところかしら」
「彼が王にならなくて本当に良かった。今の彼の方が、ずっと生き生きとしている」
「そうですね。適材適所です」
私はジャガイモを一つ手に取った。
ずっしりと重い。彼が汗水垂らして作った、本物の重みだ。
「今夜はポテトサラダにしましょうか。あなた、皮剥き手伝ってくださいね」
「……指を切らないよう、善処する」
◇
夕暮れ時。
私たちは仕事を切り上げ、並んで廊下を歩いていた。
窓の外には、オレンジ色に染まる王都の街並みが広がっている。
「……テレナ」
不意に、セリウスが足を止めた。
「ん?」
「幸せか?」
唐突な質問に、私は目を丸くした。
「……なんですか、急に。熱でもあります?」
「定期的な確認だ。君との契約内容が履行されているか、不安になる時がある」
セリウスは真剣な顔で私を見つめた。
「君はかつて、南の島で自由に暮らすことを夢見ていた。……今のこの、激務と責任に追われる生活は、君の望んだものだったのか?」
「……」
私は少し考えて、窓の外に視線を移した。
確かに、あの頃の私が描いていた「理想の未来」とは違う。
ハンモックはない。
昼寝の時間もない。
毎日、書類と数字と、厄介な貴族たちとの戦いだ。
でも。
私は隣にいる夫を見上げた。
銀色の髪、知的な瞳。そして、私に向けられる不器用で深い愛情。
「……計算外ですね」
「え?」
「私の人生設計において、こんなに『赤字覚悟の労働』をする予定はありませんでした」
私は苦笑した。
「でも……不思議と、損をした気分にはなりません」
「……なぜだ?」
「貴方がいるからです」
私は彼の手を握った。
「南の島の太陽よりも、貴方の隣の方が暖かい。……それだけの理由です」
セリウスは一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうに目を細めた。
そして、私の手を引き寄せ、指先に口付けた。
「……私の勝ちだな」
「はい?」
「君という最高の投資先を、独占できたのだから」
「……調子に乗らないでください。維持費は高いですよ?」
「一生かけて払おう」
私たちは笑い合い、再び歩き出した。
廊下の先には、私たちが暮らす部屋がある。
そこには、まだ幼い私たちの子供(やっぱり計算通りにいかず、双子だった)が待っているはずだ。
「さあ、帰りましょう。子供たちが『パパとママ、遅い!』って暴れている頃です」
「……帰ったら、まず絵本を読んでやらねばな」
「私はジャガイモを茹でます。……あ、そういえば」
私は思い出したように言った。
「来週の夜会ですが、新しいドレスを新調しました。経費で」
「……いくらだ?」
「金貨五十枚」
「……高いな」
「私の美しさを維持するための必要経費です。文句あります?」
「……ない。君が輝くなら、安いものだ」
私たちは手を繋ぎ、夕陽の中を歩いていく。
婚約破棄から始まった、私の波乱万丈な人生。
悪役令嬢と呼ばれ、国外追放を食らいかけ、宰相に捕まり、国を動かす立場になった。
計算通りにいかないことばかりだったけれど。
電卓では弾き出せないこの「幸せ」という黒字があれば、まあ、良しとしよう。
「……愛していますよ、私の旦那様」
「……知っているよ、私の奥様」
二人の影が、長く伸びて重なり合う。
これからも、私たちは戦い続けるだろう。
書類の山と、国の危機と、そして終わらない愛の攻防戦を。
最強で最恐の夫婦の物語は、まだまだ続いていく。
数年後の王城、宰相執務室。
私は指示棒をピシャリとホワイトボードに叩きつけ、並み居る文官たちを見回した。
「ボーナスは期待してよろしいのですか、公爵夫人?」
財務官の一人が、おずおずと手を挙げた。
「もちろんです。ただし、ミスがあった者の分は私の懐に入りますので、震えて待ちやがれ……失礼、心してお待ちください」
「「「はいっ!!」」」
文官たちが直立不動で敬礼する。
その動きは軍隊のように統率されており、彼らの瞳には「恐怖」と「崇拝」が入り混じっていた。
「……相変わらず厳しいな、私のCEOは」
執務机の奥で、セリウス閣下――いや、私の夫が、決裁印を押しながら苦笑した。
その姿は数年前と変わらず美しいが、漂う貫禄はさらに増している。
『氷の宰相』という異名は健在だが、最近では私の存在も相まって、『国を影で操る最恐夫婦』『魔王と女幹部』などという不名誉な二つ名も囁かれているらしい。
「厳しさこそが愛です、あなた。彼らがミスをすれば、国の損失になり、ひいては私たちの老後資金が減るのですから」
「君の老後資金は、もう国家予算を超えていると思うが?」
「備えあれば憂いなしです。インフレリスクも考慮しないと」
私はふふっと笑い、夫の隣に歩み寄った。
自然な動作で、彼が淹れてくれたコーヒー(砂糖五個入り)を受け取る。
「……それにしても、平和ですね」
「ああ。君が睨みを利かせているおかげで、汚職も不正も激減した。貴族たちは君の『監査』を恐れて、真面目に納税しているよ」
かつて私を陥れようとしたような悪徳貴族は、ことごとく私の手によって合法的に社会的抹殺(借金地獄&強制労働)された。
今では、私の名前を聞くだけで震え上がる者もいるとかいないとか。
「退屈ですか?」
「いや」
セリウスは書類を置き、私の腰に腕を回した。
「君との毎日は、飽きることがない。毎日がトラブルと、それをねじ伏せる君の雄姿で満ちているからな」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
◇
コンコン。
「失礼します! 北方の開拓地より、定期便が届きました!」
文官が大きな木箱を運び込んできた。
「あら、来たわね」
私は目を輝かせて木箱を開けた。
中には、泥付きの立派なジャガイモがぎっしりと詰まっていた。
そして、一枚の手紙。
『親愛なる叔父上、そして鬼のテレナへ。
今年も最高傑作ができた。名付けて「レイド・スペシャル・ゴールド」。
市場価格の三倍で買い取ってくれ。これで借金の残高はあと金貨三千枚だ!
追伸:昨日、ミナが野生の熊を素手で追い払った。「背中の筋肉への刺激が足りない」と不満そうだった。誰か止めてくれ。
北の農夫レイドより』
「……ぶっ」
私は手紙を読んで吹き出した。
「相変わらずね、あの二人は」
「熊を素手で……? ミナ嬢はどこへ向かっているんだ」
セリウスも頭を抱えている。
レイド殿下……改め、農夫レイドは、あの後見事に北の地で更生した。
最初は泣き言ばかりだったようだが、ミナのスパルタ指導と、持ち前の「バカゆえのポジティブさ」で農業に目覚め、今では「北のジャガイモ王」と呼ばれるまでになっているらしい。
「借金完済まで、あと十年というところかしら」
「彼が王にならなくて本当に良かった。今の彼の方が、ずっと生き生きとしている」
「そうですね。適材適所です」
私はジャガイモを一つ手に取った。
ずっしりと重い。彼が汗水垂らして作った、本物の重みだ。
「今夜はポテトサラダにしましょうか。あなた、皮剥き手伝ってくださいね」
「……指を切らないよう、善処する」
◇
夕暮れ時。
私たちは仕事を切り上げ、並んで廊下を歩いていた。
窓の外には、オレンジ色に染まる王都の街並みが広がっている。
「……テレナ」
不意に、セリウスが足を止めた。
「ん?」
「幸せか?」
唐突な質問に、私は目を丸くした。
「……なんですか、急に。熱でもあります?」
「定期的な確認だ。君との契約内容が履行されているか、不安になる時がある」
セリウスは真剣な顔で私を見つめた。
「君はかつて、南の島で自由に暮らすことを夢見ていた。……今のこの、激務と責任に追われる生活は、君の望んだものだったのか?」
「……」
私は少し考えて、窓の外に視線を移した。
確かに、あの頃の私が描いていた「理想の未来」とは違う。
ハンモックはない。
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毎日、書類と数字と、厄介な貴族たちとの戦いだ。
でも。
私は隣にいる夫を見上げた。
銀色の髪、知的な瞳。そして、私に向けられる不器用で深い愛情。
「……計算外ですね」
「え?」
「私の人生設計において、こんなに『赤字覚悟の労働』をする予定はありませんでした」
私は苦笑した。
「でも……不思議と、損をした気分にはなりません」
「……なぜだ?」
「貴方がいるからです」
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「南の島の太陽よりも、貴方の隣の方が暖かい。……それだけの理由です」
セリウスは一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうに目を細めた。
そして、私の手を引き寄せ、指先に口付けた。
「……私の勝ちだな」
「はい?」
「君という最高の投資先を、独占できたのだから」
「……調子に乗らないでください。維持費は高いですよ?」
「一生かけて払おう」
私たちは笑い合い、再び歩き出した。
廊下の先には、私たちが暮らす部屋がある。
そこには、まだ幼い私たちの子供(やっぱり計算通りにいかず、双子だった)が待っているはずだ。
「さあ、帰りましょう。子供たちが『パパとママ、遅い!』って暴れている頃です」
「……帰ったら、まず絵本を読んでやらねばな」
「私はジャガイモを茹でます。……あ、そういえば」
私は思い出したように言った。
「来週の夜会ですが、新しいドレスを新調しました。経費で」
「……いくらだ?」
「金貨五十枚」
「……高いな」
「私の美しさを維持するための必要経費です。文句あります?」
「……ない。君が輝くなら、安いものだ」
私たちは手を繋ぎ、夕陽の中を歩いていく。
婚約破棄から始まった、私の波乱万丈な人生。
悪役令嬢と呼ばれ、国外追放を食らいかけ、宰相に捕まり、国を動かす立場になった。
計算通りにいかないことばかりだったけれど。
電卓では弾き出せないこの「幸せ」という黒字があれば、まあ、良しとしよう。
「……愛していますよ、私の旦那様」
「……知っているよ、私の奥様」
二人の影が、長く伸びて重なり合う。
これからも、私たちは戦い続けるだろう。
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