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昨夜の騒動から数時間。
私は公爵邸の応接室を改装し、即席の「相談所」を爆誕させていました。
壁には「効率こそ正義」「感情はコスト」「退去は芸術」と書かれた掛け軸を(夜なべして書いて)飾り、デスクの上には商売道具のバインダーを並べます。
そんな私の前に座っているのは、王宮付きの会計官、ゼノン様です。
彼はいつも無表情ですが、今日は輪をかけて顔色が白く、目の下のクマが大陸棚のように深く刻まれています。
「……メター様。単刀直入に伺います。あなたが昨日、去り際に王宮事務局へ置いていった『業務引き継ぎ書・最終版』についてです」
「あら、不備でもありましたかしら? 私としては、これ以上ないほど最適化したつもりですけれど」
私は、淹れたてのハーブティーを一口。
このお茶の葉も、昨夜のどさくさに紛れて王宮の備蓄庫から「賞味期限が近いもの」を格安で買い叩いてきたものです。
「不備、ではありません。むしろ逆です。あまりにも最適化されすぎていて、残された職員の誰も、その数式の意味を理解できないのです」
ゼノン様は、震える手で一冊の帳簿を差し出しました。
そこには、私が独自に開発した「多重連結・損益分岐点・瞬間算出法」による計算式が並んでいます。
「これは……。あぁ、第十七項の計算式ですね。これを使えば、従来は三日かかっていた徴税シミュレーションが、わずか五分で終わりますわ」
「その『五分』のために、我々は三人がかりで一晩中頭を抱えました。メター様、あなたがいないと、王宮の財政システムは三日以内に停止します。カイル殿下は『あんな女、いなくてもどうにかなる』と豪語していましたが、現場は死者が出る寸前です」
ゼノン様が、テーブルに突っ伏しました。
王宮きっての秀才と言われる彼が、ここまで追い詰められている。
メタ的に言えば、これは「有能なヒロインが抜けた後の組織が崩壊する」という、よくあるざまぁ展開の前兆ですね。
「お気の毒に。ですがゼノン様、私はもう王子の婚約者ではありません。公職からも『円満に』退去いたしました。タダで知恵を貸すのは、契約違反となりますわ」
「わかっています。ですから、これは公式な依頼ではなく、私個人の『コンサルティング依頼』として来ました。……これ、受け取ってください」
ゼノン様が差し出したのは、ずっしりと重い革袋でした。
中を確認すると、黄金色に輝く金貨が詰まっています。
「相談料、金貨五枚。これで、あの地獄のような数式の解読を手伝っていただけますか?」
「……ふふ、お買い上げありがとうございます。お客様は神様、いえ、優良なスポンサー様ですわ」
私は即座にバインダーを開き、羽ペンを走らせました。
ゼノン様の横に回り、帳簿の数字を指し示しながら、流れるように解説を始めます。
「いいですか、ゼノン様。ここは感情を捨てて、数字をただの『駒』として見てください。この変数は、カイル殿下の無駄な浪費……あ、失礼。王家の遊興費を定数として処理するためのものです」
「……なるほど。そこを定数化することで、不確定要素を排除しているのか。天才的だ。しかし、なぜこれを殿下がいらっしゃる前で説明しなかったのですか?」
「説明しても、あの方は『難しい話はいいから、結論だけ言え』とおっしゃるでしょう? 結論だけ教えると、人間はプロセスを軽視します。だから、わざとプロセスを複雑に見せて、私の希少価値を維持していたのですわ」
ゼノン様が、呆然とした目で私を見上げました。
その瞳に、ほんの少しだけ、尊敬の念が混じったような気がします。
「あなたは……恐ろしい女性だ。カイル殿下は、自分がどれほどの資産をドブに捨てたのか、一生気づかないでしょうね」
「あら、最高の褒め言葉ですわ。あ、ゼノン様。もしよろしければ、オプションでもう一つ提案がありますけれど?」
「オプション?」
私は、デスクの下から「王宮職員のための、メンタル効率化マニュアル」という怪しげな冊子を取り出しました。
「殿下の理不尽な命令を、いかに右から左へ受け流し、脳のCPU使用率を下げて定時に帰宅するか。そのノウハウを詰め込んだ一冊です。今なら金貨三枚で」
「買います。二冊ください。部下の分も必要だ」
即決でした。
素晴らしい。やはり論理的な人間との取引はスムーズで助かります。
その時、相談所の外から騒がしい足音が聞こえてきました。
「メター! メター・デ・アルゴリズムはおるか! 王宮からの緊急命令だ!」
またしても、昨夜の近衛兵です。
私はゼノン様と顔を見合わせ、深くため息をつきました。
「……ゼノン様。せっかくですから、今のマニュアル、さっそく実践してみませんか?」
「ええ。私も、ちょうど『効率的な無視』のやり方を学びたいと思っていたところです」
私たちは、扉の向こうで叫ぶ兵士の声をBGMに、優雅に二杯目のお茶を楽しみました。
どうやら、カイル王子はまだ、私が「もう彼の所有物ではない」という事実を、論理的に理解できていないようです。
「さて、ゼノン様。次は『ブリュレ様による予算侵食への防衛策』について、徹底的にシミュレーションしましょうか」
「お願いします。彼女の『おねだり』は、我が国の財政にとって最大の下方リスクですから」
こうして、私のコンサルタントとしての第一歩は、驚くほど順調に(そして黒字で)踏み出されたのでした。
私は公爵邸の応接室を改装し、即席の「相談所」を爆誕させていました。
壁には「効率こそ正義」「感情はコスト」「退去は芸術」と書かれた掛け軸を(夜なべして書いて)飾り、デスクの上には商売道具のバインダーを並べます。
そんな私の前に座っているのは、王宮付きの会計官、ゼノン様です。
彼はいつも無表情ですが、今日は輪をかけて顔色が白く、目の下のクマが大陸棚のように深く刻まれています。
「……メター様。単刀直入に伺います。あなたが昨日、去り際に王宮事務局へ置いていった『業務引き継ぎ書・最終版』についてです」
「あら、不備でもありましたかしら? 私としては、これ以上ないほど最適化したつもりですけれど」
私は、淹れたてのハーブティーを一口。
このお茶の葉も、昨夜のどさくさに紛れて王宮の備蓄庫から「賞味期限が近いもの」を格安で買い叩いてきたものです。
「不備、ではありません。むしろ逆です。あまりにも最適化されすぎていて、残された職員の誰も、その数式の意味を理解できないのです」
ゼノン様は、震える手で一冊の帳簿を差し出しました。
そこには、私が独自に開発した「多重連結・損益分岐点・瞬間算出法」による計算式が並んでいます。
「これは……。あぁ、第十七項の計算式ですね。これを使えば、従来は三日かかっていた徴税シミュレーションが、わずか五分で終わりますわ」
「その『五分』のために、我々は三人がかりで一晩中頭を抱えました。メター様、あなたがいないと、王宮の財政システムは三日以内に停止します。カイル殿下は『あんな女、いなくてもどうにかなる』と豪語していましたが、現場は死者が出る寸前です」
ゼノン様が、テーブルに突っ伏しました。
王宮きっての秀才と言われる彼が、ここまで追い詰められている。
メタ的に言えば、これは「有能なヒロインが抜けた後の組織が崩壊する」という、よくあるざまぁ展開の前兆ですね。
「お気の毒に。ですがゼノン様、私はもう王子の婚約者ではありません。公職からも『円満に』退去いたしました。タダで知恵を貸すのは、契約違反となりますわ」
「わかっています。ですから、これは公式な依頼ではなく、私個人の『コンサルティング依頼』として来ました。……これ、受け取ってください」
ゼノン様が差し出したのは、ずっしりと重い革袋でした。
中を確認すると、黄金色に輝く金貨が詰まっています。
「相談料、金貨五枚。これで、あの地獄のような数式の解読を手伝っていただけますか?」
「……ふふ、お買い上げありがとうございます。お客様は神様、いえ、優良なスポンサー様ですわ」
私は即座にバインダーを開き、羽ペンを走らせました。
ゼノン様の横に回り、帳簿の数字を指し示しながら、流れるように解説を始めます。
「いいですか、ゼノン様。ここは感情を捨てて、数字をただの『駒』として見てください。この変数は、カイル殿下の無駄な浪費……あ、失礼。王家の遊興費を定数として処理するためのものです」
「……なるほど。そこを定数化することで、不確定要素を排除しているのか。天才的だ。しかし、なぜこれを殿下がいらっしゃる前で説明しなかったのですか?」
「説明しても、あの方は『難しい話はいいから、結論だけ言え』とおっしゃるでしょう? 結論だけ教えると、人間はプロセスを軽視します。だから、わざとプロセスを複雑に見せて、私の希少価値を維持していたのですわ」
ゼノン様が、呆然とした目で私を見上げました。
その瞳に、ほんの少しだけ、尊敬の念が混じったような気がします。
「あなたは……恐ろしい女性だ。カイル殿下は、自分がどれほどの資産をドブに捨てたのか、一生気づかないでしょうね」
「あら、最高の褒め言葉ですわ。あ、ゼノン様。もしよろしければ、オプションでもう一つ提案がありますけれど?」
「オプション?」
私は、デスクの下から「王宮職員のための、メンタル効率化マニュアル」という怪しげな冊子を取り出しました。
「殿下の理不尽な命令を、いかに右から左へ受け流し、脳のCPU使用率を下げて定時に帰宅するか。そのノウハウを詰め込んだ一冊です。今なら金貨三枚で」
「買います。二冊ください。部下の分も必要だ」
即決でした。
素晴らしい。やはり論理的な人間との取引はスムーズで助かります。
その時、相談所の外から騒がしい足音が聞こえてきました。
「メター! メター・デ・アルゴリズムはおるか! 王宮からの緊急命令だ!」
またしても、昨夜の近衛兵です。
私はゼノン様と顔を見合わせ、深くため息をつきました。
「……ゼノン様。せっかくですから、今のマニュアル、さっそく実践してみませんか?」
「ええ。私も、ちょうど『効率的な無視』のやり方を学びたいと思っていたところです」
私たちは、扉の向こうで叫ぶ兵士の声をBGMに、優雅に二杯目のお茶を楽しみました。
どうやら、カイル王子はまだ、私が「もう彼の所有物ではない」という事実を、論理的に理解できていないようです。
「さて、ゼノン様。次は『ブリュレ様による予算侵食への防衛策』について、徹底的にシミュレーションしましょうか」
「お願いします。彼女の『おねだり』は、我が国の財政にとって最大の下方リスクですから」
こうして、私のコンサルタントとしての第一歩は、驚くほど順調に(そして黒字で)踏み出されたのでした。
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