赤の他人ということでよろしいですね?婚約破棄、承りました。

恋の箱庭

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
「報告します! 台風『グランド・ストーム』の進路、変わりません! 明日の正午、挙式の時間に王都を直撃します!」

結婚式前日。

対策本部に改装された会議室で、気象観測士の悲痛な叫びが響いた。

「風速五十メートル、豪雨の予報です! 屋外の会場は壊滅、ガーデンパーティーなど不可能です!」

「なんてことだ……」

式部官長のヘンドリックス卿が頭を抱える。

「五百年ぶりの伝統的(かつ合理的)な結婚式が、嵐で中止とは……! これは神が我々の行いを戒めているのか!?」

「神の戒めではありません。単なる気圧配置の問題です」

私は気象図を睨みながら、冷静に言い放った。

「ヘンドリックス卿。延期した場合の損害見積もりは?」

「は、はい……。食材の廃棄、招待客へのキャンセル料、会場の再設営費……締めて金貨五千枚の損失です」

「金貨五千枚……」

私の目が怪しく光った。

「ありえません。そんな無駄金を使うくらいなら、台風を買収した方がマシです」

「ば、買収!? 相手は自然災害ですよ!?」

「相手が何であろうと、私の完璧なプロジェクト(結婚式)を邪魔することは許しません」

私はバッと立ち上がり、隣に座っていたアレクセイ閣下を見た。

「閣下。気象操作を行います」

「気象操作、か」

閣下は不敵に笑い、指の関節をポキリと鳴らした。

「望むところだ。私の愛の力で、嵐など吹き飛ばしてやる」

「愛の力だけでは無理です。物理演算が必要です」

私は巨大なホワイトボードに数式を書き殴り始めた。

「いいですか。台風のエネルギー源は、海水温の上昇による水蒸気です。つまり、進路上の海面温度を急激に下げれば、勢力を削ぐことができます」

「なるほど。冷やせばいいのか」

「さらに、上空の風向きを魔法で強制的に変え、進路を東へ逸らします。計算上、必要な魔力出力は『宮廷魔導師団全員分』の百倍です」

「……私一人で十分だな」

「いえ、予備電源が必要です」

私は部屋の隅で紅茶を飲んでいたクリス皇子を指差した。

「殿下。手伝ってください」

「ぶっ! 僕!?」

クリス皇子がむせる。

「なんで僕が? 僕は招待客だよ?」

「帝国の皇族は、強力な風魔法の使い手だと聞いています。ご祝儀代わりに魔力を提供してください。さもなくば、引き出物を『珍味・カエルの干物』に変更します」

「うわ、脅迫! ……分かったよ、やればいいんだろ! 綺麗な青空の下で祝いたいしね!」

こうして、『結婚式決行・台風撃退作戦』が幕を開けた。

***

作戦決行は、台風が王都に最接近する前夜。

場所は、王都で一番高い時計塔の屋上。

暴風雨が吹き荒れ、立っているのもやっとの状態だ。

「くっ、すごい風だ! 髪型が崩れる!」

クリス皇子が悲鳴を上げる。

私は防風ゴーグルを装着し、魔導計算機と通信機をセットした。

「風速四十五メートル、気圧九二〇ヘクトパスカル。……条件は揃いました。閣下、配置についてください」

「ああ」

アレクセイ閣下が屋上の端に立つ。

暴風が彼のマントを激しく煽るが、その体幹は微動だにしない。

「リーナ。合図を頼む。……君の計算を信じる」

「当然です。私の計算に誤差はありません」

私は計算機のキーを叩き、風の流れ、気温、湿度のデータをリアルタイムで解析する。

「座標セット。高度三千メートル、北北西の積乱雲の中心核!」

「了解した」

閣下の全身から、凄まじい冷気が立ち上る。

周囲の雨粒が一瞬で氷の礫(つぶて)に変わり、カランカランと音を立てて落ちる。

「クリス殿下、サポートをお願いします! 閣下の冷気を上空へ送り込むための『上昇気流』を作ってください!」

「人使いが荒いなぁ! ……いくよ! 『皇家の風(インペリアル・ウィンド)』!」

クリス皇子が手を掲げると、巨大な竜巻が発生した。

「今です、閣下! 最大出力で撃ってください!」

「承知した! ……消え失せろ、私の結婚式の邪魔者めぇぇぇ!!」

ドォォォォォォォン!!

閣下の両手から放たれたのは、魔法というより極太のビームだった。

絶対零度の冷気が、クリス皇子の竜巻に乗って天高く昇っていく。

雲を突き破り、台風の目へと吸い込まれていく。

ゴゴゴゴゴ……!

空が鳴動する。

自然の猛威と、人類(主に新郎の執念)の力が衝突する。

「出力低下! あと少しです! もう少し海面温度を下げてください!」

「くっ……これ以上は……!」

「頑張ってください閣下! 延期になったらキャンセル料五千枚ですよ!」

「五千枚……! うおおおおお!」

「現金な執念だね!」

クリス皇子が叫ぶ中、閣下の魔力が爆発的に膨れ上がった。

ピキピキピキ……!

上空の黒い雲が、急速に白く凍りついていく。

そして。

パァァァァァ……!

分厚い雲が割れ、そこから一筋の月光が差し込んだ。

「……晴れた?」

クリス皇子が空を見上げる。

渦を巻いていた台風は、核を凍らされ、進路を大きく東へと変えて消滅しつつあった。

暴風が止み、静寂が戻る。

満天の星空が、洗われたばかりのように輝いていた。

「……作戦、成功です」

私が宣言すると、閣下はその場に膝をついた。

「はぁ……はぁ……。やったか……」

「お疲れ様でした、閣下。見事な魔法制御でした」

私はタオルを差し出した。

「これで明日の天気は『快晴』。降水確率〇%です」

「……よかった。これで君に、泥一つない道を歩かせることができる」

閣下は汗を拭いながら、少年のような笑顔を見せた。

「それに、キャンセル料も浮いたしな」

「そこ重要ですね」

私たちは顔を見合わせて笑った。

「ねえ、僕も頑張ったよね? 褒めてくれない?」

へたり込んでいたクリス皇子が恨めしそうに言う。

「ありがとうございます、殿下。おかげで照明代が浮きそうです」

「どういう意味!?」

「殿下の風魔法で雲が吹き飛んだおかげで、明日は自然光だけで十分明るくなりそうですから」

「……君、本当にブレないね」

***

そして、結婚式当日の朝。

予報通りの、突き抜けるような青空。

王都の教会には、早朝から多くの市民が集まり始めていた。

「さあ、急いで! リーナ様のお支度を!」

「メイク担当、入りまーす!」

「ドレスの最終チェック、完了!」

控室は戦場だった。

私は椅子に座り、されるがままになっている。

鏡に映る自分は、純白のドレスに身を包み、緊張と期待で少しだけ頬が紅潮していた。

(ついに、この日が来ましたね)

長いようで短かった準備期間。

波乱万丈だった婚約期間。

その全てが、今日のこの瞬間のためにあったのだ。

「……綺麗ですよ、リーナ様」

メイク係の侍女が、涙ぐみながら言った。

「この国で一番、お美しい花嫁様です」

「ありがとう。……請求書に『涙拭き代』を入れないでね?」

「もう、こんな時まで!」

侍女たちが笑う。

その笑顔を見て、私の緊張も少しほぐれた。

コンコン。

ドアがノックされ、父(ベルモンド侯爵)が入ってきた。

「……リーナ。時間だ」

父は私の姿を見て、一瞬言葉を詰まらせた。

「……綺麗になったな」

「お父様。バージンロードで私のドレスを踏まないでくださいね。クリーニング代を請求しますよ」

「分かってるわい! ……まったく、可愛げのない娘だ」

父はぶっきらぼうに言ったが、その目元が赤いことを私は見逃さなかった。

「行くぞ。……幸せになれよ」

父が腕を差し出す。

私はその腕に手を添え、深く息を吸い込んだ。

「はい。……計算上、幸せになる確率は100%ですので」

扉の向こうには、愛する人と、新しい未来が待っている。

私は一歩、踏み出した。

最高の一日(プロジェクト)を完遂するために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。

八雲
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。 普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。

処理中です...