喜んで!悪役令嬢を極めすぎて王子にドン引きされました!

恋の箱庭

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ガタゴトと揺れる馬車の中、私は対面に座るカイル殿下を扇子の隙間から凝視していました。

(……どうしてこうなったのかしら)

本来の計画であれば、今頃私はアストレア公爵家の離れに軟禁されるか、あるいは身一つで国境近くの村へと放り出されているはずでした。
そこで「かつての栄華を失った悲劇の令嬢」を演じながら、ひっそりと自由を謳歌する予定だったのです。

しかし、現実はどうでしょう。
隣国の第三王子にして、大陸最強と名高い騎士団長に「拉致」され、猛スピードでヴァルハルト王国へと運ばれています。

「どうした、ミクル殿。そんなに私を見つめて。……ほう、その鋭い眼光。まるで獲物を狙う鷹のようだ。実に素晴らしい!」

カイル殿下が、またしても嬉しそうに声を弾ませました。
彼は私の「困惑した睨み」を、どうやら「好戦的な視線」と受け取っているようです。

「勘違いしないでくださいまし。わたくしは、ただ殿下の無作法さに呆れているだけですわ」

私はあえて冷たく言い放ち、ふいと顔を背けました。
これぞ悪役令嬢の基本スキル、拒絶の美学ですわ。

「無作法! ははは、確かにそうだな! 我が国では強さこそが礼儀。君のような強大な覇気を持つ女性を前にして、形式ばった挨拶など無意味だと判断したのだ!」

カイル殿下は豪快に笑うと、座席の脇に置いてあった大きな革袋をガサゴソと探り始めました。

「長旅だ。腹が減っては戦はできん。これを食べたまえ」

差し出されたのは、およそ令嬢に似つかわしくない、真っ黒でカチカチに乾燥した肉の塊でした。

「……何かしら、この物体は」

「我が国の特産、魔獣『大角イノシシ』の干し肉だ。噛めば噛むほど滋養が溢れ、筋繊維が強化される。普通の令嬢なら歯が立たんだろうが、君なら平らげられるはずだ!」

私はその「物体」をまじまじと見つめました。
これを優雅に食すのは不可能ですわ。
しかし、ここで断るのは悪役令嬢としての「強欲さ」に欠けるかもしれません。

「……いただきますわ。毒が入っていないか、わたくしの舌で確かめてさしあげます」

私は手袋を脱ぎ、その干し肉を一口齧りました。
(……硬い! 鉄を噛んでいるみたいですわ!)

あまりの硬さに顎が外れそうになりましたが、私は表情一つ変えずに咀嚼を続けました。
ここで悶絶しては、先ほど啖呵を切った「悪のプライド」が崩壊してしまいます。

「……ふん。野蛮な味ですわね。ですが、わたくしの毒耐性を高めるには丁度いいかもしれませんわ」

「その平然とした食いっぷり! やはり君は、我が国の戦士たちよりも肝が据わっているな! 気に入った、ますます気に入ったぞ!」

カイル殿下は感激したように自分の膝を叩きました。
私の顎はもう限界だというのに、彼の賞賛は止まりません。

「ミクル殿、ヴァルハルト王国に着いたら、まず君を我が騎士団の演習場へ案内しよう」

「演習場……? なぜわたくしが、汗臭い男たちの訓練など見なければなりませんの?」

「見るのではない。君には指揮を執ってもらいたいのだ! 君が一声『跪きなさい!』と叫べば、軟弱な新人どもなど恐怖で失禁するだろう。それこそが我が国に欠けていた『規律』だ!」

私は絶句しました。
このお方は、私を王妃としてではなく、新兵を震え上がらせるための「生体兵器」か何かだと思っているのでしょうか。

(……まずいわ。このままでは、ヴァルハルトで待ち受けているのは優雅な生活ではなく、筋肉だらけの地獄の特訓ですわ!)

私は何とかして、自分の「弱さ」をアピールしなければと考えました。
悪役令嬢だって、たまには「か弱い振り」をして周囲を油弄するもの。

「殿下、わたくしは見ての通り、繊細な公爵令嬢ですのよ? 夜道に揺られるだけで、このように胸が締め付けられるほど、繊細な心臓を持っていますの……」

私は少しだけ潤んだ瞳を作り、胸元を押さえてしおらしく見せました。
これなら、少しは彼も「守ってあげなければ」という騎士道精神を……。

「そうか! それは武者震いだな! 強敵を前にした時の、心臓の高鳴りだ。私もよくなる。安心しろ、君のその闘争本能を満足させるだけの猛者を、我が国ではいくらでも用意してやる!」

「…………話が通じませんわ」

私はそっと、開いたままの窓から夜空を見上げました。
アルヴィス王子との婚約破棄に成功したまでは良かった。
しかし、現れた「新しい婚約者候補」は、私の悪役演技をすべて「戦闘意欲」に変換してしまう超弩級のポジティブ脳筋男だったのです。

(わたくしの前途は、多難を通り越して大嵐ですわ……)

馬車は暗闇を切り裂き、いよいよ国境を越えようとしていました。
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