4 / 28
4
しおりを挟む
ガタゴトと揺れる馬車の中、私は対面に座るカイル殿下を扇子の隙間から凝視していました。
(……どうしてこうなったのかしら)
本来の計画であれば、今頃私はアストレア公爵家の離れに軟禁されるか、あるいは身一つで国境近くの村へと放り出されているはずでした。
そこで「かつての栄華を失った悲劇の令嬢」を演じながら、ひっそりと自由を謳歌する予定だったのです。
しかし、現実はどうでしょう。
隣国の第三王子にして、大陸最強と名高い騎士団長に「拉致」され、猛スピードでヴァルハルト王国へと運ばれています。
「どうした、ミクル殿。そんなに私を見つめて。……ほう、その鋭い眼光。まるで獲物を狙う鷹のようだ。実に素晴らしい!」
カイル殿下が、またしても嬉しそうに声を弾ませました。
彼は私の「困惑した睨み」を、どうやら「好戦的な視線」と受け取っているようです。
「勘違いしないでくださいまし。わたくしは、ただ殿下の無作法さに呆れているだけですわ」
私はあえて冷たく言い放ち、ふいと顔を背けました。
これぞ悪役令嬢の基本スキル、拒絶の美学ですわ。
「無作法! ははは、確かにそうだな! 我が国では強さこそが礼儀。君のような強大な覇気を持つ女性を前にして、形式ばった挨拶など無意味だと判断したのだ!」
カイル殿下は豪快に笑うと、座席の脇に置いてあった大きな革袋をガサゴソと探り始めました。
「長旅だ。腹が減っては戦はできん。これを食べたまえ」
差し出されたのは、およそ令嬢に似つかわしくない、真っ黒でカチカチに乾燥した肉の塊でした。
「……何かしら、この物体は」
「我が国の特産、魔獣『大角イノシシ』の干し肉だ。噛めば噛むほど滋養が溢れ、筋繊維が強化される。普通の令嬢なら歯が立たんだろうが、君なら平らげられるはずだ!」
私はその「物体」をまじまじと見つめました。
これを優雅に食すのは不可能ですわ。
しかし、ここで断るのは悪役令嬢としての「強欲さ」に欠けるかもしれません。
「……いただきますわ。毒が入っていないか、わたくしの舌で確かめてさしあげます」
私は手袋を脱ぎ、その干し肉を一口齧りました。
(……硬い! 鉄を噛んでいるみたいですわ!)
あまりの硬さに顎が外れそうになりましたが、私は表情一つ変えずに咀嚼を続けました。
ここで悶絶しては、先ほど啖呵を切った「悪のプライド」が崩壊してしまいます。
「……ふん。野蛮な味ですわね。ですが、わたくしの毒耐性を高めるには丁度いいかもしれませんわ」
「その平然とした食いっぷり! やはり君は、我が国の戦士たちよりも肝が据わっているな! 気に入った、ますます気に入ったぞ!」
カイル殿下は感激したように自分の膝を叩きました。
私の顎はもう限界だというのに、彼の賞賛は止まりません。
「ミクル殿、ヴァルハルト王国に着いたら、まず君を我が騎士団の演習場へ案内しよう」
「演習場……? なぜわたくしが、汗臭い男たちの訓練など見なければなりませんの?」
「見るのではない。君には指揮を執ってもらいたいのだ! 君が一声『跪きなさい!』と叫べば、軟弱な新人どもなど恐怖で失禁するだろう。それこそが我が国に欠けていた『規律』だ!」
私は絶句しました。
このお方は、私を王妃としてではなく、新兵を震え上がらせるための「生体兵器」か何かだと思っているのでしょうか。
(……まずいわ。このままでは、ヴァルハルトで待ち受けているのは優雅な生活ではなく、筋肉だらけの地獄の特訓ですわ!)
私は何とかして、自分の「弱さ」をアピールしなければと考えました。
悪役令嬢だって、たまには「か弱い振り」をして周囲を油弄するもの。
「殿下、わたくしは見ての通り、繊細な公爵令嬢ですのよ? 夜道に揺られるだけで、このように胸が締め付けられるほど、繊細な心臓を持っていますの……」
私は少しだけ潤んだ瞳を作り、胸元を押さえてしおらしく見せました。
これなら、少しは彼も「守ってあげなければ」という騎士道精神を……。
「そうか! それは武者震いだな! 強敵を前にした時の、心臓の高鳴りだ。私もよくなる。安心しろ、君のその闘争本能を満足させるだけの猛者を、我が国ではいくらでも用意してやる!」
「…………話が通じませんわ」
私はそっと、開いたままの窓から夜空を見上げました。
アルヴィス王子との婚約破棄に成功したまでは良かった。
しかし、現れた「新しい婚約者候補」は、私の悪役演技をすべて「戦闘意欲」に変換してしまう超弩級のポジティブ脳筋男だったのです。
(わたくしの前途は、多難を通り越して大嵐ですわ……)
馬車は暗闇を切り裂き、いよいよ国境を越えようとしていました。
(……どうしてこうなったのかしら)
本来の計画であれば、今頃私はアストレア公爵家の離れに軟禁されるか、あるいは身一つで国境近くの村へと放り出されているはずでした。
そこで「かつての栄華を失った悲劇の令嬢」を演じながら、ひっそりと自由を謳歌する予定だったのです。
しかし、現実はどうでしょう。
隣国の第三王子にして、大陸最強と名高い騎士団長に「拉致」され、猛スピードでヴァルハルト王国へと運ばれています。
「どうした、ミクル殿。そんなに私を見つめて。……ほう、その鋭い眼光。まるで獲物を狙う鷹のようだ。実に素晴らしい!」
カイル殿下が、またしても嬉しそうに声を弾ませました。
彼は私の「困惑した睨み」を、どうやら「好戦的な視線」と受け取っているようです。
「勘違いしないでくださいまし。わたくしは、ただ殿下の無作法さに呆れているだけですわ」
私はあえて冷たく言い放ち、ふいと顔を背けました。
これぞ悪役令嬢の基本スキル、拒絶の美学ですわ。
「無作法! ははは、確かにそうだな! 我が国では強さこそが礼儀。君のような強大な覇気を持つ女性を前にして、形式ばった挨拶など無意味だと判断したのだ!」
カイル殿下は豪快に笑うと、座席の脇に置いてあった大きな革袋をガサゴソと探り始めました。
「長旅だ。腹が減っては戦はできん。これを食べたまえ」
差し出されたのは、およそ令嬢に似つかわしくない、真っ黒でカチカチに乾燥した肉の塊でした。
「……何かしら、この物体は」
「我が国の特産、魔獣『大角イノシシ』の干し肉だ。噛めば噛むほど滋養が溢れ、筋繊維が強化される。普通の令嬢なら歯が立たんだろうが、君なら平らげられるはずだ!」
私はその「物体」をまじまじと見つめました。
これを優雅に食すのは不可能ですわ。
しかし、ここで断るのは悪役令嬢としての「強欲さ」に欠けるかもしれません。
「……いただきますわ。毒が入っていないか、わたくしの舌で確かめてさしあげます」
私は手袋を脱ぎ、その干し肉を一口齧りました。
(……硬い! 鉄を噛んでいるみたいですわ!)
あまりの硬さに顎が外れそうになりましたが、私は表情一つ変えずに咀嚼を続けました。
ここで悶絶しては、先ほど啖呵を切った「悪のプライド」が崩壊してしまいます。
「……ふん。野蛮な味ですわね。ですが、わたくしの毒耐性を高めるには丁度いいかもしれませんわ」
「その平然とした食いっぷり! やはり君は、我が国の戦士たちよりも肝が据わっているな! 気に入った、ますます気に入ったぞ!」
カイル殿下は感激したように自分の膝を叩きました。
私の顎はもう限界だというのに、彼の賞賛は止まりません。
「ミクル殿、ヴァルハルト王国に着いたら、まず君を我が騎士団の演習場へ案内しよう」
「演習場……? なぜわたくしが、汗臭い男たちの訓練など見なければなりませんの?」
「見るのではない。君には指揮を執ってもらいたいのだ! 君が一声『跪きなさい!』と叫べば、軟弱な新人どもなど恐怖で失禁するだろう。それこそが我が国に欠けていた『規律』だ!」
私は絶句しました。
このお方は、私を王妃としてではなく、新兵を震え上がらせるための「生体兵器」か何かだと思っているのでしょうか。
(……まずいわ。このままでは、ヴァルハルトで待ち受けているのは優雅な生活ではなく、筋肉だらけの地獄の特訓ですわ!)
私は何とかして、自分の「弱さ」をアピールしなければと考えました。
悪役令嬢だって、たまには「か弱い振り」をして周囲を油弄するもの。
「殿下、わたくしは見ての通り、繊細な公爵令嬢ですのよ? 夜道に揺られるだけで、このように胸が締め付けられるほど、繊細な心臓を持っていますの……」
私は少しだけ潤んだ瞳を作り、胸元を押さえてしおらしく見せました。
これなら、少しは彼も「守ってあげなければ」という騎士道精神を……。
「そうか! それは武者震いだな! 強敵を前にした時の、心臓の高鳴りだ。私もよくなる。安心しろ、君のその闘争本能を満足させるだけの猛者を、我が国ではいくらでも用意してやる!」
「…………話が通じませんわ」
私はそっと、開いたままの窓から夜空を見上げました。
アルヴィス王子との婚約破棄に成功したまでは良かった。
しかし、現れた「新しい婚約者候補」は、私の悪役演技をすべて「戦闘意欲」に変換してしまう超弩級のポジティブ脳筋男だったのです。
(わたくしの前途は、多難を通り越して大嵐ですわ……)
馬車は暗闇を切り裂き、いよいよ国境を越えようとしていました。
0
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる