喜んで!悪役令嬢を極めすぎて王子にドン引きされました!

恋の箱庭

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馬車が大きな揺れと共に停止しました。
どうやら、ついに国境を越えてヴァルハルト王国の王都へと到着したようです。

私は窓の外を覗き見ようとしましたが、厚いカーテンに遮られて外の様子を伺うことはできません。
カイル殿下は「驚かせたいから、着くまでは見るな」と、子供のような笑みを浮かべていたのです。

「さあ、着いたぞ、ミクル殿! 我が故郷、ヴァルハルトの王宮だ!」

カイル殿下が豪快に扉を開け放ちました。
私は眩しさに目を細めながら、彼の差し出した手を取って車外へと踏み出しました。

「……あら?」

一歩踏み出した瞬間、私の喉から漏れたのは優雅な感嘆ではなく、困惑の溜息でした。
目の前に広がっていたのは、我がアストレア王国の繊細で華美な宮殿とは似ても似つかぬ、巨大な要塞でした。

石造りの壁は分厚く、装飾などは一切ありません。
そこにあるのは「防御力」と「威圧感」のみを追求した、鋼鉄の城です。

そして何より、私を驚かせたのは、その城門の前に並んでいる人々でした。

「「「「ミクル・フォン・アストレア様! ヴァルハルトへようこそお越しくださいましたッ!!」」」」

鼓膜が震えるほどの爆音。
見れば、そこには数百人の重装騎士たちが整列し、槍を地面に叩きつけて私を迎えていました。
全員が、カイル殿下を二回りほど小さくしたような(それでも十分すぎるほど大きい)筋肉の塊です。

(……何ですか、この地獄の軍団のような歓迎は!)

私は心臓が口から飛び出しそうでしたが、そこはプロの悪役令嬢です。
震える膝をドレスの中で叱りつけ、冷徹な仮面を貼り直しました。

「……随分と騒々しい国ですわね。わたくしの耳を壊すつもりかしら?」

私は扇子で耳を覆う仕草をしながら、不機嫌そうに鼻を鳴らしました。
すると、騎士たちの間にどよめきが走りました。

「おお……! 今の声を聞いたか! 我ら精鋭の咆哮を前に、眉一つ動かさぬばかりか、我々を『騒々しい』と一蹴なされたぞ!」

「なんと高貴な傲慢さだ! まさにカイル閣下が仰っていた通りの覇王の器!」

(……褒められてますの? これ、褒められてますのよね!?)

騎士たちは感動に打ち震え、中には涙を流しながら筋肉をパンプアップさせている者までいます。
理解不能ですわ。

カイル殿下は満足げに頷くと、私の肩をガシッと抱き寄せました。

「見ろ、ミクル殿。君を歓迎するために、我が騎士団の第一、第二大隊を総動員した。皆、君の『毒舌』という名の洗礼を受けたくてうずうずしているぞ!」

「……殿下、一つ確認させていただきますが。わたくし、ここで王妃として過ごすのですよね? 決して、魔王として君臨しに来たわけではございませんわよ?」

「ははは! 我が国ではその二つに大きな違いはない! 強者が統べる、それがヴァルハルトだ!」

カイル殿下は私をエスコートするというより、もはや「捕獲した獲物を自慢する」かのような勢いで城内へと進んでいきました。

城の内部もまた、徹底した実力主義の空間でした。
廊下には名画の代わりに、歴代の戦士たちが討伐した魔獣の頭部が並んでいます。
床にはフカフカの絨毯などなく、足音がコツコツと無機質に響く冷たい石畳。

(ああ、わたくしの思い描いていた、追放後の「のんびりスローライフ」が、砂のように崩れていきますわ……)

私は内心で泣きそうになりながらも、背筋をピンと伸ばして歩き続けました。
ここで弱さを見せれば、この野蛮な男たちに飲み込まれてしまう。
悪役令嬢として、最後まで凛としていなければ。

「……あら、この魔獣の剥製。毛並みが悪いですわね。わたくしの実家の犬の方が、まだマシな毛艶をしていますわ」

私は通路に飾られた巨大な熊の剥製を見て、吐き捨てるように言いました。
これは、あまりの恐怖に対する私なりの精一杯の防衛本能でした。

しかし、その言葉を聞いた瞬間、周囲に控えていたメイド(と言っても、彼女たちも前腕の筋肉が凄まじい)たちが一斉に膝をつきました。

「申し訳ございません! 至急、最高級の獣毛ブラシを手配いたします!」

「ミクル様の審美眼に適うよう、王宮内の全ての剥製を磨き直させますわ!」

(……え、そこ、謝るところですの!?)

私は自分の影響力の履き違えられ方に、眩暈を覚えました。
どうやらこの国では、私の「悪役令嬢ムーブ」は、すべて「至高の指導」として受理されてしまうようです。

カイル殿下は豪華な――と言っても、やはり武骨な――扉の前で立ち止まりました。

「ここが君の部屋だ。アストレア王国に比べれば不便かもしれないが、何でも言ってくれ。君の覇気に相応しい環境を整えることを約束しよう」

「……結構ですわ。わたくし、我慢強い方ですもの。この程度の『牢獄』、楽しみさせていただきますわ」

私は精一杯の嫌味を込めて言いましたが、カイル殿下は「牢獄か! 面白い例えだ!」と快活に笑うだけでした。

彼は私の手を取り、指先に軽くキスを落としました。

「ゆっくり休んでくれ、私の女神。明日は、我が国の王である父上に君を紹介する。……きっと、驚くぞ」

カイル殿下が去った後、私はようやく、誰もいなくなった広い部屋のベッドに倒れ込みました。

「…………これから、どうなってしまいますの」

私は天井を見つめながら、ポツリと呟きました。
婚約破棄され、自由を手に入れるはずだった私の物語。
どうやら、思わぬ方向に舵を切ってしまったようです。

でも、まあ。
あんな頼りないアルヴィス王子の隣にいるよりは、この筋肉だらけの国で「悪役」としてやりたい放題するのも、悪くないかもしれませんわ。

私はそう自分に言い聞かせ、慣れない土地での最初の眠りにつくことにしました。
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