喜んで!悪役令嬢を極めすぎて王子にドン引きされました!

恋の箱庭

文字の大きさ
8 / 28

8

しおりを挟む
ヴァルハルト王国での、初めての朝がやってきました。
慣れない硬いベッドでしたが、意外にもぐっすりと眠れたのは、移動の疲れのせいでしょうか。

私は鏡の前で、自分の顔を厳しくチェックしました。
よし、今日も隈一つない完璧な「悪役令嬢」の顔ですわ。

「失礼いたします、ミクル様。朝のお仕度にお伺いいたしました」

控えめなノックと共に部屋に入ってきたのは、昨日も顔を合わせた侍女長のヒルダさんです。
彼女のメイド服は、盛り上がった上腕二頭筋のせいで、今にも袖が弾け飛びそうになっています。

「おはよう、ヒルダ。随分と早いお出迎えですのね。わたくしを寝不足にさせて、美貌を損なわせるつもりかしら?」

私はあえて椅子に深く腰掛け、足を組みながら冷たく言い放ちました。
普通の侍女なら「申し訳ございません!」と縮み上がるはずです。

「……っ! 素晴らしい! 朝一番から、これほどまでに鋭い叱咤をいただけるとは! 身が引き締まる思いです!」

ヒルダさんは顔を上気させ、深々と頭を下げました。
……なぜでしょう。彼女の目が、尊敬と喜びにキラキラと輝いているように見えます。

「いいですか、ヒルダ。わたくしは、ぬるいサービスなど求めていませんの。わたくしの指示は絶対。少しでも遅れたら、ただではおきませんわよ?」

「承知いたしました! ミクル様のその『厳格さ』こそ、我が国の侍女たちに必要なものです! 早速、全員を集めて今の御言葉を共有し、特訓を開始いたします!」

「特訓……? 待ちなさい、わたくしはただ文句を言っただけで……」

私の制止も聞かず、ヒルダさんは風のような速さで(そして凄まじい足音を立てて)部屋を出て行ってしまいました。
残された私は、ただ呆然と立ち尽くすしかありません。

(……この国の人たち、もしかして全員、精神構造が筋肉でできているのかしら?)

気を取り直して、私は朝食を摂るためにダイニングへと向かいました。
そこには既に、カイル殿下が朝のトレーニングを終えたのか、汗を滴らせながら待っていました。

「おはよう、ミクル殿! 朝から君の叱咤が城中に響き渡ったと聞いたぞ。侍女たちが泣きながら喜んでいた。幸先のいいスタートだな!」

「……喜んでいたのなら、何よりですわ」

私は引き攣る頬を必死に抑え、席に着きました。
運ばれてきた朝食を見て、私は再び絶句しました。

皿の上には、山盛りの茹でた鶏肉、大量のゆで卵、そして謎の緑色のドロドロした液体。
……どこをどう見ても、公爵令嬢が口にする「朝食」ではありません。

「何かしら、この……野生動物の餌のようなものは」

「我が国自慢の『戦士の朝食』だ! その緑のスープには、疲労回復に効く薬草がこれでもかと練り込んであるぞ」

カイル殿下は自信満々に勧めますが、私はスプーンを持つ手が震えました。
しかし、ここで怯んでは「悪役」の名が廃ります。

「ふん、盛り付けのセンスが皆無ですわね。ですが、わたくしの強靭な胃袋を試そうというのなら、受けて立ちますわ」

私は優雅な手つきで、その得体の知れない液体を一口飲み込みました。
(――苦い! 土を煮詰めたような味がしますわ!)

あまりの不味さに意識が飛びそうになりましたが、私はあえて鼻で笑ってみせました。

「あら、意外と悪くないわ。わたくしが以前、毒見役を処刑した時に飲ませた劇薬に比べれば、甘いお菓子のようなものですわね。おーっほっほっほ!」

もちろん嘘です。処刑なんてしたことありません。
ですが、周囲に控えていた衛兵たちが一斉にどよめきました。

「聞いたか……! あの魔薬草スープを飲んで『甘い』と言い切ったぞ!」

「しかも、実体験に基づいた毒の知識まで……。ミクル様、底知れないお方だ!」

気づけば、私の周りには羨望の眼差しを向ける筋肉質の男女が増えていました。
ヴァルハルトの人々にとって、私の「高圧的な演技」や「毒舌」は、すべて「強者の余裕」と「高度な指導」として変換されてしまうようです。

「ミクル殿、やはり君はヴァルハルトの至宝だ。君が来てから、城全体の士気が明らかに上がっている。皆、君に一睨みされるのを今か今かと待っているのだぞ!」

カイル殿下が私の手を握り、熱い視線を送ってきます。

(……わたくし、悪役令嬢として嫌われたいのですけれど。どうして歩くたびにファンクラブが増えていくような状況になっていますの?)

私は、完食した鶏肉の山を見つめながら、遠い目をして呟きました。
どうやらこの国での「悪役」の定義は、私の常識とは根本から異なっているようです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...