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ヴァルハルト王国での最初の晩餐会は、私の予想を遥かに超える「戦場」でした。
広大な食堂の中央、無骨な黒檀の長テーブルに並べられた料理の数々。
それは、アストレア王国のような繊細なオードブルではなく、巨大な魔獣の丸焼きや、骨付き肉の山、そして原色の果実……。
「さあ、遠慮せずに食べてくれ、ミクル殿! 今夜は特別に、私が自ら仕留めた『剛腕ベア』の心臓のソテーも用意させたぞ!」
カイル殿下は、自身も上半身がはち切れんばかりの礼服(の、袖をまくり上げた姿)で、豪快に肉を頬張っています。
周囲の将軍たちも、まるで競い合うように咀嚼音を響かせていました。
私は、その野蛮な光景に目眩を覚えながらも、スッと背筋を伸ばしました。
(……ここで怯んで、一緒に肉に食らいついてはダメですわ。わたくしは『高貴な悪役』。どれほど野蛮な環境でも、優雅に、かつ冷徹に振る舞わなければ!)
私はシルバーを手に取り、まずは皿の上の肉を、ミリ単位の狂いもなく正確に切り分け始めました。
「……ふん。この肉、少々筋がうるさいですわね。わたくしのナイフ捌きの練習台にするには、丁度いいかもしれませんが」
私は冷ややかな微笑を浮かべ、一口サイズに切った肉を、音も立てずに口へと運びました。
顎に力を入れず、それでいて確実に噛みしめる。
アストレア公爵家に伝わる、最も格式高く、そして最も「相手を威圧する」ための食事作法です。
すると、隣で肉を齧っていたカイル殿下が、突然ピタリと動きを止めました。
「…………素晴らしい。なんという、隙のない身のこなしだ」
カイル殿下の瞳が、獣のような鋭い光を放ちました。
彼は私の手元を、獲物を狙う狩人のような目で見つめています。
「ミクル殿、今のナイフの角度……。もしそこに敵がいれば、頸動脈を一瞬で断ち切っていたはずだ。食事中でありながら、一瞬たりとも殺気を絶やさず、なおかつ優雅さを保つとは……!」
「殺気……? 殿下、これは単なるエチケットですわ。相手に咀嚼している様子を見せないのは、淑女としての最低限の嗜みですわよ?」
私は扇子で口元を隠し、クスクスと笑ってみせました。
もちろん、内心では(そんな物騒なこと考えてませんわよ!)と叫んでいます。
「いや、違う! そのシルバーの持ち方、そして一切の無駄を省いた腕の運び! それは長年の鍛錬によってのみ到達できる『武の極致』だ。君は、食事という日常の動作の中に、完璧な暗殺術を組み込んでいるのだな!」
カイル殿下は感動のあまり、テーブルを拳で叩きました。
その衝撃でスープの皿が跳ねましたが、私は微動だにせず、飛んできた一滴の飛沫をナプキンで鮮やかに受け止めました。
「あら。殿下、お行儀が悪いですわ。わたくしのドレスに汚れがついたら、このナイフが次に向かう先は、お皿の上ではなくなりますわよ?」
私はわざと目を細め、ナイフの先をカイル殿下の方へと向けました。
悪役令嬢としての定番、「不敬な脅し」ですわ!
「おおっ……! 今の警告、背筋が凍るような冷たさだ! 我が国の精鋭騎士たちでさえ、私にこれほど真っ向から殺意を向けられる者はいない! ミクル殿、やはり君は、私が待ち望んでいた最強の伴侶だ!」
カイル殿下は恐怖するどころか、顔を真っ赤にして悦びに打ち震えています。
周囲の将軍たちも、私の所作を見て感嘆の声を漏らしました。
「見たか、今の身のこなし……。飛沫を避ける際、体軸が微塵も揺れていなかったぞ」
「あれこそがアストレア王国の秘奥義……。食事をしながらにして、全方位への警戒を怠らないとは。まさに『戦う令嬢』に相応しい作法だ!」
(……話が、話が全く噛み合いませんわ!)
私は、優雅に肉を口に運びながら、心の中で頭を抱えました。
私が「令嬢としてのプライド」を見せれば見せるほど、この筋肉の国の人々は、それを「超一流の戦闘技術」だと解釈してしまう。
「ほら、殿下。そんなにわたくしを見つめていては、お料理が冷めてしまいますわよ? それとも、わたくしが毒でも盛ったのではないかと疑っておいでかしら? おーっほっほっほ!」
「毒だと? ははは! 君に盛られた毒なら、喜んで飲み干そう! それが我が心臓を止めるものであっても、君の覇気に屈するのなら本望だ!」
カイル殿下は、並々と注がれた赤ワインをグイと飲み干しました。
その姿はあまりにも真っ直ぐで、そしてあまりにも……暑苦しい。
私は、自分の悪役演技が完全に「恋のスパイス」になってしまっていることに、深い絶望と、ほんの少しの……名前の付けられない感情を抱き始めていました。
(……このままでは、わたくしが本当に暗殺者か何かに仕立て上げられてしまいますわ。明日からは、もう少し『弱々しいフリ』を考えたほうがいいかもしれませんわね)
そう決意した私でしたが、食後のデザートとして運ばれてきた「巨大な岩のような硬い砂糖菓子」を、スプーン一本で鮮やかに砕いてしまったことで、またしても「剛腕の令嬢」としての伝説を上書きしてしまうことになるのでした。
広大な食堂の中央、無骨な黒檀の長テーブルに並べられた料理の数々。
それは、アストレア王国のような繊細なオードブルではなく、巨大な魔獣の丸焼きや、骨付き肉の山、そして原色の果実……。
「さあ、遠慮せずに食べてくれ、ミクル殿! 今夜は特別に、私が自ら仕留めた『剛腕ベア』の心臓のソテーも用意させたぞ!」
カイル殿下は、自身も上半身がはち切れんばかりの礼服(の、袖をまくり上げた姿)で、豪快に肉を頬張っています。
周囲の将軍たちも、まるで競い合うように咀嚼音を響かせていました。
私は、その野蛮な光景に目眩を覚えながらも、スッと背筋を伸ばしました。
(……ここで怯んで、一緒に肉に食らいついてはダメですわ。わたくしは『高貴な悪役』。どれほど野蛮な環境でも、優雅に、かつ冷徹に振る舞わなければ!)
私はシルバーを手に取り、まずは皿の上の肉を、ミリ単位の狂いもなく正確に切り分け始めました。
「……ふん。この肉、少々筋がうるさいですわね。わたくしのナイフ捌きの練習台にするには、丁度いいかもしれませんが」
私は冷ややかな微笑を浮かべ、一口サイズに切った肉を、音も立てずに口へと運びました。
顎に力を入れず、それでいて確実に噛みしめる。
アストレア公爵家に伝わる、最も格式高く、そして最も「相手を威圧する」ための食事作法です。
すると、隣で肉を齧っていたカイル殿下が、突然ピタリと動きを止めました。
「…………素晴らしい。なんという、隙のない身のこなしだ」
カイル殿下の瞳が、獣のような鋭い光を放ちました。
彼は私の手元を、獲物を狙う狩人のような目で見つめています。
「ミクル殿、今のナイフの角度……。もしそこに敵がいれば、頸動脈を一瞬で断ち切っていたはずだ。食事中でありながら、一瞬たりとも殺気を絶やさず、なおかつ優雅さを保つとは……!」
「殺気……? 殿下、これは単なるエチケットですわ。相手に咀嚼している様子を見せないのは、淑女としての最低限の嗜みですわよ?」
私は扇子で口元を隠し、クスクスと笑ってみせました。
もちろん、内心では(そんな物騒なこと考えてませんわよ!)と叫んでいます。
「いや、違う! そのシルバーの持ち方、そして一切の無駄を省いた腕の運び! それは長年の鍛錬によってのみ到達できる『武の極致』だ。君は、食事という日常の動作の中に、完璧な暗殺術を組み込んでいるのだな!」
カイル殿下は感動のあまり、テーブルを拳で叩きました。
その衝撃でスープの皿が跳ねましたが、私は微動だにせず、飛んできた一滴の飛沫をナプキンで鮮やかに受け止めました。
「あら。殿下、お行儀が悪いですわ。わたくしのドレスに汚れがついたら、このナイフが次に向かう先は、お皿の上ではなくなりますわよ?」
私はわざと目を細め、ナイフの先をカイル殿下の方へと向けました。
悪役令嬢としての定番、「不敬な脅し」ですわ!
「おおっ……! 今の警告、背筋が凍るような冷たさだ! 我が国の精鋭騎士たちでさえ、私にこれほど真っ向から殺意を向けられる者はいない! ミクル殿、やはり君は、私が待ち望んでいた最強の伴侶だ!」
カイル殿下は恐怖するどころか、顔を真っ赤にして悦びに打ち震えています。
周囲の将軍たちも、私の所作を見て感嘆の声を漏らしました。
「見たか、今の身のこなし……。飛沫を避ける際、体軸が微塵も揺れていなかったぞ」
「あれこそがアストレア王国の秘奥義……。食事をしながらにして、全方位への警戒を怠らないとは。まさに『戦う令嬢』に相応しい作法だ!」
(……話が、話が全く噛み合いませんわ!)
私は、優雅に肉を口に運びながら、心の中で頭を抱えました。
私が「令嬢としてのプライド」を見せれば見せるほど、この筋肉の国の人々は、それを「超一流の戦闘技術」だと解釈してしまう。
「ほら、殿下。そんなにわたくしを見つめていては、お料理が冷めてしまいますわよ? それとも、わたくしが毒でも盛ったのではないかと疑っておいでかしら? おーっほっほっほ!」
「毒だと? ははは! 君に盛られた毒なら、喜んで飲み干そう! それが我が心臓を止めるものであっても、君の覇気に屈するのなら本望だ!」
カイル殿下は、並々と注がれた赤ワインをグイと飲み干しました。
その姿はあまりにも真っ直ぐで、そしてあまりにも……暑苦しい。
私は、自分の悪役演技が完全に「恋のスパイス」になってしまっていることに、深い絶望と、ほんの少しの……名前の付けられない感情を抱き始めていました。
(……このままでは、わたくしが本当に暗殺者か何かに仕立て上げられてしまいますわ。明日からは、もう少し『弱々しいフリ』を考えたほうがいいかもしれませんわね)
そう決意した私でしたが、食後のデザートとして運ばれてきた「巨大な岩のような硬い砂糖菓子」を、スプーン一本で鮮やかに砕いてしまったことで、またしても「剛腕の令嬢」としての伝説を上書きしてしまうことになるのでした。
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