婚約破棄、できないなんて聞いてないんですけど?

恋の箱庭

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「……勝負の時が来ましたわ。王宮内がダメなら、社交界という『外圧』を利用するまでですわ!」


私は鏡の前で、扇をバサリと広げた。


これまでの失敗で学びました。王宮の人々は、レオンハルト殿下の「盲目フィルター」に毒されすぎています。

ですが、目が肥えていて、噂話が大好物な社交界の淑女たちは違いますわ。

私の不作法、傲慢さ、無能っぷりを見せつければ、またたく間に「あんな令嬢、王妃にふさわしくない」という不買運動……いえ、婚約破棄を求める嘆願が巻き起こるはずです!


本日は、社交界の重鎮、ロドリス公爵夫人が主催するティーパーティー。

私はあえて、招待された時間の三十分後に、これ見よがしに遅れて会場に足を踏み入れた。


「皆様、ごきげんよう。……あら、まだ始めていらしたの? 私が来るまで待っているのが礼儀というものではありませんこと?」


私は会場の空気を凍りつかせるべく、最高に傲慢な笑みを浮かべた。

さあ、ざわつきなさい! 「なんて失礼な女かしら!」と憤慨しなさい!


会場にいた淑女たちが、一斉に顔を見合わせる。

そして、ポツリと一人が呟いた。


「……三十分の遅刻。そして、あの突き放すような物言い……。もしや、あれが今噂の『高貴なる静寂(ロイヤル・サイレンス)』ですの?」


「えっ?」


聞き慣れない単語に、私は思わず素に戻りそうになった。


「見て、あのお姿。あえて遅れてくることで、周囲に自分の価値を再確認させる高等戦術だわ。そしてあの傲慢な態度は、自信に満ち溢れた真の強者の証……!」


「なんて斬新な……! 媚びない美学、まさに『悪の華』だわ!」


淑女たちの瞳が、なぜかキラキラと輝き始めた。

違う。そうじゃない。私はただ失礼なことをしただけですわ!


そこへ、レオンハルト殿下が(なぜか当然のように)私の隣に現れた。


「マリア。遅かったね。君が来ない間、僕はずっと君の不在という名の孤独に耐えていたよ」


「殿下! 聞きました!? 私はあなたとの約束すら軽視する、不実な女ですのよ!」


「ああ、知っているよ。君はあえて遅れてくることで、僕が君をどれだけ待ち焦がれているかを、社交界の皆に見せつけてくれたんだろう? 君の独占欲の表現、実に情熱的で素晴らしい」


「違いますわーーー!!」


レオンハルト殿下は私の腰を引き寄せ、集まった淑女たちに向かって爽やかに微笑んだ。


「皆様。マリアは今、新しい『淑女の在り方』を提唱しているのです。誰かに合わせるのではなく、自分が世界の中心となる。この気高い精神こそ、次期王妃にふさわしいと思いませんか?」


「「「まあ……!! なんて素晴らしい……!!」」」


会場から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「殿下。一応確認ですが、マリア様はさっき、公爵夫人の特製ケーキを指差して『こんなの、家のアヒルも食べませんわ!』と吐き捨てましたよ。完全なマナー違反です」


ケイン様が冷ややかに指摘する。そうよ! それこそが本質よ、ケイン様!


「ケイン、君は分かっていないな。マリアは公爵夫人の体調を案じているんだ。糖分の摂りすぎは体に毒だ、と。あえて嫌われ役を買って出る彼女の慈愛の深さ……。公爵夫人、今の言葉に感動されましたか?」


「……ええ。マリア様のあのお言葉、私の甘えを正してくださる神託のようでしたわ! 今日からダイエットに励みますわ!」


公爵夫人まで、涙ぐんで私の手を取り始めた。


「待ってください! 私、ただ単に嫌がらせで言っただけで……!」


「ああ、マリア。照れなくていい。君の『毒舌という名の救済』は、すでに社交界の新しいトレンドになっているよ。見てごらん、皆が君の真似をして、わざと扇を叩きつけ始めている」


パシッ、パシッ、と会場のあちこちで扇の音が響く。

……地獄絵図ですわ。

私の「悪役」としての振る舞いが、いつの間にか「最先端のカリスマ令嬢のスタイル」として定着してしまっている。


「(外圧が……外圧が、逆に私を王妃の座へ押し上げてくる……)」


私は、熱狂する淑女たちと、満足げな王子の笑顔に囲まれ、絶望のあまり遠くを見つめた。


悪役令嬢への道。

第十三の作戦は、社交界の歪んだ流行と、王子の強引すぎるプレゼン能力によって、私の名声(?)を不動のものにしてしまったのであった。
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